
課題を機会に転換し長期的な成長に導くトランスフォーメーションの在り方 第4回:変革を実現するためのポイント
ここまでに紹介した事例の総括と視聴者との質疑応答から、変革を実現するためのポイントをさらに深く掘り下げていきます。
2022-03-29
PwC Japanグループは2021年12月、「差し迫った課題を機会に変える~企業変革実行のアプローチ~」と題した経営者向けオンラインセミナーを実施しました。
企業を取り巻く環境は加速度的に変化する中、経営者が重点的に取り組むべき課題はますます多様化・複雑化しています。企業は差し迫る危機をどう機会に転換し、長期的な成長を実現していけばよいのか。同セミナーでは、サステナビリティや企業戦略、M&Aなどを専門とするPwC Japanグループのプロフェッショナルが、ディスカッションと事例の分析を通じてトランスフォーメーションに向けたヒントを探りました。
同セミナーの様子を4回にわたってお伝えする本連載。第2回は、サステナビリティ経営の実現、自社ケイパビリティの再考、インオーガニックな成長という3つの観点からの変革へのアプローチを紹介します。
パネル参加者
PwCアドバイザリー合同会社
代表執行役/パートナー
吉田あかね
PwC Japanグループ
サスティナビリティ・センター・オブ・エクセレンス/エグゼクティブリード
坂野俊哉
PwCコンサルティング合同会社
ストラテジーコンサルティング(Strategy&)/パートナー
北川友彦
PwC税理士法人
国際税務/ディールズタックスグループ/パートナー
山岸哲也
(上段左から)吉田あかね、坂野俊哉(下段左から)北川友彦、山岸哲也
吉田:
セミナーの最初に、世界が直面する課題と影響の枠組みである「ADAPT」に基づいて、日本企業を取り巻く環境とチャレンジを整理しました(第1回)。ここからは、企業がこうした危機を乗り越えて機会に変えていくためのヒントとなる視点を、サステナビリティ、企業戦略、M&Aを専門領域とする各パネリストからお話させていただきたいと思います。
まず坂野さんにサステナビリティの領域での見解をお聞きします。サステナビリティ対応について、企業が脅威や負担ではなく機会として捉えていくためには、どのような認識や取り組みの方向性が必要になりますか。
坂野:
以前から経済価値、社会価値、環境価値の3つの価値を実現することが企業経営のひとつの理想の在り方として語られてきました。ただ環境価値・社会価値を考慮すると儲からず、経済価値に結びつかない。つまりは、トレードオフの関係にあるという認識が一般的でした。
ところが近年では、こうした認識を根本的に変えていくことが求められています。「親亀」である環境なくして「子亀」である社会なし、社会なくして「孫亀」である経済なし、親亀がこけたらみなこけてしまう。言い換えれば、いくら企業が儲けようと考えても、その基盤にある社会価値・環境価値が毀損されてしまえば経済も立ち行かなくなり、当然のことながら、ビジネスそのものが成り立ちません。これが、サステナビリティに対する基本的な考え方となります(図表1)。
企業がサステナビリティを企業経営に反映していく際、意識・行動変容には大きく3つのパターンがあると私は考えています。
ひとつはメガトレンドやADAPTなど、世の中の変化を機敏に読み取りながら、環境や社会価値をしっかり維持しつつ儲けるのだと企業自らが認識し、主体的に意識・行動変容を起こすパターンです(図表2①)。もうひとつは、NGOや国連などのリードによって過去数十年間で作り上げられた環境・社会に関するさまざまなルールや、金融業界の規制、金融機関・投資家の要請に従うパターン(図表2②)。最後は一部の例ですが、大企業がサステナビリティに対応するにあたってビジネスパートナーにも一定の基準や方針を順守するよう要請した結果、小さなサプライヤーも従わざるを得なくなるというパターンがあります(図表2③)。
ひとつめは企業が内発的にサステナビリティ経営に転換していくパターン、残りの2つは外発的なパターンとも区分できます。現在、日本企業で内発的なグループに属するのはおよそ2割。残りの8割はルールに従わなければならない状況から外発的に取り組むグループであるというのが現状です。
環境問題が連日のように報じられており問題意識を抱える企業は多いと思いますが、サステナビリティ経営の本質は、メガトレンドを把握して、長期的な視点でリスクを最小化しつつ、成長を最大化していくこと。またそこで、環境価値・社会価値と経済価値のトレードオンをしっかりと実現していくことです。
これまで世界経済は、内燃機関の効率化を進めることでリスクを減らしてきたという歴史があります。そこにEVという新しい成長市場が登場しました。
ただそのEV市場も成長と同時に、リチウムイオン電池の原料であるコバルトの減少という課題を抱えています。コバルトの枯渇を防ぐために、サーキュラー化を進めることで新たな成長機会を見出したり、リスクを低減しようとしたりする企業も出てきています。一方でコバルトを使わない電池を作って新しい市場を開拓しようとしている企業もあります。
現状では主に環境・気候問題にフォーカスが当てられていますが、実は親亀・子亀がこけそうな課題は他にもたくさん存在します。例えば、水、資源配分、生物多様性なども今後さらに大きな課題になると言われています。他にも人権問題など社会課題は偏在しています。企業はしっかりとそうした課題を読み取り、いち早く手を打つことが必要です。
吉田:
ありがとうございます。次に北川さんから、危機を機会に転じて変革を起こしていく際の戦略的アプローチをご紹介ください。
北川:
ここまでのところメガトレンドや社会課題がハイライトされてきましたが、実際に企業の変革を起こそうと考えた場合、まずは自社に着目すべきであるというのが私の考えです。
企業経営を変革していくためには、当然のことながら中長期的に世の中の変化を見定めなければなりません。ただそこだけに着目してしまうと、どうしても変革の姿が同業他社と同質化してしまったり、あるいは絵に描いた餅になり実現不可能となってしまったりするリスクがあります。
まず立ち返るべきは、自社の強みや「ケイパビリティ」を徹底的に見直すことです。そして、バックキャストとフォアキャストが重なる部分に、目指すべき具体的な変革アジェンダを設定するのです(図表3)。
とはいえ、バックキャスト・フォアキャストの2つがぴたりと一致するところを見つけるのはなかなか難しい。自社内で何度も議論しながら、「この領域なら自分たちも目指せる」と確信できるアジェンダや、「実現はできるが高い」目標を見つけることがポイントとなります。まさに、この“地に足が着いたストレッチ”を実現するのが経営者の役割となるでしょう。
次にそれを実現しようとした際に、ヒト・モノ・カネ、すなわち経営資源をどう配分していくかを決めることが重要なミッションとなります。そこで私たちは、変革のためのケイパビリティに着目しています。
ケイパビリティは、単に事業や製品、もしくは保有するアセットという意味ではなく、「〇〇をする能力」と捉えていただきたいです。私たちはケイパビリティを4つに分解して考えています。
まずは、業界で勝ち残っていくため、持続的な競争優位を与える差別化ケイパビリティです。例えば、際立った商品イノベーションや設計、最高級ブランドの構築能力、ターゲット市場の消費者に関する並外れた洞察力などがここに含まれます。
次に、業界で競争するための必要条件が挙げられます。ロジスティックスや、徹底的に効率化されたバックオフィス処理能力、統合ITアーキテクチャーなどが含まれます。
3つめは、事業運営を維持するために必要は基本的なケイパビリティです。税務報告や、不動産および施設の保守、エネルギー管理などがこれに該当します。
最後は過去から継承されてきたが、もはや戦略をサポートしていない投資です。過剰なレビューや、時代遅れの規制コンプライアンス、長年続く多くの業務などが含まれます。
新規の投資を行う際、「全社のリソースをどう再配分するか」と問いを立て直すことが変革を起こす上で重要なポイントとなります。差別化ケイパビリティに対してより多くの投資を行うのは当然のことですが、経営資源の捻出のためには、他の3つのケイパビリティもしっかり分析する必要があります(図表4)。
過去から継承されてきたがもはや戦略をサポートしていない投資や、事業運営を維持するために必要な基本的なケイパビリティについては、経済合理性が認められないものから再配分するというロジックは理解しやすいでしょう。
問題は業界で競争するための必要要件です。これまでは、徹底的にコストを削減する、もしくはロジスティクスを効率化することで勝てたかもしれません。しかし、現在もそれらが本当に重要なケイパビリティなのか否かを問う必要があります。例えば、現在、製品の競争力にはそれほど差がなく、顧客体験の重要性が高まってきているとしたら、実はこれまで競争するための必要条件として捉えていたケイパビリティはコストとして削るべきかもしれません。
日本の企業にはいろいろなしがらみがあり、大胆に資源の再配分を行うことができない場合もあります。そのため、企業経営者がトップダウンで断行していくというのも、変革を実現する上で大きなポイントになるでしょう。
吉田:
変革の過程では、外科手術的なインオーガニックのアプローチを取るケースもあると思います。インオーガニックの重要性については、山岸さんにお聞きしたいです。
山岸:
北村さんが指摘されたように、変革を実現するためにはバックキャストとフォアキャスト、つまりは市場環境、経営環境の変化の動向と自社のケイパビリティを勘案して、どこで戦うのか戦略を立案していくことが重要です。そして、戦略に適合する事業についてはより資源を集中投下し、逆に適合しない事業に関しては売却や譲渡などをしていく方向で、ポートフォリオを最適化していく(図表5)。その中のひとつのメソッドとしてインオーガニックというアプローチがあると考えています。
サステナビリティの重要性が高まる中で、きちんと対応してないという烙印を押されると、途端にサプライチェーンから除外されるリスクも浮上しています。事業の将来性そのものが失われたり、脱炭素化などの典型例のように事業コストが上がったりするケースもあるでしょう。
企業の多くがESGやサステナビリティへの取り組みに動き出しているのは、まさにそうしたリスクを低減したいという意識が根底にあるからです。一方で、ステークホルダーの意識の高まりや期待に答えることができれば、大きな成長機会、トレードオンの世界が広がると思います。新たな取引先の開拓や新規ビジネスの創出、投資家のエンゲージメント向上も実現できるでしょう。人材不足の時代に優秀な人材を集められるというケイパビリティにもつながるはずです。
ただ、当然ながらそうした機会はマーケットにおいてすべてのプレイヤーに平等に与えられています。問題はいかにスピード感を持って成長機会をつかみ、同時にリスクを低減して、他社に対する競争優位を保っていけるかです。加えて、サステナビリティ経営には技術的なブレイクスルーが必須です。自社が有する技術だけで、サステナビリティ経営やESG経営に向けた変革を実現できる企業は決して多くありません。
それらを踏まえると、インオーガニックな成長は欠かせない選択肢となるでしょう。オーガニック成長との最も大きな違いは「スピードを買うこと」です。既存のできあがった事業、顧客や技術を丸ごと獲得し、自社の技術と組み合わせることで、迅速なイノベーションが可能になります。
バックキャストとフォアキャストの間には「ずれ」があるという話がありましたが、それをオーガニックで埋めるのは相当の時間や労力がかかります。場合によっては、インオーガニックの方が短期間でギャップを埋めることもできるかもしれません。
エネルギー業界では現在、LNG(液化天然ガス)や再生可能エネルギーへの大胆な投資転換が進められています。こうした脱炭素への対応は典型的な事例ですが、それ以外のさまざまな業種の企業もスピード感を持って対応することが求められており、M&Aの重要性は高まっていると考えています。
リスクと機会について、もう少し考えてみましょう。リスクは短期間で急速に生じる一方、成長機会は中長期に取り組んで初めて実現できます。つまり、時間軸にギャップがある。リスク管理と成長の両者を同時に実現していくためには、ESG戦略や成長戦略に適合しないノンコア事業など、資源を集中投下しないと決めた事業に関しては、速やかに売却したり、JVでリスクを軽減したりする必要があります。
事業によっては供給責任などもあり、自社で整理することがほぼ不可能な場合もあるでしょう。そうした事業整理はオーガニックでは難しいので、インオーガニックで事業ごと他社に引き取ってもらうことで、供給責任を果たしながら自社の事業ポートフォリオからは外すことが可能になります。
また技術の優位性を考えると、技術開発を可能にする強固な財務基盤が必要になってきます。中長期的にESG取り組むからといって、短期的なパフォーマンスは無視できません。中長期の取り組みと短期の財務パフォーマンスを両利きで進めるという観点からも、企業同士の合併や特定事業の統合という形で体力をつけるのは、変革の重要なアプローチだと思います。問題は、合併や統合には少なくないコストがかかるということ。より柔軟なアライアンスや事業提携などもオプションになってくるでしょう。
昨今、円安が進行し、海外企業とのM&Aや買収は高い買い物になりがちです。一方でステークホルダーのESGへの意識が非常に強いので、通常の資金調達より有利となるケースも増えてきています。企業が変革をするにあたって、こうした状況が良い意味で後押しになっていると言えます。
吉田:
ありがとうございます。それぞれの立場から、変革に向けたアプローチについて説明してきました。次に、より具体的な事例を踏まえながらトランスフォーメーションの在り方を掘り下げたいと思います。
ここまでに紹介した事例の総括と視聴者との質疑応答から、変革を実現するためのポイントをさらに深く掘り下げていきます。
変革を実現した企業の事例を通じ、危機を機会に変える経営の在り方について考えます。
サステナビリティ経営の実現、自社ケイパビリティの再考、インオーガニックな成長という3つの観点からの変革へのアプローチを紹介します。
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