2040年 未来シナリオ―「望ましい未来」をつくる技術戦略より(3)「Future of Death より望ましい死の未来」

2021-07-16

デジタルを活用した、精神=知の消失回避

文字の発明以降、人類は木や紙、そして現在はハードディスクドライブやクラウドに代用されるような、さまざまな記録媒体に自らの精神・知を記し、残してきました。それらは本人の死後もデータとして残され、例えば高齢化が叫ばれる職人の世界でも、デジタルを活用することで勘や熟練の技術といったノウハウ、暗黙知の喪失が回避されています。

スペシャリストの思考と技術をAI化し、未来に継承する取り組みもその一つと言えるでしょう。熟練者の知見・思考を、標準用語化・数値化し、後世が活用しやすい形態に構造化・モデル化することで、AIが自己学習し、有用な知見検索エンジンを作り上げることが可能となります。弟子が師に答えを求め、助言を仰ぐように、ビギナーはスペシャリスト思考ならぬAIエンジンを利用することで問題を解決できるのです。技術継承が課題だった製造業に限らず、建設業、アグリテック(アグリカルチャーとテクノロジーを掛け合わせた造語)、アスリートの育成など、2030年の現在では、さまざまな分野でこの技術が活用されています。

職人技をモーションキャプチャーなどにより行動解析し再現する、いわゆるデジタルを活用した身体知の可視化、継承も一般化しつつあります。かつて科学技術・学術政策研究所が五感センサー/ディスプレーの2020年代の実現を予想(5)した通り、職人の高度な技術について、動き・タイミングといった動作はもとより、音、感触、匂いといった感覚までもデジタルに落とし込めるようになりました。この技術を応用すれば、AR(拡張現実)で再現した匠の技と自らの動作を重ねることで技術を修正し、高めることができます。

このように、匠の勘をデジタル化して保存することは可能となっているものの、それら全てをアウトプットする技術の実現はもう少しの先の未来となるでしょう。また、脳と機械のインターフェース、ブレイン・マシン・インターフェースによる技術継承への貢献も期待されています。

Future of Healthcare

「より望ましい未来」への4つのドライバー

  • フルダイブサービスの登場と大衆消費
  • 自律型AIの誕生
  • 故人ボットサービスの多様化と受容
  • 人工冬眠の長期化とコモディティ化

2021年における企業への示唆

人が考えた証をデジタルで残せるような仕組みができ上がりつつあります。これにより、企業は先人の知的資産と経験値を生かした事業を検討することが可能になります。また、人の死によって生じる資産の継承といった問題も、テクノロジーとルールの在り方を考えることで解決し、人の今ある営みをより良くすることへの貢献に取り組めるようになります。

「望ましい未来」をつくる技術戦略 社会課題の解決に貢献する有望技術105 望ましい2040年へのシナリオ(日経BP刊)

『「望ましい未来」をつくる技術戦略 社会課題の解決に貢献する有望技術105 望ましい2040年へのシナリオ』(日経BP刊)では、2040年をターゲットとした「12の望ましい未来」を描くとともに、社会課題の解決に貢献し得る、有望な105の技術を抽出し、技術解説や研究の動向を示したうえで、生み出す市場、その規模、市場化の課題を分析しています。

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【引用文献】

(1) ユヴァル・ノア・ハラリ著,  柴田裕之訳, 2018.『ホモ・デウス―テクノロジーとサピエンスの未来』河出書房新社
(2) 内閣府, 2019.『令和元年版高齢社会白書』
(3) Digital Employment After Death (2020年6月28日閲覧). https://dead.work/
(4) NASA, 2013. “Torpor Inducing Transfer Habitat For Human Stasis To Mars” (2020年6月28日閲覧) https://www.nasa.gov/content/torpor-inducing-transfer-habitat-for-human-stasis-to-mars
(5) 科学技術・学術政策研究所, 2015.『第10回科学技術予測調査』

【参考:文章上の関連技術の定義・説明】

技術名
概要
遺伝子治療    

一般に患者の細胞に治療用の遺伝子を導入し、その遺伝子の情報を元に作り出されたタンパク質の生理作用により、疾患の治療を行う方法を指す。厚生労働省「遺伝子治療等臨床研究に関する指針」では、「遺伝子治療等は疾病の治療又は予防を目的とした(1)遺伝子又は遺伝子を導入した細胞を人の体内に投与すること、(2)特定の塩基配列を標的として人の遺伝子を改変すること、(3)遺伝子を改変した細胞を人の体内に投与すること、のいずれかに該当する行為」とされている。

ゲノム編集

細胞内へ目的の遺伝子を導入し、その遺伝子が細胞のDNA塩基配列に組み込まれる遺伝子組み換えのことを指す。医療分野以外にも、家畜や植物などの品種改良などでも利用される。

危険予知判断技術/危険回避技術

高齢者の運転能力の低下をバックアップし、事故を回避する自動運転知能を持つ自動車の研究開発とその市販化を目的としたセンシング技術を指す。さまざまな研究領域・技術が有機的に融合しており、高精度の道路環境センシング技術(画像、LIDAR、レーダー、GNSS)、デジタルデータ(地図データ、周辺映像データ)、自律運転知能化技術(周辺認識、知識データベース、リスクポテンシャル予測)、高齢運転者診断技術(ドライバモデル、ドライバ受容性)、運転操作系HMI最適化技術などが挙げられる。

自動運転 人間が運転操作を行わなくとも自動で走行できる自動車、走行を指す。自動運転車におけるハード(クルマ)市場においてはセンシングとADAS(Advanced Driver-Assistance Systems:先進運転支援システム)が鍵となると考えられている。
AR/VR

ARは、人が知覚する現実世界をコンピュータにより拡張する技術およびコンピュータによって拡張された現実世界を指す。(1)位置情報の認識・画像認識・空間認識などの認識技術と、(2)テキストや画像・動画・3DCG・音声などを認識した空間に対応させて表示する技術、の主に2つから構成されている。
VR(仮想現実)は、人間が実際の環境を利用しているのと本質的に同等な状態で、コンピュータの生成した人工環境を利用することを狙った技術である。没入(immersion)、インタラクション(interaction)、コンピュータによって生成された空間(computer generation)の3つの要素によって定義されている。

コールドスリープ技術/人工冬眠

宇宙船での惑星間移動などにおいて、人体を低温状態に保ち、目的地に着くまでの時間経過による搭乗員の老化を防ぐ装置、もしくは同装置による睡眠状態を保つ技術を指す。和製英語であることから、冷凍睡眠や長期冷凍睡眠にはハイバネーション(冬眠)などの語句も使われる。

身体知の可視化と継承

身体知とは、心理学や人工知能の研究対象として1980年代から隆盛してきた身体や生活や社会の文脈と結合させた知の概念を指す。

熟練技術者、熟練工から伝えるべき技能などを可視化技術により数値化、比較分析することで、後継者が理解し習熟することを支える技術群であり、製造業や伝統文化としての太鼓の叩き方などに関する可視化手法も研究が進められている。また普段意識をしない筋肉や脳の活動に基づき後継者に習熟させることを目指す研究も進められている。

ブレイン・マシン・インターフェース(BMI) 人間の脳(ブレイン)と機械(マシン)を直接つなぐ技術(インターフェース)の総称を指す。ブレイン・コンピュータ・インターフェースと呼ばれることもある。BMIによって、脳の信号を解析し機械を操作・制御することや、機械からの入力によって脳機能の増強・改善することが可能となる。

【参考文献】

経済産業省, 2019.『2019年版ものづくり白書』
小松研吾, 板倉龍, 2020.「『死ぬ』とはどういうことか」『Newton』 2020年7月号, pp.22-39
日本経済新聞, 2019.「三大死因に初めて『老衰』死亡診断書の書き方変化?」(2020年6月28日閲覧) https://www.nikkei.com/article/DGXMZO45934830R10C19A6000000/
橋井明広, 清永怜信, 2019.『まんがでわかるクライオニクス論 ―未来を拓く新技術 実用的クライオニクスへの挑戦』文芸社
ベンジャミン・メイン, 2018.「生物の寿命はDNAに書き込まれている。それによると人間の寿命は38年」(2020年6月28日閲覧). https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/12/dna38_1.php
レイ・カーツワイル著, NHK出版編, 2016.『シンギュラリティは近いー人類が生命を超越するとき』NHK出版
Antonio Regalado, 2016.「グーグルは15億ドルの不老不死研究で何を知ろうとしているのか?」(2020年6月28日閲覧)https://www.technologyreview.jp/s/18419/googles-long-strange-life-span-trip/
WHO, 2004. “Global Burden of Disease”
Xiao Dong, Brandon Milholland & Jan Vijg, 2016. “Evidence for a limit to human lifespan” (2020年6月28日閲覧). https://www.nature.com/articles/nature19793

執筆者

三治 信一朗

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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三山 功

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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2040年 未来シナリオ『「望ましい未来」をつくる技術戦略』より

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2040年 未来シナリオ―「望ましい未来」をつくる技術戦略より(7)「予測ではなく、描き、実現する未来を」

未来に登場する個々の技術や個別の事象は、時として実現しなかったり、別のものに置き換わったりする可能性があります。しかし、私たちが伝えたかったことは、「未来を予測し、当てにいく」ことではなく、「望ましい未来を描き、実現していくこと」にあります。

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