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2021-02-05
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大により、社会や人々の生活は大きく変化しました。物理的に「場所を共有する」ことが激減した一方、バーチャル空間を使って「時間を共有する」ことが当たり前になりました。その結果、東京を生活拠点とする意味や、中央集権的な都市化を進める意味があらためて問い直されています。
本稿ではロボット研究の第一人者で大阪大学教授の石黒浩氏を迎え、アバターロボットと人間が共存する社会の在り方や、アバターロボットの進化で起こり得る生活変化について、PwCコンサルティング合同会社の三治信一朗と馬渕邦美がお話を伺いました。(本文敬称略)
(左から)馬渕 邦美、石黒 浩氏、三治 信一朗
鼎談者
石黒 浩氏(写真中央)
ロボット工学者 大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻・特別教授 株式会社 国際電気通信基礎技術研究所(ATR)石黒浩特別研究所客員所長&ATRフェロー
三治 信一朗(写真右)
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング パートナー
馬渕 邦美(写真左)
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング マネージングディレクター
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
三治:
内閣府は2020年1月、「ムーンショット目標」*1を打ち出しました。人々の幸福の実現を目指し、社会・環境・経済の諸課題を解決するための6つの野心的な目標が発表されたわけですが、石黒先生は、そのうちの一つである「ムーンショット目標1 2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」するための研究開発プロジェクト「誰もが自在に活躍できるアバター共生社会の実現」のプロジェクトマネージャー(PM)を務めていらっしゃいます。アバターロボットの研究・開発に長年携わられる先生が、このタイミングで就任を決断された理由を教えてください。
石黒:
私がアバターロボットの研究を始めたのは20年以上前になります。以来、自分のコピーロボットや遠隔操作型ロボットの開発を通じて、ロボットが人間の日常生活をいかに補えるかの研究や、人間とは何かという問いへの探求を続けてきました。ここ10年ほど、私と同じようなロボットを開発するベンチャーが続々と登場しています。こうした流れから、ムーンショット目標実現のための研究開発プロジェクトの「誰もが自在に活躍できるアバター共生社会の実現」というコンセプトは国家全体の方向性であると実感しましたし、これまで自分が取り組んできた技術開発の方向とも同じであると捉えることができました。これまで培ってきた知見を還元できるのではないか――。そう考え、PMとして関わることを決めました。
馬渕:
プロジェクトのこれからがとても楽しみですね。ただ日本の現状を見てみると、アバターロボットが社会に普及しているとは言い難い状況ではないでしょうか。今回のCOVID-19感染拡大による生活変容で、一部の企業ではアバターを人間の代わりに出社させるといった試みを行っていましたが、これが一般化するにはまだまだ時間がかかると思います。技術の開発と、技術の社会浸透にはかなりのタイムラグがあると実感しました。
石黒:
そうですね。シリコンバレーのプログラマーたちは10数年前からアバターを会社に出勤させ、遠隔操作をしながら自宅で業務を行うという働き方を取り入れていました。しかし、日本でこうした働き方を受け入れる企業はほとんどありませんでした。なぜなら「働く」ことは「出社する」ことと同じだと考えていたからです。当時、日本にもアバターを利用してリモートワークをするようなシステムを開発するベンチャーは存在しました。しかし、リモートワーク自体が日本社会に受け入れられず、そのほとんどが潰れてしまったのですね。
馬渕:
現在、日本のアバターロボット市場はどのような状況なのでしょうか。
石黒:
ロボットを開発する企業はたくさんあります。日本のロボット技術は世界と比べても高い。日本企業は高性能の製品を安定して量産することが得意ですから、ポテンシャルは大きいと考えています。しかし、アバターロボット技術を活用して市場を開拓し、そこから新たな価値を提案したり、働き方自体を変えたりといったところまでは及んでいません。
ただ、COVID-19の拡大により状況が変わりました。オンラインで大抵のことを実現でき、さらにそこにビジネスチャンスがまだまだ眠っていることを多くの人が理解しました。今、テクノロジーを活用したさまざまなベンチャーが産声をあげようとしています。私自身も、アバター関連のベンチャー企業を立ち上げようと考えています。
三治:
これまでビジネスを成功させるには、高い技術力と高品質な製品を安定して提供する製造体制が必須だと言われてきましたが、今は技術を生かして新たな価値を提供できる企業が成功すると言われます。社会全体のデザインや生活様式を根底から変えられる発想と、それを具現化するモノやサービスを創造できる力を持っているかが重要になっていると感じます。
石黒:
そうですね。今はまさに時代の転換期ですから、新たなビジネスやサービスが、働き方や産業構造そのものを変え得る可能性は大いにあると思います。ただ、そこで私が思うのは、自分が「こうしたい」と願う世界を創造するには、技術開発だけでは不十分だということです。「社会」や「地球」といった大きな規模で物事を捉え、持続可能な仕組みを考えなければいけません。こうした思考能力や発想力を鍛え、世の中の仕組みを勉強しつつ「何が社会で役に立つのか」「社会課題を解決するにはどうしたらよいか」を考えて活動していくことが大切です。新たな価値を創造する上では、会社の規模は関係ありません。小回りの利くベンチャーのほうがむしろ有利なのではとも思います。
ロボット工学者 大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻・特別教授 株式会社 国際電気通信基礎技術研究所(ATR)石黒浩特別研究所客員所長&ATRフェロー 石黒 浩氏
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング パートナー 三治 信一朗
三治:
ロボットが高性能化するに伴って、「アバターロボットと共生する社会」が現実味を帯びていくと考えられます。ロボットが人間の代わりに乗り物を運転したり、介護を手伝ったりと、私たちの生活を助け、支える存在になっていくでしょう。石黒先生が考える「アバターロボット共生社会」の具体的なイメージを教えてください。
石黒:
共生をイメージするに当たって最初に考えることは、「社会の中で、人間とロボットの比率がどのくらいであれば正常で、心地よいと感じられるのか」です。人間は「街のにぎわいや雑踏が恋しい」との理由で街に出かけますよね。しかし、「恋しい」対象は本当に「人」なのでしょうか。にぎわいの構成物には、例えば自動販売機といった、広義の意味でのロボットも含まれるのではないでしょうか。そうであれば、「雑踏」の概念が変わってきますよね。人間とロボットの「心地よい共存比率」を追究すると、現状よりも多くのロボットが社会に存在するような比率に落ち着くのではと考えています。
三治:
とはいえ、日本におけるロボットの位置付けは「人間と共存する相手」ではなく、「人間の代わりに働かせて生産性を向上させるための機械」と考える方が多数ではないでしょうか。たとえロボットが人間の形をしていても、その価値は「作業を効率化するモノ」であり、「社会構造を変化させ得る存在」との捉える方は、ごく少数であると感じます。
馬渕:
「人間らしいロボット」を作ることに対して、社会全体に心理的なハードルがあるのでしょうか。
石黒:
生身の人間同士のコミュニケーションが当たり前である社会にそうしたロボットが浸透するには時間がかかります。おまけに、ロボットは多くのエネルギーを消費しますし、構造は複雑で、故障すると簡単に直せない。スマートフォンやオンライン会議システムの手軽さと比較すると、社会から受け入れられるハードルは高いと言えるでしょう。
しかし、現在のように人間同士が接触を避けなければいけない状態で、ロボット活用のメリットがたくさん見えてきました。フードデリバリーや飲食店における配膳など、これまで人間にしかできないと考えられていた作業でも、ロボットで十分対応できることが今回分かりました。また、会社で同僚のアバターと接した従業員が、「直接コミュニケーションを取っている感覚と何ら変わらなかった」といった感想を述べているのも耳にしたことがあります。ロボットの対応を受けた人間がホスピタリティを感じられたのであれば、そこに新たなコミュニケーションの形が生まれたと言えます。そうして大多数がロボットを一度受け入れたら、私たちがスマートフォンを手放さないように、ロボットは社会インフラの一つとして人間と共存するようになる。私はそう考えています。
馬渕:
ロボットと人間が共存する世界が到来すると、「労働」に対する考え方が根底から覆されそうですね。
石黒:
そうですね。アバターロボットが人々に対して「働くとは何か」を再考させるのではないかと思います。現在、デジタル空間では、ユーザーが同時に複数のSNS上に存在できるように、「人間の多重(多層)化」が進んでいます。しかし、実世界では人間は多重(多層)化できません。インターネットにより、デジタル空間では場所や時間、肉体的な制限から解放された一方、物理的な世界では身体が拘束されて、自由になれないのです。そうなると、いくら国が副業・兼業を促進しても実現は難しい。しかし、アバターロボットの存在はこうした構造を根本的に変えられます。アバターロボットが、実生活を多重(多層)化し得るのです。
三治:
以前、建築家の豊田啓介氏とお話しした時、「デジタルの世界とフィジカルの世界が共存できるようになると『人間の量子化』が進む」とおっしゃっていたのを思い出しました。一人の人間が量子単位になって、複数のレイヤーに同時に存在するイメージです。
石黒:
アバターロボットを活用すれば、時間や場所を気にすることなく働くことができます。そうなれば、生活様式も変わってきます。例えば、東京に拠点がある会社と仕事をする場合でも、自らが東京にいる必要はない。東京にいるアバターロボットと接続すれば、代わりに打ち合わせに出てもらったり、必要な手続きを済ませてもらったりすることができるのです。物理世界の制約を取り払うと、仮想世界ではさまざまな働き方ができるわけです。
ただし、他者と直接会わないで全ての仕事が回るとは思いません。例えば私の場合だと、教授会や研究会の報告を聞くだけならば、オンライン会議システムで十分だと考えています。しかし、ブレインストーミングをしながら皆でアイデアを出す作業は、画面越しでは限界があります。人間の脳は、三次元の多様なモダリティの中で活性化するようにできています。オンライン会議システムでは情報を受け取るので精いっぱいで、発想までには及ばないのです。ですから、今後は報告会のような情報伝達はオンラインで行い、アイデアを出し合って議論する場合は、同じ空間で顔を付き合わせる、といったスタイルが一般化するのではないかと思います。
馬渕:
COVID-19拡大により、大学教育の現場でもリモート学習の導入が進んだと聞いています。ウィズコロナ/アフターコロナにおいても、デジタル空間を活用した教育が定着すると考えられますか。将来的には、アバターロボットが教えたり、アバターロボットが出席したりといった風景が見られるようになるのでしょうか。
石黒:
そうですね。今回、講義(座学)はリモート環境での学習でも問題ないことが分かりました。リモート環境での学習で成績が上がった学生がいるくらいですから。ただし、教える側として課題に感じるのは、リモート環境では個人的に丁寧に教えるのが難しいということです。そうした時に活躍するのがアバターロボットです。例えば小学校の授業で、児童1人から2人に対して、先生のアバターロボットを1体ずつ割り当てる。これを実現するには10年単位の研究が必要ですが、可能性は大いにあると思います。
また、医療分野でもアバターロボットの活用が期待されています。過疎地の病院に専門医のアバターロボットが複数いれば、その病院は総合病院として機能します。さらにアバターロボットが定期的に各家庭を訪問して健康チェックをするということもできる。そうした環境が当たり前になれば、ホームドクター制度も実現できると考えています。
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング マネージングディレクター 馬渕 邦美
PwCコンサルティングのTechnology Laboratoryは、世界各国におけるPwCのさまざまなラボと緊密に連携しながら、先端技術に関する幅広い情報を集積しています。製造、通信、インフラストラクチャー、ヘルスケアなどの各産業・ビジネスに関する豊富なインサイトを有しており、これらの知見と未来予測・アジェンダ設定を組み合わせ、企業の事業変革、大学・研究機関の技術イノベーション、政府の産業政策を総合的に支援します。