
「つながり」で考えるサステナビリティ―― アジア、グローバルサウス諸国と日本(後編)
中央大学経済学部教授の佐々木創氏、国際協力機構の見宮美早氏をお迎えして、PwC Intelligenceの相川高信と吉武希恵が、グローバルサウスのサステナビリティの現状と国際連携、サステナビリティ転換に日本がどう貢献できるかを考察しました。
PwCコンサルティング合同会社のシンクタンク部門であるPwC Intelligenceは、2025年4月、書籍『世界の「分断」から考える 日本企業 変貌するアジアでの役割と挑戦』(ダイヤモンド社)を発刊します。分断化の進む世界で、日本企業はどのような針路を取るべきなのか。本書では、台頭する中国・インドの両大国を踏まえたアジア諸国・地域の動向・リスク・飛躍の可能性を把握し、先行して経済成長を遂げた日本がどのような貢献をなし得るかに焦点を当て、日本企業の機会や課題を分析しています。
本稿は同書の執筆を担当したPwC Intelligenceメンバーによるディスカッションをまとめたもので、全5回のシリーズ構成です。今回はその第1回(前編)。中央大学経済学部教授の佐々木創氏、国際協力機構(JICA)サステナビリティ推進担当特命審議役兼企画部サステナビリティ推進室長の見宮美早氏をゲストにお迎えして、PwC Intelligenceメンバーの相川高信、吉武希恵とともに、アジアを含むグローバルサウスのサステナビリティの現状と国際連携、サステナビリティ転換に日本がどう貢献できるかを考察しました。
(左から)相川 高信、吉武 希恵、見宮 美早氏、佐々木 創氏
参加者
中央大学 経済学部 教授
佐々木 創氏
国際協力機構(JICA) サステナビリティ推進担当特命審議役兼企画部サステナビリティ推進室長
見宮 美早氏
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence マネージャー
相川 高信
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアアソシエイト
吉武 希恵
※法人名、役職などは対談当時のものです。
相川:
アジア域内では2000年代からCO₂排出量が急増しました。その意味で、アジアは世界の環境問題やサステナビリティを考える上で最重要地域の1つといえます。そのアジアのサステナビリティ転換を図るために書籍の中で提唱しているのが、「自給してつながる」というコンセプトです。例えばASEAN加盟諸国間には、送電網をつなぐ「ASEANパワーグリッド(APG)」という構想があります。また、再生可能エネルギーを域内で融通し合う動きも加速しています。化石燃料をはじめとする資源の多くをほとんどの加盟国が輸入に頼っていることも考えると、こうした動向の底流に、「自給してつながる」という発想を見出せるのではないでしょうか。また、新興国・途上国全体に目を向けてみると、近年は「自国の現状に合った脱炭素」を模索する動きが多く見られます。
そこで今回は、中央大学の佐々木創さん、JICAの見宮美早さんをお招きして、アジアや中南米などグローバルサウスでのサステナビリティの現状と、サステナビリティ転換に日本企業がどのように関与できるかを、「統合知」で考えたいと思います。なお、私の専門領域は気候変動、吉武の専門は中南米地域です。ではまず、佐々木さんと見宮さん、それぞれのご活動をご紹介ください。
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence マネージャー 相川 高信
佐々木:
専門は環境経済学です。主にアジア地域での資源循環を通じた循環経済(サーキュラーエコノミー)の研究、リサイクルや廃棄物の政策研究に取り組んでいます。最近のテーマは、電気自動車のバッテリーのリサイクル、古着の国際資源循環の適正化です。企業やJICAと連携することもあり、直近ではJICAと科学技術振興機構(JST)連携事業の地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)で海洋プラスチック対策の短期専門家として頻繁にタイにも赴いています。
見宮:
JICAでは2023年4月、サステナビリティ関連の議論を一元的にフォローし、今後さらに全組織的な取り組みとするために、「サステナビリティ推進室」を設置しました。私はその室長を務めております。JICAが、自らの組織と事業で率先してサステナビリティを推進することを通し、途上国政府やパートナーなどからより信頼される存在になり、事業インパクトをより確かなものにすることを目指しています。私自身は在外事務所二か所に9年間勤務した経験もあります。
相川:
ありがとうございます。それでは、現地の状況を的確に認識することから議論を始めましょう。佐々木さん、アジア地域でのサステナビリティの取り組みの現在地についてご紹介いただけますでしょうか。
佐々木:
まず、「アジアのサステナビリティは日本よりも遅れている」という先入観は、取り払う必要があるでしょう。シェアリングエコノミーやデジタル決済など、サーキュラーエコノミーに資する新しい消費形態で、実は、アジアのほうが日本と比較してサステナビリティの取り組みで先行している面があるのです。その一例がライドシェア。日本では一部の地域でしか利用できませんが、中国や東南アジアではすでに広く浸透しており、アプリを使えばドライバーとひと言も交わさずに目的地まで行けるうえ、支払いも電子決済で済みます。
環境意識についても同様です。アジアの一般市民の環境意識はまだ高いとはいえないかもしれませんが、現地企業の経営層には欧州で経験を積んだ人も多く、グローバル標準でサステナビリティを志向しています。対して、日本企業の駐在員には「サステナビリティは本社が担い、実行すること」という意識が根強く、現地企業と日本企業の間でギャップが生じています。
中央大学 経済学部 教授 佐々木 創氏
相川:
JICAはさまざまな国・地域でサステナビリティに関わる開発事業を展開しています。アジア地域ではどのような考え方で取り組んでいるのでしょうか。
見宮:
アジアには「自然との共生」という価値観があります。これは日本文化とも共通する要素で、互いの近さを感じられる点です。一方、各国は現在、日本が過去に経験したのと同様に、「開発と環境のバランスをどう取るか」の問題に直面しており、これがアジアの「現在地」と言えるかもしれません。JICAとしては、開発協力が経済・社会・環境の調和に資すること、将来世代に負担を残さない「持続可能な世界の実現」を目指すことが重要だと考えています。
例えばJICAが取り組む気候変動対策では、レジリエントで持続可能な開発を目指し、開発協力との相乗効果を発揮する「コベネフィット型気候変動対策」を推進しています。これは気候変動に伴う諸リスクを抑制すると同時に、自然環境や生物多様性に最大限配慮しながら、気候対策と持続可能な開発とのシナジー効果を最大化し、潜在的なトレードオフの最小化を図るというものです。
この考えに基づく取り組みの一例が、インドのデリー高速輸送システム建設事業です。デリー首都圏では人口が急増し、自家用車が急速に普及したことにより、交通混雑や自動車の排気ガスなどによる環境問題が深刻化しています。同事業は、デリー圏に地下鉄と高架鉄道を建設することで、輸送需要の急増に応え、交通渋滞の緩和と排ガス公害の減少を通じて地域経済を発展させ、都市環境を改善し、ひいては気候変動の緩和にも寄与しようという取り組みです。
国際協力機構(JICA) サステナビリティ推進担当特命審議役(当時) 見宮 美早氏
相川:
吉武さん、中南米でのサステナビリティの取り組みの現状はどうでしょうか。
吉武:
中南米に関しても、サステナビリティの取り組みが日本よりも進んでいる面があります。例えば、中南米での全発電設備容量に占める再生可能エネルギーの割合の平均値は、60%に達しています。特に先行しているのがブラジルで、発電の9割を再エネで賄っています。また、生物資源(バイオマス)由来のバイオ燃料の活用が盛んで、現在ブラジルで販売されている新車の約9割を、ガソリンとバイオ燃料の混合燃料でも走行できるフレックス車が占めています。再生可能エネルギーの利用がいかに社会に浸透しているかが、この「約9割」という数字に表れています。こうした事例から日本が学べる点は多く、日本企業のグローバルサプライチェーンの構築を考えるうえでも重要な地域だといえます。
「South-to-south」での途上国同士の連携も盛んです。2023年9月にインドで開催されたG20サミットでは、ブラジル・米国・インドの3国が主導するかたちで、バイオ燃料の生産と使用の拡大を目指す「世界バイオ燃料同盟(GBA)」が発足しました。また、2024年11月にブラジルで開催されたG20サミットでは、バイオマスの活用による循環型経済を目指す「バイオエコノミー・イニシアチブ(GIB)」が採択されました。ブラジルは東南アジアとの距離も縮めています。2022年にはASEANの分野別対話パートナーとなり、以来、毎年合同で分野別協力委員会(JSCC)を開催、気候変動などのサステナビリティ分野の協力についても話し合っています。
相川:
先進国間の枠組みや、先進国と開発途上国の関係に加え、途上国同士が「つながる」国際連携も広がっているのですね。佐々木さん、ASEAN域内での国際協力の状況について、サステナビリティの観点からいかがでしょうか。
佐々木:
東南アジアでは、経済的な発展段階が国によってかなり異なります。そのためサステナビリティ分野の課題の優先度がまだ低い国もあり、具体的な連携の事例はそれほど多くありません。ただ、経済発展で先行するタイに「TICA(タイ国際開発協力機構)」という組織があるように、先行諸国の知見を活用する枠組みが今後増えていく可能性はあるでしょう。
相川:
見宮さん、「South-to-south」の国際協力の状況はどうでしょうか。
見宮:
開発が比較的進んだ途上国が別の途上国の開発を支援する「南南協力」や、先進国や国際機関が南南協力を支援する「三角協力」は、SDGs達成の重要な手段だと見なされています。JICAには率先して三角協力を実施してきた実績もあります。経済発展の段階が異なる国から学ぶよりも、状況が近い国から学んだほうがより実践しやすいので、地域の中で連携したり、「知」を共有したりする動きはこれからますます活発化すると思います。
吉武:
South-to-southの連携は今に始まったことではなく、国際協力というかたちで日本も従来からコミットしてきました。これからは国際協力の観点に加えて、South-to-southの動きがビジネスに影響を与える可能性がある点も認識しておく必要があるでしょう。
加えて、新興国の企業が日本企業の新たなライバルになり得ることを考えると、「現地のニーズを起点にビジネスを構想する」「自社の技術やサービスを現地のニーズに合わせて変えていく」といった発想がますます重要になるはずです。バイオ燃料に関しては、新興国がバイオ燃料の生産を拡大しても、その需要が伸びなければマーケットはスケールアップしません。例えば、日本がオフテイカー(引き取り手)となり、アジアで生産されたバイオ燃料の需要を創出するといった施策も考えられるのではないでしょうか。
PwCコンサルティング合同会社 PwC Intelligence シニアアソシエイト 吉武 希恵
相川:
アジアを含むグローバルサウスのサステナビリティ転換には、政治的なリーダーシップも必要でしょう。先ほどの吉武の話にもあったように、ブラジルは2024年11月のG20サミットで議長国を務めました。ブラジルはサステナビリティに関連して、どのような分野でリーダーシップを発揮しようとしているのでしょうか。
吉武:
1つは、バイオマスの活用です。脱炭素の推進に自国のバイオマス資源を利用する動きがアジア域内に生まれつつあるなかで、ブラジルはバイオ燃料マーケットのイニシアチブを取ろうとしています。
2024年のG20サミットでは、「飢餓と貧困に対するグローバル・アライアンス」が発足しました。発展が期待される中南米ですが、かつての植民地支配の影響は今なおあり、社会のなかに格差構造を残したまま今日に至っています。加えて、見宮さんがおっしゃったように「開発と環境のバランスをどう取るか」は中南米にとっても共通の課題となっています。サステナビリティの取り組みが貧困層に悪影響を及ぼしては意味がありません。そうならないよう、貧困の撲滅とサステナビリティをどうバランスさせるかは大きな課題です。
そのような中で、ブラジルは、2025年11月に開催される国連気候変動枠組条約締約国会議(COP30)の議長国でもあり、サステナビリティの世界的な議論を引き続きリードすることになります。主要議題の1つである「温室効果ガスの排出削減」については、「気候変動のインパクトの防止や軽減(適応)」の重要性が認識されてきました。COP29では、適応に関する世界全体の目標(Global Goal on Adaptation:GGA)に向けた進捗を測定するための「指標」について、次回のCOP30で合意すべく作業・議論がなされました。COP30では、世界目標に向けた指標と、運用に向けたガイダンスが発表されることが期待されています。
また、「途上国への気候資金」については、COP29では途上国への気候資金の目標額がこれまでの1,000億ドルから、「2035年までに少なくとも年間3,000億ドル」に引き上げられました。一方で、途上国側は年間1兆ドル以上を求めており、COP30でも引き続き議論が行われる見通しです。
相川:
見宮さんが提示した「気候対策と、持続可能な開発とのシナジー効果を最大化し、潜在的なトレードオフの最小化を図る」とは、言い換えれば「環境問題と社会問題の同時解決」ということです。これは重要な論点なので、後編ではこのテーマを掘り下げていきましょう。
中央大学経済学部教授の佐々木創氏、国際協力機構の見宮美早氏をお迎えして、PwC Intelligenceの相川高信と吉武希恵が、グローバルサウスのサステナビリティの現状と国際連携、サステナビリティ転換に日本がどう貢献できるかを考察しました。
中央大学経済学部教授の佐々木創氏、国際協力機構の見宮美早氏をお迎えして、PwC Intelligenceの相川高信と吉武希恵が、グローバルサウスのサステナビリティの現状と国際連携、サステナビリティ転換に日本がどう貢献できるかを考察しました。
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