
次世代ファイナンス人材の育成方法
次世代のファイナンス部門を支える人材育成について、課題や施策のポイントを解説します。
DX推進がさけばれる昨今、多くの企業がAI活用の必要性を認識しています。筆者が支援する企業においても、「予算編成・見通しプロセスの高度化」や「指標・管理軸の整備による分析の効率化」という命題に対して、AI活用についての議論を避けて通ることができない状況になっています。
本コラムでは、AI活用を進める上で、実際のプロジェクトで発生しうる推進上の課題を踏まえ、実現性のあるロードマップの策定とその早期実現のために考慮すべきポイントを解説します。
「AIを活用した計画業務改革」にも記載のあるように、計画業務はAI活用による効果が期待される領域の1つです。しかし、その効果が確認できないうちは大規模な投資は難しいため、トライアルとして小さな体制・規模で着手し、効果のアタリをつけた上で、段階的に対象とする業務領域を拡大していくというのが現実的なアプローチです(図表1の赤枠部分)。
そのような「トライアル」に着手している企業は増えてきてはいますが、仕組化・高度化により全社的にAIを導入できている日本企業はまだ一部というのが現状です(図表2)。
PwC Japanグループ「2023年AI予測」AIの業務への導入状況より抜粋
また、全社的なAI導入の割合も前年に比べて大きく変わっていないことから、導入のスピードにも課題があります。
トライアルで効果が見込まれることが確認できても、その後の仕組化・高度化の実現までに5年、10年とかけているようでは競合に大きな差をつけられかねません。
経営層からもスピード感をもった取り組みを期待されている分野であり、早期に企画から実現へと進めていく必要があります。
しかし、仕組化・高度化の実現に向けた課題は多く、推進体制や業務・システムの検討を全社的な取り組みとして進めるのはなかなか容易ではありません(図表3)。
課題例1:推進体制
対象事業の特徴を捉えたAI予測を実現するためには、計画策定を主管する部門だけではなく、各事業や製品の特性を理解している事業部門の関与が必須です。しかし、全社的に計画業務の改革がコミットされていない段階では、必要なキーパーソンの工数確保も難しく、検討・導入スピードが上がりません。
課題例2:業務がバラバラ
いざ、業務・システム基盤の整備を進めようとしても、現行の業務が統一されておらず、事業ごとに、全く別のプロセスの検討が必要なケースもあります。データの定義や更新方法も異なり、特定の有識者の情報を断片的につなぎ合わせるしかないというのもよくある話です。これらのプロセスやデータ定義の調整にも時間を要します。
課題例3:システムがバラバラ
業務やデータの状況を整理して対応が必要な周辺のシステムを特定しても、過去の経緯の積み重ねによるシステムの複雑さが邪魔をし、AI活用に必要な情報の利用方法の定義に時間がかかります。それらを解消しても、関連する複数のシステムの改修が必要となり、改修コストの見積や費用対効果の提示に時間を要します。
筆者が見てきた複数のクライアントでは、大きな企業になるほど、経営層から求められるスピード感と、現場での課題の解決・実現までのリードタイムとの差異をどのように解消するかが問題になっているケースが多いように感じます。
AI活用の推進に必要な対応の観点からは、上述のような体制・業務プロセス・システムの課題があり、それらを1つ1つ解決するには工数も時間もかかるように思われます。しかし、AI活用の枠組みの中だけで個別に対応を検討するよりも、関連する社内の活動に上手く組み込むことで、より短い期間で効率的に進めることが可能です。
長年、ERPを中心とした基幹システムの導入・活用を推進してきた筆者の経験から、以下のポイントを取り入れたAI活用に向けたロードマップの策定を推奨します。
ポイント①:システム更改の潮流に乗る
ポイント②:部門をまたがるデータ整備は先行着手
ポイント③:経営層の合意時期を先に決める
計画業務に必要なAI環境・システム自体の整備はもちろん必要ですが、関連する周辺システムからのデータ収集の検討・調整にも多くの時間がかかります。
一方で、企業の中では、定期的にシステム更改が行われ、その中でAI活用に有用なデータも含めた業務・システムの見直しが、大きな体制を組んで企画・導入されていきます。次期のシステム更改では、単純なリプレイスを目指すのか、業務改革目標を据えて進めるのかといった「改革目標」についての議論もされています。その目標設定の機会を上手く捉え、「AI活用による計画業務の効率化」を目標の1つとして組み込むことで、活動の社内での認知度を高め、体制の構築、必要な検討を一緒に進めていくことが可能です(図表4)。
これらの取り組みを把握した上で進めるためには、社内のシステムの更改を計画しているIT部門の早期の巻き込み・情報連携が重要な要素となります。
事業や部門が異なれば業務のやり方が異なり、業務のやり方が異なれば利用しているデータの定義や粒度、コード体系、更新サイクル等もさまざまです。
AI活用に向けては、これらの情報を必要な粒度でつなげて計画業務への利用を検討していきますが、部門をまたがって「定義の違い」や「主管部門」を調整していく場合には、多くの時間がかかります。
例えば、筆者が以前参画したプロジェクトでは、「製品のコスト見積の効率化」を業務改革の目標の1つとして掲げたことがあります。
「製品」をキーに、受注・設計・製造の情報をつなげ、どのような製品に対して、どの程度の需要・販売・生産計画が見込め、どのような製造原価・採算となるかを短いリードタイムでシミュレートしていきたいという構想でした。
しかし、「製品」の定義や粒度、その製品の分析に利用するための「特性情報」の定義が、営業部門・設計部門・製造部門で異なっていました。
営業部門の受注活動の中では、製品の仕様は確定しておらず、概要レベルでの「特性情報」の把握で十分ですが、製造コストと紐づけて採算を分析する上では、設計部門で定義した詳細な素材や形状等の「特性情報」と、製造部門での実際のコスト情報との紐づけが必要です。各部門でそれぞれ異なるタイミング・粒度で保持している情報をどのようにつなげていくのか、部門間の認識合わせが難航しました。
さらに、それらの情報をつなげるためのメンテナンスという新規業務をどの部門が実施するかの調整も難航し、当該運用の実現は先送りとなったことがあります。
このように、検討・調整に時間を要する課題については、もっと早いタイミングで着手できていれば、プロジェクト期間内に見積の効率化を実現し、早い時期に利益拡大に貢献できたはずなのに、と惜しまれる事例でした。
AI予測に活用していく上でも、各現場で有用と考えられているデータをすぐに利用できるとは限りません。特に、図表5に示した課題のように部門をまたがる場合には調整に時間を要することが見込まれるため、早期に把握し、先行着手して運用に落としていくことが重要だと考えます。
案件・売上の分類・計画
費用の集計ルール
分析軸(取引先/地域/組織)の統一
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部門内でプロジェクトの企画をとりまとめ、関連部門への調整後、経営層に上申するというのが一般的な進め方ですが、それらを進める上でのタイムラインはコミットされているでしょうか。
担当者と上長との認識合わせ、部門長への報告、経営層への上申と、順次、指摘事項を反映しながら進めていくと、思わぬポイントで時間を要し、意思決定が間に合わず、システム更改やデータ整備の先行着手にとりかかるタイミングを逸する可能性があります。
スピード感を求められている中、実現時期があいまいな状態では経営層からの期待にも応えられません。
そのような事態を回避するためにも、まずは、全社的な展開を進める上での経営層のコミットメントを得るタイミングを定めます。
そしてそのタイミングからのバックキャスティングで各タスクのスケジュールを引くことが重要です。「XX年XX月の経営会議に上申すること」を目標に、関係部門との調整にかかるリードタイムを考慮し、自部門内での議論にかけられる期間を明確にした上で、活動計画を立てる。そしてその計画に沿ってプロジェクトを進めるために、自部門内の責任者と必要な推進体制について認識を合わせ、関係部門への協力を働きかけ、メンバーのアサインを依頼します。また、経営層への上申に向けて、プロジェクトのオーナーと事前に協議を開始します。
このような実現タイミングありきでの計画立案・調整が、スピードを出す上での要点だと考えます。
ここまで述べた内容を振り返ってみると、社内での活動と上手く連携し、時間のかかる課題にあたりをつけて先行着手しつつ、経営層のコミットメントを早期に取り付けるといった活動は、「AI活用」に限って必要となるアクションではありません。
競合との差別化を図るためにも、ロードマップ上で設定した実現タイミングに向けて、スピード感をもって確実に進められる体制・計画になっているのかどうか、今一度、確認が必要ではないでしょうか。
本コラムで延べた内容や筆者の過去のプロジェクトでの経験を踏まえ、押さえておくべき内容を図表6のチェックリストに整理しました。
これを参考に、取り組み状況を振り返り、不足しているものがあれば活動計画に織り込んで、自社・自部門の目指すAI活用の早期実現を目指していきましょう。
推進する部門内の検討 ①AI活用で目指す姿・効果が具体化できているか ②必要な情報と関連する部門・システムが明確になっているか ③実現に向けた課題と解決の方向性が明確になっているか ④推進アプローチと実現タイミングが部門内で合意できているか IT部門とのコミュニケーション ⑤IT部門と目指す姿・情報の取得元システムの認識合わせができているか ⑥取得元となるシステムの更改予定が把握できているか 関連部門とのコミュニケーション ⑦関連する部門と目指す姿・運用方法・課題の認識合わせができているか ⑧部門をまたがる課題の内容・対応にかかる期間を見積もれているか 経営層とのコミュニケーション ⑨プロジェクトオーナーと目指す姿・効果の認識合わせができているか ⑩AI活用に向けて必要なタスク・費用・実現スケジュールが整理できているか ⑪実現に必要な体制・リソースのめどが立っているか ⑫経営層への報告タイミングが明確になっているか |
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