
『セキュリティ・クリアランス制度』法制化の最新動向と日本企業が取るべき対応 【第3回】運用基準を踏まえた企業対応の在り方
2025年5月17日までに施行される経済安全保障分野におけるセキュリティ・クリアランス制度に関して、特に影響があると見込まれる事業者や事業者の担当者において必要となる対応を、2025年1月31日に閣議決定された運用基準を踏まえて解説します。
「機微技術の流出防止(特許の非公開)」は、原子力関連技術や軍事・民生双方の目的で活用可能なデュアルユース技術・製品といった安全保障上機微な発明の技術流出を防止するために、保全指定手続によって出願内容を非公開化し、特許の実施や外国出願を制限する制度です。非公開にすることで特許収入を得られなくなる発明者に対して、国が一定の基準で補償する制度も導入されます。2022年5月に成立した経済安全保障推進法の主要4施策の1つとして、2024年春頃の制度運用開始が見込まれています(図表2)。
日本の現在の特許制度においては、出願から1年半後に原則として内容が公開され、軍事転用可能な機微技術などの特許も公開されます。海外に技術情報が流出することで、日本の安全保障環境に影響を及ぼすことが懸念されていました。米中間での科学技術や経済面での覇権争いが激化し、G7やG20の多くの国が安全保障上の観点で特許を非公開化する制度を有するなか、日本においても軍民両用の先端技術の海外流出を防ぐ仕組みの導入が求められている状況です。
特許非公開化の対象となる発明は、「公にすることにより外部から行われる行為によって国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい」「安全保障上の機微性が極めて高い」発明とされています。具体的には2023年4月に閣議決定された基本指針1において、「①我が国の安全保障の在り方に多大な影響を与え得る先端技術」「②我が国の国民生活や経済活動に甚大な被害を生じさせる手段となり得る技術」の2類型が示されています。
①については、「将来の戦闘様相を一変させかねない武器に用いられ得る先端技術」や、「宇宙・サイバー等の比較的新しい領域における深刻な加害行為に用いられ得る先端技術」など、②については、「大量破壊兵器への転用が可能な核技術」などとされています。政府は2023年8月、①と②それぞれに該当する25の技術分野を「特定技術分野」として国際特許分類に沿った形で、政令で定めました2。
一方で、①または②に該当する全ての特許を一律に非公開とはせず、「産業の発達に及ぼす影響その他の事情」を考慮することとされ、具体的には、「特許出願人を含む当該発明の関係者の経済活動に及ぼす影響」「非公開の先願に抵触するリスクに関して第三者の経済活動に及ぼす影響」「我が国におけるイノベーションに及ぼす影響」を考慮して判断するとされています。なお、本制度は、対象となる発明や技術の保全指定による特許の非公開化を義務付けるものではなく、特許出願をせずに企業秘密として秘匿化し発明を実施することは引き続き可能です。
特許庁長官は、特許出願を受けた場合、出願から3カ月以内にスクリーニング審査(一次審査)を実施し、「特定技術分野」に属する発明が記載されているときは、出願者に予告通知したうえで、特許出願に係る書類を内閣総理大臣に送付します。その際出願者は、通知を受けて特許出願を取り下げることも可能です。なお、特許庁が保全審査の必要がないことが明らかであると認めた場合は、通常の出願手続きに移行します(図表3)。
内閣府は、特許庁から特許出願書類の送付を受けた場合、出願から10カ月以内に保全審査を実施し、保全指定が必要と判断した場合は、出願者は通知から14日以内に出願を維持するかどうか判断し返答します。出願を維持した場合は保全指定が決定され、1年を超えない範囲で保全期間が定められます。その後は1年単位での期間延長が可能となりますが、保全指定の継続必要性がないと認められた場合は保全指定が解除されます。保全指定の効果としては、出願取下げ禁止、発明の共有の承認制、発明の実施の許可制、適正管理義務、発明の開示禁止、外国出願禁止、損失の補償などが挙げられます。
特許が非公開化されることで想定される企業活動への主な負の影響としては、①対象となる特許や発明を活用したビジネスの制限、②外国出願の制限による海外ビジネスへの影響、③(今後定められる国の補償内容が手厚くなかった場合は)特許収入などが得られないことによる収益減、④適正管理がされない場合や情報漏洩が発生した場合の罰則やレピュテーション低下などが考えられます。一方でポジティブな影響としては、安全保障上の観点からこれまで特許出願を自重していた企業や発明者が本制度を活用して先願の地位や特許法上の権利を獲得できるようになることで、新たなイノベーションや発明を生み出しやすくなることや、これまで特許出願をせずに自社独自の社内規定に則って管理していた機密情報を法律に則った形で管理することによる情報保護効果も期待されます。
2024年春頃の制度運用開始を見据えて、日本企業において必要な準備や対応は主に以下のようなものが挙げられます。
①特定技術分野に該当する発明の実施可能性がある事業ポートフォリオ、部署の特定
②該当の発明が実施された場合の情報の適正管理や漏洩防止のための社内体制・手続き・規程の作成
③保全指定による事業影響や損失補償による保護内容の評価
④制度を踏まえた特許出願戦略の再検討
防衛や軍事に関連するシングルユース技術については、該当可能性を予見できる企業は多いですが、軍民両用のデュアルユース技術を保有する企業の研究開発部門や知的財産部門などにおいては、適正な情報管理体制や社内規定が設けられていないケースもあります。特に、年間の特許出願企業数の約6割を占めるとされる中小企業においては、担当部署や専門人材の配置や事務手続き面での負担が重くなることが想定され、制度開始前から十分に準備をしておくことが求められます。
既に多くの日本企業は対応を進めており、PwC Japanグループが2023年8月に日本企業を対象に実施した「企業の地政学リスク対応実態調査2023」では、「法律の内容理解」「関係省庁への相談」「社外専門家への相談」「事業計画の見直し」といった具体的な準備や対応を進めていることが分かっています。未着手の企業は制度運用開始までに迅速に検討を進める必要があるでしょう。
1 特許法の出願公開の特例に関する措置、同法第三十六条第一項の規定による特許出願に係る明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明に係る情報の適正管理その他公にすることにより外部から行われる行為によって国家及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明に係る情報の流出を防止するための措置に関する基本指針(2023年4月28日閣議決定)
2 令和五年八月九日政令第二五九号
坂田 和仁
マネージャー, PwC Japan合同会社
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