PwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)は、2024年11月26日に「日本の人事のトップランナーが語る人的資本経営の最前線」と題したセミナーを開催しました。プログラムの後半では、PwCコンサルティングの加藤守和、角田直、米山怜、鈴木貞一郎が登壇し、それぞれ「人材ポートフォリオ」「スキルマネジメント」「カルチャー変革」という人的資本経営に関連した3つのトピックについて講演を実施。本稿ではこれらの講演の概要を紹介します。
スピーカー
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 加藤 守和
近年の経営環境は著しく変化しています。そうした背景から、企業は事業を転換する必要に迫られており、それに向けて人材の再配置や育成を行うことが急務となっています。同時に、変化する市場での競争優位性を確立するためには、デジタル分野をはじめとした特定領域の強化が求められます。人材ポートフォリオによって社員の質・量を明らかにすることで、これらの経営課題を解決するための土台を築くことが可能となります。
多くの日本企業では人材ポートフォリオの重要性を認識しているものの、70%強が具体的なアクションに至っていないという実情があります。その要因として、大きく3つのハードルが考えられます。ひとつは、「戦略の不在」です。人材ポートフォリオは事業戦略と連動することで効果を発揮します。しかし、その起点となるような戦略が設定できていない企業が多くあります。次に、「方法論の不在」。現在は一部の企業が取り組みを進めている過渡期にあり、明確な事例や方法論が確立されているわけではありません。そのため、新たに取り組むリターンが見えづらくなっています。そして最後が、「人事部門のケイパビリティの不在」です。事業戦略に基づいて人材の量・質を把握するためには、人事担当者に相応の能力が求められます。しかし実際は、それに対応できるリーダーが不足しています。これらは、どんな企業であっても共通して直面する悩みです。まずはハードルがあることを認識した上で、挑戦することが重要になると思います。
人材ポートフォリオを推進するためには、「To Be(目指す姿)」と「As Is(現在の姿)」のギャップを見極めることが大切です。人材のスキルを基にタイプとスペックを分類することで、採用や教育投資などの側面からギャップを埋めていくことができます。ある機械メーカーでは、主力事業の縮小を見据え、事業の転換を図っていました。そこで、新規事業に必要な人材像を可視化し、それに基づいて人材リソースの再配置を実施しました。
もちろん社員のスキルを把握することは重要ですが、それ以上に考慮すべきなのはアジリティです。必要な人材の定義を設定し、社員を最適にピボットさせていく。そのために、人材ポートフォリオが果たす役割は大きいと考えています。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 加藤 守和
スピーカー
PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナー 角田 直
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 米山 怜
角田:
ようやく国内においてもスキルに関心が集まり始めていますが、先を行く欧米では「どのようにスキルマネジメントを運用していくのか」というフェーズに入っています。しかし、そもそもなぜスキルマネジメントが重要なのでしょうか。
企業にとって最優先の目的は、事業を継続し成長させていくために、スキルを持った人材を確保することです。一方で、社員としては自律的なキャリアを形成し、自らの理想を実現できる組織で働きたいという思いがあります。そうした両者の考えから、従来の人事戦略を組み直し、スキルを中心とした新しい人材マネジメントを推進することが求められているのです。
PwCコンサルティング合同会社 執行役員 パートナー 角田 直
米山:
従来は、企業が従業員のキャリア形成を導くという考え方が一般的でした。しかし、スキルを中心に据えたマネジメントでは従業員のニーズに目を向け、自律的なキャリア形成を促す考え方への転換が必要です。企業としては、各ポストに求められるスキルを明らかにし、研修などを通じて従業員のスキル獲得に向けた支援を行っていくとともに、ポストをレコメンドし従業員に選択の幅を与える。こうした施策によって、従業員が自らのスキルを自覚し、キャリアを選び取っていくという「従業員主導」のキャリア形成が達成されます。
スキルマネジメントの本来の目的は、従業員が能力を最大限に発揮できる機会を与えることです。しかし、スキルを管理すること自体が目的になってしまっているケースも散見されます。こうした状況を防ぐためには、活用シーンに合わせてスキルの粒度を使い分けることが有効です。具体例として、「スキルカテゴリー」→「グループ」→「スキル」という3つの階層でスキルを定義する方法が挙げられます。「スキルカテゴリー」や「グループ」では大きな粒度で従業員のスキルを分類し、全社的な把握に活用します。そして、最も細分化した「スキル」は、社内公募やプロジェクトアサインに活用できる具体的な基準として運用します。
しかし、こうした仕組みを運用することに難しさを感じている企業も多いと思います。そこで考えるべきは、テクノロジーの活用です。特に、AI(人工知能)は従業員自身も自覚していないスキルを発掘し、キャリア自律に貢献する可能性を秘めています。従業員の趣味趣向や職務経験を分析し、適切なプロジェクトにアサインするというマネジメントが、新しいテクノロジーの力を活用することによって実現できるでしょう。
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー 米山 怜
スピーカー
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 鈴木 貞一郎
さまざまな企業においてカルチャー変革の重要性が認識されています。そもそも、「カルチャー」は実態をつかみにくい言葉です。PwCではカルチャーを「行動、感情、思考、信念の自立的なパターン」と定義しています。
世の中でカルチャーが重視されるようになった背景には、経営理念やパーパスを事業戦略に落とし込んでも手応えが得られないという企業の実感があります。そこで、経営の土台であるカルチャーに手を入れることが求められるようになりました。
また、技術革新や働き方の多様化など、経営を取り巻く環境は目まぐるしく変化しています。企業はこうした変化に応じて流動的に戦略を組み替えていかなければなりません。こうした環境面の変化も、カルチャーに対する意識の高まりを後押ししています。
従来の組織カルチャーは、トップが戦略を立案し、現場がそれを実行するという構造がほとんどでした。しかし、社会の変化に柔軟に対応するためには、各社員が自ら感じ・考え・行動するという自律性の高い新しいカルチャーの醸成が求められます。
組織におけるカルチャーは、ルールに沿った行動を育む「フォーマル」な要素と、感情的なコミットメントを育む「インフォーマル」な要素から構成されています。例えば、報酬は社員のモチベーションを高める「フォーマル」な要素ですが、それだけではなく企業のビジョンや個人の目標といった「インフォーマル」な要素で社員の気持ちが動くこともあります。多くの企業では「インフォーマル」な要素を見落としている、あるいは「フォーマル」な要素との齟齬が起きていることがあり、それが変革を阻害する一因になっていると考えられます。
カルチャー変革を実現するためには、「インフォーマル」な要素を反映した組織の価値観を形成し、仕組みやルールに落とし込む必要があります。それに向け、リーダーは業務上のスキル・知識を獲得するだけでなく、人間力や感性を高めていく「垂直的成長」が不可欠になります。そして、垂直的成長を促進するためには、「自分が何をしたいのか」という自己認識力を向上させ、経験学習サイクルを回していくことがポイントになると考えています。
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 鈴木 貞一郎