自治体のクラウドジャーニー成功に向けて今なすべきこと

第3回:自治体の“クラウドジャーニー”が抱える問題に向き合う

  • 2024-05-13

「自治体のクラウドジャーニーの成功に向けて今なすべきこと」と題して、自治体におけるガバメントクラウド移行の“これまで”と“これから”を考察する全5回の連載コラムです。前回までのコラムもどうぞご覧ください。

第1回

旅路の始まり

第2回

自治体と金融機関の“クラウドジャーニー”の違いを考察する

自治体のクラウドジャー二ーの中で取り残されるコスト削減の取り組み

本連載「自治体のクラウドジャーニーの成功に向けて今なすべきこと」の第2回では、金融機関における取り組みと比較することで、“自治体のクラウドジャーニー”において求められる「移行期限」と「移行対象」という2つの特異な点がクラウドのメリットを十分に享受する上での大きな阻害要因となっていることを明らかにしました。

一般的に、システム開発やシステム移行を進める際は、発注者とシステム開発者はQCD(Quality(品質)、Cost(コスト)、Delivery(納期))の3要素を意識します。QCDの各指標は互いにトレードオフの関係になる場合が多いことを念頭に置きながら、プロジェクトを推進する上でバランスを取りながら進めることが大切であるとされていますが、このQCDの考え方に、“自治体のクラウドジャーニー”が置かれている状況を照らし合わせると、「移行対象」は「Quality(品質)」、「移行期限」は「Delivery(納期)」に紐づくと考えられます。

この「Quality(品質)」と「Delivery(納期)」の要求水準が、“自治体のクラウドジャーニー”では非常に高く、その結果、「Cost(コスト)」に対する検討が取り残されているように見受けられます。

自治体の現状に目を向けると、2025年度末の移行期限までに重要・最重要領域である標準化対象20事務をガバメントクラウドに安全に移行させることが重視され、デジタル庁から公開された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」に記載されているシステム運用コストの3割削減(2018年度比)の達成に向けた取り組みが十分になされていないのが実情と考えます。

確かに「移行期限」と「移行対象」の2つの目標を達成することは必須であることに加え、現時点では多くの自治体が移行後のシステムに関する具体的なアプリケーション構成を踏まえた精緻な見積もりが算出可能な状況からはほど遠いことから、「コスト削減」に先行して「移行期限」と「移行対象」に関する検討が進められていることが明らかです。一方で、2023年12月にデジタル庁から公開された「ガバメントクラウド先行事業(基幹業務システム)における投資対効果の検証結果【追加報告】」によれば、先行事業を実施した8団体のうち、6団体で5年間のTCO(Total Cost of Ownership)が増加したという結果となっており、コスト削減を阻む問題を洗い出し、自治体およびベンダーの目線で取り組み可能な施策を探求すべきことは明らかな状況です。加えて、一般的にクラウドのコスト削減においては、長期的な目線で段階的に削減の取り組みを進めることが重要であるため、自治体やベンダーの現状を整理した上で、長期的なコスト削減を実現するための土台が構築されているのか、検討する必要があります。

コスト削減において自治体およびベンダーが直面する課題

ここでは、「コスト」の構造を改めて整理したうえで、自治体およびベンダーが直面する課題を明らかにします。ガバメントクラウド移行に係るコストは、「イニシャルコスト」と「ランニングコスト」に大別されます。その中でも、クラウド利用時の主要なコストとなるランニングコストに焦点を当て検討します。図表2は、先行事業の結果を基に、ランニングコストに該当する経費項目およびランニングコスト全体に占める各経費項目の割合をまとめたものです。

この表から、「システム運用作業費」「ソフトウェア借料」「ソフトウェア保守費」「クラウド利用経費」がランニングコスト全体の約85%を占めており、コスト削減のカギを握っていることが分かります。以下、これら4項目に絞り課題を検討します。

先行事業の結果では、これら4項目に共通して、「単純なクラウド移行ではなくコスト最適なシステム構成が採用されることで、コストが削減される余地がある」ことが指摘されています。コスト最適なシステム構成の採用を阻む要素としては、下記が考えられます。

1点目は要件に対して過大なリソース・システム構成が選択されてしまう点です。例えば、平均のCPU利用率が20%、ピーク時でも80%程度であるにもかかわらず、利用率に応じてインスタンスサイズを変更しない場合、「クラウド利用経費」が必要以上に発生してしまいます。

2点目はマネージドサービス*1が活用されない点です。一般的にCSPが提供しているマネージドサービスを活用することで、「クラウド利用経費」は増加する可能性がある一方、「システム運用作業費」「ソフトウェア借料」「ソフトウェア保守費」の3項目はコスト削減ができる可能性があります。ただし、CSPのマネージドサービスとして統合ログ監理サービスを活用できるにもかかわらず、自治体独自の統合ログ管理システムを継続利用するといった場合には、「システム運用作業費」「ソフトウェア借料」「ソフトウェア保守費」が必要以上に発生してしまいます。

以上、コスト最適なシステム構成を採用するうえでの具体的な課題を2点ほど挙げましたが、これらはクラウド移行前の見積もり時のみならず、環境構築時、環境運用時も含め継続的な課題として自治体やベンダーが直面することが想定されます。

またランニングコストの削減を検討する際には、ガバメントクラウド以外の自治体の既存システムの資産や取り組みにも目を向ける必要があります。自治体情報システムの標準化・共通化にあたっては、標準化対象20事務“以外”の事務に係るシステムの多くは*2、ガバメントクラウドに移行しないことが見込まれます。その場合、サーバー機器やデータセンターなどの既存資産が残ることで、インフラ環境に関する二重投資や、ガバメントクラウドと既存データセンター間の回線整備費用の追加発生などが課題となることが想定されます。特に、複数自治体が共同で情報システムを管理・運営する「自治体クラウド」の導入自治体では、既に一定のスケールメリットを享受していることもあり、ガバメントクラウドへの移行方法によっては、二重費用の問題に加えスケールメリットの効果が小さくなる可能性も存在します。

その他、先行事業では、対策しづらいものの自治体およびベンダーが直面する問題として、開発費用の転嫁、円安インフレ、技術者不足による人件費高騰なども示されています。

自治体およびベンダーが直面する課題の背後にある潜在的な問題

ここからは、自治体およびベンダーが直面する課題として取り上げた、コスト最適なシステム構成の実現の難しさの背後にある、潜在的な問題について考察します。

潜在的な問題の1点目は、コスト削減のインセンティブが乏しい点です。

まず自治体目線では、硬直的な自治体の予算制度に起因しインセンティブが乏しいことが指摘されます。一般的にクラウドを活用することで、その時々の使用状況に応じて柔軟に予算を見直し、コスト削減を行うことができます。一方で、自治体の基幹システムの調達においては、債務負担行為*3を含め複数年の経費を一括で計上することが通例であり、ランニングコストのうち、従量課金のクラウド利用料を除く*4「システム運用作業費」「ソフトウェア借料」「ソフトウェア保守費」については、運用状況を踏まえて都度コスト削減を行っていくことが構造的に難しい状況にあると考えられます。

また多くの住民が間接的に利用する自治体の基幹システムは、何よりも安定稼働が重視されるため、安定稼働を重視しつつも、弾力性、コスト最適なども柔軟に追求していくクラウドの思想が浸透しにくい可能性も示唆されます。

次にベンダー目線では、「標準化対象20事務に関する情報システムの標準化・共通化」と「ガバメントクラウド移行」により、今後自治体の基幹システムの市場規模が縮小する見通しであり、クラウドに最適化したシステム構成の追求を含め、ベンダーが自治体の基幹システム市場に投資をするインセンティブが乏しいと考えられます。既に述べた通り、国はガバメントクラウドへの移行により、システム運用コストの3割削減(2018年度比)の達成を目標としていますが、このことは自治体の基幹システムの市場規模が縮小することを意味します。実際、一部のベンダーは、自治体基幹システムの市場規模が、ガバメントクラウド移行後の2025年度以降縮小することを見込んだ経営計画を発表しています。また、デジタル庁が公開した「移行困難システムの把握に関する調査における調査結果の概要(令和5年10月調査時点)」においても、標準準拠システムの開発を行わず撤退するベンダーが出てきており、市場規模の縮小が1つの要因ではないかと推測できます。さらに、ガバメントクラウドの提供に関する契約関係も、ベンダーのコスト削減に対するインセンティブが乏しい要因の1つになっていると考えられます。デジタル庁から公開された「地方公共団体情報システムのガバメントクラウドの利用に関する基準【第1.0版】」によれば、ガバメントクラウドの提供に関する契約関係は図表5のように整理されます。

この図から分かるように、ベンダーはクラウド利用料の負担主体ではないため、クラウド利用料の低減に繋がる最適なコスト見積もりの提示や、ランニングコストを最適化するための対策を講じるインセンティブが乏しいものと考えられます。

潜在的な問題の2点目は、自治体やベンダーの人材不足やクラウドに関する知見不足により、コスト最適な環境を前提とした見積もり、システム構築・運用ができない点です。

まず自治体目線では、人材の「量的」な不足が浮き彫りとなっています。自治体システムのガバメントクラウド移行においては、移行対象の業務所管部署のみならず、DX推進や情報政策を担当する部署が全体統括の立場で各業務所管の進捗を管理している自治体が多く見受けられます。総務省が公開する「自治体DX・情報化推進概要(令和4年度版)」によると、こうしたDX・情報関係業務の担当職員数は、全体の55%の市町村で3名以下という状況であり、担当職員が1名以下の市町村も17%あります。このことにより、各業務所管主導で実施する見積結果をレビューする際に、リソース不足により十分な精査ができないなどの問題が発生することが想定されます。また「質的」な不足についても留意が必要です。上述の「自治体DX・情報化推進概要(令和4年度版)」によると、デジタルに関する資格取得の奨励を行っている市町村は1,741団体中53団体であり、全体の3.0%に留まっています。資格取得の奨励状況は、クラウドに関する知見の充足状況と同等ではないものの、デジタルに関する資格取得の奨励がほとんどなされていない状況を鑑みると、クラウド関連資格を取得できる程度のクラウドの知見を有する人材が十分に存在していない可能性が高いと見込まれます。

次にベンダー目線では、自治体基幹システムの開発・運用に携わるSEの量的な不足が問題となります。独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が2020年8月に発行した「IT人材白書2020」では、IT企業における人材の「量」について、「大幅に不足している」「やや不足している」と答えた企業の割合は93%にのぼります。さらに、全国一律で2025年度末の期限に向けたガバメントクラウドへの移行作業が進んでいるため、人的リソースの不足に拍車がかかっています。またクラウド関連の知見を有した人材の「質的」な不足も問題となります。例として、全国地域情報化推進協会(APPLIC)に登録されている、自治体業務アプリケーションを開発している54ベンダーのAWS*5資格取得状況を調査しました。AWSによれば、54ベンダー中AWSパートナーネットワーク(以下、「APN」)に参加しているベンダーは全体の37%(20社)であり、AWS認定資格保持者数によるランク付けを見ると、最上位のプレミア(25名以上)が4社、アドバンスドが3社(6名以上)に留まっており、残りの13社はセレクト(2名以上)に位置付けられています*6。このように、自治体の業務アプリケーションを提供するベンダーにおいては、資格取得者が十分に確保できている企業は非常に限られており、コスト最適なシステム構成を基に見積もり、構築を行うことができる人材が不足しているものと見込まれます。

潜在的問題を解決し、コスト削減の好循環を作り出す

最後に、本稿で考察した内容を振り返ります。

ガバメントクラウド移行を1つのプロジェクトとして捉え、このプロジェクトが置かれている状況をQCDのフレームワークで検討しました。そして、国が決めた外部的要素(「移行期限」「移行対象」)により、「品質」と「納期」への対応に重きが置かれ、「コスト」への取り組みが取り残されている状況を指摘しました。

その後、ランニングコストの具体的構造を明らかにし、ランニングコスト削減の重要性を示しながら、その削減の障壁となっている「内部的要素」を明らかにしました。

また、「内部的要素」をもう一段深堀りし、課題を引き起こしている潜在的な問題の存在にも言及しました。潜在的問題として、「自治体およびベンダーに対しコスト削減のインセンティブが乏しいこと」「自治体およびベンダーの人材に係る質と量の不足」の2点を今回明らかにしました。“自治体のクラウドジャーニー”において、この2点が最も重要な問題であるとPwCコンサルティングは考えます。これらの問題を解決することで、自治体とベンダーがモダナイゼーションに積極的に取り組むことができる環境が作られ、コスト削減が促進される好循環を作り出すことができるのではないでしょうか。

第4回以降では、今回述べた潜在的問題に対する解決策を検討し、コスト削減が促進される未来像を考察していきます。

*1 CSPのサービスのうち、インフラのみをCSPが管理するIaaS型のサービスではなく、OSやミドルウェアまでCSPが管理するPaaSやSaaS型のサービスを指す。

*2 「地方公共団体情報システム標準化基本方針」によれば、標準準拠システム以外にも、標準準拠システムと業務データのAPI連携などを行うシステムや、標準準拠システムと同じくガバメントクラウドに構築することが効率的であると地方公共団体が判断するシステムについては、ガバメントクラウド上に構築することが許容されている。

*3 自治体における予算は単一年度で完結するのが原則だが、特定の事業が単年度で終了せず複数年度にわたって負担が必要な場合は、予算計上時に複数年度分の負担を約束する。

*4 クラウド利用料は、利用実態に基づいた従量課金のスキームとなっている。

*5 先行事業8団体すべてがCSPとして利用するクラウドサービス事業者であり、ガバメントクラウドにおけるCSPとして高いシェアを有する見込みが高いため、取り上げる。

*6 PwCコンサルティングにて、AWSパートナーソリューションファインダー(https://partners.amazonaws.com/)上での54ベンダーのAPN登録状況を調査、集計したものである。また、AWS認定資格保持者の数によるランク付けの基準は以下のページの記載を引用している。(https://aws.amazon.com/jp/partners/services-tiers/

参考文献

デジタル庁,デジタル社会の実現に向けた重点計画
https://www.digital.go.jp/policies/priority-policy-program/

デジタル庁,ガバメントクラウド先行事業(基幹業務システム)における投資対効果の検証結果【追加報告】
https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/information/field_ref_resources/8c953d48-271d-467e-8e4c-f7baa8ec018b/5230aa17/20231222_news_local_governments_outline_03.pdf

デジタル庁,地方公共団体情報システム標準化基本方針https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/c58162cb-92e5-4a43-9ad5-095b7c45100c/f6ea9ca6/20230908_policies_local_governments_outline_03.pdf

デジタル庁,移行困難システムの把握に関する調査における調査結果の概要(令和5年10月調査時点)https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/c58162cb-92e5-4a43-9ad5-095b7c45100c/b7d2bc55/20240305_policies_local_governments_doc_01.pdf

デジタル庁,地方公共団体情報システムのガバメントクラウドの利用に関する基準【第1.0版】https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/c58162cb-92e5-4a43-9ad5-095b7c45100c/3013abc6/20221007_policies_local_governments_outline_04.pdf

総務省,自治体DX・情報化推進概要(令和4年度版)https://www.soumu.go.jp/main_content/000878726.pdf

独立行政法人情報処理推進機構(IPA),「IT人材白書2020」https://www.ipa.go.jp/archive/publish/hjuojm0000007e6n-att/000085255.pdf

一般財団法人全国地域情報化推進協会(APPLIC), 自治体業務アプリケーションユニット
https://www.applic.or.jp/jigyo/jigyo-2/ata/entry/unit_business_2023/

AWS, AWSパートナーソリューションファインダー
https://partners.amazonaws.com

AWS, AWSサービスパートナーティア
https://aws.amazon.com/jp/partners/services-tiers

執筆者

林 泰弘

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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宮本 直起

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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大橋 功季

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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田代 皓嗣

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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中務 光基

アソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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周藤 一希

アソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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