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2019年のラグビーワールドカップ。日本代表が歴史的偉業を成し遂げたことは、多くの人々に勇気を与えました。同年7月末の世界ランキングは11位、誰もが予選リーグを2位以上で通過するのは難しいと予想していた中、彼らはロシア(世界ランキング20位、以下同様)、アイルランド(3位)、サモア(16位)、スコットランド(7位)を連破し予選リーグを全勝で通過したのです。この快進撃は、その後、イングランドを決勝で破り優勝した南アフリカ(2位)との準々決勝で幕を閉じましたが、同大会におけるラグビー日本代表のパフォーマンスは、多くの人々に驚きと感動を与えました。中でも、アイルランドとスコットランドからの2勝は、まさにそのハイライトでした。
「ラグビー日本代表の成功は奇跡である」
多くの人がそう称賛しました。しかしチームメンバー自身も否定したように、この成功は奇跡という言葉で片づけられるものではなく、準備、戦略、実行、その全てにわたるハードワークの末に手にした結果ではないでしょうか。ラグビー日本代表は、個々の選手とチーム全体を変革し、強豪国相手に素晴らしいパフォーマンスを発揮し、ワールドカップにおいて期待以上の成果を収めたのです。
ラグビー日本代表のワールドカップに向けた入念な準備は、ラグビーだけでなく、それ以外のスポーツのチームにもひらめきを与えました。彼らは、ドローンやGPSを活用してデータを収集し、分析することにより、チーム力を向上させるだけでなく、強敵に勝利するための作戦を立てる際の参考にしていたのです。そしてここには、AIやデータの活用を始めたい、またはさらに加速したいと考えている企業にとっても参考になるポイントが、多く盛り込まれていると言えます。
企業や組織のデジタル化は目覚ましいペースで進んでいます。それは数年前、テクノロジーを積極的に活用していた企業を中心に始まりました。それが今や、業界を問わず大多数の企業の組織内に広く影響を及ぼしています。その範囲は、シンプルなタスクの自動化にとどまらず、新しいさまざまなデータをより複雑に統合し、メンテナンス、サプライチェーン、新製品やサービスの立ち上げを最適化することにまで達しています。1
2016年、PwCのエマージング・テクノロジー・チームは8つのテクノロジー「エッセンシャルエイト」を特定し、これらが他のテクノロジーよりデジタル化に大きな影響を与えるとの見解を示しました。そして2019年、同チームは最新の分析結果を公開し、エッセンシャルエイトが果たす役割を再度強調した上で、これらのテクノロジーは6つのパターンで組み合わせた時に最大限のインパクトを生み出すと論じました。2 さらにその6つの組み合わせ(拡張現実、信頼の自動化、没入型インターフェイス、業務の自律化、デジタルリフレクション、ハイパーコネクテッドネットワーク)の全てにおいて、AIが重要な構成要素になると予測しています。この他、2017年にはPwCのマクロ経済チームが、2018年から2030年の間にAIが世界経済に15.7兆米ドルの経済効果をもたらすとの見解を発表しています。3
2020年に入り猛威を振るった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、企業やコミュニティを大きな混乱に陥れました。その結果、企業は優先的投資領域の再検討を進め、投資削減や延期、あるいは現状維持や投資加速の判断を下しています。
本レポートではAIの活用について、どこから着手して良いのか分からない企業、すでに投資を開始した取り組みをさらに拡大しようとしている企業、効果が出ないので一時凍結していた取り組みを再開しようとしている企業に対して提言を行います。
米国と日本で実施した最新のAI予測調査の結果を比較し、さらに、PwCがAIを活用したデータ駆動型経営の実現に向けて日本を含む世界中のクライアントを支援してきた経験を基に分析を加えました。
AI予測調査はAIの活用状況と優先課題について探るもので、米国では2019年10月に実施し、1,062名の企業幹部から回答を得ています。日本では2020年3月に米国と同じ設問に日本独自の設問を追加して実施し、320名の企業幹部から回答を得ています。
1 PwC Data Analytics Marketplace
2 The Essential Eight Technologies, PwC [English]
3 PwC’s Global Artificial Intelligence Study: Sizing the prize, PwC [English]
データアナリティクス、そしてAIは、CEOの長年の関心事でした。AIへの関心の高さは2018年10月に実施された「第22回世界CEO意識調査」4 でも明らかで、日本企業のCEOの85%が、今後5年間(2019年から2023年)のうちにAIによってビジネスのあり方が大きく変わると回答していました。
それにもかかわらず、約1年半後に日本で実施された今回のAI予測調査において、「2020年に、AIが貴社の既存ビジネスを破壊し始めることに対して、十分に準備できていると思いますか?」という設問に「そう思う」「強くそう思う」と回答したのは、回答者の50%にすぎませんでした。さらに38%が「そう思わない」「全くそう思わない」と回答しており、AIによる創造的破壊に対して全く準備ができていないと感じていることを示す結果となりました。
一方米国では、同じ設問に対し回答者の82%が「そう思う」「強くそう思う」と回答し、「そう思わない」「全くそう思わない」と回答したのはわずか15%でした。日本企業と、長年ITイノベーションにおいて比較的優れた実績を上げてきた米国企業との間にはギャップがあると言われていますが5、今回の調査結果はこうしたギャップがAIに対する成熟度に関しても存在することを示唆している可能性があります。
AIによる創造的破壊に対する姿勢の違いの内訳は、図1のとおりです。
AIによる創造的破壊に対する日米での認識の差は、他にも見られました。図2は、「今後5年以内に脅威になると見ているAIに関するシナリオはどれですか?」という設問への回答の一部を示したものです。米国の回答者の35%が、「自社が事業を展開している産業セクターの1つ以上においてAIによる創造的破壊が起きる」ことを、AIがもたらす脅威と見ています。一方、日本の回答者でそう答えたのはわずか15%にすぎません。同じく、「自社が事業を展開している地域別市場の1つ以上においてAIによる創造的破壊が起きる」ことを脅威と考えていたのは、米国では32%でしたが、日本ではわずか10%にすぎませんでした。
AIがもたらす脅威に対する意識が欠けているということは、すなわち日本企業はAIによる創造的破壊への準備が不足しているということです。つまり、Stephen Givens氏が論じているように、日本企業は依然として、確立された伝統的なルールの中で、従来のライバルと競合することだけに集中していると言えるでしょう。6 AI活用を推進する上で、これはとりわけ由々しき事態です。経済産業省による2018年の報告書では、日本がDXに失敗し「複雑化・老朽化・ブラックボックス化した既存システムが残存した場合、2025年までに予想されるIT人材の引退やサポート終了などによるリスクの高まりなどに伴う経済損失は、2025年以降、最大12兆円/年(現在の約3倍)にのぼる可能性がある」と述べられています。7 AIがあらゆるDXの構成要素として存在感をますます増している現在、日本企業はAIによる創造的破壊に備えてより多くの施策に取り組む必要があるのです。
企業が今年、AIに関して適切な動きをとれるように、PwCは優先課題をリストアップしました。これに従えば、企業は今後数年のうちに大きな変化につながるリターンを得られるようになるでしょう。
尚、ここからは、回答者を3つのグループに分けて比較していきます。1つ目は米国の回答者(以降「米国」)、2つ目はAIによる創造的破壊への準備ができていると感じている日本の回答者(以降「日本(準備済み)」)、そして3つ目はAIによる創造的破壊への準備ができていないと感じている日本の回答者(以降「日本(準備不十分)」)です。日本の回答者は図1に示した設問への回答に基づいて、「そう思う」「強くそう思う」を選択した回答者を「準備済み」、「そう思わない」「全くそう思わない」を選択した回答者を「準備不十分」と分類しました。「よく分からない」を選択した回答者は、分析から除外しました。
4 PwC Japan、「第22回世界CEO意識調査」の日本調査結果を発表, 2019年
5 Cole, Robert & Nakata, Yoshifumi, The Japanese Software Industry: What Went Wrong and What Can We Learn from It?, California Management Review 57(1):16-43, 2014
6 Stephen Givens, Japanese companies must dare to be different, Nikkei Asian Review, 2018年4月10日[English]
7 DXレポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~, 経産省, 2018年9月7日
日本と米国の回答を比較し、さらに日本を含む世界中のクライアントを支援してきた経験から得たPwCの知見を総合して、AIを活用したより一貫性のあるデータ駆動型経営実現を望む企業が取り組むべき3つの優先課題を特定しました。
こうした企業は、まず(1)AI活用の目標を明確にし、(2)AI活用の目標達成に向けた各種基盤を構築し、そして(3)AI活用を加速化し、利用範囲を拡大すべきです。
これら3つの優先課題は、2019年ラグビーワールドカップに臨むにあたりラグビー日本代表が用いたアプローチと共通しています。日本代表チームはまず、準々決勝進出という明確な目標を設定しました。次に、最新のデータ駆動型のトレーニングを導入し、目標達成のための各種基盤を構築します。8 そして最後に、トレーニングの新手法を使用し続けながら世界の強豪チームに対峙する選手たちのスキルの向上に着手したのです。9
PwCがクライアントを支援する中で、AIの活用が進んでいる企業ほど、AI活用の明確な目標を掲げている傾向にあることが明らかになっています。図3のとおり、今回の調査において、優先課題として「AI活用のビジネスケースの作成」を選択した米国の回答者は、日本の2倍に上ります。また2020年の優先課題として「AIの投資利益率(ROI)の測定」を選択した回答者は、日本は6%だったのに対し、米国では24%に上りました。
日本の回答をさらに詳しく見ると、AIによる創造的破壊への準備ができていると感じている回答者にとって、優先課題の上位2つは「AIと他の技術との融合」と「AIシステムで利用するためのデータの標準化、ラベル付け、クレンジング」でした。それに対し、AIによる創造的破壊への準備ができていないと感じている回答者の場合、優先課題の最上位は「AIの取り組みの試験段階から実用段階への移行」であり、続いて「AI活用のビジネスケースの作成」と「AIシステムの予算の承認獲得」が同数でした。
ビジネスケースの作成には、1)経営陣と利害関係者(ステークホルダー)に対する可視性が上がる、2)明確な方向性、最終目標、モニタリングしやすい現実的な中間目標を設定できるという利点があります。クライアントのAI活用を支援する中で、当初の目標が明確でなかった、もしくは合意されていなかったために、プロジェクトの途中で目標が変化してしまうことがありますが、これはプロジェクトが不成功に終わる兆候だと言えます。
米国の回答ではビジネスケースを作成しROIを測定することの重要性が強調されていますが、AI導入の目標は、財務上のものである必要はありません。AIプロジェクトの適切な目標設定は、企業の戦略と優先事項によって決まります。具体的には、新しいテクノロジーの実験、組織能力(ケイパビリティ)の構築、新規ビジネスの創出支援などの目標が考えられます。
AIプロジェクトを開始する際にROIを推定し、プロジェクトの過程で更新していくことによって、統制の取れた透明性のある方法で進捗状況を評価できるようになります。中間目標を達成できなかった場合は、是正措置を講じるか、プロジェクトを中止するという選択肢が考えられます。
あるメディア企業の事例から、目標の明確化の重要性と、それに付随して取り組むべき事柄に関して解説していきます。
メディア企業には、配信するコンテンツに対する調達および配信時期を決定するコンテンツディレクターという重要な役職が存在します。コンテンツディレクターは、コンテンツ提供事業者からコンテンツ購入を目的とした予算管理を行います。このケーススタディに登場するコンテンツディレクターは、米国メディア企業において視聴者エンゲージメント向上のための取り組みや視聴者の嗜好に合わせたコンテンツ制作など一連の業務でAIが活用され始めたと聞き、所管事業にAIを活用することで自社の配信コンテンツの効果改善を目指す必要性を感じていました。
AI活用に向けた検討を開始する前に、当コンテンツディレクターはまず目標を設定することに注力しました。具体的には所管予算の大部分を占めるコンテンツ調達を効果的に行うために「コンテンツのポートフォリオを最適化し、予算内で最大限視聴者数を増やすこと」です。目標を設定するにあたり特に焦点を当てたのは、AIによる視聴者行動の分析に基づいたコンテンツポートフォリオ最適化の実現でした。なぜなら、そのような視聴者行動の分析が精緻に実現できれば、配信するコンテンツがターゲット層に視聴されず、当初期待していた収益を下回るといった事態をあらかじめ回避できると考えたからです。加えて収益性の堅牢化への期待と同時に、将来的には予算の一部を活用し、若手プロデューサーにエッジの効いたコンテンツを実験的に制作させるなど次世代に向けた投資に回すことにも関心を寄せていました。とはいえ、この将来投資は予実が精緻化された後に実現可能な構想であることは理解していました。
AI活用に対する実証実験の目的および目標を設定した後に、当コンテンツディレクターは社内の研究開発ラボに相談の上、目標実現の手段としてあらかじめ検討していた技術の検証を実施しました。同時に事業戦略部門に、実証実験に向けたビジネスケースの用意と、現実的なROIの目標値の見積りを依頼しました。最後に、役員に向けて検討内容を説明の上、実行計画の吟味を行い、サポートしてもらう旨を合意してもらいました。。実証実験のサポートを約束した役員は社内に向けて同プロジェクトの重要性を発信していくことで、部門を横断した協力体制が組成しやすくなる土壌を整えました。経営幹部がコンテンツディレクターに権限を委譲するだけでなく、目に見える形でリードする役割も担うことにより、成功に向けた可能性が大きく向上しました。
研究開発ラボでは、「AIによるコンテンツポートフォリオ最適化」に向けた実証実験を6カ月にわたり実施し、技術要素を確立できたほか、ROI達成が見えるなど、満足のいく検証結果となりました。現在同社では、新たな配信コンテンツに対する視聴者行動の予測結果を用いて財務リスクを軽減しています。一般的にAIを活用した業務は技術要素にのみ焦点を当てがちで、想定したような業務効果が得られず、運用開始までに時間を要することが多くあります。このケーススタディではあらかじめROIを設定し、経営層と合意の上で協力を得たことで、技術要素に重きを置いた場合と比べると、実証実験から運用開始に至るまでの意思決定をより迅速に行うことができました。
AI活用の初期段階にある企業にとっては、AI活用のための各種基盤の構築が不可欠です。それには適切なデータ、適切な人材とスキル、適切なユースケースが必要となります。どこから着手するかは、各社の具体的な状況とAI導入の目標によって変わってきます。ほとんどの企業では、データ、人材とスキル、ユースケースに関する取り組みを組み合わせて計画を進めています。
データ基盤の構築には、以下が必要です。
図4は、日本および米国企業のデータ関連の優先課題上位3位までの回答を示しています。
グラフの縦軸は、AI活用におけるデータ関連の優先課題上位3つに選んだ割合の合計を示しています。例えば、左端の棒グラフは、日本で実施した調査の回答者のうち52%が、「AIシステムで利用するために、データの標準化、統合、ラベル付けを行う」を優先課題の1位、2位、3位のいずれかに選択したことを意味します。
この結果から、日本企業はデータ整備(データの標準化、収集、ラベル付け)を優先課題と位置づけ、米国企業は運用上の課題(データの利用およびガバナンス)に目を向け始めていることが分かります。
こうした傾向は日本企業を支援する中でも実感することで、AI活用推進に向けた取り組みが進んでいる企業ではすでにデータの標準化や収集が大きく進展しており、データの利用やガバナンスへの取り組みに着手しています。
人材とスキルの基盤の構築には、AIアプリケーションの作成、開発、導入、使用、保守の面にわたって、個人と組織の両方の能力を開発する必要があります。
図5は、2020年のAIの普及に伴う仕事の質の変化に備えて、どのような計画を立てているかという設問への回答を示しています。
まず、ほとんどの組織が人材計画の変更に着手しています。日本(準備不十分)のうち、AIの活用によって生じる従業員の変化に対する計画を立てていないと回答したのはわずか11%で、日本(準備済み)で計画を立てていないと回答したのは、さらに下がって4%でした。
次に、割合は異なるものの、3つのグループにおける上位3位までの回答は共通しています。その3つとは、「従業員が新たに習得したAIスキルを日常業務に応用できるように、ツールと機会を提供する」「人材計画を策定し、AI導入の結果として必要となる新しいスキルと役割を特定する」「AIを含むアップスキリング10および継続学習プログラムを導入する」です。米国でこれらの回答を選択した割合は、日本(準備済み)よりも約12ポイント、日本(準備不十分)よりも10~20ポイント多い傾向があります。これらの違いは、他の設問においてそれぞれのグループが示した成熟度に一致しています。
3つ目に、次の3つの回答においてさらに大きな差が見られます。その3つとは、「データサイエンティスト向けのより高度なAIスキルに関する資格認定プログラムを実施する」「専門学校や大学とのパートナーシップやインターンシップによって、AI人材供給ルートの拡大を図る」「人事評価や能力開発の枠組みを見直し、AIスキルを盛り込んだものに変更する」です。米国では、これらの選択肢を日本(準備済み)よりも約15ポイント、日本(準備不十分)よりも24~28ポイント、多く選択していました。
全体的に見て、ほぼ全ての回答者がAIの活用やその準備のために人事関連の取り組みを行っているのは良い傾向だと言えます。一部の取り組みは完全に社内で行われるものですが、資格認定プログラムについて情報発信したり、パートナーシップの構築を行ったりといった対外的なコミットメントが必要なものもあります。AI関連のプログラムについて対外的なコミットメントを行うには、社内のみのコミットメントの場合よりも、さらに高い成熟度が求められます。
多くの企業が、AIのユースケースのポートフォリオも構築したいと考えています。ポートフォリオにどのくらいの数のユースケースを含めるかは、企業の成熟度と目標に応じて決まります。ユースケースには基本的なAIに基づくもの、高度なAIに基づくもの、非常に高度なAIに基づくものなどがあり得ます。応用範囲が非常に狭く、少数の人やプロセスにしか影響を与えないものもあれば、非常に大きな影響をもたらすものもあります。組織にとって短期的、中期的、長期的に適切なユースケースを選択することは、最も重要な意思決定の1つと言えます。
図6は、AIへの準備ができている日本企業とできていない日本企業の差を示しています。AIへの準備ができている日本企業の80%が、「経営幹部による投資やコミットメントが業務におけるAIアプリケーションの開発や活用を効果的に推進する」ことに対し、「そう思う」「強くそう思う」と回答しています。これは、AIへの準備ができていない日本企業(43%)のほぼ2倍にあたります。
AIユースケースのポートフォリオを構築するには、通常はまず解決すべき業務上の問題をいくつか選択します。次に、これら業務上の問題を解決できるAIアプリケーションの種類を検討します。アプリケーションの開発を始める前に、ユースケースでどんなインパクトを得たいのかを定義し、運用開始後にはそのインパクトがどれだけ得られているかを測定することが重要です。全てのユースケースにこの規律を適用すれば、AIアプリケーションが特定の業務状況においてどれだけ効果的か、期待していたインパクトをもたらす能力があるかを把握できます。
特定の限られたユースケースに焦点を当てたほうが、インパクトをもたらしやすくなります。例えば、顧客との関係やクロスセルの改善に向け、顧客の「名寄せ」を自動化するために、AI活用法の検証を試みる場合を見てみましょう。さまざまな部門がさまざまなプロセスで得た顧客記録を複数のシステムやデータベースに保存している場合、これを一覧にまとめることはほぼ不可能です。その結果、顧客への連絡に一貫性がなくなり、プロモーションキャンペーンの最適化が難しくなります。手動での整合処理は時間がかかりすぎることがほとんどです。AIといくつかのシンプルなルールを組み合わせれば、通常、正確性と処理速度を向上することができます。こうしたユースケースを選択する場合、例えば「翌月末までに全ての顧客についてサービスに関するコミュニケーション履歴の少なくとも90%を把握し、連絡をとること」のように、期待するインパクトを定量化しておくことが重要です。
ある精密機械企業のイノベーションチームは、過去1年間、複数のAI実証実験に取り組んできました。チームはいくつかの有望なユースケースを特定した上で、それをスケールアップし、大規模な利益につなげようと考えていました。この事例からは、「各種基盤の構築」に付随して取り組むべきことが見えてきます。
イノベーションチームは、業界でもよく知られた実証済みのAIユースケースから検討を始めました。予知保全、電力消費の最適化、故障の検出などが候補に挙がっていましたが、実証実験として最も有望なのは、工場設備からのIoTデータを使用した予知保全のAIアプリケーションでした。この実証実験において、使用状況とストレスデータを監視してメンテナンススケジュールを最適化すれば、製造スケジュールの中断を最小限に抑えられることが明らかになりました。実証実験では生のIoTデータの収集、クレンジング、ラベル付け、分類を手動で行っていましたが、イノベーションチームは、AIアプリケーションの導入を計画する上で、このプロセスがスケールアップの妨げであると認識しました。そこでイノベーションチームのリーダーは、CIO(最高情報責任者)に支援を求めました。
CIOはAIアプリケーションがもたらし得る価値を理解しました。そして、イノベーションチームのリーダーが提起した問題は、AIアプリケーションに必要なデータだけではなく、工場の全てのデータに当てはまることを認識しました。CIOはデータ基盤の刷新を行うプロジェクトをすぐに開始し、CTO(最高技術責任者)と協力し、まずはイノベーションチームが必要とするデータを処理することを提案しました。つまり、データの収集、保存、利用、ガバナンス、保護の仕組みを最新のものにする「データトランスフォーメーション」に着手することにしたのです。
1年後、このデータトランスフォーメーションプロジェクトによって、IoTデータの収集、クレンジング、ラベル付け、分類に関わる多くのプロセスが自動化されました。これによりイノベーションチームは、予知保全AIモデルのトレーニングと検証に最適な高品質のデータを入手可能になりました。さらに副次的な効果として、イノベーションチームは電力消費の最適化と故障の検出のためのAIアプリケーションも開発することができました。
データトランスフォーメーションへの取り組みを通じ、CIOは、自社の従業員と経営陣の多くが、デジタルとAIのリテラシーが極めて低いことに気付きました。そこで人事部と協力し、アップスキリングのためのプログラムに全社で取り組みました。デジタルとAIのリテラシーが向上するにつれ、シニアリーダーたちはAIの導入を積極的に計画、実行し、目に見えて支援するようになりました。その結果、イノベーションチームのユースケースのポートフォリオにおいて、有望なAIアプリケーションの開発がさらに加速することにもつながりました。
10 デジタル時代に求められるスキルとマインドセットを身につけるための継続的な取り組み
PwCは、日本、そして世界中で、製造、エネルギー、食品、医薬、テクノロジー、金融、公的機関など各セクターにおけるクライアントの業務へのAI導入を支援しています。その結果、地域と企業によってさまざまな優先課題があることが分かってきました。
今回の調査では、米国と日本の企業におけるAIの活用の優先課題に関して、詳細に質問しました。米国と日本の比較を以下の図7に示します。
米国の回答者は、AI活用の目標を明確にする取り組みである「AIの投資利益率(ROI)を測定する」(24%)、「AI活用のビジネスケースを作成する」(20%)、「AIシステムの予算の承認を得る」(18%)が明確な優先課題と見なしていることが示されました。次に、AIの活用に向けた人材とスキルに関する取り組みである「従業員がAIシステムを利活用できるように訓練する」(9%)、「AIシステムに習熟した従業員を雇用する」(9%)が続きました。
一方、日本の回答者における優先課題はより多様です。最も優先度の高い課題は「AIの取り組みを試験段階から実用段階に移行させる」ですが、これを選択した回答者は全体の11%でした。この優先課題の多様性は、日本企業が多くの分野でAIの利用が試行段階にあり、全社的な取り組みにはまだ移行していないことを示しています。
2019年の米国のAI予測調査の結果を振り返ると、当時の米国企業の優先課題も非常に多様であることが分かります。それから約1年半を経て、米国の企業はAI活用の目標を明確にする取り組みを通じてAI活用の実用段階に向けて本格的な投資を開始し、試行段階から広範な実装と展開へと移行していることが今回の調査から示唆されます。
PwCがAI活用を支援してきた経験から、企業の業界や規模に関係なく、ビジネスをAIおよびアナリティクスに対応するための変革には、大きなインパクトと利益を生み出すまでに最低3年かかることが明らかになっています。トランスフォーメーションの最初の段階では、多くの場合、複数の実証実験がそれぞれ独立に行われます。続く第2段階では、実証実験は組織内で連携が取れるようになり、いくつかの成功した取り組みを拡大させることに焦点が移ります。その後も実証実験を継続し、成功した取り組みの拡大に引き続き注力することが重要です。
クライアントの1社である世界的な投資銀行は、2年前にAI活用の展望について定義づけを開始し、2020年にAIアプリケーションの開発を始めました。2018年にユースケースを特定してから、実際にそのユースケースの実証実験を始めるまでに約1年かかりました。そして、これらの実証実験が効果を発揮し始めるまでに、さらに6カ月かかっています。現在同行は、当初の実験の範囲を広げ、組織全体にAIを導入する方法を検討しています。このような進行は、PwCのクライアントの多くと比較しても、遅いわけではありません。
公的機関セクターの別のクライアントは、2017年にAIによる変革に着手し、3年後にAIを本格稼働させました。まず複雑なAIアプリケーションの構築を目的に、30人のAIスペシャリストを擁するAIセンター・オブ・エクセレンス(COE)を立ち上げました。1年後の検証で成果が得られなかったため、再び原点に立ち返り、「ありふれた」ユースケースでAIを活用することに力を注ぎました。再検討から2年後には、AI COEは真の価値を発揮するようになり、100人のAIスペシャリストからなる組織へと成長しました。
組織の変革は長期的な取り組みです。そのため、できるかぎり速やかに着手すべきだと言えます。また、その過程で頻繁に起きる重大な問題への対応によって焦点がぼけることのないよう、ロードマップを作成しておく必要があります。 AIによる変革のユースケースを、その複雑さと成果を出すまでの時間に応じて優先順位付けすれば、短期間で成果を出すことができ、その後の投資の促進につながります。また、社内で組織能力を構築する一方で、ベンダーや戦略的パートナーなどのAIエコシステムを活用し、重要ではないコンポーネントをArtificial Intelligence as a Service(AIaaS)としてアウトソーシングすることも可能です。
ある日本のインフラ企業に新設されたAI推進本部の本部長は、社内にAI技術の導入を推進するという使命を課されました。具体的な目標は設定されておらず、KPIも予算もなく、IT部門から割り当てられたチームメンバーも少人数でした。当然のことながら、同本部長は当初、選択肢のあまりの多さに呆然としましたが、ロードマップを作成し、AIエコシステムを活用することにしました。
最初のステップは、次年度のロードマップを作成することでした。AI推進本部長は、技術的能力、ニーズ、優先課題という観点から社内の現状を整理し、次に会社としての目標と、それを達成する方法も確認しました。本部長の提案をもとに多くの議論を行い、最終的には、全社で合意した目標を達成するために必要な投資がはっきりしました。この計画段階の調査で、いくつかの部門がすでにAI技術の実証実験を行っており、業務プロセスの自動化、高度化に取り組んでいることが分かりました。AI推進本部長はこれらの部門との情報交換を通じてAIイノベーションがすでに実現し始めていることを理解し、AI推進部門がこれらすべての独立した取り組みに関する知識を共有し、進歩を加速し、投資を調整するのを支援すると確約しました。これにより、AIプロジェクトを評価して優先順位を付けるとともに、組織に対するAIイニシアチブの影響をどう最大化するかも明確になりました。
次にAI推進本部長が行ったのは、結果の出やすい、明確に定義づけされた問題を対象としたプロジェクトを選択することでした。シンプルなユースケースから始めることで、新しいチームが構築したAIプロジェクトのポートフォリオは全社の賛同を得て、将来のプロジェクトへの推進力を高めることができました。これは他部門にも刺激を与え、独立したAIチームは組織せず、部門内のイノベーションチームの一部として、または財務部門や人事部門の確立されたチームにおいて、AIの実証実験が始まりました。AI推進部は多くの業務を手掛けるようになりました。
当初、AI推進本部は、AIプロジェクトの実施に関して、非常に限られた経験と能力しか持ち合わせていませんでした。AI推進本部長はこの最初の課題を解決するため、外部のAIベンダーと提携することを選択し、日本国内で提携可能なAIパートナーとベンダーをリストアップして、パートナーを選定しました。そして明確に定義された協業契約のもと、AIアプリケーションを共同開発しました。AIパートナーやベンダーのエコシステムを積極的に活用できたことで、目的に叶ったAI導入の取り組みを大幅に加速できました。幸いにも、AIベンダーとパートナーの活気あるエコシステムが構築されており、アドバイスからAI導入を実現しやすくするツールまで、多岐にわたる支援を受けることが可能になっています。
部門によっては、必要なAIアプリケーションの作成、導入、保守に関して十分な技術的、ビジネス的な専門知識を持ち合わせていたため、AIパートナーやベンダーのエコシステムを利用しなかったところもあります。部門それぞれの事情により、最適な選択はさまざまです。
AI予測調査により、日本のビジネスリーダーが抱えるさまざまなAI関連の課題が明らかになりました。PwCは、日本企業が今後数年間にわたり取り組むべき優先課題として、次の3つを提示しました。
そして、これらを実現するための3つの異なる事例を紹介しました。
この3つのストーリーには、成功につながった1つの共通点があります。それは経営層の関与です。
クライアントを支援する中で、トップリーダーがプロジェクトに深く関与することが成功への近道であること分かっています。三菱UFJフィナンシャル・グループは、今年初めにDXを加速するために元CDTO(最高デジタルトランスフォーメーション責任者)をCEOに任命しましたが、これはトップリーダーの関与の重要性を象徴した事例と言えます。リーダーは目に見える形で関与し、組織に対してAI活用推進の強力な実例を示す必要があります。これには、従業員のアップスキリングへの投資だけでなく、AIに関する自身の教育への投資も含まれます。
最後に、これらの優先課題の全てが確実に成果につながるよう、企業はそれらの統合を包括的に考える必要があります。ケーススタディでは、3社それぞれに異なる企業幹部を紹介しましたが、実際には全ての企業幹部が、全ての優先課題に同時に取り組まなければなりません。そして、目標の明確化、各種基盤の構築、AI活用方法の継続的な模索と拡大への移行を繰り返す必要があるのです。AIの実装は、複雑化の一途をたどっています。企業幹部は、リスクを最小限に抑えつつ、AIを活用したアプリケーションへの信頼を構築するという心構えを持ち、この複雑なプロセスを一歩ずつ進めていく必要があります11。
レポートの冒頭で紹介した、ラグビー日本代表チームの感動的な成功に立ち返ってみましょう。ラグビー日本代表は、ワールドカップに備えてさまざまなアプローチを試み12、チームのキャプテンであるリーチマイケルのリーダーシップのもと、多様な強みを持った才能あふれるチームを組織しました13。ラグビー日本代表と同様に、日本企業は2020年、AIを活用することで経済の停滞を覆し、国全体の活性化を目指すことができるでしょう。
本レポートが、日本企業がAI活用のさらなる推進に向けた次の一手を検討する際の一助になれば幸甚です。PwCはその成功に向けて日本企業を支援します。