
SX新時代ー成果を生み出すホリスティック×システミックアプローチ 第2回:ホリスティックに考え、可視化・評価し、全体最適な施策を決めることの重要性
グローバルにおける規制やガイドラインの整備といったルールメイキングに特に焦点を当てながら、ホリスティック・アプローチの重要性を示します。
2022-09-09
連載「生物多様性とネイチャーポジティブ」では、自然への影響や生物多様性に関する機会・リスクのほか、ネイチャーポジティブに挑戦している事例を業界ごとに紹介しています。第7回は、製造業に焦点を当てます。
製造業は、グローバルかつサプライチェーン全体において、直接的あるいは間接的に「土地・海域利用」の観点で自然資本にアクセスすることから、生物多様性に影響と依存が大きい業界と言えます。
生物多様性の喪失に関わる直接的な要因は、「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム」(IPBES)が発行している「生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書」(2019年)では、「土地・海域利用」「直接採取」「気候変動」「汚染」「外来種」に分類されていますが、製造業では工場建設や、鉱物調達のための鉱山採掘などで「土地・海域利用」において最も大きな影響を与えています。また、「直接採取」では、森林伐採や取水、生化学物質の採取などがあてはまります。「気候変動」の観点では、製造工程における温室効果ガス(GHG)の直接排出のほか、森林伐採による土壌中のGHGの排出に挙げられるような土地利用や直接採取による間接排出も影響し、世界全体のGHG排出量のうち製造業が占める割合は20%以上*1と言われています。また、製造業においては、製造工程で生じた排出物による大気・土壌・水質汚染も深刻で、世界の大気汚染に関連する健康被害のうち17%*1を製造業が占めていることが示されています。
さらに、製品使用後の廃棄物処理も課題であり、世界の電気電子機器廃棄物の発生量を例にとるとその量は5,360万トン*2にものぼり、製造業がサプライチェーン全体において、いかに生物多様性/自然資本に対して影響を与えているかが分かります。
このようなことから、資源・製品の価値の最大化、資源消費の最小化、廃棄物の発生抑止を目指すサーキュラーエコノミーの考え方に基づき、製品のライフサイクルの変革に早急に取り組むことが求められています。
出典:IPBES,2019.”Global Assessment Report on Biodiversity and Ecosystem Services”などを基にPwC作成
https://ipbes.net/sites/default/files/ipbes_7_10_add.1_en_1.pdf(2022年4月12日閲覧)
続いて、本連載の第2回で紹介したTNFDの枠組みに基づいて、製造業の持つリスクを見ていきましょう(図表2参照)。
出典:TNFD, 2022.「The TNFD Nature-related Risk & Opportunity Management and Disclosure Framework Beta v.0.1 Release」などを基にPwC作成
https://tnfd.global/wp-content/uploads/2022/03/TNFD-beta-v0.1-full-PDF-revised.pdf(2022年4月12日閲覧)
製造業では、原料調達にかかる物理リスクや法規制リスク、製造工程にかかる法規制リスクや評判リスク等が主に懸念されます。
「物理リスク」は「急性リスク」と「慢性リスク」の2つから構成されますが、製造業にとっての「急性リスク」としては、水害や土砂災害による工場の操業停止などが挙げられます。これは、災害被害による停止という単純な話ではなく、そもそもの工場建設によって森林伐採による保水機能の喪失で生態系機能が劣化すること、つまり災害を防止、緩和する機能が失われることで、結果的に自然災害が発生しやすくなるといったリスクがあります。
実際に、2011年にタイで甚大な被害をもたらした洪水は、アジアでの工場開発ラッシュにより、多くの工場が河川デルタ地帯等の水辺に建設され、これまで洪水を防ぐ役割を担っていた森林や湿地を破壊してしまったことが原因と言われています。この洪水では、世界中のサプライチェーンに製品を供給する複数の工業団地が直撃を受け、保険会社の損害額が推定200億米ドルにのぼったとも言われています。
では、「慢性リスク」については、どうでしょうか。このリスクについては、森林の水源涵養機能による水資源への影響が挙げられます。森林の減少に伴い水源涵養機能も減少するため、きれいな水を必要とする精密機器メーカーにおいては利用可能な水資源の確保が難しくなり、その影響は大きいと考えられます。実際、世界の半導体製造能力の約4分の1を担う台湾において、慢性的な水不足に直面した結果、自動車メーカーをはじめとする世界のさまざまなメーカーで製造ラインの閉鎖に追い込まれた例もあります。
これらの物理リスクはすでに顕在化しており、日本の製造業にも大きな影響を及ぼしているため、早急に対応が必要です。
次に、「移行リスク」を見てみましょう。「法規制リスク」としては、生物多様性への負荷が懸念される原料の製造禁止や制限による事業活動への影響や、工場からの排出基準など法令違反による操業停止、「技術リスク」としては、環境や生物多様性に配慮した製造技術への移行が遅れることによる競争力低下、「評判リスク」としては、原料調達や製造工程における環境への負荷が高い活動や商品によるブランド価値の低下が挙げられます。
このような「物理リスク」や「移行リスク」の集積によって、今後、業界全体としてサプライチェーンに影響を及ぼす「システミックリスク」が顕在化する可能性も認識しておく必要があります。
前述したリスクに対して、原料調達、製造・加工、物流・販売、廃棄といったライフサイクルの流れと、SBTs for Natureで提唱されているAR3Tフレームワーク(回避、軽減、回復再生、変革)を踏まえて、製造業で考えられる企業の戦略や取り組むべき施策の概要を整理しました。製造業においては、ものづくりの要となる製造・加工を中心に、循環による消費資源の最小化や廃棄物の発生抑制に各社が積極的に取り組んでいます。
ここでは、工程別に主な影響と具体的な取り組みの例をまとめています(図表3参照)。
まず、原料調達の工程においては、
など、投入する資源において循環を意識した取り組みが目立ちます。
また、製造・加工の工程では、
などが挙げられます。人体や生態系に影響を及ぼす可能性のある製造・加工過程においては、製品設計から見直し、製造手法を最適化することにより、使用資源の削減や見直しに加え、工程の効率化を図ることができます。
物流・販売の工程では、
など、販売後の工程も考慮に入れた取り組みが行われています。
廃棄の工程では、
など、他の工程に比べても特に循環を意識した取り組みが多く、他社・他業界とも連携して取り組んでいる例も多々見られます。
出典:各社資料を基にPwC作成
自然資本/生物多様性に配慮したものづくりを行うためには、調達から生産、品質管理、出荷、サポート、廃棄に至る全ての過程をグローバルに管理する必要があります。今後は、ネイチャーポジティブに向けて、カーボンニュートラルでのサプライチェーン管理に加えて、水や森林も含めたScope3の管理のデジタル基盤と、外部データの連携が求められるでしょう。特に他業界に比べて広く世界中にサプライチェーンを持つ企業が多い製造業においては、自然資本との関わりを主体的にデザインし影響を予測可能とするために、デジタル技術同士を連携させたサプライチェーン構築がますます必要になってくると考えられます(図表4参照)。
PwCコンサルティングでは、日本企業のサステナビリティ/ESG戦略の構築支援や、独自の分析ツールIntelligent Business Analyticsを活用した技術戦略や事業戦略の構築支援を提供しています。その中で、SDGsの達成に有望と思われる、特に注目すべき技術、「Sustainable Development Goalsテック(以下、SDGsテック)」を抽出し、書籍として紹介しています。
詳しくは「SDGsテック 未来戦略」に関するページや、独自の分析ツールIntelligent Business Analyticsを活用したサービス紹介ページをご覧ください。
また、TNFDやAR3Tといったフレームワークやツールを活用しながら、生物多様性・自然への影響依存の評価、方針・戦略の策定、目標設定、施策実行など、生物多様性支援サービスを包括的に提供しています。
生物多様性に関する経営支援サービスページも併せてご覧ください。
*1 出典:UNEP「Manufacturing: Investing in Energy and Resource Efficiency」(2011年)
*2 出典:UNU他「The Global E-waste Monitor 2020」(2020年)
https://collections.unu.edu/eserv/UNU:7737/GEM_2020_def_july1.pdf(2022年4月12日閲覧)
グローバルにおける規制やガイドラインの整備といったルールメイキングに特に焦点を当てながら、ホリスティック・アプローチの重要性を示します。
経済・環境・社会課題を総合的に捉えて可視化・評価し、意思決定を行う「ホリスティックアプローチ」と、変革の要所で複数の業界・企業・組織が協調して対策を実行する「システミックアプローチ」について解説します。
企業には財務的な成果を追求するだけでなく、社会的責任を果たすことが求められています。重要性が増すサステナビリティ情報の活用と開示おいて、不可欠となるのがデータガバナンスです。本コラムでは情報活用と開示の課題、その対処法について解説します。
2024年3月期の有価証券報告書における「女性管理職比率」「男性育児休業取得率」「男女間賃金差異」の3指標を開示している企業を対象として、開示状況の調査・分析を行いました。開示範囲、開示期間、開示内容や業種別傾向などについて解説します。