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2021-06-22
大阪ガスUSA(Osaka Gas USA Corporation)コーポレートストラテジー部門の方々と、米国における脱炭素化の予兆察知のための指標ならびにダッシュボード構築のプロジェクトを振り返る本稿。後編では、データ分析のフェーズにおいて直面した課題や、人工知能(AI)と人間のあるべき役割分担などを取り上げます。
林 直久 氏
大阪ガスUSA(Osaka Gas USA Corporation)計画部 シニアヴァイスプレジデント(プロジェクト当時)。
香川 洋平 氏
大阪ガスUSA(Osaka Gas USA Corporation)計画部 ヴァイスプレジデント
津崎 賢治 氏
大阪ガスUSA(Osaka Gas USA Corporation)計画部 ヴァイスプレジデント
三善 心平
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
枝元 美紀
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー
本記事は、2021年5月に日本と米国ヒューストンをつないで収録した内容をもとに作成しました。収録に際しては新型コロナウイルス感染症(COVID-19)予防対策に万全を期し、実施しました。
林 直久 氏 大阪ガスUSA(Osaka Gas USA Corporation)計画部 シニアヴァイスプレジデント(プロジェクト当時)。
香川 洋平 氏 大阪ガスUSA(Osaka Gas USA Corporation)計画部 ヴァイスプレジデント
枝元:
話をダッシュボード構築のフェーズに移しましょう。世の中の脱炭素化に関する兆候のデータ収集・分析から可視化までを11週間という短期間で実施するものでしたが、非構造化データの定量化、すなわちSNS上のデータを定量化し、機運を数値として読み取ることは、一般的に考えて非常にチャレンジングと言えます。SNS上のテキストを定量化できればトレンドが分かるというのは理に適っているものの、膨大な情報を分析することが本当に可能なのか、心配や懸念があったのではないでしょうか。
林:
おっしゃるとおりで、非構造化データを本当に定量評価できるのかという点は一番の関心事であり、同時に一番の懸念点でもありました。比較的若い世代の意識変化を社会のトレンドとして把握することは必要と思ってはいたものの、枝元さんをはじめ皆様から「それらを定量化してみないか」とのご提案をいただいた時は、正直、「都合のよいデータ取得・分析にならないか。恣意的な内容にならないのか」という懸念があったのは確かです。ですが、まずはチャレンジしてみようという気持ちで始めてみました。
三善:
従来の業務オペレーションで世論をSNSや口コミなどから人間による目視で把握しようとした場合、どうしても局所的なサンプル抽出になりますし、ピックアップする内容に担当者の恣意性が影響してしまうことは否めません。AIのよい点は、網羅的かつ客観的に話題の分類と構成比を捉えられることです。ただし、データソースとなるSNSユーザーの母集団や、分析対象とするコメントを抽出するためのキーワードについては、十分に留意する必要があります。
枝元:
当プロジェクトにおいてもSNS上の投稿を分析する上で、モニタリングするキーワードの設定には時間を掛けましたよね。
香川:
そうですね。環境問題や気候変動に関連するキーワードとしては「化石燃料」「パリ協定」「脱炭素」などさまざまな候補が挙がりましたが、最終的には「Green New Deal(GND)」を選択しました。GNDは米国での関心が非常に高い環境政策ですので、人々のSNSへの意見投稿数や賛否両論のコメントをデータとしてたくさん取得できると推測しました。まずはAIによる分析を体感してみることも本プロジェクトの目的の1つでしたので、あれこれと深く考え過ぎず、思い切ってテーマを選択しました。
枝元:
今回は一種のトライアルでもありましたし、「まずはやってみよう」という、よい意味での割り切りはとても大事ですね。Green New Dealという単語がハッシュタグとして用いられた投稿は、2015年から2019年において米国だけで約17.5万件ありました。この膨大な情報の数値化に三善さんが中心となって取り組んだのですよね。
三善:
はい。今回は、自然言語処理の中でも2つのアプローチを使用しました。1つは、SNSかつ英語の専門アルゴリズムであるVADERを使い、それぞれの発言がポジティブなのかネガティブなのかを判定する感情分析、もう1つは当プロジェクト独自のSTEEP(Society(社会・文化・ライフスタイル)、Technology(技術)、Economics(経済)、Environment(環境)、Politics(政治)の略)の視点からカテゴライズする手法の開発です。Green New Dealに関する発言は多岐にわたり、政治、人権、福利厚生、社会インフラ、環境など、さまざまな内容が含まれます。これらを正しく分類するには、テクノロジーのみならず米国社会への理解や業界知見も不可欠であり、ノウハウが詰まったアルゴリズムですね。
枝元:
津崎さんは物理統計学を専攻されていたりと、テクノロジー分野への造詣が深いですが、自然言語処理の結果をご覧になってどのように思われましたか。
津崎:
私自身の過去の経験は、数値化された構造化データの分析に特化していたため、今回の非構造化データの分析手法そのものに新鮮さを感じました。米国では日常生活のさまざまな場面で、音声やチャットの発言内容を瞬時に解析し、各種サービスに役立てている事例を頻繁に見かけます。そのため、高度な自然言語処理技術が確立されている印象は持っていました。こうした技術がSNS上の人々の感情分析に応用できるレベルにまで達している点に、純粋に感銘を受けました。
枝元:
米国では、日本ではあまり考えられないような動きがSNS上で見受けられます。大統領選のテレビ討論会での候補者の発言が「バズる」、環境保護団体主催のイベントの告知がグローバルに派生する、太陽光発電を導入しているユーザーが日々その利点を発信するなど、世代を超えてさまざまな感情がストレートに表現されているように思います。テキストなしで画像や動画が発信されることも多く、感情の訴え方も多様ですね。
三善:
そうですね、そうした状況に対応して、分析方法も多様化しています。例えば画像解析により、映っている画像の判別(犬、猫など)だけではなく、それがどのようなシーンなのか、人々の顔から属性(性・年代)や感情を推定することも可能になっています。音声については単純に文字に起こすだけではなく、声色、波長から感情を推定する技術も発達してきています。今回は文字データのみを分析しましたが、今後、世の中の声をより把握するためには、画像や動画を活用していく動きが加速すると考えられます。
枝元:
ファクトである構造化データと、世論を数値化した非構造化データを分析する上では、相関分析・決定木分析を通じて脱炭素化の機運を高め得る先行指標を発見することをゴールにしました。その過程でどのような気付きがありましたか。
香川:
機械が算出した分析ですので、データ間の相関性自体は事実なのですが、「なぜ相関性があるのか」を理解するのが非常に難しかったです。なぜこのデータ群に相関が見られるのかを納得するためには、人間が持つ論理性といった要素も必要となるように感じました。一方で、元々は非構造であったテキストデータを定量化し、別の定量化データと相関分析を行うというアプローチはとても斬新に感じましたし、今後のデータ分析手法の1つとして面白そうだなという印象を持ちました。津崎さんはどうでしたか。
津崎:
香川さん同様、「脱炭素化の機運とこの指標とがなぜリンクするのか」を納得するのに最も苦労しました。特に、「機運」というファジーな対象に対して高い相関を示す先行指標は見出しにくく、「ある程度の相関」を示す指標が数多くある中で、私たちはどの指標を見るべきなのか。この判断がポイントとなるのではないかとの印象を受けました。
枝元:
決定木分析は確率が高まる条件とその閾値を決定するアルゴリズムですが、私自身も「ヒトによる分析では発見しづらい結果をAIが提示している」と頭では理解しているものの、業界慣習や業務的な視点から見れば違和感があり、数回の試行を行っていました。実はエキセントリックな数値が出ていたことも……。もちろん修正済みです。
林:
安心しました(笑)。
三善:
相関分析・決定木分析はビッグデータやAIを活用した「発見型の分析」と言えます。事象間の関連性の強弱を網羅的に確認できたり、事象間の想定外の関係性を発見することができたりするメリットがある一方で、AIはあくまで与えられたデータから関係性を発見しているだけで意味や因果関係までを保証してくれるわけではありませんから、ヒトによる仮説に沿わない場合には「腹落ち感」が得られない、何かの間違いではないかと切り捨ててしまう可能性がある、というデメリットもあります。このデメリットは多くのプロジェクトで障害になっているのが実情です。納得できるものだけを追求するのであれば結局は既知の結果しか得られず本末転倒なのですが、これは往々にして陥りがちなパターンです。AIの役割は「網羅的な可能性を示唆する」ものであり、結果を読み解き、示唆につなげるのはヒトである、AIとヒトは協業するものである、との割り切りが重要だと思います。
枝元:
AIとヒトの協業にあたっては、AIが導き出すこれまで見えていなかった可能性をヒトがどこまで受け入れられるか、つまり発想の柔軟性が不可欠と言えますね。これこそ、AI活用を成功させる秘訣と言えるかもしれません。
三善:
AIの活用が、ビジネスのさらなる成長に向けた重要な要素となることは間違いありません。個々人や各部門においてはもちろん、全社横断でAIを活用していくことで、その可能性はさらに大きくなると考えます。そのためには、AI活用によって企業を変革していくというメッセージを経営層が全体にしっかりと伝える、トライ&エラーを許容する組織文化を醸成していく、AI活用の目的の設定や早い段階からのリスクヘッジ方針の検討といった、変革に向けた取り組みを継続する必要があります。社内に全社事業横断的な組織を設置してAI活用を後押しするというアプローチも有効でしょう。最近では、データ分析スキルを有する外部人材をスポットで活用するだけでなく、自社内でデータサイエンティストを育て、データ活用プロジェクトを自律的に推進できる姿を目指す企業も増えてきているように感じます。
津崎 賢治 氏 大阪ガスUSA(Osaka Gas USA Corporation)計画部 ヴァイスプレジデント
三善 心平 PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
枝元 美紀 PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー
枝元:
最後に、一連のプロジェクトを振り返ってのご感想をお聞かせください。
林:
脱炭素に関する社会の兆候を可視化するダッシュボードを見て、取り組みの出発点である「社会の変化に乗り遅れない」という目的に資する内容になったと感じましたし、社長からのコメントもポジティブなものでした。メタネーション、CCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)、水素、再生エネルギーなど、脱炭素の機運を高め得るキーワードをピンポイントで捉え、ビジネスチャンスを特定できればよいのですが、今回のプロジェクトを通じて、正解はダイレクトに見つかるものではなく、潜在的かつ広範な可能性を捉える必要があることに気付かされました。
また、最新テクノロジーの有効性も実感することができました。今後は、精度を上げたり別の角度からのアプローチを試みたり、社内でディスカッションの機会を設けて新しいアイデアを募ったりすることによって、組織全体で変化の予兆をつかんでいくことが大切だと考えています。
香川:
ダッシュボード構築は時間や予算に制約がある中で行った試験的な取り組みでしたので、分析対象の精査や相関するデータの範囲などには、まだまだ工夫と努力の余地が残っているように感じています。私たちがプロジェクトを進めたこの1年の間にも、環境政策に対する人々の意識は世界中で大きく変化したのではないでしょうか。今では「脱炭素」や「気候変動問題」といった話題を聞かない日はないほどに、社会のムードや意識は変わりつつあるように感じます。「変化は激しい。今よいとされているものがすぐに陳腐化することだってあり得る」という社長の言葉を思い出し、一層気を引き締めていきたいと思います。
津崎:
今回のプロジェクトへの参加を通じて、データ分析の手法が格段に進化していることを実感しました。ヒトの頭で行う分析やシナリオ検討を機械が補足する役割を担ってくれるようになれば、さらに効果的なアプローチができるのではないかという可能性を感じました。今回の技術は幅広い分野で応用できるようにも思いますので、グループ内の他事業での活用なども検討できるとよいですね。AIなどのデジタル技術を活用して、よりよい未来の姿に近付けると思っています。
三善:
AIやビッグデータの分析手法、ビジネスでの活用事例は日々進化しています。SNS分析においても今回は発言自体の時系列トレンドの抽出をはじめ、基礎的なものに留めましたが、ユーザーにより焦点を当てた応用分析からも、示唆に富んだインサイトを抽出できるでしょう。例えば発言者自身の属性や趣味・嗜好、フォロー/フォロワーの傾向、流入経路の探索、どのようなイベントをトリガーとして感情が転換(ポジティブ⇔ネガティブ)しているのかの分析をとおして、脱炭素化のトレンド把握だけでなく、起こり得る未来への予兆を、ヒトの視点でより深く推測することができると考えられます。
また、SNSだけではなく、異なるデータソース・データ種を組み合わせて多角的な関連性を解明することもAIの得意とするところですので、大量のデータを蓄積しながらモデルを改良していくことで、意思決定の精度向上・早期化を実現することができようになるのではないでしょうか。私たちData & Analyticsチームとしては、企業が抱えるビジネス上の課題に対して、必要なデータの収集、適切なAI活用アプローチの設計と実行、またそれらを支えるデータ基盤などのITインフラの整備や組織・人材育成など、さまざまな領域で支援を継続していきたいと思います。
枝元:
まだまだCOVID-19収束の目途が立たず、事業環境の先行きは不透明で不確実な状況が続きそうです。しかし、今回のような取り組みを継続・発展させることが企業に行動変容をもたらし、今後の事業運営においてもプラスになると信じています。柔軟な発想で鮮度の高い情報を蓄積・分析していくサイクルが社会に定着した先に、どのような未来が待ち受けているのか――。今から非常に楽しみです。今回は貴重なお話をいただき、ありがとうございました。
林 直久
大阪ガスUSA(Osaka Gas USA Corporation)計画部 シニアヴァイスプレジデント(プロジェクト当時)。
1993年に大阪ガス株式会社に入社。導管企画業務、人事、秘書、家庭用営業マーケティングなどを経て2018年にOsaka Gas USA に出向。人事・総務、企画、IT、会計・財務、リスク管理を管掌。
香川 洋平
大阪ガスUSA(Osaka Gas USA Corporation)計画部 ヴァイスプレジデント
2000年に大阪ガス株式会社に入社。家庭用営業、経営企画業務、IR、海外計画業務などを経て、2018年にOsaka Gas USAに出向。計画業務、組織課題や社内横断的な活動への取り組み、デジタル化推進などを手掛ける。
津崎 賢治
大阪ガスUSA(Osaka Gas USA Corporation)計画部 ヴァイスプレジデント
2004年に大阪ガス株式会社に入社。社内データ分析部門で金融工学や最適化技術を用いた業務改善を推進。2016年にOsaka Gas USAに出向。現地でのコモディティ取引基盤の確立・リスク管理業務に従事している。
三善 心平
PwCコンサルティング合同会社 ディレクター
日系大手自動車メーカー、外資系統計解析ベンダーを経て現職。
事業会社で生産管理、経営企画などに携わった後、さまざまな業種・業務課題におけるデータアナリティクス活用プロジェクトのリードを経験。PwCコンサルティングでは人工知能(AI)・機械学習に関するビジネス活用の構想策定、実証実験から仕組み化までのプロジェクトを多数手掛ける。
枝元 美紀
PwCコンサルティング合同会社 シニアマネージャー
国内電機メーカーを経て現職。前職で海外営業部に所属し、業務改革や新規事業開発などに従事すると共に、基幹システム刷新プロジェクトをリード。PwCコンサルティング入社後は、BPR(Business Process Reengineering)やグローバルSAP導入プロジェクトなどに従事し、近年は石油・ガス業界や電力業界に対する未来志向型の新規事業開発を中心としたコンサルティングを多数手掛ける。
2016年7月より2年間、PwC米国ヒューストン事務所に出向し、大阪ガスUSA(Osaka Gas USA Corporation)をはじめとする日系企業をサポート。
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。