2040年 未来シナリオ―「望ましい未来」をつくる技術戦略より(5)「Future of City and Mobility より望ましい街づくり・モビリティの未来」

2021-08-17

移動の制約によって人生100年時代の可能性を狭めない都市

2030年、日本の人口は1億1,662万人となり、ピーク時の2010年と比較して約1,200万人減少しました。2030年においては都市のスポンジ化がより進み、必要な生活サービス施設が失われ、インフラの維持管理がおろそかになることで、生活の質が低下しています。このようなスポンジ化の進行は、特に運転免許の返納によって公的交通機関に頼らざるを得ない高齢者の生活に大きなインパクトを与えています。

より望ましい未来においては、都市とモビリティ、ドローン、医療、防災をシームレスに連携させることで解決の糸口を掴む都市も出てきました。「移動の制約によって人生100年時代の可能性を狭めない都市」というコンセプトを打ち出した都市は、2020年頃から複合的な施策を展開することで、人生100年時代の生活の質を高めています。

City -and -Mobility

クリーンで持続可能な循環型ビジョンを打ち出し、企業や人を引き付ける都市

2020年前後から高まってきたESG投資やSDGsに対する意識によって、企業や個人はよりクリーンかつ持続可能な暮らしや、新しい資源を可能な限り使用しない循環型社会への関心を高めてきました。同時に、再生エネルギーをはじめとする技術の高度化によって、2020年時点ではただの理想であった未来の街の姿が、2030年の今は実現可能なものとなってきました。求めていた機能を実装する環境が整備され、以下のような施策を展開することで、クリーンで持続可能な循環型社会に関心を持つ個人や産官学を引き付ける都市が登場したのです。

  • 垂直統合的な新たなエネルギーエコシステムの形成

超高圧水素インフラなどの整備により、より環境負荷が少ない水素社会へシフトしました。同時に、高温超電導技術を用いた送電や、マイクロ波によるワイヤレス給電を状況に応じて使い分けることにより、送電効率が向上しました。また、ポストリチウムイオン電池や固体高分子形燃料電池といった蓄電方法のブレークスルーも、エネルギーエコシステムの高度化に寄与しています。同時にマテリアルズインフォマティクスによって素材レベルのブレークスルーも進展しました。

  • 小型原子力発電や火力発電による安定的なエネルギー供給の実現

再生エネルギーの獲得には天候などによる不安定さが伴うため、一定量の火力発電に加えて、2020年以降に米国で研究および実装が進んだ、モジュール化された小型原子炉を組み合わせる場面が出てきています。

  • 人工光合成や熱電材料の活用によるCO2の削減

都市の各所に人工光合成や熱電材料を活用することで、より一層CO2を削減した暮らしが実現しています。

  • ヒト・モノの移動の最適化による、エネルギー消費の最適化

都市OSを結節点として、モビリティのFMS(フリート・マネジメント・システム)や、各種エネルギー・マネジメント・システムであるHEMS、BEMS、CEMS、FEMS(ホーム・ビルディング・コミュニティ・ファクトリーなどの各種エネルギー・マネジメント・システム)が連携することにより、ヒトやモノの移動の最適化・エネルギー消費の最適化を実現しています。

City -and -Mobility

「スマートなアーバンライフ」と「人間的で心豊かかつ持続的な暮らし」を両立した都市

循環型社会の実装機運の高まりと、地政学リスクや食資源獲得競争のトレンドから地産地消が進み、またフードテックが進展したことで、わがままな食生活と持続的かつ循環的な食生活の両立に成功しました。これまでは「スマートシティにおけるスマートなアーバンライフ」と、「人間的かつ心豊かで、持続的な暮らし」は対立する概念でしたが、望ましい変化を遂げた未来において、この対立構造は超克されました。

この対立構造を超克するため、例えば技術的なブレークスルーとして、時空間をデカップリングするためのデジタル・ツイン・ワークプレイスやデジタル・ツイン・シティが進展しました。技術的なブレークスルーのみでなく、時空間デカップリングワークライフを送る人々を受け入れる「働く場や企業」、もしくは「労働と対価をデジタル上で交換するプラットフォーム」のような仕組みの進化、整備も不可欠となります。

City -and -Mobility

より望ましい未来の実現に向けたドライバー

  • プライバシーや知的財産権を考慮しながらセキュアにビッグデータを取り扱う基盤および仕組みの導入と普及
  • スマートシティ、モビリティと連携したビジネス、およびサービスによるマネタイズモデルの確立
  • 都市OSとさまざまな都市課題を解決するテーマ別の基盤が連携する仕組みの普及
  • 課題解決や将来の在り方、ビジョンを起点とした都市開発の考え方の普及
  • デジタルシティ、リアルシティ、デジタルエージェント、リアルエージェントのシームレスな理解を促す“コモングラウンド”の初期的な実装と拡大

2021年における企業への示唆

より望ましい未来に向けては、データを利活用して社会課題を解決する「仕組み」づくり、技術を活用したクリーンで持続可能な循環型のビジョンの実現、デジタル・ツイン・シティの進展などにより、「ただスマートであることを目的化したテクノロジードリブンの都市」ではなく、人口減少や人生100年時代を見据えた「新しい生き方、働き方、暮らし方を実現する都市」の出現が期待されます。

「望ましい未来」をつくる技術戦略 社会課題の解決に貢献する有望技術105 望ましい2040年へのシナリオ(日経BP刊)

『「望ましい未来」をつくる技術戦略 社会課題の解決に貢献する有望技術105 望ましい2040年へのシナリオ』(日経BP刊)では、2040年をターゲットとした「12の望ましい未来」を描くとともに、社会課題の解決に貢献し得る、有望な105の技術を抽出し、技術解説や研究の動向を示したうえで、生み出す市場、その規模、市場化の課題を分析しています。

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【参考:文章上の関連技術の定義・説明】

技術名
概要
ドローン    

定義はさまざまあるが、航空法の定義では飛行機、回転翼航空機、滑空機、飛行船であって構造上人が乗ることができないもののうち、遠隔操作または自動操縦により飛行させることができるもの(機体本体の重量とバッテリーの重量の合計が200g未満のものを除く)を示す。いわゆるマルチコプター、ラジコン機、農薬散布用ヘリコプターなどが該当する。

※ただし、200g以下の機体もドローンと呼ぶことが多く、人が乗る場合でも小型で自動操縦できる機体や水中を移動する無人機をドローンと呼ぶこともある。

超高圧水素インフラ

燃料電池自動車の世界最速普及を実現するための水素ステーションなどに係る超高圧水素技術(1000気圧と同等の100MPaの水素を安全かつ安価に輸送・貯蔵・供給するための技術)などを指す。

高温超電導技術

高温超電導体とは安価な液体窒素での冷却により実現できる超電導体を指す。なお、超電導とは、電気抵抗がゼロになる現象のことであり、超電導技術により電気抵抗がゼロであることから発熱が起きず、電流をエネルギーロスなく半永久的に流すことが可能になる。

ワイヤレス給電 電線を使わずに電力を伝送する技術のことであり、「WPT(Wireless Power Transfer)」「ワイヤレス電力伝送」「無線給電」「非接触給電」などとも呼ばれる。本稿では主に「ワイヤレス給電」の名称を用いている。特に電力をより遠距離に1対Nで届ける「空間伝送型ワイヤレス給電」が実現されると、ケーブルやバッテリーといった目に見える形で電気を意識することがなくなるため「インビジブルパワー」とも呼ばれ注目されている。
ポストリチウムイオン電池

現行のリチウムイオン電池の性能限界を超える可能性があり、かつ、社会に対し一層のポジティブなインパクトを与えることが期待される技術群を指している。具体的には、金属空気電池、リチウム硫黄電池、多価カチオン電池、ナトリウムイオン電池などが挙げられる。

固体高分子形燃料電池

固体高分子形燃料電池(PEFC:Polymer Electrolyte Fuel Cell)は、燃料電池の1つで水素と酸素の電気化学反応により、電力と熱を発生させる技術。発電の際に発生するのは水のみであり、二酸化炭素などの環境に問題となる排気ガスは排出しないゼロエミッション電源として注目される。

マテリアルズインフォマティクス

効果的に材料開発を行うデータ科学を用いた新材料開発手法を指す。機械学習/深層学習などのデータ科学を活用することで、開発期間の短縮、開発コストの低減を目的としている。

小型原子力発電 SMR(Small Modular Reactor)と呼ばれる小型原子炉による発電を指す。30万キロワット以下で非常に小規模であり、その構造のほとんどを工場で組み上げることにより品質向上と工期短縮を図り、初期コストの大幅な削減が可能。また、最も重要な安全性の面でも、原子炉出力が小さいことから炉心冷却機能喪失時に自然冷却による炉心冷却が可能なことに加え、重力による冷却水の注水など受動的機器(パッシブシステム)の採用により安全性の強化とシステムの簡素化が図られている。
各種エネルギー・マネジメント・システム 電気・熱・ガスなどのエネルギーの見える化や電力運用の最適化などを実現するシステムを示す。データを表示して省エネ行動につなげるケースや、自動的に使用量を調整するケースなど、需要側、供給側、送電側・監視側の連携程度によりさまざまなシステムが存在する。代表的な例としては、BEMS(Building and Energy Management System)、HEMS(Home Energy Management Service)、FEMS(Factory Energy Management System)、CEMS(Community Energy Management System)が挙げられる。

【参考文献】

  • PwC, 2020.「2050年 日本の都市の未来を再創造するスマートシティ」.
  • 産業競争力懇親会, 2020.「デジタルスマートシティの構築」.
  • 東京都, 2020.「スマート東京実施戦略~東京版Society 5.0の実現に向けて」.
  • 国土交通省, 2018.「都市のスポンジ化対策 活用スタディ集」国土交通省都市局都市計画課.
  • 国立研究開発法⼈産業技術総合研究所 人間拡張研究センター, 2020.「拡張テレワークとその展望」.
  • 南條史生、アカデミーヒルズ, 2020.「人は明日どう生きるのか ――未来像の更新」.
  • 井口典夫、他, 2017.「ポスト2020の都市づくり」.
  • 吹田良平, 2020. 「MEZZANINE VOLUME 4 SPRING 2020 都市の新関係論 クリエイティブネイバーフッドという代替案」.
  • 国土交通省, 2020.「スマートシティの実現に向けた「スマートシティ実行計画」」国土交通省スマートシティプロジェクトチーム事務局.
  • 高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部・官民データ活用推進戦略会議, 2020. 「官民 ITS 構想・ロードマップ 2020」.

執筆者

三治 信一朗

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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久木田 光明

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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三山 功

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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2040年 未来シナリオ『「望ましい未来」をつくる技術戦略』より

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2040年 未来シナリオ―「望ましい未来」をつくる技術戦略より(7)「予測ではなく、描き、実現する未来を」

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