「スマートシティで描く都市の未来」コラム

都市OSのマネタイズをデータ以外の視点から考える

  • 2023-10-24

はじめに:都市OSのマネタイズモデル

本稿では都市のデジタル基盤のマネタイズをスマートシティにおいて提供される個々のサービス(以下、「スマートシティサービス」)と、都市のデジタル基盤が具備すべき機能の2つの観点から、都市OSのマネタイズについて考察します。「データの観点から考える都市OSのマネタイズモデル」に続く内容となるため、こちらも併せてご参照ください。

マネタイズモデルの検討には受益者視点での価値評価が重要

都市OSの主要な機能の1つに「データ流通1」があり、これにより分野や組織の垣根を越えて多種多様なデータを連携する環境が提供されます。都市OSではスマートシティサービスのサービス提供者を直接的な受益者として想定しており、サービス提供者が都市OSによって連携されるさまざまなデータを組み合わせてスマートシティサービスを提供することが期待されています。

この場合、受益者であるサービス提供者から見た都市OSの価値は、複数のデータソースに対する一元的なアクセスを提供することにあります。一方でサービス提供者には、都市OSを介さずに、必要な個々のデータソースに直接接続するという選択肢2も残されています。ここでもし、サービス提供者が都市OSの利用にあたって利用料を支払うことを求められた場合、サービス提供者は都市OSを使わないという後者の方法を選択するかもしれません。つまり、「データ連携」だけでは、サービス提供者に十分な価値を提供できない可能性があるのです。

都市OSのその他の機能により受益者にさらなる付加価値を提供

データ連携機能だけでは都市OSの価値が限定的となってしまうため、受益者であるサービス提供者にとって、都市OSの価値を高める可能性のある他の機能を考えてみます。ここでは「認証(シングルサインオン)」「同意管理」という2つの機能について考えてみましょう。

① 認証
都市OS上ではさまざまなスマートシティサービスの提供が考えられています。例を挙げると、オンライン行政サービスや防災での河川監視サービス、地域活性化のための観光アプリなどです。もし、これらのスマートシティサービスの一つひとつでユーザー登録が必要となり、利用の都度サインイン(ユーザー認証)を求められると、ユーザーエクスペリエンスが煩雑となり、その体験価値は下がるでしょう。裏を返すと、サービス提供者がユーザー獲得のために個別に努力する必要があるということでもあります。

アプリの中には、SNSを通じてユーザー登録をしておくことで、そのユーザー情報を用いて簡単にユーザー登録が完了し、以降はSNSにサインインしておけばアプリ側で追加の認証を求められないようなケースがあります。この仕組みを「シングルサインオン」と言いますが、多くのアプリがこのような手法を採用する理由は、ユーザー登録やサインインの手続きを簡略化することで、顧客獲得が容易になると同時に、アプリの利用率も上がることが分かっているからです。

これと同様の仕組みを都市OSに導入することで、まちで提供される複数のサービスにシームレスにサインインできるようになり、ユーザー体験が向上するでしょう。同時に、サービス提供者にとってはユーザー獲得が容易になり、サービスの利用率が上がるというメリットが生まれます。これは都市OSの受益者であるサービス提供者に確かな価値を提供するものです。

② 同意管理(「Society 5.0から考察するスマートシティのデジタル技術」参照)
都市OSを介して流通するデータの中には、気象データ(気温・湿度)のように一般に公開されているデータもあれば、ユーザーに関する個人情報など取り扱いに注意を要するデータもあります。

近年、個人情報の保護やプライバシーへの配慮は法的にも社会的にも強く求められています。ユーザー個人に関するデータを流通させる際には、同意の取得は言うまでなく、自分自身のどのようなデータが収集されているかを理解し、誰にその利用を許可するかを当人がいつでもコントロールできる状態にあることが望ましいと考えられています。そのため、多くの企業はプライバシーポリシーを公開し、個人情報の利用目的や第三者への提供の有無などを明らかにしています。その上で、ユーザーからの同意を取得するとともに、ユーザーからの照会や個人情報の削除などの依頼を受け付ける連絡先を公開しています。

スマートシティではさまざまなサービス間でデータがやり取りされることで、一人ひとりのニーズに合わせて、必要な時に必要な体験やサービスが提供されることが期待されています。このような状況下において、サービス事業者が個別に同意取得をしていると、新たなサービスとデータ連携を開始するたびに同意取得があらためて必要になり、サービス提供者にとって大きな負担となります。ユーザーにとっても、自分の個人情報がどの事業者によってどのような目的で利用されているのか、その全体像を把握しにくくなります。

いくつかのSNSでは、ユーザー設定のプライバシー関連の項目において、ユーザーのどういったデータを、SNS外の第三者によるサービスに提供するか否かを自分自身で設定できるようになっています。このような仕組みがあれば、ユーザーは自分の個人情報が誰にどのように利用されているかを把握し、必要に応じてオプトインやオプトアウトをすることができます。また、サービス提供者にとっても、「いつ」「どの」ユーザーに対して「どのような」同意を取ったのかを管理する手間が簡素化されます。

このような仕組みを実現するのが同意管理システムです。同意管理の機能を都市OSに持たせることで、個々のサービス提供者の同意管理の負荷を減らしつつ、ユーザーに安心を感じてもらうことができ、サービス提供者にとってもユーザーにとっても価値につながると考えられます。

見落としがちな解決策:都市OS上で共通機能を提供

このように認証や同意管理の仕組みについて検討すると、都市OSのマネタイズにおける「勝ち筋」が見えてきます。それは、それぞれのスマートシティが個別にサービスを提供するよりも、共通機能として都市OSが一括して提供するほうが、サービス提供者にとってもユーザーにとってもメリットがある、つまり価値が高まる領域があるということです。

そのような共通機能には上で触れた「認証」「同意管理」のような、どちらかと言うとテクニカルなものに加え、「予約」や「決済」のような、よりビジネスユースケースに紐づいた機能が考えられます。イメージを膨らませるために、具体的なユースケースを考えてみましょう。


ここはとある観光文化都市です。このまちには都市OSが導入されており、訪問者は来訪前にユーザー情報と決済手段(クレジットカードなど)を都市OSに接続された旅行者ポータルから登録しておくことが推奨されています。

最近、このまちのあるお寺が訪問者の間で人気になっており、中でも早朝の座禅体験が好評を博しています。訪問者であるAさんはこの座禅体験を含めた観光アクティビティを予約しようと観光アプリを立ち上げます。Aさんはすでに旅行者ポータルにサインインし、クレジットカード情報も登録しているため、パスワードを入力することなく観光アプリにサインインし、クレジットカード情報を入力することなく座禅体験の予約と決済を完了できます

Aさんは早朝にお寺まで移動することを不安に感じ、MaaSアプリを立ち上げます。すると、座禅体験に間に合う時間帯にホテルからお寺までの自動車での送迎が推奨されます。Aさんはすぐに予約と決済を行います。もちろん、クレジットカード情報を入力する必要はありません。


予約管理機能や決済機能は多くのアプリに必要とされる機能ですが、その実装にはそれなりの工数が掛かりますし、機能をメンテナンスしていくのにも同様に工数が掛かります。こうした機能が、自社のアプリにすぐに組み込める形で提供されていれば、サービス提供者は開発工数を削減できます。しかも上記の例のように、共通部品を複数のサービスで共有すれば、サービス間でデータを連携し、ユーザーに高い利便性を提供することがより容易になります。このような共通機能を都市OSとセットで都市のデジタルの基盤として提供することができれば、その受益者であるサービス提供者にとって、とても価値の高い魅力的な基盤になり、マネタイズへの道が開けます。

共通機能の利用費で都市OSの運用をカバーするモデルを構築する

上記のシナリオにおいては、「決済」や「予約」といった共通機能がアプリ内で利用されていますが、「決済」と「予約」の機能だけでは上記のシナリオは成立しません。観光アプリとMaaSアプリで連携できるのは、都市OSが提供する「認証」の仕組みに基づくシングルサインオンや、「同意管理」に基づく「データ連携」が行われているからです。そうであれば、「決済」や「予約」という共通機能の利用費としてサービス提供者から手数料を徴収し、「認証」「同意管理」「データ連携」といった機能を提供する都市OSの運用費をその手数料の一部で賄うというスキームを組むことは不自然なことではなく、都市OSのマネタイズの可能性が開けそうです。

ここで重要なポイントは、都市OSを運用する地域において利用できるローカルな「共通機能」を作ることです。決済や予約管理の機能をグローバルで展開している会社も多くあります。仕組みとしてはそういったものを都市のデジタル基盤に組み込んでも良いのですが、重要なのは地域のサービス提供者には、あくまでその地域の都市のデジタル基盤を利用してもらうことです。そうすることで、地域の資源を元手に地域に入ってきたお金が地域内で回るような仕組みが描けます。言い換えると、都市OSによってマイクロ経済圏を構築するということであり、都市OSをより地域振興に資する形で利用することにつながります。

1「スマートシティリファレンスアーキテクチャ第二版」(内閣府)の7章では、都市OSの特徴を「相互運用(つながる)」「データ流通(ながれる)」「拡張容易(機能を広げられる)」としています。

2 都市OSのデータ連携では、「データの標準化」(データソースごとのデータの構造やデータ項目の定義の差を吸収する機能)も行われるため、サービス提供者が個々のデータソースに対し、都市OSを介さずに直接接続する場合においては自前で措置を講じる必要があります。

執筆者

奥野 和弘

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

Email

湯川 隼貴

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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