{{item.title}}
{{item.text}}
{{item.title}}
{{item.text}}
都市部にいると実感が湧きづらいですが、地方における少子高齢化の進行は著しく、その影響は医療・介護サービスの持続的な提供に黄信号を灯らせています。地方自治体においては人口の減少から財政的制約が高まる中、慢性期や介護の需要が増加する一方で医療・介護の担い手は減少が見込まれており、課題解決に向けた現実的な道筋をつける必要性に迫られています。
本稿では、当社が支援しているある自治体(A市)において、医療・介護の現場が直面している需給状況と、今後待ち受けるシナリオを実際の統計数値やヒアリング内容をもとにつまびらかにし、現実的な打ち手を考察します。
まずは、需要推計の基本となるA市の年齢階級別の将来人口について確認してみます。A市の人口は現在70,000人規模ですが、少子高齢化の進行により、2040年には約40,000人にまで減少し、実に2人に1人が高齢者となります。生産年齢人口による「労働の担い手不足」は税収の減少にも直結し、財政上制約が高まることは言わずもがなでしょう。
A市においては、65歳以上の高齢者人口は既にピークアウトしていますが、医療・介護需要が一律に減少するわけではありません。一括りに65歳以上と捉えても、年齢階級別にみると受療率や介護保険受給率が異なることから、医療・介護の需要は単純な人口推計とは異なる動きを示しています。A市においては、急性期需要は既に減少フェーズに入っていますが、回復期需要は2030年頃まで微増し、その後減少することが見込まれています。また、慢性期需要は2040年頃まで今の約1.1倍程度まで増加し、その後減少。介護需要は慢性期需要とほぼ同様の動きを示しています(図表2参照)。
では、これらの需要の変化に対して、供給体制はどのようになっているのでしょうか。ファクトを基に考察すると、状況の深刻さが浮き彫りになります。
A市における人口10万人あたりの医療機関数を見ると、一般診療所数の少なさが顕著となっています(図表3参照)。A市の開業医の平均年齢は70歳を超えており、一般診療所の数は今後より一層の減少が想定されます。こうした地域では基幹病院がかかりつけ機能の一部を担わざるを得ず、逆紹介も困難であることから、外来業務の逼迫という課題が生じています(第15回 少子高齢化が地域の基幹病院に与える影響と打ち手参照)。このような少子高齢化に起因する外来業務の逼迫は、地方の基幹病院が将来直面するであろう課題の1つと言えるでしょう。
また、病院から在宅への移行が叫ばれて久しいですが、こと地方部においては在宅医療に頼ることは困難です。在宅医の高齢化により体力的な負担が大きく、患者宅が点在していることから移動に時間を要するため、1日で対応可能な件数が限られ、収益確保にも困難が伴うからです(在宅医療の基本的な体制となる在宅療養支援診療所の施設基準は24時間365日の対応を要件としています)。また、独居や老々介護世帯が多く、在宅医療よりも家族の負担の少ない施設への入所を希望する人が多いことも、地方において在宅への移行が進みにくい理由となっています。A市の実態としても、訪問診療を実施している診療所数は一般診療所を上回るスピードで減少しており、在宅医療に頼ることができない状況となっていると言えます(図表4参照)。
では、介護の供給体制はどのような状況になっているのでしょうか。ここでは、いわゆる介護保険3施設の状況を確認してみます。(図表5)を見ると、65歳以上人口10万人あたりの定員数は全国平均より多いものの、定員数のほとんどが充足していることが分かります。さらに入所待ちの待機者も多数おり、実際は入所に数年を要する状況であることから、介護の供給体制も逼迫していると言えます。
医療や介護の供給体制を検証するにあたり、施設数以上に対応方法の検討が必要なのが労働力です。全国的に介護士不足の問題は既に顕在化していますが*1、これに加え、A市では何かを始めるにも看護師不足がボトルネックとなっており、医師や介護士以上に看護師の不足が深刻です。当社の試算では、A市の事例において、現状の看護師の配置基準を前提とした場合、需要に応じて看護師が働く病床機能や施設を移動する理想的なシナリオにおいても、2030年頃には看護師の絶対数が不足し、需要が供給に追いつかなくなることが想定されます。特に近年は当社のクライアントからも「看護師を募集しても集まらない」「看護師不足を理由に病棟を閉鎖した」「看護学校創設以来、初めて定員割れとなった」といった声が多く耳に入ってきています。
これからの医療・介護体制を検討するにあたって、少子高齢化が進む地方において留意しなければならない点があります。さまざまな現場を支援してきた当社が特に重要であると考えるのは以下の4点です。
地方では既に築年数50年を経過している民間医療施設も珍しくはありません。今後の医療提供の継続性判断に際しては建替のタイミングが大きな目安になりますが、施設老朽化のための修繕費用の増加、コロナ禍の患者数の減少などを理由に医療機関の体力も落ちており、今後の建替計画自体が白紙という医療機関も少なくありません。またクリニックだけでなく、中小病院からも後継者不足の声が聞こえてきています。そういった地域の医療機関の現状と今後の計画を確認する必要があります。
ハコモノだけが存在していても稼働していなければ意味はありません。その担い手不足を解消する目処が立たないのであれば、それを前提とした医療・介護体制のあり方を検討する必要があります。将来の需給ギャップを見据えながら、地域全体を巻き込んだ議論が必要です。
地方によっては、A市のように少子高齢化が進行しているものの、まだ慢性期需要のピークを迎えていない地域も多く存在します。地域における在宅医療の持続的な提供を楽観視し、安直に在宅シフトを進めれば良いというわけにはいきません。地方において、在宅医療はなくてはならない存在ですが、往々にして在宅医療に「頼る」ことは困難と考えられます。そのためにも、地域における在宅医療の実態を理解する必要があります。
介護施設の構想から設計、建築までに最低5年程度を要するとして、A市においてはその後15年が経過すると介護需要は急速な減少に転じます。このような難しい舵取りを迫られている地域においては、杓子定規ではない供給体制の整備計画が求められます。
日本においても格差は広がっています。正確な現状把握なしに他の地域での成功事例をそのまま自分たちの自治体に当てはめても、うまくいくとは限りません。上記に共通していることは、医療・介護の正確な現状把握であり、「地域の実情」をしっかりと理解することです。
では、少子高齢化が進む一方で慢性期や介護の需要が伸びる地域の医療・介護供給体制を整備するためには、どのような打ち手が検討できるのでしょうか。現場で議論を進めている中で、現実的な解となりうる3つの方向性について考察してみたいと思います。
①テクノロジーの活用
担い手が著しく減少する環境下においては、1人あたりの生産性を向上させることが必要です。これは現時点では抜本的な解決策とは言えないまでも、テクノロジーの活用が必須となることは間違いないでしょう。情報の記録や取得、移動といったこれまで工数をかけざるを得なかった部分をいかに効率化し、人手を減らすことができるかが鍵となります。
例えば、ドローンによる処方薬の配送や医療MaaSなどについては今後の普及が期待されています。また、在宅医療の現場では、バイタルデータを取得可能なウェアラブルデバイスや徘徊検知のための位置情報センサー付きの靴など、テクノロジーの活用事例がいくつも登場しており、利用者と医療従事者の双方にとって利便性の高いサービスが続々と登場してくることが期待されます。
ただし、テクノロジーがあるからといって、必ずしも上手くいくわけではありません。例えば、認知症の方は何かを身に付けることを極端に嫌がることもあり、医療者側にもデジタル技術習得への対応やそのための予算獲得が必要になります。とはいえ、デジタル技術は急速な進歩を見せており、ITリテラシーの高い世代は今後ますます増えていくため、テクノロジーの活用には大きな期待が寄せられています*2。
②「小さな拠点」の立ち上げによる集約化
生産性を向上させる観点において、これまで分散していた資源の集約化も今後の大きな方向性の1つとなるでしょう。各種生活サービス機能が一定のエリアに集約され、集落生活圏内外をつなぐ交通ネットワークが確保された「小さな拠点」を医療・介護の視点で形成する取り組みが始まっています。
A市とは異なりますが、この取り組みの例として兵庫県養父市が取り組む関宮地区の拠点づくりが挙げられます。この取り組みでは地区の中心部を整備し、地域医療や高齢者福祉の拠点を構築する事業が進行中です*3。当社も地域住民の巻き込みという観点からこの取り組みを支援*4しており、「小さな拠点」は地域の高齢者にとって「第2の居場所」となることが期待されています。
「小さな拠点」はサービス付き高齢者向け住宅や小規模多機能型居宅介護を核とし、高齢者が住み慣れた集落で生活を続け、必要に応じて拠点へアクセスできる環境を整えています。その結果、1人暮らしの高齢者や高齢者のみの世帯が増えてきた中山間地などでも、拠点に集まることで、医療や介護のサービスを効率的に受けることが可能になります。都市部に移住することなく、地元での生活を継続する選択を、多くの人々が選ぶきっかけとなるでしょう。
都市部の高まる介護需要への対策としても、この「小さな拠点」の構築は有効です。地方での安定した生活基盤を確保することで、都市部への流出を減少させるとともに、かつて都市部に移った高齢者の子どもたちがこの先地域に戻れる場所を存続させる上で重要な役割を果たします。若い世代の新規移住は難しいかもしれませんが、かつての住民が戻ってくることで、地域の活性化につながります。
この「小さな拠点」は、医療・介護の拠点としてだけでなく、地域コミュニティの中心としても機能します。高齢者、その家族、地域住民間での多世代交流が促進されることで、地域の絆を強化する場となることが期待できます。
③アクティブシニア(元気な高齢者)の活用
担い手を増やすという観点から考察した際に、多くの元気な高齢者を活用するということも十分に考えられるでしょう。アクティブシニアという言葉を耳にするようになって久しいですが、数十年前の65歳と今の65歳は違います。65歳以上3,500万人を一括りに考えるのは間違いで、その多くは元気な高齢者です。
また、認知症やフレイル予防の観点からも社会との関わりの必要性が重要視されていることを踏まえると*5、知識や経験のある65歳以上の高齢者にどのようにして社会で活躍してもらうのかを考えることも、これからの日本社会には必要と考えられます。昨今では看護業界においても、定年退職前後の看護職員(プラチナナース)の活躍を促進しています*6。今いる人材を継続して雇用するなど、雇用制度の充実と合わせ、現在は活躍できていないアクティブシニアの活用が今後ますます期待されるでしょう。
本稿では、地方の現場における医療・介護の実態を考察しましたが、今後、日本の多くの地域が同じような道を辿ると考えられます。地方における医療・介護の供給体制の逼迫具合は今後ますます明らかになってくるでしょう。医療・介護の供給体制をどのように整備するかは喫緊の課題であり、手の打ちようがない状況に追い込まれる前に検討しなければなりません。本稿が、これからの医療・介護の在り方を検討する際の一助となれば幸いです。
*1:厚生労働省「一般職業紹介状況(2023年7月分)について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_34815.html
*2:医彩―PwC Healthcare Hub「第13回 在宅医療の現実から、テクノロジーの理想形へ」
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/column/healthcare-hub/interview13.html
*3:養父市「養父市関宮地区小さな拠点整備 事業概要」
https://www.city.yabu.hyogo.jp/material/files/group/2/teirei071023.pdf
*4:PwCコンサルティング、養父市「関宮小さな拠点」整備事業を支援
https://www.pwc.com/jp/ja/news-room/tajima-community-support202310.html
*5:東京都福祉局「東京都介護予防・フレイル予防ポータル」
https://www.fukushi.metro.tokyo.lg.jp/kaigo_frailty_yobo/
*6:社団法人日本看護協会「プラチナナース活躍促進サポートBOOK」https://www.nurse.or.jp/nursing/shuroanzen/platinum/pdf/sp_book.pdf