シリーズ:生物多様性とネイチャーポジティブ

2022-04-26

第3回:2022年ネイチャーポジティブエコノミーが動き出す


「カーボンニュートラル」に続く国際的なトレンドとして、「ネイチャーポジティブ」(Nature Positive)が次の世界目標に位置づけられようとしています。「生物多様性をはじめとする自然資本(Natural Capital)の毀損が止まり、回復されること」を指すネイチャーポジティブ。本連載の第1回第2回では、生物多様性と自然資本が企業経営に及ぼす影響や、その動向について紹介しました。今回は、企業がネイチャーポジティブを踏まえたビジネスに移行するにあたって、何を検討すべきかについて概説します。

1. ネイチャーポジティブ経済(エコノミー)

企業は事業活動(調達、自社の操業、ユーザーによる商品・サービスの利用や廃棄など)を通して、

  • 森林や湿地を切り拓くなどの土地改変
  • 植物や水を使い過ぎるなどの過剰利用
  • 水や土を汚染するなどの自然資本劣化

など自然資本に対して、負の影響を直接的、あるいは間接的に与えています。しかし、このような負の負荷をかけ続けると、その地域の自然資本の利用コストが高まり、企業が事業を安定的に継続することに対するリスクにつながります。そこで企業は、自らの商品・サービスを提供するバリューチェーンにおいて、この負の影響を点検する必要があります。

  • 土地改変:事業活動に関わる土地改変が、自然資本や地域の生態系に負の影響を与えていないか
  • 資源の過剰利用・自然資本劣化:資源採掘から製造・廃棄までの全ライフサイクルにおいて、自然資本の使用量や汚染排出量を、自然の再生能力以下にとどめられているか

具体的には、生物多様性や自然資本と事業活動の関連性、そしてその影響を把握しなければいけません。もし負の影響が及んでいる自然資本があれば、その回復に向けて投資することで、企業はネイチャーポジティブを実現することができます。世界経済フォーラム(WEF)ではこれらについて、「New Nature Economyシリーズ」で発信しています(参考:「自然関連リスクの管理手法 ――自然の変化が企業活動に与える影響を正しく把握し、長期的な企業の成長に繋げるために」)。

例えば、「New Nature Economy Report II The Future Of Nature And Business」(2020年7月14日発行)のレポートでは、事業活動において特に自然資本に配慮すべき領域が示されています。具体的には、①食糧・土地・海洋の利用、②インフラ・建設、③エネルギー・採掘活動の3つの領域における投資とネイチャーポジティブエコノミーへの移行を進めることで、3憶9,500万人の雇用創出と、年間10.1兆米ドル(約1,150兆円)規模のビジネスチャンスが見込めると述べられています(図表1参照)。

図表1 TNFDのリスクの考え方

出典:WEF,2020.”New Nature Economy Report II The Future Of Nature And Business”.
https://tnfd.global/wp-content/uploads/2022/03/TNFD-beta-v0.1-full-PDF-revised.pdf (2022年3月17日閲覧)

日本でも、2022年3月に環境省が「第1回ネイチャーポジティブ経済研究会」を開催し、いよいよネイチャーポジティブに向けた取り組みが動き出したといえます。

2. 産業セクター別にみるネイチャーポジティブ経済

「New Nature Economy Report II The Future Of Nature And Business」では、ネイチャーポジティブに関して、産業セクターごとに密接に関わってくる取り組みを以下のように整理しています(図表2参照)。

図表2 産業セクターごとの取り組み

出典:WBCSD,2021.”What does nature-positive mean for business? -Practitioner guide”を基にPwC作成。

産業セクターごとに対応すべきポイントを理解することができれば、ネイチャーポジティブは、取り組みやすいテーマといえます。これまで環境対策や自然環境への配慮としてそれぞれの産業や企業において実施・研究されてきた活動を、「ライフサイクル全体」で責任を持てる形に組み替えることで、ネイチャーポジティブ戦略へとつなげられるでしょう。グローバルサプライチェーンに依存する製造業、土地を切り開いて街をつくる不動産業や建設業、食料を流通させる食品製造業や流通業は、日本企業の中でも自然資本に対する依存が高い産業の代表格です。以下、自然資本に大きく依存している業界に求められる取り組みについて整理します。

▼製造業/アパレル
これらの業種は国際的に激しい競争下にあり、またグローバルなサプライチェーンに関わっていることから、海外の自然資本にアクセスすることが不可避な事業といえます。また、原材料を調達する際に現地の土地を利用することから、汚染などへの対応も必要になります。そのため、今後はTNFDやSBT Natureへの参画を宣言し、グリーンなサプライチェーンにおいてリーダーシップを発揮することが求められます。2030年に向けては、循環型で資源効率の良い生産モデルを拡大すること、すなわち、従来の環境管理を強化し、ゼロエミッション(土や水や海洋環境の維持)を推進するに留まらず、製品素材・設計・再利用の視点からサーキュラ―エコノミーを構築し、推進していくことが求められます。

▼不動産業/建設業/林業/鉱業
これらの業種は、土地の直接的な改変に関係します。従って、周辺の自然資本や地域の文化や社会に対して土地改変が及ぼす影響を評価し、負の影響を減らすことが求められます。また、可能であればプラスの影響を与えてゆくことができるかがネイチャーポジティブに向けた検討ポイントとなります。例えば、その土地の改変が地域や流域にどのような影響をもたらすのか、利用が終ったあとどのように自然に戻すのか、といったライフサイクル全体を視野に入れ、地域で合意形成を図ることがネイチャーポジティブに向けて重要です。
不動産や建設業の場合は、土地を改変するだけでなく、建造物をその土地に建てることになります。そのため、環境に配慮した設計(建設環境のコンパクト化、地球環境と共存できる都市ユーティリティへの移行、都市インフラを接続する際の自然の活用)や、グリーンインフラ(自然を取り入れたインフラデザインへの転換、インフラとしての自然利用)の導入などを通して、地域の自然環境や住民にとっての価値や効果を事前に科学的にシミュレーションすることが求められます。

▼流通・小売/食品・飲料
これらの業種は、幅広くサービスを提供することが特徴です。購入企業/生活者のネイチャーポジティブを意識した購買を可能にするために、商品やサービスを1単位提供する際に自然資本に及ぶ負担が、再生可能な範囲を下回っていることを証明することが重要になります。具体的には、サステナビリティに配慮した生産物を調達し、ブランドや認証獲得によってネイチャーポジティブに貢献する商品・サービスグループとブランドを育てると同時に、購入者に向けたマーケティングを展開し、ネイチャーポジティブへの行動変容を促していくことが求められます。特に、食料の分野では、農林水産の生産の現場において、自然環境への配慮がますます求められてきます。

以上の概観のとおり、産業セクターごとに、ネイチャーポジティブに向かう道筋は異なります。本連載の第4回以降では、それぞれの業種におけるネイチャーポジティブ戦略について紹介します。

執筆者

服部 徹

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

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小峯 慎司

マネージャー, PwCサステナビリティ合同会社

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中尾 圭志

マネージャー, PwCサステナビリティ合同会社

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