Nature Positive in Pharma - 製薬企業の新たな使命と挑戦

第3回:生物多様性の取り組み状況と目指すべき方向性

  • 2024-07-23

自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)は2023年9月19日にフレームワークの最終提言となるv1.0を正式に公開しました。生命に関連した医薬ライフサイエンス業界においても、ネイチャーポジティブに向けた具体的なアクションをより一層充実させていくことが求められます。

今回は、今後のTNFD対応に向けて、大手製薬企業の生物多様性の保全に係る取り組み状況を開示の観点から解説します。

本連載「Nature Positive in Pharma - 製薬企業の新たな使命と挑戦」の第2回で解説したように、企業は今後ネイチャーポジティブの実現に向けて、生物多様性の保全や持続可能なビジネスモデルの構築に戦略的に取り組むことが重要です。実際に各社の統合報告書などを確認すると、すでに多くの企業がネイチャーポジティブの実現につながる活動を実施していることが分かります。このような取り組みを成功させるためには、企業が自然環境へ与える影響やリスクを正確に理解することが欠かせません。

1. TNFD

1.1. 概要

このような背景のもと、2021年6月には企業が自然への依存度や影響を把握し、開示する枠組みをつくる「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」が設立され、2023年9月にはフレームワークの最終提言(v1.0)が公開されました。TNFDフレームワークは、全ての企業や金融機関が、その規模の大小、セクターの種別、バリューチェーンの規模を問わず、また資金提供者や規制当局、その他のステークホルダーへの開示義務の有無にかかわらず、自然関連課題を特定し、評価できるように構築されています。

TNFDが提供するフレームワークは種々ありますが、開示項目を4つの柱(「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」)で示した開示推奨項目、開示のための推奨評価ステップを示したLEAPアプローチ、セクターなどにかかわらず共通の枠組をまとめたTNFD提言、セクターやバイオーム別のガイダンスおよび指標一覧などから成り立っています。

1.2. 早期開示を提示した企業数(TNFD Early Adopters)は日本が最多

TNFDはフレームワークの普及活動の一環として、自然関連のリスク・機会に関する情報を早期に開示する企業を「TNFD Early Adopters」として募集しました。これに応募した企業・団体は、2024年度または2025年度までに企業報告書でTNFDの勧告に基づいた開示を開始する必要があります。

2024年の世界経済フォーラム年次総会の発表によれば、46カ国の320社・団体がこれに登録しました。その中で、日本からは80社が参加し、国別では世界最多となりました。全体の業種別では、金融機関、不動産、電力が多く、製薬業界からもいくつかの企業が登録しています。これには日本の大手製薬企業も含まれています*1

1.3. 今後大手製薬企業はTNFDに沿った開示が求められる

製薬企業数社が「TNFD Early Adopters」に応募したことを機に、登録企業以外の製薬企業でもTNFDに沿った開示が進んでいくと考えられます。企業は早めに自社状況について把握するため、データの定義、収集プロセスの構築、システム化などの準備に着手し始める必要があるといえるでしょう。

2. 現在の開示状況の調査

2.1. 調査目的

2024年4月26日時点で、国内の大手製薬企業はTNFDレポートを開示していません。ただし、多くの大手製薬企業は以前より地球環境保護の観点から生物多様性に寄与する活動を実施しており、TNFDが提示する指標の一部について情報を開示しています。

今回、私たちは大手製薬企業がTNFDの指標のうち、どの指標で目標値および実績値を開示しているかを調査しました。この調査結果に基づいて、現状での開示の特徴を分析し、内資大手製薬企業と外資大手製薬企業の比較することで、今後の内資製薬企業が行うべき開示の在り方を考察しました。

2.2. 調査方法

2023年12月期および2024年3月期の決算データを基に、製薬企業売上高順位を集計し、内資製薬企業および外資製薬企業それぞれの上位10社(計20社)を調査対象企業としました。ただし、グループ企業として情報を開示している企業は除外し、製薬企業単体で情報を開示している企業のみを対象としました。

2024年4月26日時点での各社の生物多様性関連の目標・実績の開示情報を調査し、TNFDの自然関連の依存とインパクトに関するグローバル中核開示指標の9つ(C1.0~C3.1)と照合し、各企業がどのような開示指標の実績、目標を開示しているかを明らかにしました(図表1)。

図表1 TNFDのコアグローバル開示指標の自然関連の依存と影響に関する指標(C1.0~C3.1)

2.3.評価方法

実績値の評価においては、開示指標の各指標に該当する実績が定量的に開示されている場合は「3」、定性的に開示されている場合は「2」、開示されていない場合は「1」に分類しました(図表2)*2

図表2 実績の評価基準

目標値の評価においては、開示指標の各指標に該当する目標が定量的に開示されている場合は「3」、定性的に開示されている場合は「2」、開示されていない場合は「1」に分類しました(図表3)。

図表3 目標の評価基準

2.4. 調査結果

図表4 大手製薬企業におけるTNFD開示指標ごとの実績・目標の開示状況
図表4 大手製薬企業におけるTNFD開示指標ごとの実績・目標の開示状況

2.4.1.実績

実績に関して、全ての内資大手製薬企業において、C2.1「廃水排出」、C2.2「廃棄物の発生と処分」、C2.4「温室効果ガス(GHG)以外の大気汚染物質総量」、C3.0「水不足地域からの水の取水と消費」の4つの指標で定量的に実績値が開示されていました(図表4-1)。これらの汚染物質に関する指標は、国内法令(PRTR法)に従って全ての企業が正しく開示しています。特に、C2.2「廃棄物の発生と処分」、C3.0「水不足地域からの水の取水と消費」の2つの指標は外資大手製薬企業でも9割が定量的に開示しており、グローバルでも同様に開示が進んでいることが分かります(図表4-1、図表4-2)。

一方で、C1.0「総空間フットプリント」、C1.1「陸/淡水/海洋の利用変化の範囲」、C2.0「土壌に放出された汚染物質の種類別総量」の3つの指標においては内資大手製薬企業だけでなく、外資大手製薬企業でも半分以上の企業でまだ実績値が開示されておらず、今後の課題といえます(図表4-1、図表4-2)。

内資大手製薬企業と外資大手製薬企業で大きな差が見られたのはC2.1「廃水排出」、C2.3「プラスチック汚染」、C2.4「温室効果ガス(GHG)以外の大気汚染物質総量」の3つの指標で、内資大手製薬企業の9割が開示している一方で、外資大手製薬企業では半数での開示に留まりました(図表4-1、図表4-2)。

2.4.2.目標

目標に関しては、C1.0「総空間フットプリント」、C1.1「陸/淡水/海洋の利用変化の範囲」、C2.0「土壌に放出された汚染物質の種類別総量」など、実績値が開示されていない指標では目標値が設定されていませんでした(図表4-1、図表4-3)。

また、実績値が開示されている指標のうち目標値が設定されていない指標は、内資大手製薬企業ではC2.1「廃水排出」、C2.4「温室効果ガス(GHG)以外の大気汚染物質総量」がありましたが(図表4-1、図表4-3)、外資大手製薬企業では内資大手製薬企業ほどの実績値と目標値のギャップはありませんでした(図表4-2、図表4-4)。

実績値、目標値の両方が開示されている指標は、内資大手製薬企業ではC2.2「廃棄物の発生と処分」、C2.3「プラスチック汚染」、C3.0「水不足地域からの水の取水と消費」(図表4-1、図表4-3)、外資大手製薬企業ではC2.2「廃棄物の発生と処分」、C3.0「水不足地域からの水の取水と消費」でした(図表4-2、図表4-4)。

3. 開示状況の分析結果

3.1. C1.0「総空間フットプリント」、C1.1「陸/淡水/海洋の利用変化の範囲」

世界経済フォーラム(WEF)と国際ビジネス評議会(IBC)が発表した「ステークホルダー資本主義を測る指標」に基づいて、関連情報をサステナビリティレポートに要約している企業では、すでにエコロジカルフットプリントの開示が進んでいます。しかし、ほとんどの企業は利用面積の変化に関する指標をこれまで開示していないため、今後はデータの収集から始める必要があります。特に大手製薬企業では、企業規模が大きく、関連するサプライヤーの数も多いため、これらのデータを収集し、管理する仕組みを整えるには時間を要します。内資大手製薬企業においては、自社の状況を早期に把握するため、まずデータの定義や収集プロセスの構築、システム化などの準備を進めることが重要です。

3.2. C2.0「土壌に放出された汚染物質の種類別総量」、C2.2「廃棄物の発生と処分」

内資大手製薬企業、外資大手製薬企業のすべての企業は法令に従い、C2.2「廃棄物の発生と処理」にあたる汚染物質(化学物質)に関するデータを収集し、実績・目標の開示が行われています。しかし、現時点では汚染物質(化学物質)のC2.0土壌(埋立処分量)とC2.2廃棄物を明確に区別していない企業が多く、内資製薬企業のC2.0土壌(埋立処分量)の実績開示がない企業が多いという結果になりました。今後はTNFDの指標に基づき、土壌(埋立処分量)と廃棄物それぞれの実績および目標を開示することが望まれます。

3.3. C2.1「廃水排出」、C2.4「温室効果ガス(GHG)以外の大気汚染物質総量」

実績値は開示されているが目標値は設定されていないこれらの汚染関連指標については、内資大手製薬企業の目標は外資大手製薬企業ほど定量的に設定されていない傾向があります。これは、内資製薬企業が法令に従って実績を開示しているものの、目標設定の義務がなく、目標設定の検討方針も示されていないため、具体的な目標の設定がなされなかった結果と考えられます。

3.4. C2.3「プラスチック汚染」

本指標は外資大手製薬企業ではあまり開示されていないものの、内資大手製薬企業の8割超が定量的な実績および目標を設定しています。この理由としては、2021年6月に成立した「プラスチックに係る資源循環の促進等に関する法律」による影響が大きいと考えられます。この法律の制定を受けて、多くの内資大手製薬企業では本指標のメトリクスで定義されていないプラスチックリサイクル率を提示しています。プラスチック汚染の低減のために、主に梱包材に使用されるプラスチックの削減やリサイクルが進められていますが、特にリサイクルを積極的に推進している企業では、使い捨てメディカルデバイスを自主的に回収し、プラスチックやスチールなどリサイクル可能な部分を再利用する取り組みが見られます。企業は自社製品をどのように資源の有効活用につなげるかを深く検討することが求められています。また、今年度よりCDPにおいてもプラスチックに関する開示が求められるため、この指標にはより注目が集まるでしょう。

3.5. C3.0「水不足地域からの水の取水と消費」

全ての企業が取水量または消費量の実績および目標を開示していますが、水不足地域の特定にまで至っている企業はまだほとんどありません。今後は、自社が関与する地域の水不足リスクを整理し、より詳細なデータの公表が求められます。

3.6. C3.1「陸/海洋/淡水から調達する高リスク天然一次産品の量」

本指標を開示している企業は少ないですが、開示している企業では紙やパームオイルを対象とする傾向があります。また、自然への依存度が高い材料を提供するサプライヤー向けに新たな持続可能な調達基準を支援する取り組みを行い、積極的な目標設定をしている企業もみられました。

4.まとめ、今後の方向性

自然環境の保護と持続可能性への取り組みは、企業の責務として今後ますます不可欠なものとなるでしょう。今回の分析対象とした全20社がTCFDの開示を行っています。今後はTCFD同様に、最終的には全ての企業でTNFDの開示が進むと考えられます。

全3回にわたり製薬企業におけるネイチャーポジティブを紹介してきました。サステナビリティに係る取り組みを社内で推進するには数多くの課題がありますが、企業はそのような取り組みを推進することによってもたらされる効果を認識し、社内にサステナビリティ意識を浸透させなければいけません。そして、ネイチャーポジティブに向けた活動を早急に検討し、取り組みを始めることが推奨されます。本コラムが、その取り組みを検討する際の一助となれば幸いです。

注釈

*1 TNFD Early Adopters
https://tnfd.global/engage/inaugural-tnfd-early-adopters/?_sfm_adoption_year=2024-%2C-2025&_sfm_hq-country=Japan

*2 評価方法 実績
開示指標のメトリクスにて、複数の観点が示されている場合は、そのうち1つ以上を開示していれば評価基準を満たすものとしました(例:C2.1 排出量、排出された排水中の汚染物質の濃度のうち、排出量のみ記載されている場合は定量として「3」に分類)。また、C3.0 水不足地域からの取水と消費では、水不足地域に関わらず水取水量が開示されている場合は定量として「3」に分類しました

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TNFD 最終提言v1.0を公開ーTNFDフレームワークの概要と企業に求められることを解説

執筆者

堀井 俊介

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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倉田 直弥

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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西渕 雄一郎

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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稲垣 みゆき

アソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

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Nature Positive in Pharma - 製薬企業の新たな使命と挑戦 第1回:求められる生物多様性保全とリスク管理

あらゆる企業は生物多様性に支えられた自然資本に依存しており、製薬企業もそのうちの1つです。製薬企業の事業活動は土壌、水、大気と広範に影響を及ぼすため、自然資本保全に向けた対応が求められます。本連載第1回では、製薬企業と自然資本の関係性や、求められるリスク管理について解説します。

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