マネーローンダリングおよびテロ資金供与・拡散金融防止対応/FATF(金融活動作業部会)の第5次相互審査に向けた動き

はじめに

FATF(Financial Action Task Force)による日本に対する第4次相互審査の結果が公表されてから1年経ちました。FATFとは、マネーローンダリングおよびテロ資金供与・拡散金融防止(AML/CFT/CPF)対応に関わる国家の体制整備状況を審査する政府間会合です。今回の審査では、前回の第3次相互審査からは改善したと言えるものの、まだ多くの課題が残っているため、合格水準には至らず、重点フォローアップと評価されました。FATFの審査結果を受けて日本政府は行動計画を策定し、2024年3月を期限として、官民ともに、体制整備を進めています。

こうしたなか、FATFの各国に対する第4次相互審査もいよいよ最終局面を迎え、加盟国全ての審査結果の公表が近々完了する予定です。日本を含めた各国のフォローアップ報告の完了には今しばらく時間を要しますが、その完了を待たずに、FATFは国際的なAML/CFT/CPF対応のさらなる高度化を図るために、「第5次相互審査」を開始するとみられ、準備も着々と進められています。

本稿では、FATFの第5次相互審査に向けた動きを概観し、民間事業者が留意すべき点に関して解説します。

1 FATF第4次相互審査について

(1)第4次相互審査の評価手法

FATFの第5次相互審査に向けた動きをみる前に、第4次相互審査におけるFATFの各国の評価手法を確認します(図表1)。

図表1 FATFの項目別の審査基準

FATFは、金融機関等の民間事業者ではなく、各国の法制度等に対して「40の勧告」をもとに技術的コンプライアンス(以下、法令等整備状況)を審査、4段階で評価してきました。なお40の勧告は、金融規制項目だけではなく、その半分以上はテロ資金対策の犯罪者の引き渡し、犯罪に対する処罰など刑事司法等に係るものです。

第4次相互審査では、11項目の有効性評価が追加され、マネーローンダリングおよびテロ資金供与防止(AML/CFT)対策の制度自体が適切に機能しているかについて、4段階で評価しています。今回から、法令整備状況と運用状況の2つの軸で評価することになったのです。

各項目の評価結果を総合して、各国には「通常フォローアップ」または「重点フォローアップ」が課されます。通常フォローアップであれば、いわば合格水準であり、審査結果報告書の採択から3年後にFATFへ改善報告をするという最低限の対応が求められます。しかし、強化されたフォローアップとなると、最終評価期限(5年後)まで3回程度FATFへ改善報告が求められ、国としての負担は重くなります。

日本の結果を概観してみます(詳細は2021年11月発行のPwC’s View 第35号を参照※1)。日本は法令等整備状況の未達成項目数は11項目、有効性評価項目の未達成数は8項目ということで、通常フォローアップ国の水準には至らず、重点フォローアップ国となりました(図表2)。

図表2 日本の審査結果

日本の今回の評価結果を整理した総評は以下です。

① 第3次相互審査と比べると刑事司法に関する項目などが合格水準に達するなど、法令等遵守に関する項目の不備は大きく改善した。金融庁が制定したガイドラインが法令並みの強制力があると認められ、勧告10顧客管理が合格水準となるなど、一定の成果あり。

② 一方、有効性評価は各国とも苦戦。特に民間のAML/CFT対策の実施状況を評価する「IO4:金融機関・DNFBPs(Designated Non-Financial Business or Professions:指定非金融事業者および職業専門家)の予防措置」に関しては「大幅な改善が必要」という厳しい評価が下された。

重点フォローアップ国には、米国やスイス、オーストラリア、中国、韓国などがあり、日本が他国に比べて突出して低い評価であったとは言えませんが、民間でのAML/CFT対策の運用状況の遅れが大きな課題として残ったと言えます。

(2)第4次相互審査の進展状況

第4次相互審査は2013年から開始され、新型コロナウイルス感染症蔓延の影響などもあって、審査が予定より遅れましたが、FATFが直接に審査を実施する加盟国のなかで審査時期が終盤に設定されていたドイツ、オランダの結果も、2022年8月に公表されました。各国のフォローアップ報告は途上ですが、一義的には審査はほぼ一巡したと言えます。

第4次相互審査については、今年4月に公表された「FATFスタンダードの有効性と遵守の状況に関する報告書」※2にて審査結果が中間総括されています。有効性審査に関しては各国が苦戦しており、項目別の実態が報告書にまとめられています(図表3)。

図表3 第4次相互審査の有効性評価結果に関するFATF総括

「IO4.金融機関・DNFBPsの予防措置」は金融機関やその他事業者のAML/CET対策の実践状況を評価するものですが、主要国で相互審査実施時に合格水準のSE以上となった国・地域は1つもありませんでした。この他、「IO3. 当局の金融機関・DNFBPsの監督」「IO5. 法人等の悪用防止」も未達成が8割強を占めます(図表4)。制度の運用に関しては、まだ多くの国がFATF目線に適っていないようにみえます。

図表4 主要国の有効性評価結果総括

2 FATF第5次相互審査の基準

第4次相互審査の結果がおおむねみえてきた段階で、FATFは次の第5次相互審査に向けて、今年4月に第5次相互審査の方向性、基準等に関する報告書や資料を公表しました。各資料は第5次相互審査前に内容が変更となる可能性があるとされていますが、以下に内容を確認してみます。

(1)第5次相互審査の枠組み

まず、「FATFスタンダードの有効性と遵守の状況に関する報告書」などにおいて、第5次相互審査の方向性、審査方針が公表されました。同報告書では以下のようにコメントされています。

① 各国をより頻繁に評価するために、相互評価サイクルを大幅に短縮(第4次の際の10年から6年に間隔を短縮)

② 各国がリスクの最も高い分野に焦点を当てることができるよう、主要なリスクを重視

③ マネーローンダリング、テロ資金供与および拡散金融に取り組む特定の行動に焦点を当てる「結果指向」の強力なフォローアップ評価プロセスを導入(各国は原則3年でフォローアップ対応を完了させる)

具体的には、改善のためのより強力でより的を絞った推奨事項(Key Recommended Action:KRA)を提示し、国のKRAへの対応状況の評価を相互審査結果公表3年後に4段階評価(Fully addressed:FA、Largely addressed:LA、Partly addressed:PA、Not addressed:NA)で行い、改善が進まず、「PA」「NA」となった場合は改善対応を政府に約束させる仕組みを導入するようです。

また、「FATF基準の技術的要求事項の実施においてかなりの進歩を遂げているが、効果的な実施を確保するためにはさらなる努力が必要である」と総括していることや、後述するようにIO4などの項目の変更や「有効性のより明確な概要を提供する」といった方針も出されており、「有効性評価に焦点を当て、脆い分野は重点的に改善させる」という方針で臨むとみられています。第3次では40の勧告等をベースにした法令等の整備状況に焦点を当て、第4次では法令等の整備状況に加え、その運用状況も評価する2次元での審査体系に移行しました。第5次相互審査では、法令の整備状況と有効性評価の2次元の枠組みは変わりませんが、運用状況、実践状況、実効性の集中的な審査に進むとみられます。FATFの要請は着実にステップを踏んで高度化しており、各国は官民ともに弱点の改善を要求されるため、より対応に苦慮することになりそうです。

(2)有効性審査項目の改訂:業態別での審査へ

審査項目に関しては「第5次相互審査/メソドロジー」で公表されましたが、おおむね第4次と同様のようです。ただし、有効性評価項目では重要な変更があります。

第4次相互審査では、「IO3. 金融機関・DNFBPsの監督」、「IO4. 金融機関・DNFBPsの予防措置」となっていましたが、第5次相互審査では、「IO3. 金融機関・VASPs(virtualasset service providers/暗号資産交換業者)の監督・予防措置」、「IO4. DNFBPsの監督・予防措置」となります。監督、予防措置を一括りに評価していたものを、次のラウンドでは、金融セクターと非金融ビジネスおよび専門職を別々に評価する形態に修正します(図表5)。FATFはDNFBPsの審査を強化すると明言しており、さらには業態別に監督官庁の監督と民間の予防措置の実効性が評価されると考えられます。

図表5 有効性評価項目の改訂

第4次相互審査では、IO4のなかで、「とりわけDNFBPsの理解が乏しい」という評価コメントが散見されました。こうした実態をみると、第5次相互審査では、「IO3:金融機関は合格、IO4:DNFBPsは不合格」「IO3:金融機関、IO4:DNFBPsともに不合格」など、国別に違いが出てくる可能性があります。より実態が反映された評価結果が出され、国別の差分が明確になるとみられます。

(3)審査・評価基準の改訂

さらに、「FATFのAML/CFT/CPF相互審査、フォローアップ、ICRGに関する手続」が公表され、第5次相互審査の通常フォローアップ、重点フォローアップおよび監視対象国の新たな基準が示されました(図表6)。第4次相互審査での、重点フォローアップ入りの基準は、法令等整備状況の未達成項目数8項目以上、または有効性評価の未達成項目数7項目以上であったものが、第5次では法令等整備状況の未達成項目数が5項目以上、または有効性評価の未達成項目数が6項目以上とハードルが高くなります。また、監視対象国入り前の1年間の観察処分の基準も、有効性評価の未達成項目数は9項目以上で変わりませんが、法令等整備状況の未達成項目数が15項目以上と前回比▲5項目と厳しくなります。なお、第5次相互審査からは、観察処分は、ICRG(International Co-operation Review Group)として組織されたチームによるレビュープロセスとなる模様です。

図表6 審査基準の改訂

特に、法令等整備状況に関しては、合格のハードルが大きく上がります。40の勧告に則った法令等の整備は当然として、有効性評価に軸足を移すことの表れと言えます。また、その有効性評価項目の個々の審査基準が厳しくなることは言うまでもないでしょう。

(4)40の勧告の内容改正

40の勧告の内容も、第4次相互審査が進むなかで一部改正が進められています(図表7)。特に注意が必要なのは、拡散金融(大量破壊兵器関連の資金)に関する項目です。第5次相互審査の関連文書全てで、マネロン・テロ資金供与対策に加え、「拡散金融」という言葉が追加されています。また、ロシア制裁が進められるなか、さらに注目度が高まっています。

図表7 最近の40の勧告等の主な改正

この他、勧告15への「暗号資産」の追加、勧告24「実質的支配者」および勧告25「法的取り決めの透明性確保」の改正です。これらの分野はFATFがリスク領域として、ここ数年、審査目線の改正に注力してきた分野です。主戦場となると考えて官民が協力して準備する必要があるでしょう。また、リスクベースの監督も強く言われている分野です。今後、各国の監督当局で監督手法の見直し・高度化が進められるとみられます。

(5)その他

今年7月にFATFは不動産セクターに係るリスクベースアプローチのガイダンスを公表しました。これは、FATF第4次相互審査において、各国の不動産関連ビジネスにおけるマネロンリスクの理解が乏しいことが判明し、これを問題視したことに端を発しています。FATFは第5次相互審査で業態別の視点での審査を強化する方針です。そのなかで、「今回のガイダンスの発信は不動産セクターに注力する方向性・メッセージを打ち出したもの」と取れると考えられます。実質的支配者の確認の強化などとも相まって、不動産関連セクターは審査基準が厳しくなることに十分注意する必要があるでしょう。

この他、デジタル化、データ共有への取り組みなども国の評価に影響を及ぼすことになりそうです。FATFではモニタリング、疑わしい取引の検知に係る官民間および民間の情報共有の重要性に着目して、その推進をサポートしようとしています。日本における資金決済法改正、為替分析取引業の創設も、この動きに後押しされたもので、共同化の行方は十分に留意が必要です。民間は、共同化によるモニタリングの実効性を挙げるために、自らの体制整備にも注力することが求められると考えられます。

3 審査基準変更の影響

このように、第5次相互審査では、より厳しい新基準による審査が想定されます。

そこで、今回の第4次相互審査結果の不備項目数が、第5次の基準で評価された場合、各国がどのような位置づけとなるか確認します(図表8)。

図表8 主要国のFATF第4次相互審査結果と第5次相互審査の新評価基準

結果は以下です。

① 第4次相互審査結果(フォローアップ報告結果反映後)で通常フォローアップは14カ国・地域だが、新基準で通常フォローアップ国・地域に該当するのは、スペイン、英国、フランス、イタリア、イスラエル、香港、オランダの7カ国・地域にとどまる。

② デンマーク、中国、メキシコ、オーストラリアは、新基準の場合、審査結果公表の直後(フォローアップ結果反映前)は観察処分相当で、ICRGのレビュープロセス入りの可能性がある。

③ 日本は新基準でも重点フォローアップ先にとどまる(ICRGレビュープロセス入りには当たらない)。

日本は最悪の事態にまでは陥らないとみられますが、合格(通常フォローアップ)が一段と狭き門となるのは数値基準だけでも明らかであり、合格に向けては相当の努力が必要になると考えられます。現在、日本においては、官民ともに、行動計画に則り、2024年3月までの態勢整備の完了に向けて対応を進めていますが、来たる第5次相互審査における審査内容の高度化も意識し、場当たり的ではなく、組織的、永続的な真の態勢整備が求められるでしょう。


※1 PwC’s View 第35号「FATF第4次対日相互審査結果と今後のAML/CFT対策」
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/prmagazine/pwcs-view/202111/35-07.html

※2 FAFT, Report on the State of Effectiveness and Compliance with the FATFStandards,
http://www.fatf-gafi.org/publications/fatfgeneral/documents/effectiveness-compliance-standards.html


執筆者

井口 弘一

PwCあらた有限責任監査法人
ガバナンス・リスク・コンプライアンス・アドバイザリー部
チーフ・コンプライアンス・アナリスト 井口 弘一