連載コラム 地政学リスクの今を読み解く

習近平政権の経済運営と「チャイナリスク」

  • 2023-06-27

ポイント

  • 台湾有事や米中デカップリング、中国による経済的威圧(Economic Coercion)など、中国を巡る国際関係や対外政策に起因するリスクに注目が集まるが、習近平政権の経済運営は胡錦涛政権までとは大きく変化しており、企業活動や経済成長を阻害する政策を断行するようになったことに留意する必要がある。
  • 習近平氏は党・国家による市場の統制を主張する「新左派」の主張への共感を示しており、それが政策選好にも反映されている。
  • 中国経済の失速が目立つ中で、今後1~2年は企業に友好的な政策への回帰が予想される。しかし、今後5年間の中期的方針を示す党大会での方針には「新左派」による影響が強く見られ、経済状況がひと段落すれば不動産税・相続税・贈与税の導入や所得増税、突然の産業規制など、企業にとっては向かい風となる政策が推進される可能性がある。

これまで本連載コラムでは台湾有事や米中デカップリング(総論ASEANへの影響米国の対中半導体輸出規制米国の対中投資規制)、中国による経済的威圧(Economic Coercion)の手段の1つである資源の武器化など、「チャイナリスク」の中でも主に対外関係に関わる分野についての分析を紹介してきました。

一方で、習近平政権下の中国では、中国の国内経済政策そのものが「リスク」となりうる場面も増えています。本稿では、まず習近平政権が進めた国内経済政策により発生した「リスク」事象(①突然の産業規制を伴う「共同富裕(ともに豊かになる)」政策、②民間企業よりも国有企業を重視する「国進民退」1と、党による企業統制を強化する「政企一体」)を振り返ります。そして、それらが生じた背景を分析した上で、習近平政権における今後の経済運営を展望します。

1. 習近平政権の国内経済政策によるリスク事象

1.1. 「共同富裕」の名の下での企業活動の制限

2021年8月17日の中国共産党中央財経委員会第10回会議で習近平総書記は、「現在既に着実に共同富裕を推進する歴史的な段階に到達した」と宣言し、所得格差など経済発展とともに生じた不公平の是正のためにさまざまな施策を実施することを表明しました2。これを契機に、企業活動を制限し、経済にとって下押し圧力となるような一連の施策が「共同富裕」の名の下に実施されました。これらは、①格差是正に向けた制度設計、②格差を拡大するとみられる産業に対する規制強化、③「資本の無秩序な拡大の防止」との掛け声の下でのプラットフォーマーの規制、④「キャンペーン型」の規制やバッシング(オンラインゲームや芸能・インターネット文化などに対する規制や、特定の企業や個人に対する懲罰的な取り締まりの実施)などに分けられます(図表1)。なお、これらは相互に切り離されるものではなく、複数の特徴を併せ持つものもあります。

①格差是正に向けた制度設計:税制改革と第三次分配

格差是正に向けた制度設計として、前述の習近平総書記の演説では、税制改革としては固定資産税に当たる不動産税の一部都市での試験的導入や、個人所得税および資本所得税の課税範囲拡大などについて言及がありました3。これを受けて2021年10月、重慶や上海での不動産税の試験的導入が発表されました4。また、この演説では寄付による分配を意味する第三次分配の重要性が述べられました5。これに関し、規制を受けたプラットフォーマーはさらなる規制を回避することを目論んでか、「共同富裕」のための寄付を相次いで行い、「強制的寄付」とも呼ばれました6

②格差を拡大するとみられる産業に対する規制:住宅バブルの統制と学習塾の禁止

格差を拡大するとみられる産業に対する規制強化としては、不動産開発に対するものが挙げられます。住宅価格の上昇は、それによって巨万の富を得る人々を出現させた一方で、住宅を買うことができない人々や住宅を購入できたとしてもローンが家計をひっ迫させる状況をも生み出しました。習近平政権は「住宅は住むものであって投機対象ではない(房子是用来住的,不是用来炒的)」として、不動産バブルの抑制に取り組みました7

2020年8月には不動産開発業者に「3つのレッドライン」という債務比率規制を導入し、2020年12月には銀行に対して住宅ローンと不動産開発業者向け融資に関する「総量規制」を導入することを発表しました8。2021年に入るとこれらの規制への対応により、中国最大手を含む一部の不動産開発業者では資金繰りの悪化や債務不履行懸念が顕在化しましたが、政府は公的資金投入などの支援策は採りませんでした。さらに、上述の不動産税の一部都市での試験導入も加わり、2021年6月以降、新築住宅価格の下落が多くの都市で見られることとなったのです。

また、教育産業も同様に格差を生むものとして規制の対象になりました。学歴社会である中国において「より良い学校」に入学することは、社会階層の上昇(社会移動)を促します。しかし、受験競争の過熱により、教育資源へのアクセスには多額の資金が必要となり、結局は資本力のある家庭に有利となっていました。そこで習近平政権は2021年7月「双減政策」を導入し、義務教育課程における学校外教育を「非営利化」、つまり学習塾産業そのものを禁止しました9。なお、「双減政策」には思想教育の強化も盛り込まれており、政治安全保障(党・国家による統治の強化)の観点も指摘できます。

③プラットフォーマーに対する規制

一方、プラットフォーマーに対しては「資本の無秩序な拡大の防止」との掛け声の下10、独占禁止・競争政策、データセキュリティ、労働者保護、金融リスク拡大防止の他、「双減政策」と同様に政治安全保障(党・国家に代わる存在となることの防止)など複数の観点から規制が課せられました。2021年2月、国務院反独占委員会は「プラットフォーム経済分野における反独占ガイドライン」を公表し、プラットフォームの利用業者に対して競合のプラットフォームを利用しないよう迫る「二者択一」や、独占につながるアルゴリズムの利用などを禁じる方針を示しました11。実際に「二者択一」に違反したとして複数のプラットフォーマーが巨額の罰金の支払いを命じられ、データセキュリティの観点からは個人情報を違法に取得しているとしてアプリのダウンロードを禁止されたケースもあります。また2021年7月には、宅配や配車サービスの運転などをプラットフォームとの契約で請け負う低賃金労働者を保護する観点で、プラットフォーマーに対しては、労働者と労働契約を結び、年金・医療・失業・労災などの社会保険制度に加入させることを義務付けるよう通達を出しました12。これらの施策は、プラットフォーマーのビジネスモデルそのものの転換を必要としたり、コストを増大させたりするものでした。

④「キャンペーン型」規制・バッシング

この他にも、一部の論評では文化大革命と関連付けられた13「キャンペーン型」の規制やバッシングも行われました。2021年8月には官製メディアがオンラインゲームを「精神的なアヘンだ」と指摘し14、青少年のプレー時間に関して規制が課せられました15。また、同年9月には「むやみに経済的利益を追求し、『黒色・灰色産業』の発展の余地を提供している」などとして中性的な男性ファッションを禁止するなど、芸能・インターネット文化への規制が相次いで発表され16、脱税疑惑のある芸能人をバッシングする17といったことも、「共同富裕」の名の下で行われました。

このようにプラットフォーマーに対する規制や「強制的寄付」、オンラインゲームや芸能・インターネット文化への規制などは過度に「懲罰的な」様相を呈し、「共同富裕」の支持者からは肯定的な意味で「重大な変革」が発生しているとの評論もなされました18

1.2. 「国進民退」と「政企一体」

「共同富裕」が台風のように短期に集中して様々な規制を課すものだとすれば、民間企業よりも国有企業を重視する「国進民退」と、党・国家による企業統治の強化を図る「政企一体」はゆっくりと、しかしながら着実に民間企業の活動に制約を課すものであると言えます。ただ、習近平政権発足当初は、李克強国務院総理を中心に、国有企業の独占的・主導的地位を打破して民間企業の役割を拡大することや、政府の役割を限定して市場の役割を拡大することで改革を進めようと試みていました19

しかし、習近平氏は「国有企業改革」を逆の方向、すなわち国有企業の役割を重視し、その強大化を図る方向で改革を進めてきました20。2020年10月に発表された「国有企業改革三年行動方案」では、国有企業の市場における主体的地位を強化することを明確化し、国有企業の技術力を強化するために民間企業を飲み込むような合併を奨励しました21。また、国有企業と民間企業の合併によって、党による指導と党建設(党員を拡大し、党員組織を建設し、共産党の理論的・思想的強さを維持すること)を終始堅持するなど、国有企業に対する指導の強化や、民間企業に対する国有企業を通じた統治の強化を図りました22

イノベーション政策など産業政策の分野や資金調達などの面においても、国有企業が優先されており、「国進民退」を推し進めるような政策が採られています23。国有企業を優先するということは、外資企業を含む民間企業に不利な競争環境が作られることを意味します。これらの政策は「共同富裕」のように一気に目立つものではありませんが、経済成長にマイナスの影響を与えるものだと言えます。

習近平政権はなぜこのような政策を採用するのでしょうか。以下では、まず発展モデルの転換に伴う格差是正の必要性があることを指摘した上で、その格差是正に関する論争と国内政治の展開が、この政策の選択に影響を与えていることについて説明します。

2. 発展モデルの転換に伴う格差是正の必要性

改革開放を推進した鄧小平、その後継者である江沢民と胡錦濤の時代の経済発展モデルは、巨大な人口規模を背景とした廉価で勤勉な労働力を活用し、加工貿易を中心に投資と輸出に依存するものでした。しかし、これは経済成長が賃金上昇を招き、その結果工業品の輸出競争力が失われてしまうという「中所得国の罠」という問題に直面することとなります。

このため習近平政権においては、国内消費(国内大循環)やイノベーションによる発展モデルへの転換が必要になりました。しかしながら、社会保障の整備が不十分であったため家計は予備的貯蓄を強いられ、消費性向が低く、国内消費が伸びない状態に陥りました24。さらに社会保障制度が十分に整備されないままでの経済成長は、大きな所得格差を生み出しました25

格差があるまま経済成長が鈍化すると、成長時には重要視されなかった格差に対する負の認識が顕在化します26。経済成長期には差が開こうとも、今日より明日、今年より来年と、日増しに絶対的な生活状況は改善していきます。しかし、成長が鈍化すると、絶対的な成長が期待値を上回らない状態へと突入してしまいます。開く格差と成長への期待のなさから、近年中国の若者の間では全てを諦め、何も頑張らないことを意味する「寝そべり族」という考え方が生じるまでに至っています27

こうした状況が続くと社会不安の拡大、ひいては共産党統治への脅威となりかねません28。この認識に拍車をかけたのが、ポピュリズムの台頭です。英国のBrexitや米国でのトランプ政権の誕生は、中国でも強い衝撃と警戒心を持って受け止められました。それは保護主義的な貿易政策による影響ということだけでなく、既存の権威に挑戦するポピュリズムの台頭を防がなければならないということを意味しました。2010年代後半以降の中国においても、ポピュリズムの台頭を防ぐため、公平性の重視や格差是正により力を入れなければならないとの議論が多くみられます29

習近平総書記は2021年1月と8月に「共同富裕の実現は経済問題であるだけでなく、党の執政の基礎に関係する重大な政治問題なのだ」と繰り返して述べ30、2021年10月の演説でも、「現在、世界的に所得格差の問題が顕著であり、一部の国では富裕層と貧困層の二極化、中間層の崩壊が社会の分断や政治の二極化、ポピュリズムの蔓延につながっている。この教訓はとても深刻だ。我が国は断固として二極化を防止し、共同富裕を促進し、社会の調和と安定を達成しなければならない」と述べています31。つまり、格差是正は共産党の統治の安定性にも関わる重大問題と認識されているのです。

しかし、格差是正をするにあたって、なぜ「共同富裕」の名の下に「キャンペーン型」の規制やバッシングが行われ、「国進民退」と「政企一体」の方針が採られたのでしょうか。

3. 格差是正に関する「古い論争」と国内政治の展開

3.1. 新左派対主流派エコノミスト

格差是正を進める方法を巡っては、2000年代以降、中国国内でさまざまな論争が繰り広げられてきました32。それは新左派と主流派エコノミストの論争です(図表2)。新左派は格差が生まれる要因が市場経済の拡大にあると認識しており、私有財産の禁止、民営化された業種の再国営化および民営化の反対、政府による企業の統治強化を主張しています。一方、主流派エコノミストは、市場経済化が徹底されておらず、政府と関係のある人々や既得権益層が利益の偏り(レント)をもたらしていることが格差の原因であると認識し、民営化や市場経済化の徹底、政府と企業の分離などを主張しています。また、対外経済政策についても新左派は労働集約型産業の保護や、外国企業に対する中国企業の優先などの保護主義的政策を提唱する一方、主流派エコノミストはグローバリゼーションによる分業体制を提唱しています。

図表2: 新左派と主流派エコノミストの格差を巡る論争

こういった新左派と主流派エコノミストの論争があるなか、鄧小平時代は主流派エコノミストの意見が基本路線として採用されてきました。漸進的であるものの、市場経済化の方向で改革を進めるモメンタムが存在したのです。

3.2. 習近平氏への権力集中と新左派の台頭

これを変えたのが習近平氏への権力集中です。胡錦濤政権時代においては、党中央が決定した政策が執行されないということが頻繁にありました33。その原因としては、中央と地方関係において比較的強い地方政府が存在したほか、部門を跨る政策に関してセクショナリズムが存在し、集団指導体制における「同輩中の首席」でしかない総書記の権限に限界があったことなどが挙げられます34。そのため、習近平氏に権力を集中させることによって、これらの課題を克服が試みられたのです35

この試みの代表的な例としては、政府(国務院)権限の党への移管や、党における習近平氏の権限強化が挙げられます36。党中央には重要政策の領域ごとに政策を調整し、決定する組織として、委員会や領導小組があります。習近平政権以前は、これらの委員会の主任や領導小組の組長をそれぞれ異なる政治局常務委員が担当していました。しかし、習近平政権においてはほとんどの委員会の主任や領導小組の組長を習近平氏が兼任し、事務局組織である弁公室主任を習近平氏に近い人物が担当するようになりました。

また、経済分野について第一義的には国務院総理が所掌するものとされていましたが、中央財経領導小組(2018年以降は「中央財経委員会」)の役割が拡大され、弁公室主任であり習近平氏に近い劉鶴国務院副総理が、李克強国務院総理よりも強い影響力を発揮するようになりました37

こうした習近平氏への権力集中が進むと、当然のことながら習近平氏の政策選好が優先されます。そして、それこそが新左派路線であり、「共同富裕」政策の推進や「国進民退」と「政企一体」の方針が採られた背景となるのです。

4. 「共同富裕」は退潮しているのか

しかしながら、「共同富裕」政策の推進は、2023年6月現在において一時中断しているように思われます。「キャンペーン型」の規制やバッシングはほとんど見られなくなりました。また、格差に正面から取り組む不動産税の導入は停止され、個人所得税および資本所得税の改革に関する議論は下火になりました。さらに、習近平政権3期目となってからの2022年中央経済工作会議では、不動産開発やプラットフォーマーに対する規制も緩和に向けた方針が示されています。

3期目に突入した習近平政権では、最高指導部である政治局常務委員のメンバー7人のうち6人が習派で固められるなど、習近平氏に対する一層の権力集中が見られます。それにもかかわらず、なぜこのような「共同富裕」の退潮が見られるのでしょうか。

それを確認するために、まずは2021年に「共同富裕」の名の下に「キャンペーン型」の規制やバッシングが強まった背景について考えてみる必要があります。第1に、新型コロナウイルス感染症の影響は社会階層の低い人々ほど大きなものとなったことで、その人々の不満をただちにそらす必要がありました。第2に、2021年は7月に「2つの100年目標」の1つである「小康社会(ややゆとりのある社会)」を全面的に完成させ、絶対的貧困の問題を解消したことを宣言する必要がありました。そして、同年11月に歴史決議を採択しなければならなかったという政治日程上の理由があったのです。この「小康社会」の全面的な完成の宣言、また歴史決議にあたっては、鄧小平路線と異なる新しい目標を示し、「共同富裕」に向けた取り組みを顕彰する必要があったということです。第3に、2022年に3期目を迎える党大会を控えた状態で、権力闘争を行ったという説明も成り立ちます。「キャンペーン型」の規制の対象となり、罰金を科された企業の多くが、習派のライバルである江沢民派との関係が指摘されています。

つまり、2021年における「共同富裕」の大々的推進、すなわち「キャンペーン型」の規制やバッシングは国内政治上の必要にかられて実行されたものであり、2023年6月現在においてはその必要性が低下しているということが指摘できます。

一方で、不動産バブルへの対処や各種税制の導入に向けた動きが緩慢である背景には何があると考えられるでしょうか。まず、経済の下振れが許容範囲を超えてしまったことが挙げられます。「共同富裕」だけでなく、極めて厳しいゼロコロナ政策などにより、2022年の経済成長率は目標を大幅に下回りました。このような状況下にロシアによるウクライナ侵攻や、米中対立の深化などの外部環境要因も加わり、当面の経済の悪化がむしろ社会を不安定にさせるリスクとなりうることから、経済の悪化を伴う改革は当面断念せざるを得なかったと考えられます。

これを裏付けるものとして、党大会で示された向こう5年の中期方針と、中央経済工作会議で示された今年1年の短期方針の内容の乖離があります。党大会ではマルクス主義への回帰が非常に強く示され、新左派的な路線が打ち出されています38。その一方、中央経済工作会議ではプラットフォーマーの役割が重視され、不動産開発に関する規制の緩和が示されています39。党大会で示された方針は重要であり、無視することのできないものであることに鑑みると、中央経済工作会議での方針は当面の経済の悪化を避けるための「仕方のない調整」と読み解く方が自然です。

もう1点、ポピュリズムの台頭に関する恐怖の減退も指摘できるでしょう。2010年代半ばと比べると、米国では大統領選挙でトランプ氏が2期目再選を果たせず、欧州でもポピュリズム勢力の台頭に頭打ち感も出てきました。そうした中で、格差是正という中長期政策に取り組む切迫感が薄らいでいるということもあるでしょう。

5. 今後の展望と注目点

これまでの議論をまとめると、共同富裕の名の下にさまざまな規制やキャンペーンおよび「国進民退」と「政企一体」が実施されたのは、習近平政権が格差是正の方法として新左派的な手段を選んだことが最も重要な背景でしょう。一方で、それぞれの規制や施策には国内政治上の必要性や政治安全保障の観点の影響など、複数の目的、政策の流れ、メカニズムが合流したことも見逃せません。

以上を踏まえると、今後の展望としては以下のことが指摘できます。
第1に、「国進民退」と「政企一体」の方針はより強化されることが想定されます。外資企業を含む民間企業は、鉄鋼や半導体製造など国有企業が存在する市場や、国有企業による役割が期待される市場において差別的な取り扱いを受ける可能性が高いということです。

第2に、格差是正に向けた中長期的な取り組みは一旦下火になるものの、不動産税の導入、個人所得税および資本所得税の課税範囲拡大、相続税および贈与税の導入、政府公共支出に係るGDP比率規定の導入、労働集約型産業の再発展など、新左派が主張するアジェンダ40は経済情勢が安定したところで導入される可能性があります。これらは、短期的に経済の失速をもたらすでしょう。

第3に、「キャンペーン型」の規制は政治情勢の需要に応じて再度行われる可能性も否定できません。しかし、習近平氏による権力掌握が深化することや、向こう1~2年は政治日程上の必要性もあまりないこと、短期的には経済の下振れを見越してでも人民の不満を逸らさねばならない状況がなさそうなことなどに鑑みると、国内産業や中国企業、中国人に対する新たな規制の施行は考えにくいでしょう。その一方で、習近平氏がフリーハンドを得た今、政治的な必要に応じて、外資企業を狙った形で規制を行うことは容易いと言えます。

以上を踏まえると、今後は党の経済政策方針を示す第20期中央委員会第3回全体会議(第20期3中全会、2023年秋に開催予定)や、第15次5カ年計画の方針を示す第20期5中全会(2025年秋に開催予定)で、どこまで新左派的なアジェンダが含まれるか、あるいは経済の下振れを警戒して新左派色は出されないか、ということに注目すべきでしょう。日本企業にとっても、これらの会議で示されるコミュニケーションを読み解き、中国の国内経済政策による「チャイナリスク」の増減を評価する体制を構築することが求められます。

1 「国進民退」が共産党や中国政府の方針として示されたことは一度もなく、「国進民退」は本来現象を指す用語である。一方で本稿では、民間企業よりも国有企業を重視する政策や方針を便宜的に「国進民退」と呼称する

2 習近平「紮実推働共同富裕」求是網(2021年10月15日)
http://www.qstheory.cn/dukan/qs/2021-10/15/c_1127959365.htm

同上

4 「六方面詳解房地産税改革試点:厳打炒房 保護剛需」央広網(2021年10月24日)
http://news.cnr.cn/dj/20211024/t20211024_525641478.shtml

5 習、前掲

6 「"三次分配"能達致"共同富裕"嗎?学者:仮人民之名的打劫」ラジオ・フリー・アジア中国語版(2021年8月24日)https://www.rfa.org/mandarin/yataibaodao/zhengzhi/jt-08242021101508.html
田中信彦「『第3次分配』は資本家敵視なのか」東洋経済ONLINE(2021年9月17日)
https://toyokeizai.net/articles/-/575358など

7 「中央経済工作会議在京挙行 習近平発表重要講話」新華網(2016年12月16日)
http://www.xinhuanet.com/politics/2016-12/16/c_1120133530.htm

8 「中国人民銀行 中国銀行保険監督管理委員会関于建立銀行業金融機構房地産貸款集中度管理制度的通知」中国政府網(2021年1月1日)
https://www.gov.cn/zhengce/zhengceku/2021-01/01/content_5576085.htm
「房企融資“三道紅線”一周年“変緑”成行業目標」証券時報網(2021年8月28日)
https://stock.stcn.com/djjd/202108/t20210828_3621725.html

9 「社論:“双減”後応加快教育公平政策落地」第一財経(2021年8月25日)
https://www.yicai.com/news/101152590.html
格差是正以外にも、思想教育などが強調されている。教育における民間企業の役割の拡大は、共産党統治の継続にとって脅威であると捉えられたことも指摘できる。

10 張国雲「科創向善:平台和資本才有最好的模様」『中国発展観察』2023年第1期(2021年1月17日)
http://www.chinado.cn/?p=10617

11 「国務院反壟断委員会関于平台経済領域的反壟断指南」中国政府網(2021年2月7日)
https://www.gov.cn/xinwen/2021-02/07/content_5585758.htm

12 「八部門印発指導意見:維護新就業形態労働者労働保障権益」人民網(2021年7月23日)
http://society.people.com.cn/n1/2021/0723/c1008-32167023.html

13 近藤大介「文化大革命の再来か…!中国経済を揺るがす『共同富裕』という強権発動」現代ビジネス(2021年8月24日)
https://gendai.media/articles/-/86570
「習主席がとなえる『共同富裕』とは 中国に文革の影…」日本経済新聞(2021年10月13日)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCA032KD0T00C21A9000000/
「中国官媒:一場"深刻変革"正在発生 蔡霞:文革回来了」ラジオ・フリー・アジア中国語版(2021年8月30日)
https://www.rfa.org/mandarin/yataibaodao/meiti/jt-08302021100908.html
「“運働”要来了?中国衆官媒転発“変革檄文”」ドイチェ・ヴェレ中国語版(2021年8月31日)
https://www.dw.com/zh/%E8%BF%90%E5%8A%A8%E8%A6%81%E6%9D%A5%E4%BA%86%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E4%BC%97%E5%AE%98%E5%AA%92%E8%BD%AC%E5%8F%91%E5%8F%98%E9%9D%A9%E6%AA%84%E6%96%87/a-59039979など

14 「“精神鴉片”竟長成数千億産業 業内人士提醒,警惕網絡遊戯危害,及早合理規範」新華財経(2021年8月3日)
https://www.cnfin.com/news-xh08/a/20210803/1996101.shtml

15 「堅決防止未成年人沈迷網絡遊戯——国家新聞出版署有関負責人就《関于進一歩厳格管理 切実防止未成年人沈迷網絡遊戯的通知》答記者問」中国政府網(2021年8月30日)
https://www.gov.cn/zhengce/2021-08/30/content_5634208.htm

16 例えば、「文化和旅遊部関于印発《網絡表演経紀機構管理弁法》的通知」中国政府網(2021年9月2日)
https://www.gov.cn/zhengce/zhengceku/2021-09/02/content_5635020.htm
「国家広播電視総局弁公庁関于進一歩加強文芸節目及其人員管理的通知」中国政府網(2021年9月2日)
https://www.gov.cn/zhengce/zhengceku/2021-09/02/content_5635019.htm
「中央宣传部印发通知,部署文娱领域综合治理工作」新華社(2021年9月2日)
http://www.news.cn/2021-09/02/c_1127821939.htmなど

17 「分析:“直播女王”薇娅逃税被重罰 中国監管鎖定火熱電商直播業」ロイター(2021年12月22日)
https://jp.reuters.com/article/china-huangwei-tax-evasion-penalty-1222-idCNKBS2J102V

18 李光満「毎個人都能感受到,一場深刻的変革正在進行!」人民網(2021年8月29日)
http://politics.people.com.cn/n1/2021/0829/c1001-32211523.html

19 田中修「習近平指導部の経済改革・経済政策」財務省財務総合政策研究所『フィナンシャル・レビュー』平成26年第3号(通巻第119号)2014年8月、10~12頁
関志雄「『二つの罠』に挑む習近平体制―『政左経右』路線は持続可能か―」『フィナンシャル・レビュー』平成26年第3号(通巻第119号)2014年8月、146~150頁

20 関志雄「中国における未完の所有制改革―課題となる民営化と公平な競争環境の実現―」財務省財務総合政策研究所『フィナンシャル・レビュー』令和元年第3号(通巻第138号)2019年8月、149~168頁

21 「重磅発布!国企改革三年行働方案来了,国企民企兼併重組将不設限,鼓励推進国企上市」証券時報網(2020年10月12日)
https://news.stcn.com/sd/202010/t20201012_2419792.html

22 同上

23 例えば、「国有企業発生根本性、転折性、全局性重大変化——“中国這十年”系列主題新聞発布会聚焦新時代国資国企改革発展成就」中国政府網(2022年6月17日)
https://www.gov.cn/xinwen/2022-06/17/content_5696320.htmに示される

24 柯隆「中国の社会保障制度と格差に関する考察」財務省財務総合政策研究所『フィナンシャル・レビュー』平成26年第3号(通巻第119号)2014年8月、159~163頁

25 同上

26 例えば、中島厚志「反グローバリズムについて―世界経済からの視点―」『反グローバリズム再考:国際経済秩序を揺るがす危機要因の研究』日本国際問題研究所(2019年3月)、13~20頁など

27 「中国“躺平族”都是怎么想的?」ドイチェ・ヴェレ中国語版(2022年8月6日)
https://www.dw.com/zh/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E8%BA%BA%E5%B9%B3%E6%97%8F%E9%83%BD%E6%98%AF%E6%80%8E%E4%B9%88%E6%83%B3%E7%9A%84/a-57814519

28 唐亮「近代化の第2段階を迎えた中国—調和社会の構築は可能か—」『国際問題』No.268(2008年1・2月)、24~34頁

29 例えば、崔建民「西方新民粋主義泛濫的警示意義和重要啓迪」『紅旗文稿』2018年第8期、35-37頁
龐金友「不平等:当代美国政治極化的経済与社会根源」『探索与争鳴』2020年第9期、73-80頁など

30 「習近平在省部級主要領導干部学習貫徹党的十九届五中全会精神専題研討班開班式上発表重要講話」新華社(2021年1月11日)
http://www.xinhuanet.com/politics/2021-01/11/c_1126970918.htm
習近平「全党必須完整、准確、全面貫徹新発展理念」(2022年8月15日)求是網
http://www.qstheory.cn/dukan/qs/2022-08/15/c_1128913644.htm

31 習近平「紮実推働共同富裕」求是網(2021年10月15日)
http://www.qstheory.cn/dukan/qs/2021-10/15/c_1127959365.htm

32 本稿での新左派と主流派エコノミストの対立については、以下の資料などを参考とした。関志雄「市場化改革を巡る大論争―迫られる移行戦略の転換―」経済産業研究所(2006年4月26日)
https://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/060426kaikaku.html
任剣濤「解読“新左派”」『天涯』1999年1期(1999年)
蕭功秦「新左派与当代中国知識分子的思想分化」『当代中国研究』2002年第1期(2002年)
https://www.modernchinastudies.org/cn/issues/past-issues/76-mcs-2002-issue-1/1219-2012-01-06-08-38-50.html
王思睿「新威権主義与新左派的歴史根源──評汪暉的《再論当代中国大陸的思想状況与現代性問題》」『当代中国研究』2002年第3期(2002年)
https://www.modernchinastudies.org/us/issues/past-issues/78-mcs-2002-issue-3/1248-2012-01-06-08-38-50.html
馬立誠「新左派新在哪里」愛思想(2010年9月18日)
https://www.aisixiang.com/data/36089.html
汪暉「再問“什麽的平等”?——論当代政治形式与社会形式的脱節(上)」『文化縦横』2011年第5期(2011年10月)及び汪暉「再問“什麽的平等”?(下)——斉物平等与“跨体系社会”」『文化縦横』2011年第6期(2011年12月)(以下HPで確認http://www.21bcr.com/project-post/zaiwenshenmedepingdenglundangdaizhengzhixingshiyushehuixingshidetuojieshang
http://www.21bcr.com/project-post/zaiwenshenmedepingdengxiaqiwupingdengyukuatixishehui
趙豊「“新左派”勢力回潮探析:西化的民粋主義」鳳凰網(2014年2月7日)http://culture.ifeng.com/sixiang/detail_2014_02/07/33577006_0.shtml
周少来「“激進左派”漸成中国学術界“公害”」『人民論壇』2018年6期(2018年2月)
王炳権「新左派的表現、趨勢及応対」人民論壇(2019年1月21日)http://www.rmlt.com.cn/2019/0121/537922.shtml

33 「二十大特稿:従“習十年”到中共二十大」聯合早報(2022年10月13日)
https://www.kzaobao.com/shiju/20221013/125902.html

34 林載桓「集団指導体制の制度分析」『現代中国研究』第46号(2021年3月12日)、28頁
鄧聿文「聿文視界:習近平的権力如何崛起」ボイス・オブ・アメリカ中国語版(2022年10月18日)
https://www.voachinese.com/a/deng-yuwen-on-xi-s-rising-in-ccp-20221018/6794593.html

35 小嶋華津子「習近平政権下の政治―集権化とその意味―」財務省財務総合政策研究所『フィナンシャル・レビュー』令和元年第3号(通巻第138号)(2019年8月)、135~136頁
鄧聿文、同上

36 同上

37 三尾幸吉郎「米中対立と習近平経済学(シーコノミクス)」ニッセイ基礎研究所(2019年7月23日)
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=62098?pno=3&site=nli#anka2

38 習近平「高挙中国特色社会主義偉大旗幟 為全面建設社会主義現代化国家而団結奮斗——在中国共産党第二十次全国代表大会上的報告」中国政府網(2022年10月25日)
https://www.gov.cn/xinwen/2022-10/25/content_5721685.htm

39 「支持平台経済在国際競争中大顕身手 中央経済工作会議寄語平台企業」21世紀経済報道(2022年12月17日)
http://www.21jingji.com/article/20221217/herald/d7acbdd1a20814599507ff756a26234d.html

40 張建剛「実現共同富裕的路径辨析生産還是分配」『当代経済研究』2023年第1期(2023年1月15日)、68~70頁など

習近平政権の経済運営と「チャイナリスク」

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執筆者

吉田 知史

シニアアソシエイト, PwC Japan合同会社

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