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事業ポートフォリオ見直しとグループ再編
経営指標において資本効率性の存在感が強まる中、経営者にはどのような対応が求められているのでしょうか。事業ポートフォリオの見直しとグループ再編について、PwCコンサルティングX-Value & Strategyの3人が語り合いました。
2024-07-30
目まぐるしい環境変化に対応しながら新たな成長機会を獲得していくために、M&A(合併・買収)の戦略的重要性がますます高まっている。国内市場の成熟化が顕著な日本企業にとっては、特に重要な戦略オプションといえる。そこで、M&Aを起点とする変革と企業価値の向上について、PwCコンサルティングの2人のパートナーがその要点を解説する。加えて、キリンホールディングス(以下、キリンHD)が事業ポートフォリオを機動的に見直しながら持続的成長を達成してきた軌跡と、そのために磨き上げてきた組織能力を紹介する。
(本稿は、ダイヤモンド社が主催したオンラインセミナー「持続的な成長を実現する企業戦略」から、PwCコンサルティングによるセッション「企業の変革とM&A」の内容を抜粋したものです)
「企業の変革とM&A」に先だって行われたセッション「変化する世界と日本企業が取り組むべき成長のための変革」*において、PwCコンサルティングはメガトレンドから見た改革の9つのポイント、そしてビジネスモデル変革の6つのタイプを示した。こうした変革を実行するための戦略オプションとして、M&Aの重要性がますます高まっている。そこで、企業変革とM&Aの関係性を再定義する新たな概念として、PwCがグローバルで提唱しているのが「Transact to transform」(トランザクト・トゥ・トランスフォーム)である。この概念について、PwCコンサルティング ストラテジーコンサルティング パートナーの久木田光明氏が説明する。
久木田:M&Aは、事業に新たな成長機会をもたらし、革新的な製品・サービスの取得と新たな市場への浸透を短期間で実現させます。さらにはそれらに必要な組織能力やスキルを時間をかけずに獲得できるという大きな特性があります。
企業に求められているスピーディかつ持続的な変革と、いま述べたM&Aの特性を踏まえると、M&Aはもはやイベント的かつ特別な選択肢ではなく、継続的にチャレンジし続けるべき企業変革アジェンダといえるのではないでしょうか。
PwCでは、このような考え方から「Transact to transform」というコンセプトをグローバルで提唱しています。これはM&Aを起点に変革を生み出す概念であり、M&A戦略の策定といったプレディールから、M&A後の事業・組織統合といったポストディールまでのプロセスにおける価値を最大化するだけでなく、その後のトランスフォーメーションまでをカバーします。
また、事業変革後にカーブアウト(事業の分離・独立)や新たな買収といったディールを生み出す「Transform to transact」へと機動的につなげることで、価値創造の循環をつくり出す概念でもあります。
PwC Japanグループでは、コンサルティングだけでなく、M&Aアドバイザリー、監査などのアシュアランス、リーガル(法務)、タックス(税務)といったグループ全体の専門性と組織能力の組み合わせや連携によって、このTransact to transformの実現を支援しています。さらに、クロスボーダー案件においてはPwCのグローバルネットワークを駆使し、クライアント企業のTransact to transformを一貫してサポートする体制を構築しています。
Transact to transformによる価値創造の循環を回し続けるには、企業側にも従来にはない組織能力の構築が求められる。その具体像をPwCコンサルティングのパートナー、石本雄一氏が示す。そして、キリンHD執行役員経営企画部長の高岡宏明氏との対談を通じて、M&Aを活用した持続的成長に欠かせないポイントを、組織能力の観点から見ていく。
石本:私たちPwCでは、M&Aを継続的に活用しながら事業変革を遂行する組織能力を「M&Aレディネス」と呼んでいます。このM&Aレディネスは、大きく6つのカテゴリーで構成されます。
1つ目は、全社戦略・M&A戦略および策定プロセスです。M&Aの意義や目的の前提となる全社戦略をしっかりと策定し、全社戦略を実現するM&A候補の継続的なスクリーニングやタッピング(候補企業への初期的アプローチ)の機能構築、M&Aによる価値創造の源泉となる自社の財務・非財務資本の特定などを指します。
2つ目は、M&A体制・ナレッジ蓄積です。M&Aを推進する専門組織と本社部門・事業部門との役割分担の設計、および特定の個人に依存しない組織としてのナレッジやノウハウの蓄積を行っていくことが重要です。
3つ目は、業務・ITシステムの標準化。バックオフィス業務のシェアード化や共通化されたITインフラの運用方法の確立などを進めておくことで、PMI(買収後の統合プロセス)をスムーズに進めることができます。
4つ目は、グループガバナンス。M&Aは大きな投資になりますから、それを実行する組織や意思決定プロセス、および実行後のグループ会社の経営管理に適切なガバナンスを利かせて、リスクをコントロールする必要があります。
5つ目は、人材マネジメントです。特に日本企業の場合、持続的成長のために海外M&Aを活発化していくことが求められますので、海外を含むグループ会社の経営の執行や監督ができる人材の育成・採用、それを支えるタレントマネジメントの仕組みが重要です。
そして6つ目が、組織風土です。M&Aは社員にとっても大きな変化をもたらします。そうした変化や買収先企業を積極的に受け入れるオープンなカルチャーにしていくことが、M&Aの成果を大きくする土台となります。
久木田:いま挙げたM&Aレディネスを構成する6つのカテゴリーは、Transact to transformを継続的に回していくために必要な組織能力であると同時に、企業変革全般に共通する重要なアジェンダでもありますね。
石本:その通りです。一つひとつが大きなテーマですけれども、それらをしっかり設計して、全体的な組織能力を高め続けることが、変革を通じた企業成長の実現につながります。
ここからは、キリンHDの高岡氏をゲストに迎え、M&Aを活用した同社の事業ポートフォリオ経営の歩みをたどりつつ、同社がM&Aレディネスをどのように構築してきたのかを掘り下げていく。
石本:キリンHDは酒類・飲料、医薬、ヘルスサイエンスの3つを柱とする事業ポートフォリオ経営によって持続的な成長を実現してこられました。2023年12月期には過去最高益を達成し、海外事業の利益貢献度が50%を超えるまでになったのも、時代の変化を捉えた事業ポートフォリオの構築とグローバル化の推進が寄与したものと考えられます。
M&Aを活用しながら、事業ポートフォリオ経営をどのように発展させてこられたのでしょうか。
高岡:当社は1907年にビール事業からスタートし、1928年に飲料事業、1980年代に医薬事業に進出しました。2007年には協和発酵工業に出資し、翌2008年にキリンファーマとの合併によって協和発酵キリン(現協和キリン)が発足しました。
コア技術である発酵バイオテクノロジーを活かせる領域を事業ドメインとして、食と医薬の2本柱で事業展開していましたが、2019年に長期経営構想「キリングループ・ビジョン2027」を策定したタイミングで、ヘルスサイエンス事業を3本目の柱とすることを決めました。
1990年代後半から当社の企業価値は年平均で5%程度の成長を続けていますが、これは各事業の構造改革などの取り組みを含めた事業ポートフォリオ経営の成果だと考えています。
石本:御社の成長のカギとなったM&Aとしては、どのようなものが挙げられますか。
高岡:食の領域でいうと、オーストラリアのライオンとフィリピンのサンミゲルへの投資は、グローバル展開という点で大きな意味を持つM&Aでした。両社とも2000年前後に1回目の投資をして、2009年に2回目の投資を実行しました。ライオンは株式の100%、サンミゲルはビール事業の約49%を保有していますが、両方とも利益貢献度の大きい事業に成長しています。
医薬の領域では、先ほどご紹介した協和キリンが欧米を中心に堅調に成長しています。2023年には医薬品の開発パイプラインを強化するための投資として、協和キリンが遺伝子治療のスタートアップ、英オーチャード・セラピューティクスを買収しました。
ヘルスサイエンス領域では、協和発酵バイオをキリンHDの直下に置く事業再編を行うとともに、(化粧品・健康食品メーカーの)ファンケルに出資しました。また、2023年にオーストラリアのナチュラルヘルス企業であるブラックモアズ社を買収し、アジア・パシフィック地域での事業基盤を強化しました。
石本:新たな事業領域の確立や海外での成長機会獲得において、M&Aを戦略的に活用してこられたことがよくわかりました。M&Aを起点にして継続的に事業変革を起こしていく組織能力、つまりM&Aレディネスを高めるという点では、どのようなことに取り組んできましたか。
高岡:M&Aは成功したケースばかりではなく、結果的にうまくいかなかったこともありますし、ブラジルでのビール・飲料事業や中国の清涼飲料合弁事業を売却するなど、ポートフォリオの見直しも継続的に行ってきました。そうした経験を積みながら、組織能力を高めてきましたが、当社の主な取り組みとしては4つ挙げられます。
1つ目は、M&A担当チームの組成と育成です。キリンHDの経営企画部内に担当チームがあり、専門能力を持った人材が事業会社のM&Aをサポートしています。
2つ目は、経営会議での徹底した議論です。M&A実施前に、戦略的意義や組織統合の方向性などについて、執行役員以上が参加する経営戦略会議、それに加えて取締役会でも徹底的に議論しています。
3つ目は、取締役会でのレビューです。各年度のM&A案件を振り返り、組織としての学びや反省点を抽出しています。
そして4つ目は、過去の経験から得た学びや注意点をまとめた「M&A Playbook」の作成と活用です。M&Aを実施する際には、M&A担当チームだけでなく他の本社部門や事業部門のメンバーも加わり、大きな案件では100人近い規模になることもあります。その全員がM&A Playbookを読んで、ナレッジを共有しながらM&Aプロセスを進めています。
この4つの取り組みを軸にしながら、M&Aの成功確率を高めるための組織能力を継続的に磨いています。
石本:M&Aの件数が増える中で、担当チームの人員も増やしていらっしゃるのでしょうか。
高岡:チームの人員は必ずしも増やしているわけではありません。各事業会社が戦略の一環としてM&Aを実施していくために、候補企業の探索などを行う人材が事業会社側にいますので、担当チームはそうした人材と一緒になってM&Aを進めています。
石本:経営会議で徹底的に議論しているということでしたが、議論のポイントとしては何を重視されていますか。
高岡:バリュエーション(企業価値評価)など財務的な面だけでなく、理念・カルチャー、M&A実施後にどういう時間軸で価値を創出していくかなど、さまざまな観点から議論を繰り返しています。M&Aという手段が目的化しないように、当社の企業価値をどう上げていくかという基軸は、ぶらさないようにしています。
石本:最後に、今後御社として強化していきたい組織能力があれば、お聞かせください。
高岡:今後はクロスボーダー案件がさらに増えると考えられます。M&Aを実施するのも、実施後に事業価値を上げていくのも人なので、そういう人材を持続的に育成・確保することが大きなポイントになります。
もう一つ、目まぐるしい環境変化に事業ポートフォリオ経営で対応していくためには、マクロ経済や地政学など外部環境の変化に関して広範かつ深い洞察をキャッチするインテリジェンス能力を強化する必要があると感じています。
高岡氏との対談を終えた後、石本氏と久木田氏は次のようなコメントを述べ、セッションを締めくくった。
石本:今後は既存の事業領域だけで成長機会を広げることは難しくなり、異なる事業領域との重なりによって生じる質的変化を的確に捉えて、ビジネスモデル変革にチャレンジしていく必要があります。そうした「X-Industry」(クロスインダストリー)視点でのビジネスモデル変革を実行するためにも、M&Aレディネスを強化していくことが企業に求められます。
久木田:企業価値創造の観点から見れば、M&Aと企業変革はまさに一体的、循環的であり、M&Aを起点とした価値創造の循環をつくり出すTransact to transformと、それを実行可能にするM&Aレディネスの構築が不可欠になってくるといえると思います。
* PwCコンサルティングによるセッション「変化する世界と日本企業が取り組むべき成長のための変革」は、こちら。
久木田光明
PwCコンサルティング ストラテジーコンサルティング パートナー
大手日系コンサルティングファームを経て2012年より現職。中小企業から大企業までさまざまな企業に対して、企業戦略、事業戦略、営業/マーケティング戦略、経営管理、グループ経営、経営変革(BPR)などの戦略/ビジネスコンサルティングを10年以上にわたって提供。特に近年ではM&A(合併・買収)戦略策定、買収対象企業の選定、ビジネスデューデリジェンス、統合後の統合プラン策定および統合実行支援(物流統合含む)など、M&A/企業統合に関する実績を多数有する。
石本雄一
PwCコンサルティング ストラテジーコンサルティング パートナー
大手外資系IT企業を経て、現職。消費財メーカー、エンタテインメント・メディア・情報通信、人材サービスなどさまざまな業界の企業に対してコンサルティングサービスを提供。将来に向けた事業変革の構想策定から実行支援まで一貫したコンサルティングサービスを主に提供しており、中期経営計画策定、M&A・組織再編、海外市場参入、GTM(Go-To-Market)改革などの案件に数多く関与している。
高岡宏明
キリンホールディングス 執行役員 経営企画部長
1993年キリンビール入社。情報システム部門で社内システムの企画、開発に従事し、キリンビール経営企画部、キリンホールディングス経営企画部、海外留学を経験したのち、グループ経営戦略の策定、M&A実務に携わる。2017年にグループのオセアニア酒類事業会社であるLion(ライオン)へ赴任、2018年より同社取締役として経営全般を管掌。2022年1月よりキリンホールディングス経営企画部部長兼DX戦略推進室長、2023年3月より同社執行役員経営企画部長兼デジタルICT戦略部部長、2024年3月より現職。
※当記事は、2024年6月10日にDIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュータイアップ広告として公開した記事を同社の許諾を得て転載しています。
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