シリーズ:価値創造経営

企業価値向上に向けて経営管理で改革すべき10のポイント

  • 2024-12-26

2024年8月30日に、東京証券取引所は従前の要請に対し、「上場維持コストが増加し、非公開化という経営判断が増加することも想定されるが、そうした判断も尊重し、日本市場の魅⼒向上に向けて、上場企業の数ではなく質を重視」と、さらに踏み込んだ発信をしており、資本市場の機能発揮に対して引き続き並々ならぬ決意を示しています。

本コラムでは、要請に応えるべく企業価値向上を志向しながらも、情報開示に終始しており、具体的な「価値創造」にはまだ至りきれていない日本企業に対して、経営管理を企業価値向上に活用する上での10のチェックポイントを、「未来の可視化」「最適な資源配分への貢献」「データ活用による解明と予測」をキーワードに解説します。

1. なぜ、いま「価値創造経営」なのか

東京証券取引所の要請に端を発した企業価値向上に繋がる財務・非財務を統合した「価値創造経営」の取り組みが引き続き加速しています。1989年12月末日(終値)には38,915円だった日経平均株価は、2024年7月11日(終値)には、史上最高値の42,224円を記録し、2023年度期首からの日経平均の株価上昇率は同日基準で51%となりました。2022年7月時点ではPBR1倍割れ企業が、プライム市場の50%(922社)、スタンダード市場の64%(934社)を数え、米国(S&P500)では5%、欧州(STOXX600)では24%だったのに対して、⽇本(TOPIX500)では43%でしたが、当時と比較すると現在は改善傾向にあるとも言えます。
反面、2024年8月30日には、東京証券取引所が、従前の要請に対して「上場維持コストが増加し、非公開化という経営判断が増加することも想定されるが、そうした判断も尊重し、日本市場の魅⼒向上に向けて、上場企業の数ではなく質を重視」と、さらに踏み込んだ発信をしており、資本市場の機能発揮に対して引き続き並々ならぬ決意を示しています。

加えて、日本企業を取り巻く開示制度の変化では、自主開示である統合報告書が普及しています。また、2022年6月公表の金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告を踏まえて、2023年3月期からは有価証券報告書にサステナビリティ情報の「記載欄」が新設され、「ガバナンス」及び「リスク管理」は全ての企業が開示し、「戦略」及び「指標及び目標」は各企業が重要性を判断して開示する旨の制度変更が実施されました。
さらに、2023年6月に最終化されたISSB S1/S2基準を踏まえた、日本における具体的なサステナビリティ開示基準(日本版 S1/S2基準)は、2024年3月の公開草案公表に続き、2025年3月末までに最終化が予定されています。また、サステナビリティ情報の信頼性の確保には、開示基準や保証制度の導入が不可欠であるため、法改正を視野に入れた検討が金融審議会のワーキング・グループで現在実施されています。

このように、市場の危機感や経営の「成績表」たる開示制度の変化が、財務・非財務を統合した「価値創造経営」を加速させていると言えますが、これらの傾向は決して外発的な危機感によってのみ加速している訳ではありません。

図表1:価値創造経営が求められる背景

PwCが2023年10月から11月にかけて、世界105カ国・地域の4,702名のCEO(うち日本のCEOは179名)に対して、世界経済の動向や、経営上のリスクとその対策などについての認識を調査した第27回世界CEO意識調査(日本分析版)では、「貴社は現在のビジネスのやり方を変えなかった場合、経済的にどの程度の期間存続できるとお考えですか。」という問いに対して、日本のCEOの64%が「現在のビジネスは10年もたない」と回答しています(図表2)。同様の回答をしたCEOが、世界全体では45%、米国では23%に留まったことを踏まえると、日本企業の「経営者自身」が、自社の持続性に危機感を感じていることが分かりました。

図表2:日本のCEOは自社の持続性に危機感

出典:PwC 第27回世界CEO意識調査

これには、事業環境が、従前の「中長期的に先読み可能な状態」から「短サイクルで加速的に変化する不確実性が高い状態」に遷移したことや、間接金融を中心とする資金調達や持合いによる安定株主からモノ言う投資家を含む多様なステークホルダーへと変化していること、テクノロジーの中心が実績集積を担っていた ERPからそれらを活用したAIに遷移していることなど、経営や周辺環境の変遷が影響しています。言わば脱・計画経済的環境が、「過去」ではなく「未来」への着眼を加速させていると共に、経営者の危機感を醸成していると言えるでしょう。

図表3:これまでの経営管理の背景と目指すべき姿

すなわち、外発的な危機感のみならず、内発的な危機感が、「過去の延長線上に未来はない」という世界線において、売上高や営業利益、ROICなどの「中間指標」ではない企業価値自体の向上を求めており、財務と非財務、社会的価値と経済的価値の両立を通じた「価値創造経営」の必要性を高めているのです。

なお、本来「価値創造経営」の目的変数は「企業価値の最大化」で、それに向けて体系的に取り組むことが要請されますが、ESG起点で企業価値や無形資産に関する議論が喚起された経緯があるがゆえに、「ESGの価値貢献」や「ESGを用いた製品マーケティング」に留まっているケースが見られます。このような誤った認識と行動に繋がっているケースには留意が必要です。

2. 企業価値向上に繋がる経営管理

「価値創造経営」の必要性の高まりに対して、企業価値向上に向けて取り組む過程では、日本企業の経営者は、現状と目標の差を把握の上、目標達成に資する道筋を描くべきです。しかし、多くの場合、3つの課題(図表4)がそれを阻害している、と筆者は考えています。

図表4:企業価値向上を阻害する3つの課題

経営が「価値創造の連鎖を見極めて、企業価値を最大化すること」ならば、経営管理とは「中長期的に何を目指して」「どの無形資産を強化するために」「どれだけ投資するのか」を管理する活動を意味します。ゆえに、企業価値向上に向けた経営管理では、経営者には、企業価値を起点に戦略目標を定義し、戦略目標の達成に資する価値構造の連鎖を解き明かした上、それらを実行体系に落とし込むために各項目にKPIを定めて管理することが求められます。

図表5:企業価値の最大化のための戦略目標

まず、経営者は、売上高や営業利益、ROICなどの「中間指標」でなく「企業価値自体」を目標設定した上で、目標とする企業価値と実態のギャップを定量的に評価・把握して、そのための戦略目標を展開します(ステップ1:Plan)。次に、戦略目標の達成に資する価値構造の連鎖を解き明かし、どの無形資産をどのように強化するか、どれにどれだけ投資するのが適切か、を明らかにします(ステップ2:Do)。さらに、価値構造の連鎖が解明されただけでは、活動目標を管理する実行体系には落とし込まれないため、価値構造の各要素に「結果指標」ではない「活動目標」としてKPIを設定し、KPIツリーとして経営管理体系を構築します(ステップ3:Check)。最後に、KPI間の相関関係と傾向・変化を持続的・科学的に分析し、投資金額の多寡と比較することで、価値向上に貢献し得る領域(=投資すべき領域)を導出し、資源配分を実施します(ステップ4:Action)。

この状態に至るために、PwC Japanグループでは、経営管理のPDCAの過程において、10のチェックポイントで自社の経営管理を検証することが、企業価値向上に資する経営管理を実現する上での要諦だと考えています。

図表6:PDCAの過程におけるチェックポイント

「価値構造の解明」と「未来の予測」を含む10のチェックポイントを全て同時に満たすことは時間面でも人的負荷面でも困難が伴いますが、これらのチェックポイントを見直すことで、経営管理が「結果管理・経済価値管理」に留まるのではなく、環境・社会価値の重要性の高まりに合わせて「経済価値」だけでなく「社会的価値」の創出を表現して「戦略性のある価値創出活動を管理する状態」に至らしめることができるでしょう。こうした取り組みこそが、企業価値向上に資する経営管理改革だと筆者は考えています。

3. 「解明」と「予測」による実践事例

では、先進企業では、企業価値向上に向けて経営管理をどのように変革・実践しているのでしょうか。まず、「価値構造を解明」するために、先進企業では、データを活用して3種類の取り組みを実施しています(図表7)。

図表7:「価値構造を解明」するための3種類の取り組み

価値構造を解明するアプローチ

  1. 統計分析によるマテリアリティ特定
    これは、価値向上に向けて、資本市場を通じて株主価値に与える財務・非財務属性値の影響をTOPIX Core30や業界他社と相対比較して優位点と劣位点を見定め、統計的に改善機会やマテリアリティを証明する活動です。
    PwC Japanグループでは、財務・非財務要因が企業価値に与える影響を、投資家視点で定量的に分析・把握・可視化するサービスを提供しています。ある企業では、価値創造ストーリーで合理性・説明性を獲得するためには、財務/非財務属性が企業価値に与える影響を分析する必要があると考え、PBRの構成要素に対する統計的推定を用いて、その証明に取り組んでいます。また、投資家が注目する企業属性に対して、自社の現在位置を競合相手と横比較することで、「優位点」と「劣位点」に基づく改善機会を特定しています。
    参考:ビッグ・データ・アナリティクスを活用した 財務・非財務インパクトの測定: 投資家視点のデータ分析による企業価値向上への対応
  2. 機械探索による因果関係特定
    これは、マテリアリティの対外的な開示に向けて、属性値が価値向上に繋がるストーリーを人為的主観や経験を取り除いたデータだけで検証し、統計的な有意性を伴う因果探索でストーリーの論理的帰結を証明する活動です。ある企業では、目的変数に対して、財務・非財務データのどの要素が最も業績に影響を与えるかを独立性分析(LiNGAM)と共分散構造分析(SEM)で因果探索し、データによって因果関係を解明しています。この事例では、因果探索の結果、業績向上には「中途入社で上級管理職を採用する」よりも、「新卒・中途ともにスタッフ職から長く勤めてもらい管理職まで昇格させる」方が貢献度が高い旨の結果が得られ、データで因果関係を解明することで価値構造を解き明かすと共に、自社が資源配分すべき領域を見定めています。その結果、明らかになっていなかった“暗黙知”を導き、客観性・論理性を経営判断に具備できるようになった上、分析に係る時間を3分の1に短縮することを実現しています。
  3. 相関・回帰による持続的投資評価
    これは、活動成果の開示に向けて、内外環境の変化に伴って随時重要性が変化する属性値に対して資源配分の実績の多寡を比較して、相関係数や回帰係数を用いた検証で意思決定の妥当性を証明する活動です。ある企業では、企業内活動を恒常的に価値創造に繋げるためには、KPI間の相関関係と傾向を持続的・科学的に分析する必要があると考え、ダッシュボードを用いて価値創造ストーリーの見直しを継続的に実施しています。この事例では、KPI間の相関と投資金額を比較することで、価値向上に貢献し得る領域(=投資すべき領域)についての示唆を得て、資源配分の妥当性の証明に取り組んでいます。

いずれもがデータを活用することで、暗黙知や経験に基づく意思決定を排除し、企業価値向上に繋がる価値構造の連鎖を解明しています。また、「未来を予測」するために、先進企業では、こちらもデータを活用して3種類の取り組みを実施しています(図表8)。

図表8:「未来を予測」するための3種類の取り組み

未来を予測するためのアプローチ

  1. 環境変化の先読み
    これは、経営環境指標(=検知すべき外部変数)に基づき、環境変化を自動検知し、その変化によるビジネスインパクトを予測する活動です。ある企業では、業績との関係性が直感では分かりにくいが環境変化検知上重要な「影響因子」と、業績との関係性が分かりやすいがダイレクトに予測しにくい「財務パラメータ」の関係性を明らかにした上で、影響因子から、環境変化の検知・ビジネスインパクトの「予測」を実現しています。
  2. 業績影響のシミュレーション
    これは、外部変数・内部変数を組み合わせて変化する環境における業績影響を複数のシナリオで作成し、シミュレーションする活動です。
  3. 数理最適化による最適配分
    これは、与えられた条件において、将来の目的変数が最大となる配分を数理最適化で求める活動です。ある企業では、環境変化予測から得られる外部環境の変動を踏まえて、将来の利益を最大化する最適な資源配分案を導出しています。例えば、将来予測に基づく経営資源配分として、設備投資の事業・会社別配分や研究開発費の事業別配分、製品群別の最適生産配分を導出しています。

こちらにおいても、いずれもが事前に構築した納得できる計算ロジックを持つ事業評価モデルとデータを活用することで、環境変化を捉えたシナリオプランニングと経営資源配分の意思決定を速やかに実行できる仕組みを構築し、効率的かつタイムリーな経営判断を実現しています。

4. まとめ

本コラムでは、企業価値向上に向けた経営管理改革について、多くの企業が情報開示に終始し、具体的な「価値創造」にはまだ至りきれていない現状に対して、東京証券取引所や金融庁が示す外発的な危機感のみならず、日本企業の経営者が抱える内発的な危機感からも「価値創造経営」の必要性の高さに言及した上で、先進企業の実践事例と共に、企業価値向上に繋がる経営管理改革を実践する上で検証すべき10のチェックポイントを解説しました。

経営者が経営管理に求める要素は、「可視化」ですが、これは「過去の可視化」ではなく「未来の可視化」に他なりません。本コラムが、読者の経営管理改革の一助となれば幸いです。

執筆者

小林 たくみ

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

Email

本ページに関するお問い合わせ