生物多様性条約COP16解説コラム

デジタル配列情報からの利益配分の合意形成など一定の成果も継続議論多し-ビジネスの観点から概要とポイントを解説

  • 2024-11-27

生物多様性条約COP16解説コラム

「デジタル配列情報からの利益配分の合意形成など一定の成果も継続議論多し-ビジネスの観点から概要とポイントを解説」

生物多様性条約第16回締約国会議(CBD COP16)が、2024年10月21日から11月1日までコロンビアのカリで開催され、PwC Japanグループのメンバーも現地で参加してきました。本稿では、COP16での主要議題に関連する決定・合意事項について、ビジネス観点から解説します。

生物多様性条約締約国会議とは

生物多様性条約(Convention on Biological Diversity:CBD)は、「生物の多様性を包括的に保全し、生物資源の持続可能な利用を行うための国際的な枠組」とされ、同条約の第16回締約国会議(Conference of the Parties: COP 16)が、今回、コロンビアで開催されました。

CBDは1993年に発効した国際条約で、以下の3つを目的としています。

  1. 生物多様性の保全
  2. 生物多様性の構成要素の持続可能な利用
  3. 遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分

生物多様性条約締約国会議(CBD COP)では、これらの目的に係るさまざまな課題が議題として話し合われます。

生物多様性条約COP16では何が話し合われたのか

今回のCOP16では、大きく分けて「国家間交渉」と「民間・NGOが主導する自主的な枠組」に関する議論や成果の発表がありました。

国家間交渉では、前回COP15での残論点となっていた、2030年までの世界目標「昆明・モントリオール生物多様性枠組」を推進するための各国の生物多様性戦略(NBSAP)とモニタリング指標の設定、遺伝資源由来の利益の配分、資金動員のメカニズム方針などが主要議題として討議されました(図表1)。

図表1:COP15の残論点とCOP16の主要議題

図1 ロケーション分析による高リスク拠点特定の例

その他も含め、今回のCOP16では多くの議題が討議されました(図表2)。

図表2:COP16の議題

1.開会
2.組織に関する事項
3.第16回締約国会議への代表者の信任状に関する報告
4.懸案事項
5.今後の締約国会議の日程と開催地
6.会合期間中および地域準備会合の報告
7.条約の運営と信託基金の予算
8.昆明・モントリオール生物多様性枠組に沿った、締約国による生物多様性国家戦略および行動計画の目標作成と更新の進捗状況
9.遺伝資源に関するデジタル配列情報
10.計画、モニタリング、報告、レビューのためのメカニズム
11.資源動員および資金メカニズム
12.能力開発、技術・科学協力、情報交換機構、ナレッジ管理
13.他の条約に基づき設立された国際機関および組織との協力
14.第8条(j)および関連規定の実施
15.コミュニケーション、教育、啓発

16.昆明・モントリオール世界生物多様性枠組の実施を支援するための科学的・技術的ニーズ
17.セクター内およびセクターを越えた生物多様性の主流化
18.生物多様性の多様な価値
19.持続可能な野生生物管理
20.海洋・沿岸の生物多様性、島の生物多様性
21.侵略的外来種
22.生物多様性と健康
23.植物の保全
24.合成生物学
25.生物多様性と気候変動
26.責任と救済(第14条第2項)
27.条約および議定書の下でのプロセスの有効性のレビュー
28.締約国会議の複数年作業計画
29.その他の事項
30.報告書の採択
31.閉会

出典:Conference of the Parties to the Convention on Biological Diversity Sixteenth meeting Cali, Colombia
(https://www.cbd.int/doc/c/f8db/776f/0c155c403be48987bff29f86/cop-16-l-01-en.pdf)を基にPwC作成

民間・NGOが主導する自主的な枠組では、大きく分けて自然の評価、企業対応のガイダンス/フレームワーク、企業対応の評価の観点での成果やガイダンス案の発表がありました。

総論として、生物多様性条約COP16は企業にとってどのような意味を持つのか

さまざまな議題が討議された結果として、それらは企業にとってどのような意味を持つでしょうか。PwCは大きく以下の2点に集約されると考えています。

  • 定量評価の流れが明確になった
    • 「自然・生物多様性を定量的に測ること」が強調され、それに関するガイドライン案や先行事例が多く発表された
    • 企業は今後、自然に関する評価・目標設定・計画策定において定量的に語ることが不可欠になる
  • 領域横断的取り組みの必要性が明らかになった
    • 先住民族、気候変動、健康等、自然と別個に語られてきたテーマに統合的に対応することの必要性が明示された
    • サステナビリティの個別テーマとして扱ってきた領域を統合的に評価し打ち手を実行し開示する必要が出てくる

生物多様性条約COP16での個々の議題の決定・合意事項

上述の全体動向を形作る個々の決定・合意事項にはどのようなものがあったでしょうか。主要議題の他、企業に関連する議題に焦点を当ててご紹介します。

■国家間交渉

  • 主要議題

国別生物多様性戦略と行動計画
昆明・モントリオール生物多様性枠組に沿った国別生物多様性戦略と行動計画の進捗が議論されました。特に2030年目標達成のためのモニタリング指標の設定が重要な議題となりましたが、資金動員に関する合意なしにモニタリングの枠組を受け入れることはできないとの反対があったことで合意に至らず、継続審議となりました。

デジタル配列情報(DSI)の利益共有メカニズム
DSIから得られる利益の共有メカニズムが合意され、「カリ基金」が設立されました。DSIを利用する企業は利益の一部をこの基金に拠出することが求められる可能性がありますが、これが義務化されるかどうかは各国の立法に依存することとなりました。対象業種は製薬、バイオテクノロジー、アグリビジネスなどで売上、利益、総資産に関する基準を満たす場合、利益の1%もしくは売上高の0.1%をカリ基金に拠出することとされました。

資金動員
2030年までに年間2000億米ドルを動員し、有害な補助金を年間米5000億ドル削減する戦略が昆明・モントリオール生物多様性枠組に掲げられています。これを実現するためのグローバルな資金制度の設立が議論されましたが、合意に至らず、継続議論となりました。ただし、COP15で設立済である世界生物多様性枠組基金(GBFF)に対しては、これまでに一定の資金拠出がなされていることが公表されました。また、資金動員に関する決定草案では、資金の流れを生物多様性にとってポジティブにするため、企業が自社の自然への影響・依存を評価し、開示することが求められています。

  • その他の重要議題

COP16ではその他にも図表3のような多くの重要議題について議論が交わされました。

図表3:その他の重要議題

先住民コミュニティ 先住民族と地域コミュニティの権利や伝統知見に関する作業プログラムを採択し、先住民族と地域コミュニティに関する常設の補助機関設立に合意。COP16での画期的な成果の一つと受け止められている。
合成生物学 遺伝物質や生物を変化させるバイオテクノロジーについて、その能力構築と情報共有を支援する計画策定に合意。特に途上国の能力開発が喫緊の課題と強調された。
侵略的外来種 IPBES(生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム)の外来種に関するレポートを歓迎し、外来種管理に関するガイダンスが承認された。

海洋と沿岸の

生物多様性

国家管轄権外区域の海洋生物多様性(BBNJ)協定の採択を歓迎。また「生態学的または生物学的に重要な海洋地域(EBSAs)」を特定するためのプロセスに合意した。
生物多様性と気候変動 生物多様性の取り組みと気候変動対策の潜在的なシナジーを最大化すること等を盛り込んだ決定文書が採択された。
生物多様性と健康 生物多様性は食料、水、医薬品等、健康に不可欠なものの生産の基盤を成す。各国政府等が政策や計画において生物多様性と健康の関連性を重視することを支援する行動計画に合意した。
生物多様性の主流化 主流化とは、あらゆる政策や慣行において生物多様性を考慮すること。17カ国が加盟する「主流化チャンピオングループ」が発足(コロンビア、フランス、カナダ、チリ、コスタリカ等。日本は非加盟)。

出典:各種公開資料を基にPwC作成

■民間・NGO等が主導する自主的な枠組

COP16では国家間の交渉に加え、民間・NGO等が主導してさまざまな枠組が提唱されました(図表4)。

  • 主要動向

ネイチャーポジティブ・イニシアティブ(NPI)の指標案(図中②)
自然保護団体や企業などで構成するNPIは「ネイチャーポジティブ」状態を測定するための「自然の状態(State of Nature)」に関する指標案を発表しました。この概念は普遍的な概念の整理がなされてこなかったため、NPIは600以上の指標案から9つに絞り込み、グローバルでのコンセンサスを確立することを目指しています。これらの指標は、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)やGRI(グローバル・レポーティング・イニシアティブ)などの既存の基準に統合され、他の基準・規制に拡大したり、前述の生物多様性条約締約国の対応進捗を測る指標群にも反映されたりする可能性があります。自然の定量的な測定方法にコンセンサスが生まれれば、自然への影響のモニタリング、回避、軽減、回復施策について定量的な効果測定が求められることとなり、カーボンマーケットと同様に自然関連市場が拡大していくことが期待されます。

自然関連データへのアクセス向上のためのTNFDのロードマップ(図中③)
TNFDは、企業や金融機関が自然関連データにアクセスしやすくするためのロードマップを発表しました。このイニシアティブは、データの分散、品質のばらつき、コスト、比較の難しさなどの現行の課題に対処することを目指しています。TNFDは、データの質とアクセス性を向上させるために、Nature Data Public Facility(NDPF)の設立を提案しており、2025年までに具体的な改善策が期待されています。このイニシアティブは、TNFD、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)、GRI、CSRD(企業サステナビリティ報告指令)のガイドラインや規制に沿ったものとなり、企業が自然関連の側面を定量的に評価、報告し、目標設定や移行計画策定を行うことが不可避になっていく可能性があります。

自然移行計画のためのTNFDのガイダンス案(図中④)
TNFDは、自然移行計画のためのガイダンス案を発表し、2025年2月までのパブリックコメントを求めています。最終ガイダンスは同年後半に発表される予定です。このガイダンスは、企業が生態系を保護し、自然資源の持続可能な利用を確保するための支援を目的としています。同ガイダンスは、気候の移行計画に自然を統合する必要性と気候と統合したエンゲージメントの活性化を強調しています。

  • その他の動向

図表4:民間・NGO等が主導する枠組

自然の評価 ①IUCNがレッドリストを更新
企業対応のガイダンス/フレームワーク

②ネイチャーポジティブ・イニシアティブが自然の状態指標案を公表

③TNFDが自然関連データのためのロードマップを公表

④TNFDが自然移行計画のガイダンス案を発行

⑤TNFD提言に沿った情報開示を行う意思を宣言した「TNFD Adopters」登録社数が500社を突破

⑥IAPB(生物多様性クレジットに関する国際アドバイザリーパネル)が「信頼性の高い生物多様性クレジット市場フレームワーク」を公表

企業対応の評価

⑦Nature Action 100が対象企業の評価結果を公表

⑧SBTs for Nature初の承認企業3社を発表

出典:各種公開資料を基にPwC作成

企業は、どのような対応が求められるか

こうした自然資本を巡る動向の中、企業にはどのような対応が求められるでしょうか。まず、今後、標準化されると想定される指標・測定方法を見定めてサプライチェーン上でのデータ収集や開示の準備をしておくことで、いずれソフトローや規制が導入された際の対応を円滑化できると考えられます。また、主要プレーヤーが主導する自然に関する評価・目標設定・計画策定の定量的な実施に向けたパイロットに参画することで、デファクトスタンダード化する前にルールメイキングに影響を及ぼすなど先駆者メリットを享受できる可能性があります。さらに、「測れるようになる」ことは「求められる打ち手が明確になる」ことを意味しており、脱炭素化ビジネスがそうであったように、関連する打ち手ビジネスの市場が拡大する可能性が高いといえます(例:Nature-based Solutions [NbS]、生物多様性クレジット、自然再生、バイオテクノロジーなど)。

PwCでは、生物多様性・自然資本に関する評価、目標設定・開示、方針・戦略策定、再生農業導入等の打ち手の実行までの一連の経営支援サービスを、最新の国際動向に沿って幅広く提供しております。詳しくは、「生物多様性・自然資本に関する経営支援サービス」をご覧ください。

参考

執筆者

齋藤 隆弘

パートナー, PwCサステナビリティ合同会社

Email

甲賀 大吾

ディレクター, PwCサステナビリティ合同会社

Email

服部 徹

シニアマネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

市來 南海子

シニアマネージャー, PwCサステナビリティ合同会社

Email

白石 拓也

マネージャー, PwCサステナビリティ合同会社

Email

小峯 慎司

マネージャー, PwCサステナビリティ合同会社

Email

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