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多くの専門家は、トランプ氏再選の場合は共和党が上下両院で、ハリス氏当選の場合は共和党が上院、民主党が下院を獲得するというシナリオを想定しています。前者の場合、共和党が大統領府と議会両院を占める「トリプルレッド」となり、トランプ政権は政策を実行しやすくなりますが、僅差での議会多数派となる見通しのため実際の議会運営は難航するでしょう。後者の場合、ハリス政権はねじれ状態での議会運営を強いられるため、後述するように気候変動や税制など主要イシューで大型法案を成立させることは困難を極めます。
以下では、上記シナリオが米国の外交・内政に与える影響を考察していきます。ハリス氏当選の場合はおおむねバイデン政権の路線が継続するため見通しが立ちやすいですが、トランプ氏再選の場合は貿易戦争の再発、環境政策の後退、移民排除に伴う労働市場の混乱、利下げペースの変化などにつながる可能性があります(図表1参照)。
ハリス氏はこれまで副大統領としてバイデン政権の外交方針を支持・実行してきており、大統領に当選した場合、同盟国と連携した中国やロシアへの対抗策など既存路線を継承するでしょう。一方トランプ氏が再選した場合、米国ファーストの外交に起因する安全保障環境の変化、米中貿易戦争の再燃など事業環境の混乱が想定されます。
アジア地域においては、超党派の対中強硬論を背景に選挙結果に関わらず米国の対中強硬政策が拡大するとみられます。米国は日本など同盟国と対中抑止強化で連携を図り、台湾や南シナ海など主要な問題をめぐり軍事緊張が高まることが考えられます。トランプ氏は米国の対外関与に消極的な立場をとっていますが、米中覇権争いに勝利する姿勢は崩しておらず、トランプ氏再選時に政権入りが有力視される元政権高官を中心に対中強硬施策が策定されると予想されます*1。
対中強硬路線は経済安全保障の分野でも選挙結果に関わらず継続する見通しです。米国の対中デカップリング政策はトランプ前政権で本格化しましたが、バイデン政権は同政策を継続し、半導体輸出規制の強化や対外投資管理など新規の措置を行ってきました。新政権の追加政策として、輸出規制の範囲拡大(ゲートオールアラウンドや広帯域メモリー、アルゴリズムや学習データなど最新半導体・AI技術の規制追加、日本やオランダなど同盟国への協力要請、特定の中国企業に対する輸出承認の却下など)、その他重要産業への規制拡大(バイオテクノロジー、量子など)、新規措置の運営本格化(対外投資規制、データ移転規制など)が想定されます。ただしトランプ氏再選の場合は、1期目と同様に一方的な対中規制の強化が行われる可能性があり、日本など同盟国の企業への影響が十分に配慮されない恐れがあります。
また、トランプ氏の自国第一主義が同盟国との軋轢を生み、安全保障環境が不安定化する可能性があります。台湾をめぐっては、トランプ氏は有事での台湾防衛に関して消極的な発言をしており、トランプ氏再選時における米台関係の弱体化を懸念する声があります。多くの専門家は中国の台湾進攻リスクは極めて低いと見ているものの、トランプ氏が再選した場合は台湾における親米派が弱体化し、習近平政権が目指す中国と台湾の統一に近づくことを予測する有識者もいます*2。
1期目と同様、トランプ氏は日本や韓国に対して米軍撤退を示唆し、防衛費増額や米国製兵器購入を迫ることが予想されます。対北朝鮮交渉に再度取り組み、核開発停止の引き換えに経済制裁緩和を検討する可能性も指摘されています。こうした事態を念頭に、日米韓政府は2023年8月の首脳会合などを通じて関係強化を図っているほか、日本は防衛費倍増などの取り組みを進めています。トランプ政権2期目でも日韓両国は米国との連携強化と朝鮮半島情勢の安定化に尽力する見込みですが、トランプ氏の言動が混乱を招く可能性は否定できません*3。
欧州では、選挙結果によって安全保障環境が大きく変化する可能性があります。ハリス氏はバイデン大統領と同様に、ウクライナ軍事支援の継続と北太平洋条約機構(NATO)の強化を掲げています。西側諸国を率いて2025年に予定されるウクライナの反転攻勢を支援し、ウクライナに有利な停戦交渉(ウクライナ東部からのロシア軍撤退、西側諸国による安全保障など)を目指すでしょう。
トランプ氏はウクライナ支援やNATOに否定的な立場をとっており、ウクライナ紛争を大統領就任後「24時間以内に終わらせる」と発言するなど早期停戦を求めています。トランプ氏再選となれば、米国の軍事支援が削減され、ロシアの求める条件(ウクライナ東部のロシア併合承認、ウクライナのNATO加盟見送り、対ロ制裁の解除など)に応じる形で停戦交渉が進む恐れがあります。ロシアに有利な形で事態が進展し、米国の指導力低下でNATOが弱体化すれば、欧州における長期的な安全保障環境の悪化は避けられません。欧州諸国としても大幅な防衛費拡大など自助努力が求められることになります*4。
日本など多くの外資企業が参画するウクライナ復興事業においても、上記の安全保障環境は重要な検討要素となります。「ロシア勝利」の場合も、ウクライナ全土がロシア支配下に置かれる可能性は低く復興事業の継続が予想されますが、トランプ政権による復興支援の削減や安全保障環境悪化による紛争再発が懸念されます。
中東では、選挙結果がイスラエル・ハマス紛争や米イラン関係に大きな影響を与えるでしょう。イスラエル・ハマス紛争においては、2024年内の終戦の道筋が見えないなか、2025年に恒久的な停戦やガザ地区の戦後統治をめぐる交渉が本格化する可能性があります*5。
バイデン氏に比べてハリス氏はイスラエルのガザ侵攻に伴う人的被害の拡大に批判的な姿勢を示しており、大統領に当選した場合はネタニヤフ政権に対してより強い停戦要求を行うことが想定されます。一方、イスラエルとパレスチナの「2国家解決」の実現という既存路線を念頭に、湾岸諸国や国連と連携しパレスチナ自治政府によるガザ統治を目指すと考えられます。停戦合意と戦後処理が軌道に乗った際は、紛争開始以前にバイデン政権が注力していたイランとの核交渉やサウジアラビアとイスラエルの国交正常化交渉を再開させ、中東情勢の安定化を図る可能性があります。
明確なイスラエル支持を掲げるトランプ氏が再選された場合、イスラエル軍によるガザ地区の治安維持を求めるネタニヤフ政権の方針を支持し、イランとの緊張が拡大することが懸念されます。共和党の対イラン強硬路線を背景にイランとの核交渉を破棄し、経済制裁の強化や実力行使の検討に動くことで、中東情勢がさらに悪化する恐れもあります*6。
同地域をめぐっては、既に石油価格の上昇やイスラエル国内の事業環境悪化、フーシ派による紅海での船舶攻撃と供給網寸断などの影響が出ています。情勢がさらに悪化すれば、こうした影響がより拡大するでしょう。
選挙結果は貿易政策にも大きな影響を与えます。バイデン氏は大統領就任後、国内労働者保護の観点から貿易自由化に慎重な姿勢を示し、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)への復帰を見送っているほか、対中競争の観点からトランプ政権時代の追加関税を維持ないしは拡大してきました。一方で、半導体や重要鉱物など戦略的重要分野において友好国とサプライチェーン強靭化を協力するフレンドショアリングを推進し、インド太平洋経済枠組み(IPEF)など新しいイニシアチブを設立しています。
ハリス氏は上院議員時代、自らは「保護主義的な民主党議員ではない」と発言し、トランプ政権1期目の対中関税を批判していました。しかし、副大統領としては、貿易自由化に慎重なバイデン政権の姿勢や対中関税拡大には異を唱えず、貿易政策への関与は限定的です。そのため、独自の貿易政策は打ち出しておらず、大統領就任時は既存路線を継続するというのが大方の見方です。一方ハリス氏は上院議員時代、環境・労働者保護要件が不十分として米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)に反対票を投じており、当選した際は貿易交渉においてこれら要件の厳格化を強調する可能性があります。
トランプ氏再選の場合、中国のみならず友好国との貿易摩擦の拡大が懸念されます。トランプ氏は選挙公約として中国に対する一律60%の関税の導入、中国との恒久的通常貿易関係(PNTR)撤廃など対中強硬策に加え、全ての国からの輸入に対する10%の普遍的基本関税の導入や、米国に高関税を課す国々に対抗策として関税引き上げを行う「トランプ互恵貿易法」の成立、IPEFからの撤退などを掲げています。
10%の普遍的基本関税など一部措置の法的根拠は不明確で、PNTR廃止などその他の措置は議会承認が必要となるなど、全ての施策を実行するのは困難です。しかし、政権入りが有力視される元米国通商代表部(USTR)トップのロバート・ライトハイザー氏を中心に、行政権に基づき関税が引き上げられる可能性は高いでしょう。具体的には、対中追加関税に加え、米国が大きな貿易赤字を抱える国々(日本、ベトナムなど)や中国製品の迂回輸出の拠点となる国々(東南アジア諸国、メキシコなど)に対する関税引き上げをカードとした交渉(貿易赤字解消や中国製品排除、米国に有利な形での既存の貿易係争解決など)が想定されます。
トランプ政権1期目の米中貿易戦争において、一部企業は米国の対中関税を回避するため東南アジアなど第3国や友好国に生産拠点を移管しました。トランプ政権2期目ではこうした企業対応に対抗措置がとられ、関税回避には米国での地産地消が必要となることが考えられます。これにより、バイデン政権の下で進められてきたフレンドショアリングの取り組みが減速する可能性があります。
国内政策をめぐっては、ハリス氏はバイデン政権の方針をおおむね継続する見通しです。副大統領としてハリス氏は米国とメキシコの国境・移民問題を担当する一方、気候変動対策や産業政策などその他内政分野では役割を担っておらず、独自の方針を掲げてきませんでした。後述するように、大統領候補指名後に中低所得者支援の経済政策を発表しているものの、民主党の方針に沿った内容が多く、大幅な路線変更はないでしょう。一方、トランプ氏再選の場合は、環境規制の緩和や移民排除など多くの政策転換が行われる可能性があります。
環境対策をめぐり、バイデン政権はトランプ政権1期目に廃止された多くの取り組みを復活させ(パリ協定への復帰、自動車や火力発電所のCO2排出規制、石油ガス採掘事業の承認撤回など)、新しい規制も策定しました(気候関連情報の開示規則、LNG新規輸出承認一時停止など)。また、約3,960億米ドルを気候変動対策に支出するインフレ抑制法(IRA)を成立させ、これに伴い成立後の1年間で総額2,130億米ドルのグリーン投資が米国で行われました*7。
ハリス氏が当選すれば、こうした取り組みを継続・拡大していく見込みです。しかし、議会で上院多数派を失う公算が大きいことから、再度IRAのような財政出動を行うことは難しいでしょう。また、インフレや補助金申請数の増加などが原因でIRAのエネルギー関連施策の財政負担が当初想定の4,020億米ドルから8,680億米ドルに倍増しており*8、予算確保が議会運営の焦点となるでしょう。後述する通り、民主党はトランプ政権1期目で成立した減税措置の一部撤回による財政規律の改善を図っていますが、議会両院の多数派を握ることができないなかでIRA関連予算削減を求める共和党と厳しい交渉を迫られる見通しです。
トランプ氏再選の場合、バイデン政権が策定した行政権に基づく環境規制が全面的に廃止されるでしょう。一方で、IRA成立後のクリーンエネルギー投資の多くが共和党寄りの選挙区で行われ*9、共和党支持基盤である産業団体(米国商工会議所や米国石油協会、全米クリーン電力協会など)がIRAの一部継続(水素燃料、CO2回収・貯留・活用、再生可能エネルギーへの投資に対する税額控除措置など)を望んでいることから*10、議会承認が必要なIRA全面廃止の可能性は低いと見られます。
ただし、予算確保の観点から各種措置の一部修正(税額控除割合や期限の変更など)が行われうるほか、行政権に基づく行政手続きの遅延や補助金要件の厳格化(国内調達、中国製部品・素材の排除など)がなされる可能性もあります。特に、トランプ氏や一部有力共和党議員が反対するEV税額控除においては変更の可能性が高いでしょう。
バイデン政権の環境対策を受けて、多くの日系企業が対米グリーン投資を行っています。トランプ氏再選時にはこれら施策の大幅な変更が見込まれるため、選挙後の政策動向を踏まえた事業計画の見直しなどが求められるでしょう。一方で、規制緩和により化石燃料事業が加速することが予想され、こうした機会をとらえた投資戦略も検討に値します。
産業政策においてバイデン政権は、半導体工場誘致などに520億米ドルを計上するCHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)や、インフラ建設に総額1.2兆米ドルを支出するインフラ投資雇用法(IIJA)など大型法案を成立させています。こうした措置は超党派の支持を受けており、多額の企業投資につながっていることから、選挙結果に関わらず継続するでしょう。
選挙結果で変わりうる部分として、これら法律に含まれる労働者保護条項や児童ケア支援など、民主党が重視する施策があります。共和党はこれら施策を批判しており、トランプ氏再選時には見直される可能性があります。
なお、半導体の国産化には追加の公的支援が必要との指摘がありますが、予算をめぐる議会運営の困難さからさらなる大型法案成立は難しいでしょう。同様に、医薬品などバイオ分野における大型法案の成立の必要性も指摘されていますが、成立は容易ではないと思われます。
CHIPSプラス法による半導体工場誘致に伴う日本製の製造装置・素材への需要拡大など、米国の産業政策は日系企業に事業機会をもたらしています。日本企業は、こうした機会が選挙後も継続するのかを見越した上で米国事業を展開する必要があるでしょう。
税制面では、トランプ政権時に成立した減税雇用法(TCJA)の延長が最大の焦点となります。TCJAは10年間で2兆米ドルの財政負担を伴う大型減税で、最高法人税率の35%から21%への引き下げや、法定税率の引き下げおよび人的控除の撤廃、標準控除ならびに児童税額控除の大幅な拡大などを含んでいます。これら減税措置のうち、個人所得税に関する措置は全て2025年で期限を迎えます。
ハリス氏の陣営は、法人税率の28%への引き上げや年収40万米ドル以下の家計に対する個人所得税減税の延長など、バイデン氏の選挙公約を踏襲しています。加えて、低所得者や子育て家庭への支援(最大3,600米ドルの児童税額控除の復活、0歳児子育て家庭への6,000米ドルの税額控除の新設など)、住宅購入の支援(住宅初回購入者に対する2.5万米ドルの頭金の提供、住宅建設支援基金の400億米ドルへの増額など)、医療費の削減(処方薬の自己負担額年2,000米ドル以下の対象を高齢者から全ての米国民に拡充など)を含む、「機会経済(オポチュニティエコノミー)」と題した経済政策を提案しています。一方のトランプ氏の陣営は、TCJAの全面的継続に加え、法人税率の15%への引き下げやチップに対する課税の廃止などを掲げています。
ハリス氏が当選し、民主党が上院少数派・下院多数派となった場合、共和党との妥協が必要となります。加えて、年収40万米ドル以下の家計に対する個人所得税減税の延長、低所得者支援といった「機会経済」関連の施策は10年間で1.7兆米ドルの財政負担を伴うと試算されており、財源の確保が焦点となります*11。民主党としては、法人税率の引き上げなどで財源を確保したいところですが、大幅な引き上げは共和党の支持を得られないため、一部増税措置(法人税率の数パーセント引き上げなど)で合意することが考えらます。その場合も、全ての減税措置や支援拡充を実現するのは難しいでしょう。
トランプ氏が再選を果たし、共和党が両院多数派となった場合、TCJAの全面的延長が、実現しうる最大の成果と考えられます。全面的延長は10年間で4.6兆米ドルの財政負担を伴う一方*12、法人税率の15%への引き下げは10年間で6,730億米ドル*13、チップに対する課税の廃止は10年間で最大2,500億米ドルの財政負担*14につながると試算されています。トランプ政権1期目の目玉政策であるTCJAの延長は共和党議員の支持を得られるでしょうが、さらなる減税は財政規律派の一部議員から反発を招く可能性が高く、実現は難しいと思われます。一方で、TCJA延長にあたり、上述した通りIRAなど民主党が主導してきた政策の予算をカットし、財源を確保することが予想されます。
移民問題をめぐっては、トランプ氏再選の場合に排他的政策が懸念されます。トランプ氏は選挙公約として、不法移民の収容・国外追放や就労許可取消、不法移民の子供への市民権付与の禁止、就労ビザ申請の厳格化、イスラム教多数派の国々からの入国禁止措置の復活などを掲げています。
米国内では約800万人の不法移民が働いており、米国労働市場の約5%を占めています。トランプ氏の公約が実施されれば、既にタイトな労働市場がさらに逼迫し、賃金上昇を招く可能性があります。不法移民の多くは農業、建設業、サービス業で働いており、カリフォルニアやネバダ、テキサスなど移民が多い州では労働市場全体の10%前後を占めていることから、これらの産業や州で不安の声が出ています。また、就労ビザ(H1-B)で米国内に勤務するスキル人材は60万人に上り、その多くがハイテク産業に従事していることから、テック企業も懸念を示しています。米国で事業を展開する日本企業の多くが人材確保や賃金上昇を経営課題に挙げていますが、トランプ氏再選で状況がより困難になる可能性は否定できません。
また、トランプ氏1期目の移民政策は人種間の対立を悪化させ、ブラック・ライヴス・マターなどの運動の契機となりました。米国内外の企業はダイバーシティやインクルージョンの取り組みを進めてきましたが、2期目もその重要性が高まる可能性があります。
一方で、ハリス氏は副大統領として米国とメキシコの国境・移民問題を担当していましたが、同問題の解決は非常に難しく、目立った成果を挙げられていません。また、バイデン政権は移民制度改革の大型法案を超党派で策定しましたが、トランプ氏と共和党の反対により成立に至っていません。ハリス氏が大統領に就任した場合、不法移民への就労許可や市民権の付与の拡大などの法整備を実現したいところですが、共和党の反対で実現は難しいと考えられます。
上記で触れた各種政策変更が政策金利に与える影響にも要注意です。多くの市場関係者は、米国経済のインフレ減速や雇用悪化を受け、連邦準備制度理事会(RFB)は2024年9月から利下げを開始し、ソフトランディングが実現すると予想しています。
しかし、トランプ氏再選時の追加関税や移民排除、財政出動に伴い物価上昇が起こり、利下げのペースが鈍化、米国経済が減速するシナリオが想定されます。例えば、Oxford Economicsはトランプ氏の公約が全面的に実施された場合、インフレ率が最大1.0%上昇、FRBは利下げ見送りで物価上昇を抑えることになり、米国の実質GDPが1.8%減少すると試算しています*15。
上記の事態となれば、資金の借入コストの上昇、マクロ経済に対する市場見通しの下振れ、日米金利差に伴う円安圧力などの事業影響が想定されます。そこに上述した中東情勢など地政学リスクの高まりが加われば経済見通しがさらに悪化するため、トランプ氏が再選を果たした場合の経済影響を注視する必要があります。
一方で、トランプ氏はFRBの金融政策決定に大統領が発言権を持つべきと主張しており、トランプ氏の一部側近はFRBが金融政策に関して大統領と協議を行うようにする改革案を検討していると報じられています。また、トランプ氏は2026年に任期が切れるFRBのパウエル議長を解任はしないが再任しない考えを明らかにしており、FRBの独立性を重んじない新議長が任命される可能性も指摘されています。これらを受けて、ハリス氏は自身が当選した場合、FRBの独立性を尊重すると明言しています。
FRB改革をめぐっては民主党のみならず共和党内からも反対意見が出ており、新議長任命は上院での承認が必要であることから、上記の施策が実現する見込みは薄いでしょう。しかし、トランプ氏が1期目に自ら任命したパウエル議長に対して利下げ圧力をかけたように、2期目でも政治的圧力を行使することが想定されます。その場合もパウエル議長ならびに新議長はFRBの独立性を堅持するとみられますが、金融政策判断をめぐる不透明性が市場の混乱を招く恐れはあるでしょう。
このように、米国大統領選挙の結果は米国内外に大きな影響を及ぼします。日本企業においては、選挙動向の把握に加え、選挙結果を受けた政策転換や事業影響の分析、それらを受けた事業戦略の検討などの対応が求められます。例えば、トランプ氏が再選を果たした場合に貿易戦争の再発やEV振興策の減速が予想される自動車業界の場合、供給網の国内化・域内化やEV投資計画の見直しなどの対応が考えられるでしょう。
新政権下の政策策定に対してロビー活動を行うことも重要です。半導体企業であれば、日本政府や産業団体と連携し対中輸出規制や半導体工場誘致に関して米国政府に働きかけることができるでしょう。実際、近年の地政学リスクの高まりを受けて、一部の日系企業はワシントンDCにおける情報収集や政府渉外の機能強化に動いています*16。選挙影響を所与のものとせず、ルールメイキングに参画する能動的な姿勢が求められています。
*1トランプ氏の2期目の政権入りが有力視される候補者として、ロバート・オブライエン元安全保障担当補佐官、マイク・ポンペオ元国務長官、エルブリッジ・コルビー元国防次官補代理などが挙げられる。
*2 PwC Japanグループ「台湾・頼清徳政権の対外関係と「台湾有事」の行方」(2024年6月17日)
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/column/geopolitical-risk-column/vol20.html
*3 Victor Cha, “America’s Asian Partners Are Not Worried Enough About Trump: How His Return Could Destabilize the Region,” Foreign Affairs, June 26, 2024,
https://www.foreignaffairs.com/united-states/americas-asian-partners-are-not-worried-enough-about-trump
*4 Célia Belin, Majda Ruge, Jeremy Shapiro, “Imagining Trump 2.0: Six Scary Policy Scenarios for a Second Term,” European Council on Foreign Relations, June 12, 2024,
https://ecfr.eu/publication/imagining-trump-2-0-six-scary-policy-scenarios-for-a-second-term/
*5 イスラエルのツァヒ・ハネグビ国家安全保障顧問は5月末、「ハマスの軍事能力破壊を達成するため、あと7カ月、戦闘を継続するかもしれない」と述べ、年内の戦闘継続を示唆している。時事通信「イスラエル高官「年内は戦闘継続」 米、ガザ戦後計画の策定求める」(2024年5月30日)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2024053000717&g=int
*6 Célia Belin, Majda Ruge, Jeremy Shapiro, “Imagining Trump 2.0: Six Scary Policy Scenarios for a Second Term,” European Council on Foreign Relations, June 12, 2024,
https://ecfr.eu/publication/imagining-trump-2-0-six-scary-policy-scenarios-for-a-second-term/
*7 Rhodium Group-MIT/CEERPR Clean Investment Monitorのデータ。
https://www.cleaninvestmentmonitor.org/
*8 Committee for a Responsible Federal Budget, “IRA Energy Provisions Cost Could Double With New Emissions Rule,” February 13, 2024,
https://www.crfb.org/blogs/ira-energy-provisions-cost-could-double-new-emissions-rule
*9 Josh Siegel, Kelsey Tamborrino, and Jessi Blaeser, “Democrats’ Climate Law Set off a Wave of Energy Projects in GOP Districts. A Backlash Followed.” Politico, August 13, 2023,
https://www.politico.com/news/2023/08/13/biden-inflation-reduction-act-climate-states-00110940?_ga=2.142612917.1256517251.1706744818-1174629101.1639981339.
*10 Kelsey Brugger, “Big Oil and the Chamber Plan to Defend Biden’s Climate Law from Trump,” Politico, May 28, 2024,
https://www.politico.com/news/2024/05/24/big-business-biden-democrats-climate-law-00156378
*11 Committee for a Responsible Federal Budget, “TCJA Expansions Could Balloon Cost of Extensions,” November 10, 2023,
https://www.crfb.org/blogs/tcja-expansions-could-balloon-cost-extensions#:~:text=Extending%20various%20income%20and%20estate,expanding%20parts%20of%20the%20TCJA
Committee for a Responsible Federal Budget, “The Kamala Harris Agenda to Lower Costs for American Families,” August 16, 2024,
https://www.crfb.org/blogs/kamala-harris-agenda-lower-costs-american-families
*12 Congressional Budget Office, “Budgetary Outcomes Under Alternative Assumptions About Spending and Revenues,” May 2024,
https://www.cbo.gov/system/files/2024-05/60114-Budgetary-Outcomes.pdf
*13 Garrett Watson and Erika York, “A Lower Corporate Tax Rate Can Be Part of Broader Tax Reform,” Tax Foundation, July 2024,
https://taxfoundation.org/blog/trump-corporate-tax-cut/
*14 Committee for a Responsible Federal Budget, “Donald Trump’s Proposal to Exempt Tip Income from Federal Taxes,” June 16, 2024,
https://www.crfb.org/blogs/donald-trumps-proposal-exempt-tip-income-federal-taxes
*15 Oxford Economics, “The Economics of a Second Trump Presidency,” April 11, 2024,
https://www.oxfordeconomics.com/wp-content/uploads/2024/04/The-economics-of-a-second-Trump-presidency-1.pdf
*16 Ken Moriyasu, “Asia Inc. Heads to Washington as Focus Turns to Trade, Tariffs and Trump,” Nikkei Asia, January 24, 2024,
https://asia.nikkei.com/Spotlight/The-Big-Story/Asia-Inc.-heads-to-Washington-as-focus-turns-to-trade-tariffs-and-Trump
南 大祐
マネージャー, PwC Japan合同会社