
次世代ファイナンス人材の育成方法
次世代のファイナンス部門を支える人材育成について、課題や施策のポイントを解説します。
予算策定や見通し作成などの計画業務において、次のような問題に直面したことはないでしょうか。筆者は事業会社で予算策定の実務、コンサルティング業界で予算管理・管理会計のサポートに従事するなど、通算10年以上計画業務に携わってきましたが、あらゆる職場から以下のような悩みを聞きます:
精緻に数値を集約するために、毎年数カ月の時間がかかっている。その間に市況や原材料価格、為替が変化してしまうと、各組織からのデータ再集計が間に合わなくなる。
表計算ソフトに一部のメンバーしか理解できていない複雑な計算式やマクロがあるため、担当者の異動や休暇が発生すると、業務が停滞してしまう。
内部承認で説明しやすいよう、前回の計画数値を基準にしているため、前回が厳しすぎると今回もさらに厳しくなり、前回が緩かったら今回も緩くなってしまいがちになる。
調達・生産・営業の各部門において、販売数量や生産数量などの前提を常に共通化しなければならないが、前提が変化する際に不整合が発生しやすい。特に生産拠点と販売拠点の間でクロスボーダー取引を行う場合、拠点間の整合性を担保しにくい。
計画業務課題については、これまでさまざまな議論が行われ、対応策もいくつか検討されてきましたが、最近ではAI技術の活用を検討している企業が増えています。AIが予測したデータを活用することで、販売数量などの前提数値をより高精度で素早く予測することが期待されています。また、システムが客観的なデータから予測しているため、属人化の心配もありません。
ただし、AIを導入するだけで万事解決するわけではないことには注意すべきです。図1で示したとおり、PwCが「過去1年でAIの投資に対してどれだけの企業がROIを得ているか」を調査したところ、AIの投資効果が総じて停滞しており、特に「より効率的な業務運営と生産性の向上」の領域で大きく低下していることが分かります(AI投資でROIを得ているかについて、2022年と2023年の調査結果によると、「より効率的な業務運営と生産性の向上」は34%から26%へ8ポイント減少し、「社内の意思決定の改善」は20%で変わらず)
筆者も複数のクライアントから「AI活用の効果が見られない」、特に「経営トップを含め、計画業務でAI活用のイメージが湧かない」「現場でAIへの理解が進まない」という話をよく聞きます。そのやり取りの中で強く感じるのは、やはり企業経営の主人公である「人」の意識を改革しなければ、期待どおりのビジネス効果が得られないということです。「意識改革が成功のカギ」と言っても過言ではないと考えています。そこで今回は、この成功のカギである「意識改革」をテーマにし、AI活用を推進するにあたっての要点をいくつか挙げていきたいと思います。
「意識改革の要点」は、図2で示したとおり「トップダウン形式での推進」「キーパーソンの巻き込み」「トライアル」「継続的な情報発信」の4点となります。
社内意思決定プロセスの変革を成功させるためには、CEOをはじめとするトップマネジメントからのトップダウン形式での推進アプローチが有効です。日本では三現主義を重視する伝統があるため、どのような規模の変革プロジェクトであっても早期に現場を巻き込み、実務側からの意見を十分に吸い上げてから検討を開始すべきとの考え方があります。しかし、計画業務でAIを活用するような、現行業務の前提を覆す変革の場合、そのようなアプローチは効果的ではないかもしれません。現場の意見を過度に重視すると、現状に引きずられてしまい、かえって手足を縛られる恐れがあるためです。
検討の初期段階で最も重要なのは、トップマネジメントの問題意識を十分に把握し、経営の意思どおりに改革のコンセプトを固めることです。この過程でトップマネジメントを「味方」にし、旗振り役として強く後押ししてもらうことで、仮に後日現場の意見を踏まえて軌道が微修正されても、本質的には経営ニーズから乖離することなく進めることができます。
PwCが実際に支援したあるプロジェクトでは、コンセプトを検討する段階では敢えて事業部、拠点などの計数管理現場へのヒアリングを行わず、トップマネジメントとプロジェクトメンバーの少数精鋭で大方針を決定しました。この段階で現場にヒアリングすると、現行業務に基づく意見が多数寄せられ、議論が進まなかったり、本来実現したい方向性から外れたりする恐れがあったからです。そして大方針を決定した後、社内アナウンス用の資料をしっかりと時間をかけて用意して、初めて現場にお披露目にしました。トップダウン形式で推進することは、目標をぶれなく推進するために重要です。
変革のコンセプトを決めた後、いきなりトップマネジメントから全社へアナウンスすると、さまざまな質問や不安が生じてしまうリスクがあることから、各部門・各拠点の中でもトップダウン式で推進すべきです。そのために、主要部門の部門長や主要拠点の拠点長といったキーパーソンを巻き込み、当事者になってもらうことが大事です。
PwCが過去に支援したあるケースでは、AI活用の計画業務を変革するために、主要事業の事業部長や国内外主要拠点の拠点長だけを集めて、改革のコンセプトとロードマップを丁寧に説明する連携会議を開催しました。特に重要度の高い事業・拠点と十分な意見交換ができるよう、全員一堂の場ではなく、個別に「根回し」する会議も設け、懸念点や質問事項など、忌憚なくコミュニケーションを取りました。
キーパーソンを巻き込むにあたっては、特に海外拠点の拠点長を説得することが難しいです。言葉の壁や文化の壁があり、変革のコンセプトを的確かつ洗練された言葉で説明できないと、誤解を招いでしまう恐れがあります。例え海外拠点長が日本から派遣された方であっても、計画業務の実務を担う現場の方が現地の方である以上、現地の言葉で変革コンセプトを正しく伝えないと、実務の改革が難航してしまいます。そのため、あいまいな表現を極力避け、具体例を含む説明資料を作成するのはもちろん、短い打ち合わせでも、決定事項やToDo、関係者のコメントを必ず文字として残す必要があります。また、現地駐在の日本人社員も巻き込んで、本社とのコミュニケーション補佐として協力してもらうことも有効です。
キーパーソンを味方にできれば、トップマネジメントと現場の間に立ってもらい、現場への説得や仕組の推進役を担ってもらったり、現場の課題を取りまとめて、トップマネジメントにフィードバックしてもらったりする役割が期待できます。
トップマネジメントが変革のコンセプトを公表すると、AI活用の計画業務はいよいよ各計数管理の現場に展開されます。しかし、全部門・全拠点が同時にこのような大きな変革を本番の計画業務で運用すると、各現場で混乱が起こりうると考えられます。それを避けるためには、トライアルの実施が有効と考えられます。
トライアルとは、社内でいくつかの部門や拠点を巻き込んで、本番リリース前のAI予測値と表計算ソフトで構築した簡易ツールを用いて、実際の計画策定業務で「試運転」してみることを指します。AI予測値を実際に使ってみることを通じて、各現場のAIへの理解度向上が期待され、不安が少なからず払拭されるのではないかと考えられます。ただしその際は、AI予測結果が理解・説明できるよう、予測結果に影響を与える要因とその影響度を可視化して現場担当者に示す必要があります。
トライアルはAIに対する理解度を向上させるだけでなく、新業務の「流れ」に慣れてもらうための準備期間としても重要です。慣れる期間が長ければ長いほど、変革後の本業務がうまく進まないというリスクが軽減されますし、各現場が新業務を受け入れやすくなります。PwCの過去に支援たあるケースでは、事業部の担当者がトライアルを行ったことで、「新業務に必要なデータをいつから集約すれば良いか」が分かるようになりました。このように、「トライアルから得た経験を生かしながら本運用の業務を設計する」という効果も期待できます。
ここで注意すべきことが1つあります。トライアルに協力してくれる部門や拠点は、通常業務と並行でトライアルするため、業務負荷が一時的に上がることです。そのため、極力無理のないトライアル計画を立てるように工夫するとともに、「他の組織より慣れる時間が長く取れ、いきなりビッグチェンジしなくて済む」ことや、「積み上げる前に計画目標の状況が見通せる」などメリットを関係者に十分説明する必要があります。
上記の要点1~3はいずれも、明確なメッセージを「関係者向けて繰り返して発信する」ということが求められます。
関係者に対して情報を繰り返して発信することで、変革への理解度向上や定着化が期待できます。PwCの過去に支援したあるクライアントは、専用の社内ポータルを開設し、全社に向けて定期的に情報発信していました。以下は一例ですがポータルの掲載項目です:
計画業務にAIを活用することについては、属人化の排除や、意思決定の迅速化が期待されるため、最近盛んに検討されています。過去の分析をAIに任せることによって、人間は目標達成するための施策検討に注力することが可能になり、企業価値の向上にも寄与できるのではないかと考えられます。
その際は、業務の主体である「人」の意識を変えることが「成功のカギ」だと思います。意識改革するために、トップダウン形式でコンセプトを定め、その後キーパーソンを巻き込みながら段階的に導入し、その過程の中で継続的に情報発信するなどの工夫が必要です。
AI活用の計画策定について、PwCは「過去を学習すれば将来がある」から「学習すべきは将来にある」へのシフトを目指し、「先読み型プランニング」というソリューションを提供しています。
また、PwCが出版している「【実践】価値創造経営~財務・非財務の連鎖で企業価値を向上する」(ダイヤモンド社、2023年12月)の第5章「短期的業績管理は最大限自動化する」でも先読み型プランニングの詳細を記載しておりますので、ご一読していただければ幸いです。
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