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2021-02-19
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大により、社会や人々の生活は大きく変化しました。物理的に「場所を共有する」ことが激減した一方、バーチャル空間を使って「時間を共有する」ことが当たり前になりました。その結果、東京を生活拠点とする意味や、中央集権的な都市化を進める意味があらためて問い直されています。
本稿ではロボット研究の第一人者で大阪大学教授の石黒浩氏を迎え、アバターロボットと人間が共存する社会の在り方や、アバターロボットの進化で起こり得る生活変化などについて、PwCコンサルティング合同会社の三治信一朗と馬渕邦美がお話を伺いました。後編では人間拡張がもたらし得る論争や新時代の倫理観にスポットを当て、議論を深化させました。(本文敬称略)
(左から)馬渕 邦美、石黒 浩氏、三治 信一朗
鼎談者
石黒 浩氏(写真中央)
ロボット工学者 大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻・特別教授 株式会社 国際電気通信基礎技術研究所(ATR)石黒浩特別研究所客員所長&ATRフェロー
三治 信一朗(写真右)
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング パートナー
馬渕 邦美(写真左)
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング マネージングディレクター
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
ロボット工学者 大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻・特別教授 株式会社 国際電気通信基礎技術研究所(ATR)石黒浩特別研究所客員所長&ATRフェロー 石黒 浩氏
三治:
石黒先生は、2025年に大阪で開催する「2025年日本国際博覧会(以下、万博)」のプロデューサーも務めていらっしゃいますね。
石黒:
はい、実はCOVID-19拡大が契機になったのです。もしこの状況が長引けば、人々の物理的な移動が制限され続け、大規模なイベントにも大幅な制約が課せられます。でも、そうした状況だからこそ、作り上げられるレガシー(遺産)があるのではないでしょうか。例えば、仮想現実(VR)技術を活用すれば、これまで万博に直接来る機会がなかった世界中の人々が、自国にいながら万博を体験することができます。万博の会場にいるアバターロボットと接続すれば、誰でもそこに存在しているような感覚を得ることができます。リアル(現実)とバーチャル(仮想)の空間がミックスした「ハイブリッドな体験を提供できる展示」――。そんなレガシーを残したいと思います。
三治:
万博期間中は周辺ホテルの宿泊費も高騰しますし、日本在住者でも気軽には行けませんが、バーチャルならより参加しやすくなりますね。世界中の人々が最新技術を体感することで、ロボット共生社会を具体的に想像する契機にもなりそうです。
石黒:
万博に関してもう一つ面白みを感じていることがあります。今回の万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」なのですが、この意図を私は「人間が命をデザインする必要がある」ということだと解釈しています。
三治:
どういうことでしょうか。
石黒:
ロボット共生社会に留まらない話になりますが、将来的にはテクノロジーの進化や遺伝子研究の発達により、人間の寿命はますます延びることが予想されます。これは喜ばしいことである一方、世界人口のさらなる増加をもたらすでしょう。ロボット共生社会においては使用されるロボットの数も多くなり、地球環境への負荷がますます大きくなる。そのような中にあって、命の序列といった論争が出てくる可能性が大いにあると思っています。人間が人間を淘汰する、つまり人間が「生き残り」をデザインするようになるということです。そうなると、命は自然の摂理に任せて放っておくものではなくなります。地球という限られた資源の中で、全員が快適に暮らすためにどうすればよいのかを、私たちは今から真剣に議論しなければならないのです。万博が、そのための機会になるかもしれません。
三治:
テクノロジーによる人間拡張は、「人間は命をどこまでコントロールしてよい/してはならない」という倫理上の論争をも引き起こす可能性があるのですね。
石黒:
私が大学生のころは、脳と遺伝子は人間が手を加えてはいけない領域だというのが、当たり前の考え方でした。しかし、現在では病気の原因が脳や遺伝子にあると判明すれば、そこに踏み込んで治療するのが当然です。結局、一度でも手を加えられることが分かると、歯止めがかかりません。寿命以外で言えば、脳にコンピューターを接続し、ケタ外れに頭のよい人間を作ろうとする研究者が出てきてもおかしくはありません。脳に電極を直接埋め込むBMI(Brain Machine Interface)技術を活用して、考えただけでパソコンに文字を入力したり、脳の一部である視覚野に電極を埋め込むことで、目を閉じていても脳に情報をインプットしたりできるようにする研究も進んでいます。そうなると世界は変わります。例えば、「試験で知識量を測る」といった教育システムは崩壊する可能性があります。
馬渕:
脳がコンピューターに接続されていれば人間は考える必要がないから、学習という行為自体が変わるということですね。そうすると、努力や勤勉といった人類が美徳として捉えてきた価値観そのものも変わる可能性がある……。「人としてやってはいけない」「それは倫理に反する」という線引きと、一線を越えてしまう人にブレーキをかける仕組みを整える必要がありますね。
石黒:
私は人型ロボット開発の初期段階のころ、人間の生命について議論する倫理委員会にも携わっていました。その経験から言うと、BMIのような技術は医学部の倫理委員会で議論され、一定のブレーキがかけられると考えています。ただし、テクノロジーがさらに高度化していけば、哲学や宗教を起源とするこれまでの倫理観ではカバーできなくなるとも感じています。今こそ、宗教と科学をミックスしたような、新たな倫理観を構築していかなければならない時なのかもしれません。
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング パートナー 三治 信一朗
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング マネージングディレクター 馬渕 邦美
三治:
今後、新たな倫理観を探る上で非常に興味深いのが、石黒先生が2019年に手掛けた「アンドロイド観音マインダー」です。ニュースでアンドロイドの観音様が説法をしている姿を見た時は面食らいました。
石黒:
アンドロイド観音マインダーは、京都のお寺と実現したプロジェクトです。観音様は「慈悲」と「救済」の心を象徴した菩薩ですが、機械むき出しのアンドロイドが優しい声で「般若心経」を人々に説くというものです。少し宗教的な背景を説明すると、仏教の教えは語り継ぐもので、経典がありませんでした。昔から人々は仏様の教えを描いてレリーフにし、それをベースに仏像を作り上げてきました。「絵」という2次元から「像」という3次元に進化した仏様が、もしアンドロイドとして動いたら人々はどう思うのか――。人間の可能性の探求としても重要な試みだと考え、お寺とコラボレーションして開発することにしたのです。
馬渕:
聴衆の反応はいかがでしたか。
石黒:
非常に興味深いものでした。当日はオンラインでの聴講者もいたのですが、中には話に引き込まれて泣き出す人もいました。
三治:
観音様がリアルな存在として目の前に現れ、しかもインタラクティブに対話までできる。面白いですね。
石黒:
中には「神仏に対する冒涜だ」と批判される方もいらっしゃるでしょう。ただ、当日の聴衆の反応を見る限り、形はロボットであっても、そこから発せられる言葉に救われる人は必ずいるとも思いました。姿はどうであれ、教えの本質が変わるわけではないからです。
生命と倫理の委員会で多用される言葉に「Dignity(尊厳)」があります。人間の尊厳、何千年と受け継がれてきた教えへの尊厳を守りながら、そこにテクノロジーを少しずつ注入してみる。そうすることで、これまでには発想もしなかった新たな世界観、価値観、倫理観が生まれる気がします。
PwCコンサルティングのTechnology Laboratoryは、世界各国におけるPwCのさまざまなラボと緊密に連携しながら、先端技術に関する幅広い情報を集積しています。製造、通信、インフラストラクチャー、ヘルスケアなどの各産業・ビジネスに関する豊富なインサイトを有しており、これらの知見と未来予測・アジェンダ設定を組み合わせ、企業の事業変革、大学・研究機関の技術イノベーション、政府の産業政策を総合的に支援します。