連載コラム 地政学リスクの今を読み解く

「企業の地政学リスク対応実態調査2023」から見る企業動向とは

  • 2023-09-07

PwC Japanグループでは、2019年、2021年、2022年に続いて第4回となる「PwC Japan企業の地政学リスク対応実態調査2023」を2023年8月に実施しました。

ウクライナ紛争の長期化や米中の覇権争いの激化といった地政学リスクが高まり、経済安全保障環境の複雑化が進むなか、日本企業は今、何を脅威と感じ、どのような対応を行っているのでしょうか。

リスク認識は落ち着きを見せるも、地政学リスクマネジメントの重要性認識は高まり

調査ではまず、過去3年間におけるビジネスに関しての地政学リスクレベルの認識について尋ねました。国内のみに事業を展開している企業群と海外展開のある企業群で比較したところ、地政学リスクが過去3年で「著しく高まっている」または「やや高まっている」と答えた割合を合わせると、国内事業のみの企業は52%、海外事業展開ありの企業は72%に上りました。ロシアによるウクライナ侵攻直後に調査を行った前回(2022年)よりもリスクレベルの認識は落ち着きを見せましたが、依然として海外に事業展開する企業の7割以上が地政学リスクレベルの高まりを認識していることが分かります。(図表1)

こうした地政学リスクレベルの認識の落ち着きとは対照的に、企業の経営戦略における地政学リスクマネジメントの重要性の認識は3回連続で増加しました。企業の経営戦略にとって「地政学リスクマネジメントが重要」と答えた割合は87%で、前年比で5ポイント上がりました。一方、「重要ではない」との割合は前年比5ポイント低下し、わずか3%にとどまりました。地政学リスクは企業経営に強い影響を与える重要な経営課題であるとの認識が一段と広がっていることを示唆しています。(図表2)

「最も懸念される地政学リスク」は2年連続でサイバーアタック/サイバーテロ

具体的に懸念される地政学リスク事象について質問したところ、「ロシア・中国・北朝鮮などのサイバーアタック/サイバーテロ」が前年に引き続き首位となりました。以前から、日本企業がサイバー攻撃対象となり、深刻な被害を受けるケースも発生しているなか、ロシアによるウクライナ侵攻を契機に世界中でサイバー脅威への認識がますます高まっていることが背景にあります。次点には、昨年も上位に挙げられた「グローバルサプライチェーンの寸断」が続いています。「中国国内政治・経済の不安定化」は前年比で大きく順位を上げて3位となり、習近平政権3期目以降もなかなか力強さが戻らない中国経済への懸念が示される結果になりました。

ほかにも、「エネルギー供給構造の変化に伴う需給の不安定性」は昨年から順位を下げたものの4位。南シナ海や台湾海峡、尖閣諸島などを巡る「中国の台頭による周辺国との軋轢」や「台湾問題」がトップ10に残留し、引き続き企業経営へのリスクと対応の必要性が認識されています。(図表3)

では、このような地政学リスクがもたらすビジネスへの懸念により、企業が「今後、積極展開や投資を控えるべき」と考える国・地域はどこでしょうか。前回に引き続きロシアが首位、中国が2位になり、この2カ国への事業拡大や投資について、日本企業は再考する傾向を継続していることが分かります。一方で、元徴用工問題解決案の提示や両首脳によるシャトル外交再開などによって今年に入り急ピッチで関係改善が進んでいる韓国の割合が減少し、日本企業の韓国への投資意欲が復調傾向にあることが判明しました。(図表4)

地政学リスクへの対応力向上に向けて8割の企業が取り組み

こうした環境変化を受け、企業の具体的対応は進展しています。組織として地政学リスクへの対応をどのような取り組みにより高度化しているか、との問いでは8割超の企業が何らかの対応に取り組んでいることが明らかになりました。具体的には「海外拠点・子会社における情報収集・共有」(46%)、「外部アドバイザー支援の活用」(35%)、「専門人材の社内育成」(32%)、「専門人材の採用強化」(26%)などが上位に並びました。一方、「特に対応を行っていない」との回答も17%でした。複雑化する地政学リスクに、どう優先順位を付けて対応すればいいか苦慮する企業の悩みを映していると言えます。(図表5)

事業運営の変更をともなう対応も前進

一方で、事業運営上、地政学リスクによる悪影響や損失にどのように対応したか、との問いに対しては「サプライチェーンと調達戦略を調整」(57%)、「生産を別の国や地域にシフト」(34%)、「成長領域を別の国や地域にシフト」(26%)との回答が上位に並び、取り組み負荷の大きい実際の事業プロセスの変更に着手している企業も一定割合存在することが判明しました。いずれも前年比プラスとなっており、具体的に経営に影響が出た際の対応が着実に進展していることがうかがえます。(図表6)

また、サイバー脅威への対応として5割超の企業がサイバーセキュリティ部門と定期的に連携しています。地政学リスクとサイバー脅威が密接に絡み合い、対応も不可分であることを映しています。(図表7)

ここからは、直近で注目を集める地政学関連の個別リスク事象に関する対応を解説します。

個別地政学リスク事象への認識・対応①:経済安全保障法

2022年5月に成立した経済安全保障法に基づき、2024年春頃運用開始予定の「基幹インフラの安全性・信頼性確保」および「機微技術の特許非公開化」の対応状況について尋ねたところ、「経済安全保障推進法の内容理解」「関係省庁への相談」「社外専門家への相談」「事業計画の見直し」といった項目が上位となり、多くの企業が運用開始に向けて準備を進めていることが分かりました。(図表8)

また、2024年の通常国会での法案成立が見込まれ、機微情報を扱う資格要件を定める「セキュリティ・クリアランス(適格性評価)」の導入についても、「制度の内容理解」「事業影響の事前検討」「社外専門家への相談」といった項目が上位となり、既に企業が対応を始めていることが分かります。(図表9)

個別地政学リスク事象への認識・対応②:ロシアによるウクライナ侵攻

長期化するロシアによるウクライナ侵攻や西側諸国による対ロシア制裁に関して、どのような対応を行ったか尋ねたところ、「現地法人・営業所の撤退・休止・売却」「取引先・代理店の撤退や休止」といった自社および取引先の撤退や休止、「ローカルサプライチェーン改変(取引先変更・複線化、内製化、在庫方針変更)」「グローバルサプライチェーン改変(生産地の変更、供給比率調整)」といったサプライチェーンの改変、「エネルギー・原材料等の増加」「サイバーセキュリティ対応コストの増加」といった事業コスト増に関する項目が上位を占めました。(図表10)

また、ロシアによるウクライナ侵攻の終結を見据えて、ロシア関連事業の再開に関する意思決定を訪ねたところ、「まだ意思決定をしていない」や「ロシア事業を再開しないと意思決定をした」が上位となり、「既にロシア事業再開の意思決定をした」企業はわずか1%でした。紛争が長期化することで事業再開の見通しが立たないことに加えて、レピュテーションリスクの回避やコンプライアンス順守を重視する日本企業が多いことが推測されます。(図表11)

個別地政学リスク事象への認識・対応③:台湾有事

ロシアによるウクライナ侵攻を契機に有事リスクを経営アジェンダとして捉える必要性が高まるなか、企業が高い関心を寄せているのが台湾有事の可能性とその発生シナリオについてです。(参考:高まる台湾有事リスク:日本企業に求められる対応とは(2023年2月20日))

今回の調査では、海外事業を展開する企業群において、6割強が台湾有事リスクを重要な懸念事項として捉えていることが分かりました。有事シナリオの考察や、個別事業への影響分析、グローバルサプライチェーン改変(生産地の変更、供給比率調整)、現地従業員の安全確保対策検討など、台湾有事が発生すると実際に何が起きて、どのような影響があるのかを理解しようとする動きが進んでいます。

台湾有事が個別の企業に与える影響の程度は、各社が構える事業や地域別のポートフォリオの構成、各事業の戦略商材・サービスにおける台湾や中国の不可欠性など多くの要素により決まります。そのため、各企業には、市場や供給網、自社の技術優位性といった多角的な側面から独自の分析を行うことが求められます。

また、一部の企業は想定シナリオや影響可能性の理解を進めるところから一歩進んで、グローバルやローカルでのサプライチェーンの改変、設計・仕様の変更、事業モデルの変更などの具体的な対策の検討に入っています。いずれの対策も実行には時間と労力が伴うことから、平時のうちに打ち手を講じることで可能な限りリスクを下げ、いち早く行動に移そうとする姿勢が見られます。

こうした台湾有事を想定したシナリオ分析や対策検討の手法は、その他の地政学リスクにも応用が可能であり、企業のケイパビリティ向上につながることが期待できます。(図表12、13)

個別地政学リスク事象への認識・対応④:中国事業に関するリスク認識や対応状況

個別事象への認識・対応の分析の最後に、近年、企業が意識する地政学リスクの中で上位に位置付けられる中国事業に関するリスク認識について見ていきます。(参考:習近平政権の経済運営と「チャイナリスク」(2023年6月27日))

直近1年間における中国の投資環境の変化を、それ以前との比較で質問したところ、昨年に引き続き、3割強が中国における投資環境が悪化したと回答しました。一方で、改善したと回答した企業は6%にとどまっています。また、今後3年間での中国事業への投資の位置付けについて、優先投資先と答えた割合が54%となり、前回から14ポイント減少しました。このことから、サプライチェーン拠点や市場としての中国について、従来からの見立てを精査する動きが読み取れます。(図表 14、15)

その中国への投資強化に関して重要視する最上位の項目としては、「知的財産の保護強化の担保」と「規制環境の透明性、予見可能性、公平性の向上」が上位に入り、全体の6割近くが「極めて重要」または「かなり重要」と答え、事業環境の整備を求める声が依然として強いことが分かりました。(図表16)

合わせて、現在中国で展開している生産や調達のプロセスを中国国外に移管することを検討しているか質問したところ、25%が国外移管を検討している、もしくは検討を予定していると回答しました。移管先の地域としては、ベトナムが46%で首位となり、次いで日本、タイ、インドネシア、マレーシアなどが上位を占め、サプライチェーンの多角化および国内回帰に向けた検討が進んでいることが分かります。(図表17)

検討が進む理由としては、「中国における政策環境の不透明性」が65%で首位となり、続いて「米中経済対立(貿易摩擦、デカップリングなど)」(44%)、「リスクマネジメント」(37%)、「人件費を含む中国でのコスト上昇」(35%)、「中国経済の成長鈍化見込み」(32%)などが上位に挙げられました。外国企業による中国投資の牽引要因であった安価な労働力や成長する巨大市場へのアクセスといった前提条件が近年変化しつつあることも、国外移管の動きに大きく影響していることを認識しておく必要があります。(図表18)

最後に

ここまで、幅広い地政学リスクのテーマの中から、今企業が何を脅威と感じ、対応するためにどのような体制を構築しているのか、世界や日本を揺るがせる主要な地政学リスクに対して企業の対応がどこまで進んでいるのかといった点に着目して解説してきました。

ロシアによるウクライナ侵攻の長期化や米中対立の激化など国際情勢の不確実性が高まるなか、日本企業においては、冷静に事業影響を見極め、先手を打って行くことが求められています。今回のコラムが、地政学・経済安全保障リスクに対応すべく、日々検討と対策を重ねておられる皆さまの取り組みの一助となりましたら幸いです。

調査について

「企業の地政学リスク対応実態調査2023」
2023年8月に、海外で事業を展開する売上規模年商100億円以上の企業に勤務している管理職343名を対象に、オンライン調査を実施しました(一部設問は国内のみで事業を展開する企業についても調査。サンプル数200名)。

調査対象とする企業は、製造業からサービス業まで産業全般を網羅しています。

同様の調査は、2019年3月、2021年8月、2022年8月にも実施しており、今回が4回目です。

「企業の地政学リスク対応実態調査2023」から見る企業動向とは

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執筆者

坂田 和仁

マネージャー, PwC Japan合同会社

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