{{item.title}}
{{item.text}}
{{item.title}}
{{item.text}}
2021-03-05
経済産業省の「DXレポート」(2018年)が指摘するように、既存の基幹系システムの複雑化・ブラックボックス化は、企業・社会のデータ利活用とデジタルトランスフォーメーション(DX)推進の阻害要因となっています。こうした中、肥後銀行が経営主導で進めた基幹系システムの更改が、オープン化によって効率化や外部サービスとの連携強化を実現した成功事例として注目を集めています。そこで今回は、CIOとして同プロジェクトを統括し、現在は同行の代表取締役頭取および同行を傘下に持つ九州フィナンシャルグループ代表取締役社長を務める笠原慶久氏をお迎えし、更改プロジェクトの全容と地域への波及効果、経営主導のDX推進などについて、同プロジェクトのモニタリングとアドバイス提供に携わったPwCあらた有限責任監査法人(以下PwCあらた)パートナーの宮村和谷と議論を深めました。(本文敬称略)
笠原 慶久 氏
肥後銀行代表取締役頭取および九州フィナンシャルグループ代表取締役社長
宮村 和谷
PwCあらた有限責任監査法人 パートナー
(左から)笠原 慶久 氏、宮村 和谷
肥後銀行代表取締役頭取および九州フィナンシャルグループ代表取締役社長 笠原 慶久 氏
宮村:
肥後銀行は2019年7月にオープン基幹系システムの稼働を開始されましたが、今回のシステム更改のねらいはどこにあったのでしょうか。メインフレームによるシステムの運用ではどのような課題が生じていたのか、オープン化でそれをどう解決しようとされたのかをお聞かせください。
笠原:
オープン化のねらいは既存システムの課題と表裏一体で、大きく5つありました。①コスト削減、②外部連携の推進、③顧客管理・マーケティングの高度化、④安全性の向上、⑤自由度の確保です。
1つ目のコストは、完全にオープン化することで、従来比で25%の削減につながりました。これは経営に非常に大きなインパクトをもたらします。既存のメインフレームシステムは、長年多くの機能を追加してきたことで複雑化していました。オープンシステムでは複数の銀行が共通プラットフォームを利用することで運用コストが下がるだけでなく、プラットフォーム上に機器やアプリケーションを自由に組み込めるため、業務ごとに独立したアプリケーションを再構築し、全体の効率化を図ろうと考えました。
2つ目の外部連携では、さまざまなチャネルを柔軟に連携できる機能を活用し、対面・非対面を問わず、各チャネルを接続する仕組みを標準化することで、外部サービスを簡単かつ安価に追加できるようにしました。
3つ目のマーケティングについては、あらゆるトランザクションデータにCIF(顧客情報ファイル)を付加し、それを軸としたデータベースへの変更を行うことで、お客様第一の管理体制を構築することを目指しました。従来は口座単位、支店単位の管理でしたが、CIFで管理することでお客様ごとの収益管理・取引管理へと転換できるほか、今後銀行だけでなく九州フィナンシャルグループ全体で情報共有できる仕組みを整えていけば、より包括的なマーケティングが可能になります。これに加え、顧客情報をリアルタイムに反映したり、ビッグデータとして活用したりといったことにも取り組んでいきたいと考えています。
宮村:
なるほど、いずれも経営に直結する大きな効果ですね。安全性と自由度については、システム面での課題解決に向けたねらいでしょうか。
笠原:
はい、安全性に関しては、従来の部分的なバックアップ体制から2拠点によるフルバックアップ体制へと移行することで、飛躍的な向上を実現しました。また、自由度の確保については、複数の銀行で基幹系システムを共有する共同化の場合、仕様変更に他行の合意を得る必要があったり、変更を加えると取引量に応じた費用がかかったりするなど、機動性や採算性に欠けるところがあります。一方、今回のように共通プラットフォーム上に個別の銀行システムを構築する場合には、当行独自の判断ができるため、自由度が上がります。汎用性や価格、管理のしやすさなどさまざまな検討要素がありますが、完全共同化によって汎用的なシステムを安価に利用するか、あるいは価格よりも自行でコントロール可能なシステム構築を目指すのかを考えた時、当行は後者を選びました。
宮村:
今回のプロジェクトでは、監査部門による業務執行部門への内部監査に加え、PwCあらたが社外の専門家の立場から進捗や品質のモニタリングとアドバイスを行いました(図表1)。このような体制を敷いた背景をお聞かせください。
笠原:
規模の大小を問わず、銀行を舞台としたシステム関連の事故やリリース後のトラブルはさまざまに起きていますし、金融当局からも確固たるプロジェクト管理体制の構築を求められていました。そのため、検討の初期段階から内部監査に加えて社外の専門家によるモニタリングを入れるべきだとの問題意識を持っていました。
その上でPwCあらたにモニタリングとアドバイスをお願いすることになった決め手は、質の高い提案にありました。コストを優先しての判断ではなく、銀行を含むプロジェクト管理体制の評価に実績があり、ITの専門家を含めた信頼できるプロフェッショナルがいることを重視しました。個別プログラムの品質評価までスコープ内であったのも、他社にはないポイントでした。
PwCあらた有限責任監査法人 パートナー 宮村 和谷
宮村:
今回の基幹系システム更改プロジェクトは、共通プラットフォーム活用の最初の成功事例として銀行業界から大きな注目を集めています。前例のないプロジェクトを推進する過程でさまざまな課題に直面したかと思いますが、それらの課題を解決して成功に至った要因をどのように分析されていますか。
笠原:
要因としてまず挙げられるのは、盤石なプロジェクト管理体制を構築できたことです。システム部門とユーザー部門にまたがるプロジェクトチームを組成し、経営による継続的・定期的なチェックと監査部による監査を実施すると共に、専門家としてPwCあらたにモニタリングとアドバイス提供をしてもらうことでそれを補完する体制を整えました。この体制でプロジェクトに臨んだことにより、初期段階で数々の問題点を洗い出し、解決できたため、その後の進行は非常に円滑でした。
また、私たち経営陣を含めて、「全社プロジェクト」と認識して取り組んだことも成功要因の1つです。私自身もCIOとして、途中からは頭取としても積極的に会議に参加し、足繁く現場に通ってディスカッションを重ね、経営陣がコミットする姿勢を社内に明確に伝えました。自戒を込めて申しますと、システム更改をする際の悪例として、とかく外注先に丸投げになることが指摘されます。自行で運用していくシステムなのですから、それでは事が上手く運ぶはずがありません。ベンダーに依存することなく、外部の知見を取り込みつつ、あくまで自行で責任を持つ。その点を強く認識しながら、時には商品設計の見直しにも踏み込み、膨らんでいた業務要件も減らし、スケジュールに無理が出たところはユーザー部門の協力を得て解決していきました。
成功要因をもう1つ挙げるなら、「恐れずに勇気を持って判断したこと」です。計画当初は当行が今回導入したシステムの初事例となる予定ではなかったのですが、他行の進捗との関係で途中から我々が先行する可能性が出てきました。ファースト行となると留意すべき事項も増えるので、そこでリリース時期を遅らせるという判断もあり得ましたが、先述のようにしっかりとした体制で全社的にプロジェクトの進行を把握できていたこと、構築ベンダーやPwCあらたとも円滑にコミュニケーションが取れていたことなどから、延期しないという決断をしました。これについては、PwCあらたから単なる体制評価だけでなく成果物の信頼性の担保に向けた質の高いアドバイスを得られたこと、タスクフォースのアドバイザーとして別のコンサルティング会社にも入ってもらい二重で外部からの評価を受けたことで、独善的な判断を避けられた点が功を奏したと考えています。
宮村:
今回のプロジェクトを通じて戦術の5つの目標を達成できたほか、副次的な効果もあったのではないでしょうか。例えば、システム部門だけでなく、ユーザー部門や企画部門も一丸となってプロジェクトに取り組んだことで、組織を超えた育成の場につながった印象があります。
笠原:
そこはまさに、このプロジェクトを通じて期待し、しっかりと取り組もうとした点です。次世代を担う若手行員にも主体的にプロジェクトに参画してもらい、新システムを熟知させるという教育効果を見込んでいました。これは、すぐに効果が出てきています。
同時に、プロジェクト管理業務のレベルも格段に上がりました。近年、当行にはこれほど大規模なプロジェクトの経験がなく、またこれまではシステム部門が単独でプロジェクト管理を担っていました。そうした中で、PwCあらたから厳しい評価と的確なアドバイスをもらったことは非常に有益でした。これまでの当行の基準からすると、当初は現場から「そこまでやるのか」という声も上がりましたが、高いハードルを乗り越え続けることで、プロジェクト管理のスキルが大きく向上し、自信も付きました。
もう1つの副次効果は、契約管理です。プロジェクトの途中でPwCあらたから「契約管理を強化すべき」との意見をいただき、緻密にサポートしてもらったことで、ベンダーとも対等に膝を突き合わせられるようになりました。契約書に当行の知見を知的財産として盛り込むなど、今後のビジネスを見据える上でも貴重な経験が得られたと考えています。
宮村:
DXへの取り組みが急務となる中、行内での部門を超えた人材育成は極めて重要ですね。
笠原:
その通りです。当行のIT統括部はこれまで「ITの専門家」を育成することを目標にしてきましたが、今回のプロジェクトを機に方針を変えました。ITの専門家は当然必要ですが、DXの時代にはIT人材が枢要な部署に入り込み、そこで率先垂範することが重要です。逆もまた然りで、枢要な部署の行員がIT部門で知見を蓄えることも有用でしょう。若手だけではなく、マネージャークラス、部長クラスまで、こうした人材交流を推進し、ITに強い人材を育成していく計画です。
肥後銀行 取締役常務執行役員
德永 賢治 氏
(笠原取締役頭取(当時CIO)の後任として当プロジェクトの全体統括を担当)
従来のシステム更改では、どちらかと言うとシステム部門やベンダー任せの姿勢がありましたが、そこから大きく舵を切り、スタートの時点で自分たちで作り上げるという意識を持ったことが、これだけ重大なプロジェクトを完遂できた基盤になったと思います。PwCあらたからは時に耳が痛くなるような指摘を受けましたが、それによってチーム内で方向性をしっかりと共有し、社内の理解を醸成して全社的な協力態勢を築くことができました。
肥後銀行 経営企画部長
桐原 健寿 氏
(2019年9月までIT統括部次期システム開発室長として当プロジェクトを現場でリード)
これまでは多くの業務をアウトソースしていたため、プロジェクト管理のノウハウが蓄積していなかったのですが、新システムを計画通りにカットオーバーできたことは、若手行員も含めてIT統括部の大きな自信になり、財産にもなりました。現在もDXに関連した複数のシステム開発を同時並行で進めていますが、いずれも順調に進んでおり、今般の基幹系システム構築の経験を生かせていると感じています。
PwCあらた有限責任監査法人 ディレクター
高橋 卓也
(PwCあらた側のモニタリング管理者として当プロジェクトを担当)
私も過去にシステム開発側で難しい局面を経験してきたため、モニタリングにおいて厳しい指摘をする上では心苦しく感じることもありました。ただ、立場は違えど、プロジェクトを成功させるという目標は同じであることを念頭において、専門家としての役割を果たすことが何より大事だと考えました。この難易度の高いプロジェクトを計画通り完了できたのは、関係者の皆様が高い意識を持ち、我々のアドバイスに真摯に耳を傾けながら一つ一つ課題を克服された結果だと思います。
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。