TCFD提言に関する開示状況の分析(2022年12月期有価証券報告書)

  • 2023-06-30

2022年6月に公表された金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告において、「サステナビリティに関する企業の取組みの開示」や「コーポレートガバナンスに関する開示」などに関して、制度整備を行うべきとの提言がなされ、これを受けて2023年1月に「企業内容等の開示に関する内閣府令」が改正されました。

これにより、2023年3月期に係る有価証券報告書において、サステナビリティ情報の記載欄が新設され、サステナビリティ全般に関する開示、人的資本・多様性に関する開示やコーポレートガバナンスに関する開示の拡充が図られました。

具体的には、主に以下の内容を開示することが求められています。

  • 「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄を新設し、「ガバナンス」と「リスク管理」を必須記載事項とする
  • 「戦略」と「指標及び目標」について、重要性に応じて記載を求める
  • 人材の多様性の確保を含む人材育成の方針や社内環境整備の方針および当該方針に関する指標の内容などについて、必須記載事項として上記記載欄の「戦略」と「指標及び目標」への記載を求める
  • 女性活躍推進法などに基づき「女性管理職比率」「男性の育児休業取得率」「男女間賃金格差」を公表する場合には、有報の「従業員の状況」への記載を求める
  • 取締役会や指名委員会、報酬委員会などの活動状況(開催頻度、具体的な検討内容、出席状況)、内部監査の実効性(デュアルレポーティングの有無など)、政策保有株式の発行会社との業務提携などの概要について、有報の「コーポレートガバナンスに関する開示」への記載を求める

これら一連の動きの背景には、国内外における企業のサステナビリティ開示に対する要請の高まりがあります。既に2021年6月のコーポレートガバナンス・コードの改訂において、プライム市場上場企業に対しては、補充原則3-1-③において、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD:Task Force on Climate-related Financial Disclosures)、またはそれと同等の国際的枠組みに基づく気候変動関連開示が求められています。

サステナビリティ開示に関する国際的な議論を主導し、投資家の声を踏まえ、開示における比較可能性を十分確保するためには、サステナビリティ開示の枠組みを整備していくことが重要になります。サステナビリティ情報については、任意開示の充実にとどまらず、制度開示の充実、さらには保証への対応が必要になると考えられ、金融庁が示すロードマップに従って、今後さらにサステナビリティ開示の拡充が図られていくことが想定されます。

このような状況に鑑み、PwCあらた有限責任監査法人は、2022年12月期の有価証券報告書で気候変動関連の開示を行っている企業を対象として、TCFD提言に関する開示状況の分析・調査を行いました[1]

12月期決算の非金融企業[2]を対象に有価証券報告書におけるTCFD対応の開示状況が2021年12月期と2022年12月期でどのように変化しているかに着目し、具体的な開示内容や業種別傾向について解説します。

なお、本稿における基礎情報は掲載当時のものであり、意見にわたる部分は筆者の見解であることをあらかじめ申し添えます。

1. 有価証券報告書におけるTCFD提言の開示割合

今回調査の対象とした企業は、プライム上場企業でEY新日本有限責任監査法人、有限責任監査法人トーマツ、有限責任あずさ監査法人、PwCあらた有限責任監査法人(以下、「大手4監査法人」とする)が監査を行っている12月決算の非金融企業[2]188社であり、そのうち有価証券報告書にTCFD提言に関する開示を行っている企業の割合は、2021年12月期に22%だったのが、2022年12月期には34%に増加していました(図表1)[3]

なお、2021年12月期は東証一部上場企業の205社を調査対象としていましたが、2022年4月に東京証券取引所による市場区分の再編が行われ、2022年12月期に調査対象とした東証プライム市場上場企業は188社に減少しています。

(図表1-1) 年度別の開示企業割合

開示内容に関しては、TCFD提言に賛同する旨の言及にとどめる企業から、TCFD提言に基づく推奨開示項目(ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標)を開示している企業まで、差が認められます。しかしながら、全般的な傾向として開示率は上昇傾向にあり、有価証券報告書におけるTCFD対応の開示への取り組みが年々進んでいることが分かります。

また、業種別の開示企業数の推移は、以下図表2に記載のとおりです。

(図表1-2)業種別 開示企業数の推移(12月決算非金融企業)

2021年12月期と2022年12月期の開示企業数を比較すると、特に「化学」と「機械」に属する企業群において、TCFDを開示する企業が増加していました。「化学」と「機械」の業種は、産業別のCO2排出量上位業種に該当し、TCFD賛同企業数が多い点が特徴として挙げられます。

また、「食料品」業種は2021年12月期に引き続き、TCFD開示を行っている企業が多く、またTCFD開示を行っている企業8社のうち7社がIFRSを適用しており、後述のIFRS適用企業にTCFD対応している企業が多く見られることと関連していると考えられます。

2. 有価証券報告書におけるTCFD提言に基づく開示内容の分析

有価証券報告書においてTCFD提言に関する開示が、実際どのように行われているのか、開示内容を以下の5種類に分類して分析しました(図表3)。

(図表3)TCFD対応に関する開示内容の分類

分類①「TCFD提言への賛同などの言及のみ」から分類④「TCFD提言に基づく推奨開示」に近づくにつれ、開示内容が拡充されています。

2021年12月期、2022年12月期の有価証券報告書において、TCFD提言に基く開示を行った企業を分類①〜⑤に分類すると、以下の図表4のような結果となりました。

(図表4)有価証券報告書におけるTCFD提言に関する開示内容の分析

2021年と2022年を比較すると、TCFD提言に基づく開示を行っている企業は44社から64社に増加していました(図表1)。また、2021年12月期はTCFD提言への賛同などの言及にとどまる企業(分類①)が44社中26社と過半数を占めていましたが、2022年12月期は14社に減少しています。一方、TCFD提言に基づく推奨開示項目に沿って開示している企業(分類④)は、2021年12月期では7社でしたが、2022年12月期には22社に増加しています。この背景には、TCFDに基づく気候変動開示の質と量を充実させようという動きがあると考えられます。

また、開示が進んでいる「化学」「食料品」に属する企業のTCFD開示傾向には、上記で示した全体の開示傾向と同様に分類①が減少し、分類④が増加するという傾向が見られました(図表5、図表6)。

(図表5)有価証券報告書におけるTCFD提言に関する開示内容の分析(化学)
(図表6)有価証券報告書におけるTCFD提言に関する開示内容の分析(食料品)

有価証券報告書にTCFD提言に基づく推奨開示(分類④)を行っている企業は、188社中22社で、業種別の内訳は図表7のとおりです。なお、この22社が適用している会計基準は、日本基準が12社、IFRSが9社、米国基準が1社でした。

(図表7)有価証券報告書へTCFD提言4テーマに基づく情報開示(分類④)を行っている業種(東証プライム上場企業数上位10位)(12月期決算企業)

次節からは、会計基準別、企業の規模別(売上高、時価総額)、1株当たり利益(EPS)との相関関係という観点から、有価証券報告書におけるTCFD提言に関する開示の分析結果を見ていきます。

3. 会計基準別、企業規模別、1株当たり利益(EPS)、株主資本利益率(ROE)に関する分析

(1)会計基準別の分析

東証プライム上場企業のうち、有価証券報告書においてTCFD提言に基いて開示を行っている企業数および開示率を、適用している会計基準(日本基準、IFRS、米国基準、その他[4])ごとに分析した結果は以下のとおりです。

(図表8)会計基準別の開示社数、開示率

有価証券報告書にTCFD対応について開示している企業の中では、日本基準を適用している企業に比べ、IFRS、米国基準を適用している企業の方が高いことが分かります。この傾向は、2021年12月期および2022年3月期の有価証券報告書でも同様の傾向が見られました。

(2)企業規模別の分析

売上高、時価総額といった企業規模の観点で分析したところ、企業規模が大きくなるほど、有価証券報告書においてTCFDの開示を行っている企業が多い傾向が見られました(図表9、図表10)。この傾向は、2021年12月期および2022年3月期の有価証券報告書においても同様に見られました。

売上高が50億円未満の企業の開示率は、2021年12月期においては10%にとどまっていましたが、2022年12月期においては40%に上昇していました。加えて、時価総額が5,000億円以上1兆円未満の非金融企業の開示率は2021年12月期では17%にとどまっていましたが、2022年12月期では46%に上昇しています。全体的な開示率のばらつきは小さくなっているといえ、企業規模に関わらず、TCFD提言に基づく開示に対する意識が高まっていることが考えられます。

(図表9)売上高別の開示社数、開示率
(図表10)時価総額別の開示社数、開示率

(3)1株当たり利益(EPS)および株主資本利益率(ROE)の分析

TCFD開示を行っている企業の1株当たり利益(EPS)および株主資本利益率(ROE)[5]を分析した結果は図表11と図表12のとおりです。

2022年12月期の有価証券報告書における傾向としては、1株当たり利益(EPS)を見ると、東証プライム上場企業188社の全体平均EPSと比較して、有価証券報告書にTCFD対応について開示している企業(計64社)の方が平均EPSが高いことが分かりました。株主資本利益率(ROE)でも同様の傾向が見られます。

(図表11)TCFD開示と一株当たり利益(EPS)の相関関係
(図表12)TCFD開示と株主資本利益率(ROE)の相関関係

次節からは、有価証券報告書の中で積極的な開示が求められているScope1、Scope2のGHG排出量に関する開示および、「戦略」の中で記述が推奨されている財務に及ぼす影響に関する開示の分析結果を見ていきます。

4. 温室効果ガス(GHG)排出量の開示

「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正の中で、Scope1、Scope2のGHG排出量の積極的な開示が求められています。これを受けて、TCFD開示を行っている企業を対象にScope1、Scope2、Scope3のGHG排出量に関する開示状況を分析しました(図表13、図表14)。

TCFD開示を行っている企業64社のうち29社はScope1、Scope2のGHG排出量に関する実績は開示せず、削減目標のみの開示にとどまっています。一方、実績の開示を行っている企業14社(22%)のうち、半数以上の企業が「複数年度で実績を開示」していることが分かりました。またScope1、Scope2のGHG排出量に関する実績の開示を行っている企業14社のうち11社は、TCFD提言に基づく推奨開示(分類④)に基づく開示を行っています。

(図表13)Scope1・Scope2のGHG排出量(目標・実績・進捗)

Scope3のGHG排出量の開示については、TCFD開示を行っている企業64社のうち、Scope3の開示を行っている企業は6社(9%)にとどまりますが、その半数以上の企業が「複数年度で実績を開示」していました。また、Scope3の開示を行っている企業6社のうち5社は、TCFD提言に基づく推奨開示(分類④)に基づく開示を行っていました。

(図表14)Scope3のGHG排出量(実績・進捗)

5. TCFD対応における財務インパクトの開示状況の分析

TCFD提言に基づく推奨開示項目である「戦略」において、気候関連のリスクと機会が組織の事業、戦略、財務計画に及ぼす影響を記述することが推奨されており、財務に及ぼす影響を記述することも求められています。ここでは、移行リスク、物理リスクおよび機会の開示(分類③)、ならびにTCFD提言に基づく推奨開示(分類④)に分類された企業31社を対象に、気候変動が事業に与える影響に関する開示状況について分析しました(図表15)。

(A)財務インパクトを開示(事業に対する影響を金額ベースで開示)、(B)財務インパクトの金額範囲を開示(事業に対する影響を金額の範囲で設定し、大中小などの比較可能な形で開示)、(C)財務インパクトの影響度を開示(事業に対する影響度合いを大中小などの比較可能な形で開示。ただし、金額範囲の開示はなし)、(D)定性情報の開示(リスク・機会の影響度について、事業へどのような影響があるか記載しているものの、影響度合いを読み取ることができない、(E)カーボンプライシングの影響額のみ金額で開示(カーボンプライシングに関する影響金額のみ金額で開示し、その他は定性情報を開示)のいずれかの方法で財務インパクトを開示していた企業は、2021年12月期に7社だったのが、2022年12月期には30社に増加しており、財務インパクトの影響度を開示している企業が増えていることが見て取れます。

なお、分類③および分類④の企業31社のうち、1社は財務インパクトについての開示を行っていないため、「開示なし」に含めております。

(図表15)TCFD対応における事業への影響についての分析

6. まとめ

2023年3月期の有価証券報告書から、企業のサステナビリティ情報の開示を拡充すべく、新たにサステナビリティ情報を記載する記載欄を新設することが求められています。そして、この記載欄で開示が求められている項目はTCFDのフレームワークを基礎としたものになっています。

2022年12月期の有価証券報告書においては、サステナビリティ情報の記載欄を新設することは求められていませんでしたが、先行して記載欄を新設し、工夫して開示を行っている企業が5社ありました。そのうち、「事業の状況」の中で「サステナビリティに関する考え方及び取組」の項目を新設した企業は1社であり、残りの4社は既存項目である「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」にサステナビリティ情報を記載していました。

今回、2021年12月期と2022年12月期の有価証券報告書におけるTCFD提言に関する開示状況を比較した結果、TCFD提言に基づく情報開示拡充への取り組みがより一段と進んでいることが分かりました。この傾向は、今後さらに進んでいくと考えられます。

本稿の有価証券報告書におけるTCFD開示分析が、気候変動開示を検討する際の参考となれば幸いです。

[1] 昨年の調査については、以下のページに公開されています。
TCFD提言に関する開示状況の分析(2021年12月期有価証券報告書)
TCFD提言に関する開示状況の分析(2022年3月期有価証券報告書)

[2] 大手4監査法人が監査を行っている企業は、1,429社(非金融企業1,321社、金融企業108社)であり、そのうち12月期決算企業は189社(非金融企業188社、金融企業1社)です(2023年4月時点)。

[3] 2022年3月期の有価証券報告書におけるTCFD提言に関する開示状況は、非金融企業が35%(1,028社中360社)、金融企業が51%(117社中60社)でした。2022年12月期決算において、有価証券報告書にTCFD提言に関する開示を行っている金融企業は1社のみのため、今回の調査対象には含めていません。

[4] 会計基準について「その他」に分類している企業は、日本基準および「建設業法施行規則」に準じて有価証券報告書を作成している企業1社です。

[5] 株主資本利益率(ROE)の対象企業数については、東証プライム上場企業のうち、12月期決算企業(非金融企業)188社から、2社を除いた186社を分析対象としています。2社は、親会社株主に帰属する当期純損失を計上しており、2022年12月末時点での株主資本利益(ROE)が公表されていないため、分析から除外しています。

執筆者

北尾 聡子

ディレクター, PwC Japan有限責任監査法人

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吉岡 小巻

シニアマネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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江口 未来

シニアアソシエイト, PwC Japan有限責任監査法人

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今井 里実

シニアアソシエイト, PwC Japan有限責任監査法人

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