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第1回では、戦後勃興期から高度経済成長期にかけてグローバルで一定のプレゼンスを発揮していた国内テクノロジー企業が、1980年代後半~2000年代に急速にそのプレゼンスを低下させた原因を、下記の3点で説明しました。
第2回では、テクノロジー業界の各セクターにおいてグローバルでプレゼンスを発揮し続けている企業の歩みを考察し、プレゼンスの維持・向上に寄与していると想定される特徴的な戦略を整理し、下記の4パターンの組み合わせで説明しました。
これらの結果を踏まえると、「何を実現したいのか」というビジョンが明確化されていない短絡的なDXの取り組みが中長期的な企業価値向上に資する可能性は低いことが示唆されます。つまり、テクノロジーやビジネスモデルが著しいスピードで進化・刷新する時代であっても、本質的な競争優位の源泉は「DXに取り組めているか」ということそのものではないと言えるでしょう。
DXの取り組みは、企業の本質的な提供価値を強化する手段としては非常に高い効果を発揮しますが、「何を実現したいのか」というビジョンが明確化されていない取り組みは、結局は単に貴重な経営リソースを無駄にしてしまう可能性が高くなります。
そのため、国内テクノロジー企業は「DXというバズワードに踊らされ、DXを通じて実現したいビジョンを明確に定めることなく、また経営トップが覚悟を持ってDXにコミットすることなく、日々進化するデジタル技術を表面的にキャッチアップする」、または「『何か自社に導入できる技術はないか』と血眼になって探索し、ひとまずDXと銘打たれるシステムやサービスを導入する」といった状況に陥るのではなく、まずはコアケイパビリティを見極めた上で投資し、そのケイパビリティを前提とした事業ポートフォリオの構築とグローバル展開に向けた活動を進めていくことが必要だと考えられます。
もちろん、上記の意思決定は企業の短期的・中長期的な価値に大きなインパクトをもたらすことが必至なため、中長期目線の経営判断を下せるように、ガバナンス体制・人事制度構築と経営形態の変革を推し進めることが前提となります。
一方で、今後デジタル技術が発展し続けることを踏まえると、データを活用した新技術への対応も求められるので、今後成長する領域を見極めた上で、適切に投資する必要があります。
以上を踏まえて、国内テクノロジー企業が今後グローバルでプレゼンスを維持・向上させるための戦略を、下記の4つを提示します。
国内テクノロジー企業のプレゼンス維持・向上に向けた戦略のパターン
国内テクノロジー企業の歩みとグローバルで活躍する先進企業の取り組みを突き合わせると、社会・環境課題解決が求められ新技術が著しく発展するDX時代にあっても、本質的な競争優位の源泉となるコアケイパビリティそのものは変化していないと想定されます。そのため、国内テクノロジー企業は短絡的にDXの取り組みに走るのではなく、まずマクロトレンド・競合動向を踏まえ、自社のコアケイパビリティを見極めて集中的に強化すべきでしょう。
この場合のコアケイパビリティとは、「ユーザーニーズにミート」しており、「自社で提供可能」で、「そのケイパビリティが競合他社に対して一定の競争力を持つ」領域、すなわち顧客に対してバリュープロポジションを提供できる領域が想定されます。
第1回で詳述しましたが、国内テクノロジー企業は過去、マクロトレンド・競合動向を踏まえた、コアケイパビリティの見極め、投資という観点で失敗を繰り返してきました。
例えば半導体業界では、コモディティ化に伴う価格競争への対応のため、主要生産国である韓国や中国のメーカーが一斉に増産投資に踏み切り、半導体製造装置メーカーと連携して製造技術の開発・向上に努めた一方で、日本は出遅れました。研究開発に関しても、韓国などグローバルでプレゼンスを急速に向上させた他国と比較して投資金額が著しく小さく、設計・開発技術の面でも遅れをとりました。
一方、グーグル、マイクロソフト、アップル、ファーウェイ、TSMCといったグローバルの先進企業は、M&Aや技術開発に向けた提携など、コアケイパビリティ強化に向けた取り組みを徹底して推進しています。各企業の取り組み詳細は第2回で詳述したので、ここでは概略を記載するにとどめます。
グーグル | 「検索エンジンなどのアルゴリズムや高度なデータ解析を可能にするAIエンジン」をコアケイパビリティとして位置づけ、広告事業のさらなる強化に向け、M&Aを活用してB to C事業における顧客接点を強化 |
マイクロソフト | 「クラウドAI技術(Microsoft Azure)」をコアケイパビリティとして位置づけ、技術的なケイパビリティのさらなる拡大に向け積極的な買収・戦略的提携を実施 |
アップル | 「UI/UXを高めたインストールベースとしてのハードウエアとさまざまなソリューション・サービスの開発能力」をコアケイパビリティとして位置づけ、多数のベンチャー企業の買収を通して、新ソリューション・サービスを生み出すための開発能力拡充を企図 |
ファーウェイ | 「アナログ・デジタルの交換機開発で培った通信機器に対するノウハウ」をコアケイパビリティとして位置づけ、研究開発に莫大な投資を実施できる社内体制を構築し、パートナリングなども通して中長期的な視点で技術向上に向けた開発を推進 |
TSMC | 「ファウンドリー(半導体デバイスの生産に特化した企業・工場)としての高性能な半導体製造技術」をコアケイパビリティとして位置づけ、莫大な技術投資の実施や技術提携などを通した継続的なケイパビリティ強化を実施 |
国内電子部品メーカーの中には、成長著しいデジタル技術を含めコアケイパビリティを強化するために適切な投資を実行し、中長期にわたって安定的な事業展開を実現している企業が存在します。
まず、第一の例として挙げられるのは、日本電産です。日本電産の連結売上高はここ10年程度成長し続けており、営業利益率も堅調に推移しています(FY2020連結で、売上高は約1兆6,000億円、営業利益率は約10%を実現)*1。
日本電産は「電子部品(特にモーター)の開発・製造力」をコアケイパビリティとして位置づけているとみられ、このコアケイパビリティを効果的に活用するため、さまざまな投資を行っています。SFDC(セールスフォース・ドットコム)の営業支援ツールの導入は、製販連携を強化し新規市場開拓、新製品の迅速な導入、新顧客獲得を促進することで、自身のコアケイパビリティである開発・製造力を効果的に発揮する取り組みとして位置づけられます*2。
村田製作所もコアケイパビリティの見極め・投資の観点で優れた日本メーカーとして挙げられます。村田製作所の連結売上高は、FY2016からFY2020にかけて年平均約9.5%で成長中で、営業利益率も堅調に推移しています(FY2020連結で、売上高は約1兆6,000億円、営業利益率は約19%を実現)*3。
村田製作所も日本電産同様、「電子部品(特にコンデンサ、無線モジュール)の開発・製造力」をコアケイパビリティとして位置づけているとみられ、強化に向けてさまざまな投資を行っています。例えば中期基本方針(2019年度〜2021年度)では、デジタル技術活用の一つの方向性として、バリューチェーン強化(特に開発/製造)を明示しています※。自身のコアケイパビリティである開発・製造力を効果的に発揮できるよう、社内バリューチェーン間の情報連携を促進し、タイムリーな製品提供・ニーズに合った製品開発を実現する効果が期待されていると考えられます*4。
以上のように、国内テクノロジー企業は短絡的にDXの取り組みに走るのではなく、まずはマクロトレンドと競合動向を踏まえ、自社のコアケイパビリティを見極め、集中的に強化すべきと考えられます。
前章では、まずコアケイパビリティにフォーカスして強化することの重要性を述べました。一方でコアケイパビリティの強化と合わせて、コアケイパビリティを前提とした事業ポートフォリオの構築やグローバルへの効果的な展開についても改善余地が大きいと想定されます。
コアケイパビリティを生かせる事業ポートフォリオへの絞り込みに関する失敗事例として、第1回では国内総合電機メーカーが抱えた半導体事業が本業であるエレクトロニクス事業と共倒れした事例を取り上げました。総花的に事業ポートフォリオを維持し続けることは、リソース配分の最適化や事業の独立性の観点で、競争優位、ひいては収益性にネガティブな影響を与える場合があります。
一方、グーグル、シーメンス、GE、アルストム、ファーウェイ、ノキア、エリクソンといったグローバル先進企業は、自身のコアケイパビリティを踏まえて事業ポートフォリオを最適化する点においても優れています。各企業の取り組み詳細は第2回で詳述したので、ここでは概略を記載するにとどめます。
グーグル | コアケイパビリティである「B to C事業で培ったアルゴリズム・AIエンジン」を生かすことができるB to B向けクラウド事業に事業ポートフォリオを拡大 |
シーメンス | ケイパビリティでの差別化が困難で収益安定性が低い事業から撤退し、高い技術力が必要とされ、参入障壁の高いB to B事業(ヘルスケア、社会インフラ)においては、再編、M&A、ジョイントベンチャー(JV)設立などによる強化を実施 |
GE | ヘルスケア、航空、電力、再生可能エネルギー事業を重点分野に位置づけ、ケイパビリティ拡充のためのリソース集中を図り、他事業の売却・切り離しを推進 |
アルストム | 重電コングロマリットとして多角的に事業を展開していたが、現在は安定的な収益が見込める鉄道関連事業にフォーカスして事業拡大を推進 |
ファーウェイ | 通信キャリア向けの通信機器事業をコアに、通信会社以外の企業などで使われる情報通信システム領域など、コアケイパビリティが活用可能な領域にのみ事業を拡大 |
ノキア | 元々本業であるものの差別化が困難になった携帯電話端末事業から撤退し、通信インフラ事業に専念 |
エリクソン | 「通信インフラに関するノウハウ」をコアケイパビリティとして位置づけ、M&Aなどを活用して通信インフラ事業にフォーカスして強化し、その他関連事業は売却 |
国内市場にとどまらずグローバルに効果的に展開するためには、自前主義に陥るのではなく、市場ニーズを的確に捉えた製品・サービスを開発するマーケットイン志向と、開発した製品・サービスが市場の中でスケールするようデファクトスタンダード化およびデジュールスタンダード化を目指すことが必要となります。第1回では国内テクノロジー企業のグローバル展開について、複数の業界で改善余地が大きいことを指摘しました。
例えば半導体事業では、80年代まで最先端の技術力を有し、他国と差別化を図れていたため、過度な自前主義に陥りマーケットイン志向が育ちませんでした。また、半導体を活用した新たなビジネスモデルを構築する力が乏しく、かつ製品規格などを標準化する活動を軽視する風潮があり、グローバル市場で競争力を失う結果となりました。
家電・電機業界では、90年代に差し掛かりコモディティ化が加速する中でも、過度なプロダクトアウト志向、逆に言えばマーケットイン視点の欠如が顕著であり、「市場ニーズを的確に捉えた製品・サービスを開発し、それを市場の中で標準化していく」営みにおいて課題を抱えていたと考えられます。結果として、価格競争でグローバルメーカーの後塵を拝す結果を招いてしまいました。
通信機器業界は「総合電機メーカー、通信機器メーカーがNTTに通信機器を納める」ピラミッド型のエコシステムの中の需要を満たすことに躍起になっており、海外市場など新規市場(需要)の開拓やマーケティング活動、製品の標準化などの活動が十分ではなかったことが影響し、急速にプレゼンスを低下させました。NTTドコモによるiモードがエコシステムとしてグローバルへ拡大しなかったことも、グローバル標準を追求できなかったことがその原因の一端と考えられます。
一方で、グローバルの先進企業は、コアケイパビリティの強化、事業ポートフォリオの最適化を踏まえ、コア事業の事業拡大に向けた取り組み(マーケットインによる製品・サービス開発、レディメイドの製品・サービス開発、自身のサービスのデファクトスタンダード化およびデジュールスタンダード化など)を推進しています。各企業の取り組み詳細は第2回で詳述したので、ここでは概略の記載にとどめます。
グーグル | 顧客志向を徹底したユーザーフレンドリーな検索エンジンなどを顧客接点として、顧客を自身のサービス圏に取り込み、個人データを取得することで個別最適化されたサービスを実現 |
アップル | 顧客志向を徹底したユーザーフレンドリーなハードウエアを顧客接点として、顧客を自身のサービス圏に取り込み、個人データを取得することで個別最適化されたサービスを実現 |
ファーウェイ | 各市場のニーズを捉えた製品開発・アップデートを推進するとともに、5G/6G技術やIoT技術(NB-IoT)などの情報通信領域の標準化活動を積極的に推進 |
シーメンス | 「SMART戦略」と呼ばれる地域戦略を展開し、研究開発機能からアフターサービスまでのバリューチェーン全てを現地に構築することで、市場環境や地域のニーズを捉えた製品開発を実施 |
フィリップス | ヘルスケアソリューションの研究開発拠点を、世界に例を見ない速度で高齢化が進む日本に設立するなど、グローバルに展開可能な製品・サービスの開発を推進 |
以上のように、コアケイパビリティ強化と合わせて、コアケイパビリティを前提とした事業ポートフォリオの構築やグローバル展開を最適化することが重要と考えられます。
前章および前々章では、「コアケイパビリティへのフォーカス」と「事業ポートフォリオの絞り込み/グローバルへの効果的な展開」の重要性について説明しました。これらの意思決定は企業の短期的・中長期的な価値に大きなインパクトをもたらすことが必至であるため、中長期目線の経営判断を下せるよう、同時にガバナンス体制・人事制度構築と経営形態の変革が必要となってきます。
第1回では、サラリーマン経営者を登用することにより、投資やM&Aなどの意思決定を行う際に短期的な財務リターン(PLへのインパクトなど)が過度に重視され、中長期的な企業価値を高めるための投資が実行されにくい傾向があることを述べました。合わせて、事実上、事業部長が意思決定を下すボトムアップ経営も、すり合わせにより角が取れ、大胆な意思決定を阻害する要因となっていることも指摘しました。
中長期的に企業価値を高める経営判断を後押しできるか否かは、企業文化に左右される部分もありますが、まずテコ入れすべきなのはガバナンス体制・人事制度と経営形態です。「ガバナンス体制・人事制度と経営形態を、中長期的な企業価値を高める意思決定を後押しする形に変革できるか」が今後の競争優位の獲得にあたっての前提となってきます。
現場で市場のドラスティックな変化を捉え、それを迅速にトップが把握し、トップが推進力を持って意思決定を行うことが可能な変革を促すための打ち手の方向性として、大きくは下記3点が考えられます。
第1回では、ボトムアップ経営の課題として、各事業部とすり合わせた上で意思決定を下す満場一致型の合議制をとるため、各事業部の顔を立てるインセンティブが働くことを指摘しました。一方で、変化の大きい局面では、トップが強力な推進力を持って経営判断を下し、現場を主導するトップダウン経営への転換が求められてきます。
トップダウン経営への変革とともに重要なのが、欧米型ガバナンス体制の構築です。日本企業の多くを占めるサラリーマン経営者は、あくまで有期の「雇われ経営者」で、自身の任期中に成果が出るような短期的な目的関数を重視する傾向があり、中長期的に企業価値を向上させるような意思決定を行いにくいと言えます*5。
トップにより強い権限と責任を与え、中長期的な視点で企業価値を高めたかどうかを重視するようなガバナンス体制の構築が求められます。
合わせて、中長期的な企業価値向上を見据えた革新的な発想力と意思決定能力を評価する人事制度を整備することが必要となってきます。例えば、スキルマトリクスを活用したトップ人事や、一部の欧米企業が採用する将来の株価に応じた報酬制度など、中長期的な企業価値の向上に向けたインセンティブ制度などが想定されます。
以上のように、「コアケイパビリティへのフォーカス」と「事業ポートフォリオの絞り込み/グローバルへの効果的な展開」を円滑に進めるには、中長期目線の経営判断を可能にするガバナンス体制・人事制度構築と経営形態の変革がカギとなってくると言え、早急に取り組みに着手することが求められます。
ここまで、衝動的にDXの取り組みに走るのではなく、まずはコアケイパビリティを見極めた上で投資し、その上でそのケイパビリティを前提とした事業ポートフォリオを構築し、グローバル展開に向けた活動を進めることが必要であると述べてきました。
一方で、今後もデジタル技術が発展し続けることを踏まえると、データを活用した新技術への対応も求められます。本章では、取り組みの一つの方向性を検討します。
現在、社会・環境に深く浸透しつつあるクラウドAI技術を活用したプラットフォームビジネスは、データ量で勝るGAFAが圧倒的に進んでいる状況であり、国内テクノロジー企業がこれから市場の中でプレゼンスを発揮するのは難しい可能性が高いでしょう。
一方で、近年急速に発展した5Gが有する①超高速・大容量通信、②超信頼・低遅延通信、③多数同時接続という3つの特長は、AIやIoTの生活・産業への実装を加速させ、デジタルサービスの主流をサイバー空間だけで完結するものから、フィジカル空間も巻き込んだものへとシフトさせることが予想されます*6。
このトレンドを踏まえ、まずは今後大きな成長の余地がある「人流・物流・情報流のデジタルツイン化」に取り組むことが、今後の国内テクノロジー企業のプレゼンス維持・拡大に向けた戦略の一つとなると考えられます。理由は大きく下記2点が考えられます。
まず1点目は、「人流・物流・情報流のデジタルツイン化」は適用可能な領域が広いと想定されることです。「人流・物流・情報流のデジタルツイン化」というと、新製品を生産する際に機械の配置や作業員の動きを実際に変更し、最適な工場の生産ラインを導き出すなど「製造現場のデジタルツイン化」がイメージされやすいですが、実際は「現実世界で検証するには不可逆的に大きなコストが発生する、または、そもそも検証が不可能だが、単発のコストおよびそのコストの反復性から、サイバー空間でのシミュレーションが推奨される」領域に広く適用余地があると考えられます。
具体的に、製造領域以外の適用余地としては、例えば物流領域や都市開発などが挙げられます。物流領域では、現実世界での検証には不可逆的に大きなコストが発生するグローバルでのバリューチェーン横断での拠点配置最適化などが考えられるほか、都市開発領域では、大都市の防災(ビル、タワーマンションなどの立地について、災害発生の際スムーズに避難できる環境か、また周辺の環境はどのように変化するか、などのシミュレーション)などでの活用が考えられます*7。
実際、複数の領域でデジタルツインのソリューションを展開する先進企業が存在し、さまざまなプロジェクトが立ち上がり始めています。
PTCは、3D撮影カメラと編集サービスを提供するMatterportの技術とリコーの「THETA」に代表される市販の3Dカメラにより、設備を含む工場空間を丸ごとデータ化し、IoTプラットフォームおよびAR(拡張現実)を活用した工場のデジタルツインを実現しています*8。
ソフトバンクも、東京大学と連携するBeyond AI 研究推進機構の研究テーマの一つとして、小田急線海老名駅と周辺施設を対象に、来訪者の行動変容を促す人流誘導アルゴリズムを実装する「次世代AI都市シミュレーター」の研究開発を開始しています*9。
2点目として、「人流・物流・情報流のデジタルツイン化」はフィジカル空間も巻き込んだサービスとなるため、特に起点となる製造領域において、国内テクノロジー企業がこれまでに蓄積したハードウエアノウハウの活用可能性があることです(日本がグローバルの中で競争優位を保っている半導体製造装置など)。「人流・物流・情報流のデジタルツイン化」がクラウドAI技術を活用したプラットフォームビジネスと大きく異なるのは、データを取得すればそれで終わりではなく、利用価値のあるデータが現場のノウハウとひもづいていないと効果を発揮しない点にあります。日本の製造現場には熟練工のノウハウが多分に蓄積されているものの、その形式知化はなされていないため、そのデジタル化を実現することで大きな効率化、最適化の余地があると考えられます。
一方で、シーメンスなどのグローバル先進重電メーカーやGAFAなどを中心に、「人流・物流・情報流のデジタルツイン化」領域への進出は着実に進んでいます。国内テクノロジー企業はコアケイパビリティを見極めた上で投資し、そのケイパビリティを前提とした事業ポートフォリオの構築とグローバル展開に向けた活動を進めるとともに、いち早くこの取り組みへの準備を進めることが必要な状況にあるでしょう。
ここまで、国内テクノロジー企業が衝動的にDXの取り組みに走る事態への危機感から、第1回では1980年代後半~2000年代急速にそのプレゼンスを低下させた原因を探り、第2回ではグローバルでプレゼンスを維持・向上させている企業の歩みを俯瞰し、第3回で本質的な競争優位の源泉と、国内テクノロジー企業が今後どのような戦略を採用し事業活動を営むべきかについて考察してきました。
第1回、第2回も踏まえた結論として、国内テクノロジー企業が今後グローバルでプレゼンスを維持・向上させるために求められる4つの戦略を、以下の通り導き出しました。
「国内テクノロジー企業が目指すべき方向性」の項でも言及しましたが、「何を実現したいのか」というビジョンが明確化されていないうちは、短絡的なDXの取り組みが中長期的な企業価値向上に資する可能性は低いと言えます。テクノロジーやビジネスモデルが著しいスピードで進化・刷新する時代であっても、本質的な競争優位の源泉は「DXに取り組めているか」そのものではありません。
まずは市場で差別化可能なコアケイパビリティを見極めて強化し、コアケイパビリティを生かすことのできる事業ポートフォリオへ絞り込み、コア事業のグローバル展開に向けた活動を着実に遂行する営みが重要になってきます。これらの意思決定は企業の短期的・中長期的な価値に大きなインパクトをもたらすことが必至であるため、中長期目線の経営判断を下せるように、ガバナンス体制・人事制度構築と経営形態の変革を推し進めることが前提となります。
一方で、今後もデジタル技術が発展し続けることを踏まえると、データを活用した新技術への対応も求められます。そのため、今後成長する領域を見極めた上で、適切に投資を実施する必要があり、「デジタルトレンドへの対応」の項では取り組みの一つの方向性として「人流・物流・情報流のデジタルツイン化」を提案しました。
新型コロナウイルス感染症の感染拡大により企業のDXが堰を切ったように推し進められています。業界横断で大きな変革が見込まれる重要な局面を迎えていることは明らかで、国内テクノロジー企業は今こそ過去を振り返り、同じ失敗を繰り返さないよう内省すべきタイミングを迎えているのではないでしょうか。本連載では、このような問題意識の下、過熱するDXに対する取り組みを一歩引いた目線から捉えつつ、競争優位の源泉と今後国内テクノロジー企業が目指すべき方向性を検討しました。本連載が国内テクノロジー企業の戦略検討の一助となれば幸いです。
*1 参考文献:日本電産,「連結業績ハイライト」(2021年7月30日閲覧)https://www.nidec.com/jp/ir/financial/highlight/
*2 参考文献:日本電産, 2021年, 「Nidec DX(デジタルトランスフォーメーション)推進~2023 年生産性倍増の実現に向けて~」(2021年7月30日閲覧)https://www.nidec.com/jp/corporate/news/2021/news0420-01/
*3 参考文献:村田製作所,「業績・財務情報」(2021年7月30日閲覧)https://corporate.murata.com/ja-jp/ir/financial/highlite
*4 参考文献:村田製作所,「中期構想2021(2019-21年)」(2021年7月30日閲覧)https://corporate.murata.com/ja-jp/company/business-strategy/mid-term-direction-2021
*5 参考文献:シニフィアンスタイル, 2018年.「「PL脳」が会社を滅ぼす!アメリカでより深く理解されているファイナンスの付加価値とは?」『DIAMOND online』(2021年7月30日閲覧)https://diamond.jp/articles/-/189229
参考文献:朝倉祐介, 2018年.「ビジネスに対する考え方のOSを「PL脳」から「ファイナンス思考」にアップデート!答えのない時代を生き抜く武器を手に入れよう」『DIAMOND online』(2021年7月30日閲覧)
https://diamond.jp/articles/-/174517
参考文献:平田秀俊, 2019年.「中小社長こそ知りたい「PL脳」を卒業する方法 売り上げ・利益ばかり追求しても会社は回らない」『日系ビジネス』(2021年7月30日閲覧)https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19nv/00124/00018/
*6 参考文献:総務省, 2020年, 『情報通信白書令和2年版』(2021年7月30日閲覧)https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r02/html/nd114210.html
*7 出所:Frontier Eyes Online編集部, 2020年, 「「デジタルツイン」とは?もたらすメリットや活用領域を分かりやすく解説」(2021年7月30日閲覧)
https://frontier-eyes.online/digital-twin/
*8 出所:八木沢篤, 2019年, 「高度なデジタルツインを実現し、顧客企業のデジタル変革を加速させるPTC」『MONOist』(2021年7月30日閲覧)https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/1906/13/news031_3.html
*9 出所:ソフトバンク, 2021年, 「デジタルツインを活用した『次世代AI都市シミュレーター』の研究開発を開始~小田急線海老名駅周辺を対象に、人流データなどを分析し、人々の行動変容を促して地域の最適化・活性化に貢献~」(2021年7月30日閲覧)https://www.softbank.jp/corp/news/press/sbkk/2021/20210428_01/