日本企業はAI活用への準備ができているのか

2020年AI予測(日本)

  • 2020-08-26

2019年のラグビーワールドカップ。日本代表が歴史的偉業を成し遂げたことは、多くの人々に勇気を与えました。同年7月末の世界ランキングは11位、誰もが予選リーグを2位以上で通過するのは難しいと予想していた中、彼らはロシア(世界ランキング20位、以下同様)、アイルランド(3位)、サモア(16位)、スコットランド(7位)を連破し予選リーグを全勝で通過したのです。この快進撃は、その後、イングランドを決勝で破り優勝した南アフリカ(2位)との準々決勝で幕を閉じましたが、同大会におけるラグビー日本代表のパフォーマンスは、多くの人々に驚きと感動を与えました。中でも、アイルランドとスコットランドからの2勝は、まさにそのハイライトでした。

「ラグビー日本代表の成功は奇跡である」

多くの人がそう称賛しました。しかしチームメンバー自身も否定したように、この成功は奇跡という言葉で片づけられるものではなく、準備、戦略、実行、その全てにわたるハードワークの末に手にした結果ではないでしょうか。ラグビー日本代表は、個々の選手とチーム全体を変革し、強豪国相手に素晴らしいパフォーマンスを発揮し、ワールドカップにおいて期待以上の成果を収めたのです。

ラグビー日本代表のワールドカップに向けた入念な準備は、ラグビーだけでなく、それ以外のスポーツのチームにもひらめきを与えました。彼らは、ドローンやGPSを活用してデータを収集し、分析することにより、チーム力を向上させるだけでなく、強敵に勝利するための作戦を立てる際の参考にしていたのです。そしてここには、AIやデータの活用を始めたい、またはさらに加速したいと考えている企業にとっても参考になるポイントが、多く盛り込まれていると言えます。

2020年 AI予測

ビジネスにおけるAIの現状は

企業や組織のデジタル化は目覚ましいペースで進んでいます。それは数年前、テクノロジーを積極的に活用していた企業を中心に始まりました。それが今や、業界を問わず大多数の企業の組織内に広く影響を及ぼしています。その範囲は、シンプルなタスクの自動化にとどまらず、新しいさまざまなデータをより複雑に統合し、メンテナンス、サプライチェーン、新製品やサービスの立ち上げを最適化することにまで達しています。1

2016年、PwCのエマージング・テクノロジー・チームは8つのテクノロジー「エッセンシャルエイト」を特定し、これらが他のテクノロジーよりデジタル化に大きな影響を与えるとの見解を示しました。そして2019年、同チームは最新の分析結果を公開し、エッセンシャルエイトが果たす役割を再度強調した上で、これらのテクノロジーは6つのパターンで組み合わせた時に最大限のインパクトを生み出すと論じました。2 さらにその6つの組み合わせ(拡張現実、信頼の自動化、没入型インターフェイス、業務の自律化、デジタルリフレクション、ハイパーコネクテッドネットワーク)の全てにおいて、AIが重要な構成要素になると予測しています。この他、2017年にはPwCのマクロ経済チームが、2018年から2030年の間にAIが世界経済に15.7兆米ドルの経済効果をもたらすとの見解を発表しています。3

2020年に入り猛威を振るった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、企業やコミュニティを大きな混乱に陥れました。その結果、企業は優先的投資領域の再検討を進め、投資削減や延期、あるいは現状維持や投資加速の判断を下しています。

本レポートではAIの活用について、どこから着手して良いのか分からない企業、すでに投資を開始した取り組みをさらに拡大しようとしている企業、効果が出ないので一時凍結していた取り組みを再開しようとしている企業に対して提言を行います。

米国と日本で実施した最新のAI予測調査の結果を比較し、さらに、PwCがAIを活用したデータ駆動型経営の実現に向けて日本を含む世界中のクライアントを支援してきた経験を基に分析を加えました。

AI予測調査はAIの活用状況と優先課題について探るもので、米国では2019年10月に実施し、1,062名の企業幹部から回答を得ています。日本では2020年3月に米国と同じ設問に日本独自の設問を追加して実施し、320名の企業幹部から回答を得ています。

日本企業はAIによる創造的破壊への準備ができているか

データアナリティクス、そしてAIは、CEOの長年の関心事でした。AIへの関心の高さは2018年10月に実施された「第22回世界CEO意識調査」でも明らかで、日本企業のCEOの85%が、今後5年間(2019年から2023年)のうちにAIによってビジネスのあり方が大きく変わると回答していました。

それにもかかわらず、約1年半後に日本で実施された今回のAI予測調査において、「2020年に、AIが貴社の既存ビジネスを破壊し始めることに対して、十分に準備できていると思いますか?」という設問に「そう思う」「強くそう思う」と回答したのは、回答者の50%にすぎませんでした。さらに38%が「そう思わない」「全くそう思わない」と回答しており、AIによる創造的破壊に対して全く準備ができていないと感じていることを示す結果となりました。

一方米国では、同じ設問に対し回答者の82%が「そう思う」「強くそう思う」と回答し、「そう思わない」「全くそう思わない」と回答したのはわずか15%でした。日本企業と、長年ITイノベーションにおいて比較的優れた実績を上げてきた米国企業との間にはギャップがあると言われていますが5、今回の調査結果はこうしたギャップがAIに対する成熟度に関しても存在することを示唆している可能性があります。

AIによる創造的破壊に対する姿勢の違いの内訳は、図1のとおりです。

AIによる創造的破壊に対する日米での認識の差は、他にも見られました。図2は、「今後5年以内に脅威になると見ているAIに関するシナリオはどれですか?」という設問への回答の一部を示したものです。米国の回答者の35%が、「自社が事業を展開している産業セクターの1つ以上においてAIによる創造的破壊が起きる」ことを、AIがもたらす脅威と見ています。一方、日本の回答者でそう答えたのはわずか15%にすぎません。同じく、「自社が事業を展開している地域別市場の1つ以上においてAIによる創造的破壊が起きる」ことを脅威と考えていたのは、米国では32%でしたが、日本ではわずか10%にすぎませんでした。

AIがもたらす脅威に対する意識が欠けているということは、すなわち日本企業はAIによる創造的破壊への準備が不足しているということです。つまり、Stephen Givens氏が論じているように、日本企業は依然として、確立された伝統的なルールの中で、従来のライバルと競合することだけに集中していると言えるでしょう。AI活用を推進する上で、これはとりわけ由々しき事態です。経済産業省による2018年の報告書では、日本がDXに失敗し「複雑化・老朽化・ブラックボックス化した既存システムが残存した場合、2025年までに予想されるIT人材の引退やサポート終了などによるリスクの高まりなどに伴う経済損失は、2025年以降、最大12兆円/年(現在の約3倍)にのぼる可能性がある」と述べられています。AIがあらゆるDXの構成要素として存在感をますます増している現在、日本企業はAIによる創造的破壊に備えてより多くの施策に取り組む必要があるのです。

企業が今年、AIに関して適切な動きをとれるように、PwCは優先課題をリストアップしました。これに従えば、企業は今後数年のうちに大きな変化につながるリターンを得られるようになるでしょう。

尚、ここからは、回答者を3つのグループに分けて比較していきます。1つ目は米国の回答者(以降「米国」)、2つ目はAIによる創造的破壊への準備ができていると感じている日本の回答者(以降「日本(準備済み)」)、そして3つ目はAIによる創造的破壊への準備ができていないと感じている日本の回答者(以降「日本(準備不十分)」)です。日本の回答者は図1に示した設問への回答に基づいて、「そう思う」「強くそう思う」を選択した回答者を「準備済み」、「そう思わない」「全くそう思わない」を選択した回答者を「準備不十分」と分類しました。「よく分からない」を選択した回答者は、分析から除外しました。

企業が取り組むべき3つの優先課題――AI予測調査とラグビー日本代表のアプローチから

日本と米国の回答を比較し、さらに日本を含む世界中のクライアントを支援してきた経験から得たPwCの知見を総合して、AIを活用したより一貫性のあるデータ駆動型経営実現を望む企業が取り組むべき3つの優先課題を特定しました。

こうした企業は、まず(1)AI活用の目標を明確にし、(2)AI活用の目標達成に向けた各種基盤を構築し、そして(3)AI活用を加速化し、利用範囲を拡大すべきです。

これら3つの優先課題は、2019年ラグビーワールドカップに臨むにあたりラグビー日本代表が用いたアプローチと共通しています。日本代表チームはまず、準々決勝進出という明確な目標を設定しました。次に、最新のデータ駆動型のトレーニングを導入し、目標達成のための各種基盤を構築します。8 そして最後に、トレーニングの新手法を使用し続けながら世界の強豪チームに対峙する選手たちのスキルの向上に着手したのです。9

1.AI活用の目標の明確化

PwCがクライアントを支援する中で、AIの活用が進んでいる企業ほど、AI活用の明確な目標を掲げている傾向にあることが明らかになっています。図3のとおり、今回の調査において、優先課題として「AI活用のビジネスケースの作成」を選択した米国の回答者は、日本の2倍に上ります。また2020年の優先課題として「AIの投資利益率(ROI)の測定」を選択した回答者は、日本は6%だったのに対し、米国では24%に上りました。

日本の回答をさらに詳しく見ると、AIによる創造的破壊への準備ができていると感じている回答者にとって、優先課題の上位2つは「AIと他の技術との融合」と「AIシステムで利用するためのデータの標準化、ラベル付け、クレンジング」でした。それに対し、AIによる創造的破壊への準備ができていないと感じている回答者の場合、優先課題の最上位は「AIの取り組みの試験段階から実用段階への移行」であり、続いて「AI活用のビジネスケースの作成」と「AIシステムの予算の承認獲得」が同数でした。

ビジネスケースの作成には、1)経営陣と利害関係者(ステークホルダー)に対する可視性が上がる、2)明確な方向性、最終目標、モニタリングしやすい現実的な中間目標を設定できるという利点があります。クライアントのAI活用を支援する中で、当初の目標が明確でなかった、もしくは合意されていなかったために、プロジェクトの途中で目標が変化してしまうことがありますが、これはプロジェクトが不成功に終わる兆候だと言えます。

米国の回答ではビジネスケースを作成しROIを測定することの重要性が強調されていますが、AI導入の目標は、財務上のものである必要はありません。AIプロジェクトの適切な目標設定は、企業の戦略と優先事項によって決まります。具体的には、新しいテクノロジーの実験、組織能力(ケイパビリティ)の構築、新規ビジネスの創出支援などの目標が考えられます。

AIプロジェクトを開始する際にROIを推定し、プロジェクトの過程で更新していくことによって、統制の取れた透明性のある方法で進捗状況を評価できるようになります。中間目標を達成できなかった場合は、是正措置を講じるか、プロジェクトを中止するという選択肢が考えられます。

ケーススタディ

あるメディア企業の事例から、目標の明確化の重要性と、それに付随して取り組むべき事柄に関して解説していきます。

メディア企業には、配信するコンテンツに対する調達および配信時期を決定するコンテンツディレクターという重要な役職が存在します。コンテンツディレクターは、コンテンツ提供事業者からコンテンツ購入を目的とした予算管理を行います。このケーススタディに登場するコンテンツディレクターは、米国メディア企業において視聴者エンゲージメント向上のための取り組みや視聴者の嗜好に合わせたコンテンツ制作など一連の業務でAIが活用され始めたと聞き、所管事業にAIを活用することで自社の配信コンテンツの効果改善を目指す必要性を感じていました。

  • 目的定義と明確な目標の設定

AI活用に向けた検討を開始する前に、当コンテンツディレクターはまず目標を設定することに注力しました。具体的には所管予算の大部分を占めるコンテンツ調達を効果的に行うために「コンテンツのポートフォリオを最適化し、予算内で最大限視聴者数を増やすこと」です。目標を設定するにあたり特に焦点を当てたのは、AIによる視聴者行動の分析に基づいたコンテンツポートフォリオ最適化の実現でした。なぜなら、そのような視聴者行動の分析が精緻に実現できれば、配信するコンテンツがターゲット層に視聴されず、当初期待していた収益を下回るといった事態をあらかじめ回避できると考えたからです。加えて収益性の堅牢化への期待と同時に、将来的には予算の一部を活用し、若手プロデューサーにエッジの効いたコンテンツを実験的に制作させるなど次世代に向けた投資に回すことにも関心を寄せていました。とはいえ、この将来投資は予実が精緻化された後に実現可能な構想であることは理解していました。

  • 経営幹部関与の見える化

AI活用に対する実証実験の目的および目標を設定した後に、当コンテンツディレクターは社内の研究開発ラボに相談の上、目標実現の手段としてあらかじめ検討していた技術の検証を実施しました。同時に事業戦略部門に、実証実験に向けたビジネスケースの用意と、現実的なROIの目標値の見積りを依頼しました。最後に、役員に向けて検討内容を説明の上、実行計画の吟味を行い、サポートしてもらう旨を合意してもらいました。。実証実験のサポートを約束した役員は社内に向けて同プロジェクトの重要性を発信していくことで、部門を横断した協力体制が組成しやすくなる土壌を整えました。経営幹部がコンテンツディレクターに権限を委譲するだけでなく、目に見える形でリードする役割も担うことにより、成功に向けた可能性が大きく向上しました。

  • 取り組みの効果測定

研究開発ラボでは、「AIによるコンテンツポートフォリオ最適化」に向けた実証実験を6カ月にわたり実施し、技術要素を確立できたほか、ROI達成が見えるなど、満足のいく検証結果となりました。現在同社では、新たな配信コンテンツに対する視聴者行動の予測結果を用いて財務リスクを軽減しています。一般的にAIを活用した業務は技術要素にのみ焦点を当てがちで、想定したような業務効果が得られず、運用開始までに時間を要することが多くあります。このケーススタディではあらかじめROIを設定し、経営層と合意の上で協力を得たことで、技術要素に重きを置いた場合と比べると、実証実験から運用開始に至るまでの意思決定をより迅速に行うことができました。

結論

AI予測調査により、日本のビジネスリーダーが抱えるさまざまなAI関連の課題が明らかになりました。PwCは、日本企業が今後数年間にわたり取り組むべき優先課題として、次の3つを提示しました。

  1. AI活用の目標の明確化
  2. AI活用の目標達成に向けた各種基盤の構築
  3. AI活用の加速化と利用範囲の拡大

そして、これらを実現するための3つの異なる事例を紹介しました。

  1. コンテンツのポートフォリオを最適化し、予算内で最大限視聴者数を増やすという明確な目標のためにAIを活用した、メディア・マスコミ業界に属する企業のコンテンツディレクター
  2. 予知保全AIアプリケーションに関して、強力な基盤を構築して実証実験から完全に運用可能な状態へとスケールアップした、精密機械企業のCIO
  3. AI導入と利用拡大を図った、インフラストラクチャー企業のAI推進本部長

この3つのストーリーには、成功につながった1つの共通点があります。それは経営層の関与です。

クライアントを支援する中で、トップリーダーがプロジェクトに深く関与することが成功への近道であること分かっています。三菱UFJフィナンシャル・グループは、今年初めにDXを加速するために元CDTO(最高デジタルトランスフォーメーション責任者)をCEOに任命しましたが、これはトップリーダーの関与の重要性を象徴した事例と言えます。リーダーは目に見える形で関与し、組織に対してAI活用推進の強力な実例を示す必要があります。これには、従業員のアップスキリングへの投資だけでなく、AIに関する自身の教育への投資も含まれます。

最後に、これらの優先課題の全てが確実に成果につながるよう、企業はそれらの統合を包括的に考える必要があります。ケーススタディでは、3社それぞれに異なる企業幹部を紹介しましたが、実際には全ての企業幹部が、全ての優先課題に同時に取り組まなければなりません。そして、目標の明確化、各種基盤の構築、AI活用方法の継続的な模索と拡大への移行を繰り返す必要があるのです。AIの実装は、複雑化の一途をたどっています。企業幹部は、リスクを最小限に抑えつつ、AIを活用したアプリケーションへの信頼を構築するという心構えを持ち、この複雑なプロセスを一歩ずつ進めていく必要があります11

レポートの冒頭で紹介した、ラグビー日本代表チームの感動的な成功に立ち返ってみましょう。ラグビー日本代表は、ワールドカップに備えてさまざまなアプローチを試み12、チームのキャプテンであるリーチマイケルのリーダーシップのもと、多様な強みを持った才能あふれるチームを組織しました13。ラグビー日本代表と同様に、日本企業は2020年、AIを活用することで経済の停滞を覆し、国全体の活性化を目指すことができるでしょう。

本レポートが、日本企業がAI活用のさらなる推進に向けた次の一手を検討する際の一助になれば幸甚です。PwCはその成功に向けて日本企業を支援します。

主要メンバー

中山 裕之

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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