近年、日本企業においても成長戦略の1つとして「一部事業の売却取引」、すなわち「企業が既存の事業の一部分を切り出して、その事業を社外の事業として独立させることを企図して行われるカーブアウト取引」の需要が高まってきており、実際にそうした取引が増加しています。こうしたカーブアウト取引の増加トレンドは、企業経営の重要課題(例:買収事業を含む事業ポートフォリオの見直し、強みのあるコア事業への集中、ノンコア事業の売却)の解決策として、その有効性に注目する企業の意識を反映していると考えられます。
実務におけるカーブアウト取引はいくつかのパターンに分類できますが、財務・会計の観点では、これら類型ごとに財務諸表に反映すべき会計処理や開示の実務が異なることに留意が必要です。実務上、カーブアウト取引の類型には以下に示しているように、カーブアウト対象事業を完全に(または影響力を残さない範囲で大半を)外部に売却するようなエグジット型のみならず、一部を継続投資する取引類型もあり、これらは企業の経営方針・事業戦略の選好によって決定されます。採用される取引類型により、どのようなタイミングでどのような影響が連結財務諸表に発生するかについては、広範で慎重な分析が必要になる場合があります。
本稿では、カーブアウト取引に関して、セルサイドとして事業を切り離す企業の連結財務諸表に焦点を当て、事業売却に関連する規定に解釈・判断が必要となる、国際財務報告基準(IFRS)第5号「売却目的で保有する非流動資産及び非継続事業」における主要な会計処理・表示および開示の検討事項を概観します。なお、企業が採用する会計基準が日本会計基準や米国会計基準である場合、それぞれの規定に基づいた会計処理・表示および開示が必要になることをご了承ください。また、文中の意見に係る記載は筆者の私見であり、PwCあらた有限責任監査法人および所属部門の正式見解ではないことをお断りします。
IFRSにおけるカーブアウト取引は、事業売却の可能性が非常に高くなるなどの所定の要件を満たした時点以降は、保有する企業の連結財務諸表上、該当する事業を通常事業とは区別して分類し、測定・表示を行うことが求められます。さらに、こうしたIFRS上の分類等は、貸借対照表/財政状態計算書(いわゆる「BS」)における取り扱い、損益計算書/包括利益計算書(いわゆる「PL」)における取り扱いで異なることにも留意が必要です。本節では、それぞれの留意点や要件について解説します。
企業の所有する非流動資産(または処分グループ)の帳簿価額が、継続的な使用ではなく、主に売却取引により回収されることが想定される場合、当該非流動資産(または処分グループ)を売却目的で保有する非流動資産(または処分グループ)に分類することになります。
売却目的保有に分類するには、以下の2つの要件に該当する必要があります。
(a)通常または慣例的な条件のみに従って、現状のままで直ちに売却が可能であること
(b)その売却の可能性が非常に高いこと
つまり、売却目的保有への分類は、(a)「資産が現状のままで直ちに売却可能であり」、(b)「売却の可能性が非常に高い」場合にのみ達成されます。この点、IFRS第5号は、「可能性が非常に高い(highly probable)」を「可能性が高い(more likely than not)よりも著しく可能性が高いこと」と定義しています。
また、「売却の可能性が非常に高い」と判断するためには、(i)「適切な地位の経営者が売却計画の実行を確約している」、(ii)「買い手を探し売却計画を完了させる積極的な計画に着手している」、(iii)「現在の公正価値との関係において合理的な価格で積極的に売り込まれている」、(iv)「分類の日から1年以内に売却が完了する見込みである」および(v)「計画に重要な変更が行われたり計画が撤回されたりする可能性が低い」という5つの要件を検討しなくてはなりません。
実務上の留意点としては、前述の要件(v)に関連して、売却に際して株主や規制当局などの承認が要請される場合は、「売却の可能性が非常に高い」かの評価の一部としてそれらの承認の可能性も考慮することが重要となります。例えば、取引完了前に株主の承認が必要な場合、企業は、主要株主との議論を考慮し、株主の承認が得られる可能性が高いかどうかを検討する必要があります。
非流動資産(または処分グループ)を初めて売却目的保有に分類する際には、当該売却の計画は減損の兆候に該当することとなり、国際会計基準(IAS)第36号「資産の減損」に基づき減損テストを行い、また分類する直前に該当するIFRSに従ってそれぞれの帳簿価額の測定を行います。
こうした直前の測定を行った後に、売却目的保有に分類した非流動資産(または処分グループ)をその帳簿価額と売却コスト控除後の公正価値のいずれか低いほうの金額で測定します。
その際、売却コスト控除後の公正価値のほうが帳簿価額より低い場合には、帳簿価額との差額は減損損失として認識することが要求されるため、実務上は、取引日に事業売却が実行され、支配を喪失するよりも前のタイミング(つまり、「売却目的保有の分類要件を充足した時点」)で当該事業売却に関連する損失が早期に計上されることになるため、留意する必要があります(図表2)。
売却目的保有に分類した非流動資産(または処分グループ)に含まれる有形固定資産や無形資産については、減価償却(償却)を中止し、関連会社やジョイントベンチャーに対する投資は持分法の適用を中止することになります。その他にも、IFRS第9号「金融商品」が適用される金融資産など一部の資産は上記の売却目的保有に分類した非流動資産(または処分グループ)に関連する測定規定が適用されず、分類された後も引き続きそれぞれに関連するIFRSに従って帳簿価額が測定されることに留意が必要となります。
また、売却目的保有に分類された後も、各報告日において売却目的保有に分類した非流動資産(または処分グループ)は、帳簿価額と売却コスト控除後の公正価値のいずれか低いほうの金額で再測定することになります。
売却目的保有に分類した非流動資産(または処分グループ)および関連する負債は、連結BS上、他の資産および負債と区分して表示することが求められています(図表3)。また、これらの資産および負債を相殺して単一の金額として表示してはならないとされています。なお、企業が売却目的で保有する非流動資産(または処分グループ)および関連する負債へと分類した場合には、連結BS上における過年度の比較情報を遡及して修正再表示してはならないとされています。
非継続事業は、報告期間中にすでに処分されたか、または報告期間の末日時点において売却目的保有に分類されている企業の構成単位で、次のいずれかに該当するものを言います。
(a)独立の主要な事業分野または営業地域
(b) 独立の主要な事業分野または営業地域を処分する統一された計画の一部
(c)転売のみを目的に取得した子会社
ここで、企業の構成単位は、営業上および財務報告の目的上、企業の他の部分から明確に区別できる事業およびキャッシュフローを有していなければならず、これは構成単位がIAS第36号で定義している資金生成単位(CGU)またはCGUのグループに該当していたことを意味します。
そのため、連結グループにおいて重要な子会社であったとしても、当該子会社が企業の構成単位に該当しない場合や単独で独立の主要な事業分野または営業地域等に該当しない場合であれば、非継続事業には該当しないことになります。したがって、売却対象が非継続事業に該当するか否かを、要件に照らして慎重に判断することが必要になります。
売却対象が非継続事業に該当する場合、非継続事業から生じる損益は、「非継続事業の事業活動から生じる税引後損益」と「売却目的で保有する非流動資産(または処分グループ)を売却コスト控除後の公正価値で測定または処分したことにより認識した税引後損益」に分けて集計し、両社の合計額を単一の金額として連結包括利益計算書に表示することになります。なお、両者の内訳は、連結PLに表示または注記として開示する必要があります。
なお、非継続事業に特有の認識・測定規定はなく、他のIFRSの一般的な規定に従い、引き続き認識および測定を行います。ただし、非継続事業には、売却目的で保有する非流動資産(または処分グループ)が含まれるため、事業を構成する資産(または処分グループ)を売却コスト控除後の公正価値で測定したことにより認識した損益が含まれる点や当該資産の減価償却(償却)が中止される点などは留意が必要となります。
また、非継続事業から生じるキャッシュフローは、営業活動、投資活動、財務活動に区分し、連結キャッシュフロー計算書に表示または注記として開示することになります。
なお、売却目的で保有する非流動資産(または処分グループ)への分類に際しては、過年度の比較情報を修正再表示しないのに対して、非継続事業に該当する場合は過年度の比較情報を修正再表示することが必要となる点に留意が必要となります(図表4)。
連結会計実務では、連結財務諸表上、継続事業と非継続事業の間でグループ内取引をどのように消去して表示するかという論点があります。2016年1月のIFRS解釈指針委員会におけるアジェンダ決定では、グループ内取引を消去しないことはIFRS第10号「連結財務諸表」の要求事項と整合的でないとの考えを述べています。IFRS第5号には当該消去についての具体的なガイダンスがないため、企業はどのように消去するかについて会計方針を選択し、それを一貫して適用することになると考えられます。
これまでカーブアウト対象の事業に関して、取引が実行される前でも諸要件が満たされた場合に必要となる連結財務諸表(とりわけBSとPL)上で行う分類や表示について見てきました。実際に取引が実行された時点では一定の会計処理が必要となります。
一部事業の売却の完了時において、企業は売却目的で保有した非流動資産(または処分グループ)への支配を喪失するため、連結BSにおける売却目的で保有した非流動資産(または処分グループ)の認識を中止し、当該時点までに認識されなかった損益は認識の中止日に認識することになります。
また、IFRS上での部分的な処分と非継続事業への分類については、カーブアウト取引の類型別に見ると以下のようになります(図表5)。
図表5:カーブアウト取引類型別の会計処理の概要
# |
取引類型 |
非継続事業に分類されるか ? |
1 |
子会社から子会社への変更 |
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2 |
子会社から関連会社への変更 |
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3 |
子会社から金融資産への変更 |
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出典:PwC作成
ここまで連結財務諸表の本表(とりわけBSとPL)上における表示や会計処理について概観してきましたが、本節では本表以外の注記として開示が求められる項目について、カーブアウト実行前および実行時に分けて取り上げます。
企業は、売却目的保有に分類された非流動資産(または処分グループ)、関連する負債、および非継続事業の処分が財務諸表に与える影響を注記により適切に開示する必要があります(図表6)。
図表6:カーブアウト実行前における注記項目
売却目的保有に分類された非流動資産(または処分グループ)に関する注記項目(IFRS第5号) |
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定性的な項目 |
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定量的な項目 |
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非継続事業に関する注記項目(IFRS第5号) |
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定量的な項目 |
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※1 PLまたは注記
※2 キャッシュフロー計算書または注記
出典:PwC作成
企業は、事業売却を完了し、子会社に対する支配を喪失した場合、図表7に挙げている内容の注記が必要となります。
図表7:カーブアウト実行時に必要となる注記項目
子会社に対する支配の喪失に関する注記項目(IFRS第12 号「他の企業への関与の開示」) |
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定量的な項目 |
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連結キャッシュフロー計算書に関連する項目(IAS第7号「金融商品:開示」) |
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定量的な項目 |
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出典:PwC作成
一部事業の売却取引(カーブアウト取引)を事業戦略の1つとして位置付けている企業にとって、上記のようなIFRS連結財務諸表上の「売却目的で保有する非流動資産(または処分グループ)」や「非継続事業」の会計処理および表示・開示における検討は、重要な財務報告上の検討事項となります。
また、カーブアウト会計実務の観点からは、プレディールからエグゼキューション段階にかけて、想定スキームに基づく会計処理の検討、影響額の分析、各種契約書のレビュー、またカーブアウト財務諸表/継続保有する残置事業の財務諸表の作成等を通じて、最終契約締結時以降における財務報告プロセス・システムや内部統制上の重要課題の検討も並行して実施していくことが重要となります。
PwCあらた有限責任監査法人
財務報告アドバイザリー部
ディレクター 木村 繁
PwCあらた有限責任監査法人
財務報告アドバイザリー部
シニアマネージャー 北村 克己