サステナビリティは、最初からビジネスのオペレーションに組み込まれているため、ネットポジティブなものです。唯一のコストと言うべきものは、今日の新たな顧客層向けの製品を作るべく会社を変革せず、そのために市場シェアを失うことです。
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製造業界大手のABBは、経営上層部の報酬方針をサステナビリティ目標の達成と連動させています。世界最大のセメントメーカーであるホルシムは、サステナビリティとイノベーションを統合し、それを一人の経営幹部の仕事としました。インドのコングロマリットであるタタ・グループは、ブランドエクイティの定量化にサステナビリティを活用しています。これらは、世界の巨大な産業群が新時代のために改善を図っていることを示す、ごく一部の例です。その新時代においては、温室効果ガス排出の管理、エネルギー消費、廃棄物管理、グリーン製品の開発、水の保全といったサステナビリティは、もはやコストではなく、決定的な企業価値差別化要因とみなされます。
テスラの時価総額1兆米ドルを、他の自動車メーカーの時価総額と比較するだけで、低エミッションやゼロエミッションという選択肢が、いかに低コストまたはノーコストの選択肢ともなり得るかが分かるでしょう。テスラの例から改めて認識されるように、そこに達する経路は、小手先の修正を加えることや、複雑なコストのトレードオフに苦労することではなく、サステナビリティを企業の行動や在り方の中心に据えることです。しかし、こうした潮流の中で経営のかじ取りをしている製造業の企業幹部にとって、おそらく最大の疑問は、それをどう実践するかでしょう。
サステナビリティは、最初からビジネスのオペレーションに組み込まれているため、ネットポジティブなものです。唯一のコストと言うべきものは、今日の新たな顧客層向けの製品を作るべく会社を変革せず、そのために市場シェアを失うことです。
米国、欧州、アジアの、工業、セメント、化学、ファッション、小売といった分野の製造業のリーダーに幅広くインタビューを実施した結果、製造業におけるサステナビリティについて興味深い発見がありました。環境スチュワードシップを推進しながら財務的な利益を上げ、それによって、サステナビリティによってポジティブな利益を生み出すことに最も成功している企業では、脱炭素化やネットゼロという目標が、組織文化、イノベーション構造、ガバナンス体制、報告制度、そして会社全体の存在意義(パーパス)に組み込まれています。これらの企業は、事業運営モデルに思い切った改革を加えることによって、短期的にも長期的にも価値創出と業績改善をもたらす投資として、サステナビリティに取り組んでいます。余分な運営コスト増加をもたらす施策として取り組んでいるわけではありません。
こうした企業は、サステナビリティの意味を従来の狭いものではなく、より良い地球環境を実現するために顧客や従業員、投資家、政府が要求することへの対応ととらえています。このような視点を持つと、サステナビリティは、現在と将来の両方の直接コスト、間接コスト、そして数量化できないコストを認識し、最初から事業運営に組み込むため、ネットポジティブとなります。唯一のコストと言うべきものは、今日の顧客層向けの製品を作るべく会社を変革することをせず、そのために主要消費者セグメントで市場シェアを失うことです。製造業を運営する企業幹部レベルのリーダーを対象とするPwCの調査によると、回答者の半分以上(52%)が、顧客のニーズと行動の変化全てのうち、事業運営に最も大きな影響を及ぼしているのは、サステナブルな製品への需要の増加であると回答しています。また、そのことを最も強く感じているのは工業と消費財セクターでした。2021年に発表されたPwCのレポートによると、顧客の73%が、CO2排出量を減らすために移動手段を変えたいと考えており、従業員の86%が、自分と同じ問題に関心のある会社で働きたいと回答しています。
「サステナビリティは追加コストだと言う人もいるでしょう。しかし、実践すれば当然のこととなり、事業運営に溶け込んでいきます」と、世界銀行グループの一機関である国際金融公社(IFC)で製造業担当グローバルマネージャーを務めるSabine Schlorke氏はインタビューの中で述べています。「事業を形成する一部と見れば、それはコストではなく機会なのです」
このような考え方の変化は次第に投資家の間でも広まっています。PwC最近の調査で判明した重要ポイントの1つは、投資家は投資先企業が直面しているESG(環境・社会・ガバナンス)関連リスクと機会に今まで以上に注意を払っており、それを行動で示す用意ができているということです。80%近くが、投資の意思決定においてESGは重要要素であると回答し、75%が、企業は短期的な収益性が低下するとしても自社事業に関連するESGの問題に対処する費用は負担するべきだと回答し、また、約50%が、ESGの問題に十分な対策を取らない企業に対しては投資を引き上げる意思があると回答しました。
大手であれ中小企業であれ製造業の企業にとって、特にCO2削減負担が大きく、巨大なグローバルバリューチェーンを有する企業にとっては、上述のような現実は厳しいものと思われるかもしれませんが、前進のために克服できない障壁ではありません。世界中の企業との協働を通じて、PwCは、サステナビリティによってネットポジティブな利益を実現するために焦点を当てるべき3点、すなわち計画策定、ポートフォリオ、インパクトを特定しました。以下で順に見ていきましょう。
PwCによる分析の過程で、計画策定に対して非伝統的なアプローチを取っている企業があることが分かりました。これらの企業は、サステナビリティ目標を最初から事業と組織のプロセスに組み込むことによって、有利な状況を得ています。事業を推進するリーダーらに、自らの優先順位の設定と、自らが適していると考える新たな機会の追求を委ねています。会社をシンプルなものとすることを重視し、経営幹部レベルの干渉を最小限とし、冗長な機能や官僚的なボトルネックはできる限り排除しています。そして、採用可能な人材管理のあらゆる方策を用いて、インセンティブと望まれる成果を連動させています。
ABBは2019年に、一大企業変革に着手し、ステークホルダーグループと協議のうえ、会社のパーパスを見直しました。サステナビリティは、同社のパーパスにおいてもステークホルダーのために創出する価値においても重要な一部となりました。スイスに本拠を置くこのコングロマリットは変革の過程で、同社の事業分野(エレクトリフィケーション、プロセスオートメーション、ロボティクス&ディスクリート・オートメーション、モーション)における国・地域構造を排除し、各部署のリーダーに、製品、機能、研究開発活動、損益に関する完全な管理責任を持たせました。
2020年には、ABBは、前サステナビリティ戦略の期間終了後、2030年に向けたサステナビリティ戦略を始動させ、幅広い事業活動でカーボンニュートラルを達成し、顧客が年間CO2排出量を100メガトン以上削減できるようにするという意欲的な目標を掲げました。ただし、この計画の目標の最終決定前に、ABBの4事業分野の300のステークホルダー(顧客、サプライヤー、投資家、公的部門の担当者、NGOを含む)に対して400時間のインタビューを実施するというプロセスを経ています。また、同社の従業員の取り組みに関する年次調査で寄せられた4万件のコメントの分析も行われました。その目的は、ABBが最大のポジティブなインパクトを発揮できる部分を明確にし、同社の競争力の差別化要因としてサステナビリティを強化することでした。ABBは分散型のビジネスモデルを取っていたため、4事業分野全てと各分野内の部署が、2030年サステナビリティ戦略に参加するだけではなく、それを実行できるようにするために、上記プロセスは必要なものでした。そして、聴取した意見や懸念事項は、同計画の目標設定に役立てられました。
「サステナビリティは当社の事業を推進する差別化要因であり、デジタルソリューションと結びついたときに特に有効な要因となります」
極めて重要な点として、ABBは、サステナビリティを同社の事業運営とバリューチェーン全体に組み込むことを決定しました。サステナビリティ関連の取り組みを投資とみなすという選択もなされました。同社の事業分野内の戦略チームが、重要業績評価指標(KPI)の進捗状況報告の主導権を握り、それらを各事業分野の月次・四半期の財務分析、業績管理プロセス、事業レビューに含めることとしました。業績と戦略進捗状況とともに、サステナビリティ目標がABBの業績を見るレンズの一部となっています。取締役会のレベルでは、ABBのガバナンスおよび指名委員会の職責にサステナビリティが追加され、同社の報酬委員会は、報酬を同社のサステナビリティ目標の達成と連動させています。
ABBの計画策定には、イノベーション活動の分散という副次効果がありました。ある試行が1つの事業分野で成功しても、他の事業分野では成功しないかもしれません。いずれの場合も、同社は経験から学び、その洞察を次のプロジェクトに活かしています。すでに達成された1つの成果をもとに、異なる事業分野や部署の社員が、サステナビリティの課題を解決するために協力するようになりました。
「当社の取扱製品や事業分野が、産業、都市、輸送事業者のエネルギー効率やプロセス効率の改善を支援するものであることを考えると、サステナビリティは当社の事業を推進する差別化要因であり、デジタルソリューションと結びついたときに特に有効な要因となります」とABBのサステナビリティ担当グループ責任者Roland Dubois氏は述べています。例えば、屋上ソーラーパネルやその他のエネルギー効率の高い技術の利用によりABBの事業所をカーボンニュートラルにするという投資は、顧客への提供が可能な洞察やソリューションを生み、明確な投資効果(ROI)をもたらします。
適切な計画策定のポイント:
今日の産業の研究開発ポートフォリオは、脱炭素化の好循環を作るために、クリーンエネルギー、電動化、素材、化学、循環性、経済性に焦点を当てた革新的な解決策を生まねばなりません。そのようなポートフォリオを作るためには、企業は従来とは異なるアプローチを取る必要があります。ポートフォリオ設計・管理の成功には、無数の技術とベンチャーキャピタル投資だけではなく、これらの技術やイノベーションを広め、共有する能力と、官・民・市民間のパートナーシップの精神が必要となるでしょう。当然ながら、より良いソリューションや経済性が利用可能になることに伴い、技術とプロジェクトの選択は変わっていきます。また、組織で採用されるためには、高い認知、新たなスキル、考え方の変化、目標設定への新たなアプローチ、インセンティブの確立が必要となるでしょう。
スイスのセメント建築資材大手のホルシムは、2021年3月、同社の最高サステナビリティ責任者の役割を拡大してイノベーション活動も含めることを決定しました。この決定について考えてみましょう。この経営幹部レベルのポジションは現在、社内のグローバルな研究開発戦略・組織のリーダーとして開発を監督することに加え、学界からスタートアップまで社外とのイノベーション協力も担当しています。
ホルシムの幹部の一人によると、上述の変更の理由は、従業員、顧客、規制当局、そして投資家といった全ステークホルダーへ向けて、イノベーションへの投資は、サステナビリティ目標に資する投資であるべきというメッセージを発することにありました。実務的な戦術として、この措置は、それまで共通点のなかった2チーム間のコラボレーションとナレッジトランスファーの促進を意図したものでした。両分野の専門能力の共有とさらなる緊密な協働により、同社の2030年サステナビリティ目標を推進する、より賢明な研究開発の決定が可能になると考えてのことでした。サステナビリティ目標というのは、SBTi(科学的根拠に基づく目標イニシアチブ)によって検証されたCO2削減目標の達成、淡水の取水強度の低下、1億トンの廃棄物のリサイクルなどです。現在では、研究開発投資を開始する際には常に、サステナビリティ目標の達成に役立つかを問うことになっています。
今日では、ホルシムの研究開発プロジェクトの80%以上が、広範なグリーンソリューションに特化したものです。例えば、コンクリート使用量を60%削減できる3Dプリンティング、セメント生産の焼成プロセスの反転、建物のエネルギー効率を向上させる断熱フォームなどです。排出量の削減が困難と考えられている業界において、ホルシムの功績は特に注目すべきものです。また、最高サステナビリティ責任者の役割を拡大しチームを再編成することによって、ホルシムは、イノベーションパイプラインのコントロールと管理の強化を通じ、サステナビリティに一層貢献できる体制を整えました。パイプラインには、素材への投資、データアナリティクス、人工知能、デジタル化、コンソーシアムや大学との協創が含まれています。
イノベーションポートフォリオ再構築のポイント:
気候危機はリアルタイムで変化しており、サステナビリティへの自社の取り組みの成果を測定する方法もそれに合わせなければなりません。そうした成果には、市場シェア、ブランド認知度、株主価値、排出量削減とネットゼロの目標達成に向けた進捗状況、政府のインセンティブを自社がどのように利用しているかといった、有形・無形のインパクトが含まれます。どのようなアプローチにせよ、インパクトを組織文化に浸透させる必要があります。
インド最大のコングロマリットの1つであるタタ・グループは、電力、自動車、航空、鉄鋼、化学その他の産業を手掛けており、温室効果ガス排出に対する新規制や気候変動に関するリスクにさらされています。10年余り前、タタ・グループは全事業に対して、自らのカーボンフットプリントの測定と予測を行い、独自のKPIを設定し、業界内での比較分析を行うことを要求しました。これは、全社的に積極的な削減行動を取ることを狙いとするものでした。
タタ・グループは、多様な事業に適用する気候変動対応方針の設計という課題に取り組むため、集権的な組織であるタタ・サステナビリティ・グループを設立しました。その目的は、タタ製品とサービスのライフサイクルフットプリントを削減し、イノベーションを通じた成長のけん引を最善の方法で行う統一戦略を開発し、その後、タタのグループ企業各社の戦略チームと緊密に連携して効果的な計画を立てることを、サステナビリティの専門家から成る専任チームに委任することにありました。社内カーボンプライシングは業種によって大きく異なるため、カスタマイズすることが特に重要でした。例えば、ソフトウェア事業が直面しているCO2削減の課題は、蒸気プラントの課題とは大きく異なるものです。
このアプローチは成功を収めました。タタは製造業においてアジア全域でサステナビリティをリードする企業の1つとなっています。脱炭素化は実際のコストを伴うものですが、タタは短期的・長期的なインパクトとROIを別個に考えています。タタにとって、サステナビリティは、ブランド価値の数量化において大きな役割を果たすものであり、同社が2021年に算定したブランド価値は213億米ドルです。その考えによれば、ブランド価値を把握し、最適化することによって、企業は長期的な利益を獲得するために強力な戦略に投資することが可能となります。
さらに、タタはサステナビリティを重視することで、資本投資や融資を受けやすい立場にあります。世界の投資家は、企業のESGへの取り組みとそれが生み出すリターンをより明確に知りたいと考えるようになっているため、2021年にタタの経営陣はグループ企業に対して、ESGコンプライアンスの詳細な評価を行うことを課しました。
最大のインパクトを発揮するためのポイント:
「これは地球のために良いだけではなく、長期的に見て良いだけでもありません。今後5年間の事業のためにも良いのです」
靴とアパレルを扱う米国企業のオールバーズが5カ年サステナビリティ戦略を策定した際、同社の創業者は、サステナビリティはコストがかかると同時にコストの節約にもなることをすぐに認識しました。そのため、意欲的な計画を現実のものとし、全社的な賛同を得るために、オールバーズのサステナビリティチームはあらゆるコミットメントのコストと節約分を数量化することに気を配りました。例えば、サステナブルな素材と研究開発費の拡大は投資を要し、これらはコストとして計上されました。その他のサステナビリティの取り組み、例えば航空輸送より海上輸送を優先することなどは、コストの節約につながりました。これらを総合し、オールバーズの5カ年計画に盛り込まれた10種類のサステナビリティ推進策全体で見ると、コストは低下することとなりました。
「これには皆が沸き立ちました」と、オールバーズのサステナビリティ担当責任者のHana Kajimura氏は述べています。「地球のために良いだけではなく、長期的に見て良いだけでもありません。今後5年間の事業のためにも良いのです。現在では、それを裏づける、より多くの材料が確認されています」
発行者:PwC
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※本コンテンツは、PwCが2021年10月28日に発表した「Sustainability in manufacturing: Delivering net-positive returns」を翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。