
グローバルプロジェクトマネジメントにおける9つの留意点
20年以上にわたる日本、米国、アジア、欧州の複数拠点を巻き込んだグローバル環境での実経験をもとに、グローバルプロジェクトにおける9つの留意点を提示します。
2021-12-07
2021年に入り、各国首脳による国際会議の議題や国別の重要政策において「経済安全保障」が頻繁に取りざたされています。日本でも、2021年10月に発足した岸田内閣が経済安全保障を重要政策の1つに掲げ、経済安全保障担当大臣のポストを新設しました。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大がようやく踊り場に来ているこのタイミングで、なぜ「地政学リスク」「経済安全保障」が注目を集めているのでしょうか。
本稿の前編では、近年、経営戦略上の対応すべき重要リスクとして急速に存在感が高まる地政学リスクおよび経済安全保障について、背景にある3つの大きな潮流を解説しました。こうした流れを踏まえ、中編では米国・中国における優先アジェンダを紹介し、各企業が今後検討すべき視点に関する示唆を提供します。
米国バイデン政権にとって、足元のコロナ対策および経済回復へ向けた対策と合わせて重要な政策となるのが、サプライチェーンの強靭化と、経済・産業政策を連携させた気候変動対策です。(図表1)
サプライチェーンに関して、バイデン大統領は就任直後の2月に、①半導体、②電気自動車向け大容量電池、③医薬品、④レアアース(希土類)を含む重要鉱物の重点4品目のサプライチェーン供給網の現状リスク調査および安定と強化に向けた対策案の策定を命じる大統領令に署名しました。
調査を受けて6月に発表したサプライチェーン強化策では、①半導体不足に対処するための、産業界、日米豪印が協力するクアッドや主要7か国(G7)などの同盟国、パートナーとの連携、②先端電池の国内サプライチェーンの確保、③重要医薬品の国内生産の支援、④希少鉱物の国内外での持続可能な生産・加工への投資を提言し、重点4品目サプライチェーンの「現地化」と、米国および同盟国によるサプライチェーンの「ブロック化」を目指す方向性を打ち出しました。
特に半導体については、4月の日米首脳会談での供給網連携強化の合意、5月の米韓首脳会談での韓国半導体企業による米国新工場建設の合意、9月のクアッド首脳会合での半導体供給網の安全性強化に向けた共同イニシアチブ立ち上げの合意など、米国寄りのサプライチェーン圏の確立に向けて国際連携を強めています。一方、国内では、3月に、海外収益課税やオフショアペナルティなどを含んだ「メイド・イン・アメリカ税制」を発表しました。6月には、中国に対抗するための諸政策をとりまとめた「米国イノベーション・競争法」が上院で可決され、半導体の製造・研究開発支援に約500億米ドルの補助金が盛り込まれました。加えて7月には、「バイアメリカン法」の規制強化により米国産部材調達比率の引き上げ方針を発表するなど、現地化を推進しています。
バイデン政権のもう1つの特徴である気候変動対策では、就任当日のパリ協定復帰、4月の気候サミット主催などで国際的にも主導的立場をとっていくことを内外に示しています。政策としては、3月に8年間で約2兆米ドル規模の「米国雇用計画」を発表しました。インフラ刷新、国内産業強化、生活基盤向上の一環として、よりクリーンなインフラの実現、電気自動車・クリーンエネルギー促進、製造業支援などのクリーンエネルギー関連投資を計画し、経済・産業政策と気候変動対策を連携させた方針を打ち出しています。
これについては、8月に共和党の賛同を得やすい政策に絞った5年1兆米ドル規模のインフラ投資案を上院が超党派で可決し、下院での数か月にわたる審議を経て、11月15日にバイデン大統領が署名し、成立しました。一方で、同時採決を目指していた気候変動対策と米国雇用計画の財源としての法人増税を含む支出計画はこれには含まれていませんでした。8月末に3.5兆米ドルにのぼる支出計画に関する予算決議が可決されたものの、増税や脱化石燃料に慎重な穏健派や中道派も含めた上院民主党議員全員の説得が困難を極め、10月末に、当初から規模を半減させた10年1.8兆米ドルの「ビルド・バック・ベター」法案を発表しました。法案は11月19日に下院を通過したものの、前日に議会予算局が発表した試算では同法案による財政赤字発生の可能性が示唆されており、上院における意見調整には時間がかかるでしょう。
また、関連法案の中に炭素税を含めるかが議論されていましたが、炭素税は中間層に増税をしないというバイデン氏の公約と矛盾するため、反対の意見も存在し、新たに提案された「ビルド・バック・ベター」法案からは見送られました。今後、中間選挙で民主党が下院を失う可能性も考慮すると、選挙後に炭素税を導入するのは困難でしょう。となると、米国の連邦レベルでの炭素税導入は2024年のバイデン大統領再選後になる可能性があります。一方、米国EU貿易技術評議会で国境調整税に関する議論が行われており、米欧両者が協調してルール作りができるかが今後の注目点となります。
このように、国内の主要政策に関しては、トランプ前政権の方針を矢継ぎ早に方向修正する一方で、経済・国家安全保障上もっとも重要な対中政策に関しては、上下院での薄氷の多数派という現状と2022年の議会中間選挙を見据えると、トランプ前政権以来続く対中強硬姿勢を軟化させることは容易ではありません。
ただし、トランプ前政権にあった対立一辺倒のアプローチではなく、中国との間で、対立・競争・協調という異なる関係性が並立する「競争的共存」関係を構築しようとしている点が、バイデン政権における対中政策を理解するうえでの肝となります。
すなわち、人権や民主主義といった米国の重要な価値観に関する諸問題、および中国の「核心的利益」に抵触する問題としての新疆ウイグル自治区問題、香港問題、台湾や南シナ海などの安全保障問題に対しては、軍事的衝突は回避しつつも「対立」を厭わない構えです。
また、半導体や希少鉱物、戦略的物資やデータ・情報インフラなどの経済安全保障にかかわる分野については、同盟国などと協力しながら「競争」を推進する一方で、気候変動や感染症対策といった共通の利害を持ち解決に向けた協力が必要な分野については「協調」を模索するといった有様です。
このように、画一的な分断ではなく、並立する分野ごとに、異なる関係性を追求することによって、全面的なデカップリングによる深刻な経済打撃を回避すべく模索しています。
また、米国が第三国からの協力を得るうえでも、「競争的共存」は理にかなっていると言えます。中国が一帯一路政策などを通じて多くの国と経済的関係を強めているなかで、米国が対立一辺倒で米中どちらを選ぶのか迫った場合に、苦しい立場に立った国々からの協力を失う可能性があるためです。
米中対立の収束が見込めないなか、一方の中国も、経済政策の難しい舵取りを迫られています。中国の今後を読み解くうえで重要なのが、内需・外需を梃に成長を目指す「双循環」政策とそれを支える「共産党支配の強化」です。
習近平国家主席によって2020年に発表された双循環は、図表2で示すように、消費拡大などによる内需拡大と輸出推進などによる外需拡大で経済成長を目指す政策です。2021年3月に開催された全国人民代表大会(全人代)は、これを踏まえた「国民経済・社会発展第14次5カ年計画と2035年までの長期目標要綱」を承認しました。
同政策が策定された背景には米中対立があります。トランプ政権下による対中関税措置や輸出規制が引き金となりデカップリングが本格化するなか、中国は国内経済の循環(内循環)による成長を目指し、個人消費の拡大や自国産業強化、技術的独立を打ち出しました。米国との衝突に備え、国内経済を強固にしたい意図があります。
個人消費の拡大は、中国にとって長年の課題です。中長期的成長を実現するうえで、投資主導型経済から消費主導型経済への転換が求められているためです。中国の個人消費の対GDP比率は約4割と、約7割の米国などと比べて低水準です。消費拡大のため、中国政府は現在約1万米ドルである1人当たりGDPを、2035年までに倍増することを目指しています。
消費増加や米中テクノロジー冷戦の観点から、中国は高付加価値産業の強化にも動いています。具体的には重要産業としてAI、量子情報、集積回路、脳科学、遺伝子工学およびバイオテクノロジー、臨床医学、宇宙開発・深海探査・極地探査を定め、同分野での研究開発費の毎年7%増加や産業補助金、税制優遇などの措置を行っています。米国の輸出規制にさらされている電子部品に関しては「基礎電子部品産業開発行動計画」を打ち出しました。2025年までに自給率70%を目指す半導体産業では、計1,500億米ドル規模の投資を行う「国家集成電路産業投資基金」を設立しています。5G通信網やデータセンターといった社会基盤に関しては、「新型基礎設施建設(新基建)」という新型インフラ政策を打ち出し、2025年までに官民で約1.5兆米ドル規模の投資を行う予定です。
中国は米国の排除措置への対抗策も打ち出しています。2020年9月には「信頼できないエンティティリスト」を施行し、米国制裁に従って対中取引を制限した企業に対して、中国政府が制裁を科すことを可能にしました。翌年6月には同制裁措置の法的根拠となる「反外国制裁法」を施行し、対象の個人・組織に対して査証の発給拒否や取り消し、中国国内の財産の押収や凍結などの処罰を規定しました。同法は域外適用も可能で、外国の組織・個人も中国国内の司法で裁かれることとなります。また、2020年12月には「輸出管理法」を施行し、対象品目における輸出許可制を実施するほか、特定の外資企業をリスト化し輸出を禁止・制限するとしています。同法は再輸出規制やみなし輸出規制、外国組織・個人への責任追及などを含むため、各国の企業は注意が必要です。今後米国が対中強硬策に出れば、中国はさらに対抗措置を強化し、デカップリングが進んでいくでしょう。
一方で、中長期的な視点から内需のみで経済発展をするのは困難なため、中国政府は外需(外循環)による成長も掲げています。中国は1980年代以降「国際大循環」政策を掲げ、外資誘致により労働集約的産業を育成し、輸出を行うことで経済成長をしてきました。双循環政策では、デジタルなどの高付加価値産業に外資を誘致し、産業高度化や輸出強化を狙っています。
外需という観点では、「一帯一路」政策によるインフラ輸出が有名ですが、5G通信機器やスマートシティなどの新型インフラ、Eコマースなどのデジタルサービスを輸出する「デジタルシルクロード」や、遠隔医療や感染追跡システムなどのヘルスソリューションを輸出する「ヘルスシルクロード」も展開されています。コロナ禍でサプライチェーンが分断するなかでも、中国と隣接する東南アジア諸国に対する越境Eコマースや遠隔医療サービスの展開はむしろ加速していました。
加えて、米国が環太平洋パートナーシップ(TPP)協定から脱退する一方、中国はアジア地域の貿易ルール形成に注力しています。2020年11月には日中韓やASEAN加盟国、オーストラリア、ニュージーランドからなる地域的な包括的経済連携(RCEP)協定の締結にこぎつけ、人口・GDPとも世界の3割を占める自由貿易圏が誕生しました。2021年9月にはTPPへの加盟を申請し、国際秩序形成の主導を図っています。
双循環政策と並行して、それを支える共産党支配体制も強化されています。香港問題を巡って中国政府は「香港国家安全維持法(国安法)」を成立させ、民主化運動の鎮圧に動きました。これまで国際金融都市として中国の経済発展を支えてきた香港から外資企業が逃避するリスクを冒してでも、「核心的利益」である領土保全と共産党支配は保持する姿勢です。
共産党体制強化の構えはテック規制にも見られます。経営者が政府当局に批判的であることや、政府の方針に従わないユーザーデータの収集・管理を行っていることなどを理由に、大手テクノロジー企業を厳しく取り締まる動きが出てきています。これらの背景には、安全保障上重要なビックデータを国家で管理したいという思惑や、巨大テック企業に対する共産党支配を強化したい意図があると言われています。
習近平国家主席が2021年8月から打ち出した格差是正政策である「共同富裕」にも、同様の背景があります。貧困解決という国民受けのいい政策で政権基盤を強化する一方、市場に対する国家介入も強めています。例えば、中国当局は学習塾の運営企業を非営利団体にする規制を設立したほか、ギグワーカーの労働環境改善をテクノロジー企業に求めています。政府の意向を受けて貧困対策や中小企業支援などに注力する大手企業も出てきています。
このように、米国の圧力に屈することなく、自国の経済発展と政治体制の維持を目指すのが中国です。2018年の憲法改正により任期期限を撤廃した習政権は、現在の任期が終わる2022年以降も継続し、この姿勢を堅持するでしょう。それに伴い、輸出規制やサプライチェーン見直しといったデカップリングのリスクや、中国政府による過度な市場規制といった地政学リスクが予想されます。米中が「競争的共存」に向かうなか、競争か共存のどちらの側面が強くなるかによって、これらリスクの度合いが左右されていきます。
後編ではEUと日本の政策動向を概観したうえで、日本企業に求められる対応について考察します。
20年以上にわたる日本、米国、アジア、欧州の複数拠点を巻き込んだグローバル環境での実経験をもとに、グローバルプロジェクトにおける9つの留意点を提示します。
ESGトランスフォーメーションを検討するにあたって欠かせない3つの要素について解説します。
中編に続いて、EUと日本の政策動向を概観し、各企業が今後検討すべき視点に関する示唆を提供します。
前編で解説した3つの大きな潮流を踏まえ、米国・中国における優先アジェンダを紹介し、各企業が今後検討すべき視点に関する示唆を提供します。
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