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2021-03-25
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大により、社会や人々の生活は大きく変化しました。物理的に「場所を共有する」ことが激減した一方、バーチャル空間を使って「時間を共有する」ことが当たり前になりました。その結果、東京を生活拠点とする意味や、中央集権的な都市化を進める意味があらためて問い直されています。
本稿ではロボット工学の世界的権威で米国カーネギーメロン大学ワイタカー記念全学教授、京都大学高等研究院特別招聘教授を務める金出武雄氏を迎え、「住み心地のよいスマートシティ」を目指すにあたって教育機関が果たすべき役割や、教育が社会にもたらす重要性などについて、PwCコンサルティング合同会社の三治信一朗と馬渕邦美がお話を伺いました。(本文敬称略)
鼎談者
金出 武雄氏(写真中央)
米国カーネギーメロン大学コンピューターサイエンス学部ロボティクス研究所 ワイタカー記念全学教授 京都大学高等研究院特別招聘教授
三治 信一朗(写真左)
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング パートナー
馬渕 邦美(写真右)
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング マネージングディレクター
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
(左から)三治 信一朗、金出 武雄氏、馬渕 邦美
米国カーネギーメロン大学コンピューターサイエンス学部ロボティクス研究所 ワイタカー記念全学教授 京都大学高等研究院特別招聘教授 金出 武雄氏
三治:
PwCはスマートシティを推進する企業や団体に対するさまざまな支援を行っています。その中で気が付いたのは、「都市の個性を生かした形でスマートシティを描かないと、地域の産業育成にはならない」ということです。大都市だけでなく、地方都市も活性化するような仕組み作りをするためには、どのようなアプローチが必要でしょうか。
金出:
昨今「スマート」という言葉がバズワードになり、何でも「スマートになればよい」という風潮があるように思います。スマートシティのゴールは「そこに暮らしている人々が安心・安全で住み心地のよい街を作り、人生を楽しくできること」です。単に、街が「賢く」なって「便利」になればよいというものではありません。
その意味で、スマートシティ実現の機会は地方都市にあると思います。私は兵庫県丹波篠山市に住居がありますが、人口は約4万人強(2019年9月末時点)で、他の地方都市と同様人口減少が続いています。人が少ないから公共サービスがカットされ、不便だから人口が流出するという悪循環です。そうした状況では、同市の貴重な資産である伝統産業を維持する力が弱ります。
スマートシティの実現で重要なのは、デジタルガバナンスを確立することです。デジタル技術でどのように社会課題を解決していくかを明確にし、公表する必要があります。これは規模の小さい地方都市でも難しいことではありません。例えば、これまで紙で扱っていた業務をデジタル化するだけでも多くの業務は効率化し、役所の労力は激減します。その分、本来の住民サービスに力を移すことができるわけです。
もう1つ、日本の地方都市の問題を考える上で指摘したいのは、地方にある大学が今以上に多くの役割を果たすことができるはずだということです。
馬渕:
国立大学協会は「全国各都道府県に国立大学を置く」という原則を堅持し、「進学率が低く、進学者の国立大学の占める割合が高い地域にあっては、更に進学率が低下することのないよう配慮すべき」※と指摘しています。それでも地方大学には、一部の有名大学以外は学生が集まらないという課題がありますね。
金出:
なんだかんだ言っても、大学はその地域の「最先端の頭脳」を持つ人材が集まっている場所です。ですから、大学は地域の問題を研究し、さらに「課題解決に向けて積極的に関与する」存在でなければならないのです。
米国の大学の仕組みが全て優れているとは言いませんが、米国の大学は地域に密着しており、その発展に貢献しようという意識が強く感じられます。地元の住民も、地域の大学に愛着があり、その関係は非常に密接です。
例えば、私が教授を務めるカーネギーメロン大学(以下、CMU)は、ペンシルバニア州ピッツバーグにキャンパスを構えています。1990年代にある学生が、地域のためのタクシー自動配車システムを考案し、それが実際に使われていました。地元のタクシー会社では配車効率が悪く、顧客とドライバーのマッチングができていないという課題を抱えていたのです。その課題を聞きつけた学生がシステム開発したのです。残念ながらそのシステムが広く世の中に出ることはありませんでしたが、そうした地域の課題解決に向けた取り組みが授業や研究として活発に行われているのです。
馬渕:
大学が地元の課題解決に取り組み、地元の人もそれを支持する。米国では大学が地域の生産性向上や活性化に貢献しているのですね。
金出:
リモート環境で働くことが当たり前になれば、人は大都市の中や近くに住む必要がなくなります。私は今、日本の丹波篠山市を拠点に生活をしていますが、秘書はピッツバーグにいます。日本での仕事のアレンジは全て彼女がしますが何ら支障はありません。私が勝手な雑談をしないので能率がむしろよいくらいです。
地方都市のスマート化でさしあたりの課題を挙げるとすれば、通信環境でしょう。地方では通信設備が十分でない場合もあります。駅前のような利便性の高い場所にセキュアな高速通信を確保してサテライトオフィスのような施設を作り、利用できればそれだけで大きなインパクトがあるはずです。
三治:
課題を見つける人、それを解決しようとする人、そして、その成果によって生活が豊かになる人が同じ地域で生活をしている。そうした環境が大事であり、必ずしも最先端の技術を使うことにこだわる必要はないのですね。
金出:
「最先端でなければならない」という風潮はよくありません。最新技術の導入にはコストも時間も必要ですし、その技術を理解していなければ使いにくい。ですから、誰もが知っている技術を活用し、地域の人に「何ができるのか」「どんな課題が解決できるのか」を知ってもらうことから始めるのが、スマートシティ実現への第一歩だと思います。
※国立大学協会(2018年)『高等教育における国立大学の将来像(最終まとめ)』
三治:
お話を伺って、教育が地域社会にもたらす重要性を再認識しました。PwCもデジタルの教育コンテンツを作成し、幅広い層の人々が使えるような仕組みを構築しています。一方で、デジタルに慣れるためには、まずは触れてもらうことが肝心です。そして、繰り返し利用することで、デジタルの可能性に気付いてもらい、自ら改善していくサイクルを生み出すようにしなければなりません。日本の教育機関によるデジタル活用については、どのようにご覧になっていますか。
金出:
コロナ禍において、義務教育課程でもデジタル化が進みました。しかし、中にはデジタル化の特性を反映しきれていない教材や、デジタル化のメリットを生かしきれていない授業も多いです。単に、先生がこれまで黒板にチョークで書いていた内容を、生徒や児童がタブレット端末で見られるようにするだけでは意味がありません。
デジタルを活用した授業の利点は、個々の生徒の理解度を把握し、学習が滞っている部分を教師がきめ細かく指導できる、そして何よりも座学でなく「行う」ということができることにあるべきです。しかし、日本はそうした仕組みもコンテンツも多くはない印象です。デジタル教材を作る際には、教育とITのプロフェッショナルの正しい関与が極めて重要になってきます。
三治:
私は以前、教育現場の先生方と一緒にロボット制作の教材を作ろうとしたことがあるのですが、プログラミングを実装する段階になると、先生方の協力を仰ぐことができませんでした。プログラミングには課題解決のロジックや人工知能(AI)・ディープラーニングに関する知識が求められますが、そうしたノウハウを持つ先生がいなかったのですね。
馬渕:
日本の教育においては、特に「課題解決を考える」という部分が脆弱だと感じます。日本にはロボット技術検定のような制度はありますが、技術者としてのスキル向上に重点が置かれ、「ロボットを活用して社会課題をどのように解決するか」というロジックの部分がおざなりになっているのではないでしょうか。
金出:
ご指摘のとおりだと思います。ロボットを使ったプログラミング教材を見たことがあります。車輪を制御しながらロボットで正三角形とか円の図形を描くことで、図形のいわば動的な定義とプログラミングを学ぶというものでした。子どもたちは用意されたコマンドでプログラミングを始めるのですが、プログラムは論理的には正しいのにロボットの動きの誤差がありすぎて正しく描けない。すると、子どもたちはその分を補正すべくプログラムを修正し始めるのです。ロボットを使ったプログラミングの授業が、ロボットの修正作業になってしまっている。本来の意図した目的ではありません。
三治:
やっていることはデバッグ(バグの修正)で、理論的思考を鍛えるものではありませんね。「実際の機械は理論的に動くものではない」という「現実」を学ぶことはできるかもしれませんが、「プログラムは何をするものか」を理解することなく、バグ潰しに嫌気がさしてロボットに携わること自体が嫌いになってしまいかねません。これでは悪循環です。
金出:
プログラミング教材の作成には、ITのやっつけ仕事でなく高度なITが正しくサポートしていなければなりません。教育の現場にはITに精通し、理論的思考を育てるハウツーを理解している優れた先生が一定数います。そうした人材が同じ目線でプログラミング教材開発のイニシアチブを執り、フィードバックを得ながら改善を繰り返していけば、よい教材が生まれるはずです。
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング パートナー 三治 信一朗
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング マネージングディレクター 馬渕 邦美
三治:
お話を伺うと、社会の中から課題を発見し、理論的に解決方法を考えながら自らの手を動かして検証することの重要性がよく分かります。米国では、目的は社会課題の解決にあるという、いわば大局を見据えた研究開発が行われているとのことですが、例えば先生が教鞭をとられるCMUには「社会課題を解決する」といった教育プログラムが組み込まれているのでしょうか。
金出:
それだけを目標にしたカリキュラムとしてのプログラムはないかもしれませんが、「大学が地域の課題を解決する」というカルチャーは根付いています。さらに言えば、地元企業と相互研さんする仕組みも定着しています。
例えば、多くの米国企業は福利厚生の一環として、学位取得を希望する従業員を大学に通わせるプログラムを用意しています。1年間で数単位ずつ学び、数年かけて学位を取得するのですね。成績が一定以上なら学費は企業が負担します。一方、大学側もそうした社会人学生を対象にした、座学ではないプログラムを用意しています。
従業員は大学で得た知識を生かしてステップアップができますし、ステップアップの結果として転職をしたとしても企業側も基本嫌がることはありません。お互い様だし、むしろ、そうしたプログラムを設けることで向上心のある従業員が集まり、企業価値も上がるのです。
馬渕:
企業と大学、そして地域コミュニティが社会的資源を循環させながら、それぞれの成果を出していくエコシステムが確立されているのですね。「安心・安全で住み心地のよい」街作りを考える上でのヒントになりそうです。
金出:
スマートシティの実現を目指すには、その地域の課題を肌感覚で理解している人材が中核となって推進することが不可欠です。国が「フレームワークを作ったからやれ」と号令をかけても、定着はしないでしょう。スマートシティによって自分たちがどのようなメリットを享受しているのかを自覚し、社会が豊かになったという実感を持てることが大切です。
もう1つ、米国の大学で積極的に実施しているのが、高校生に対するリクルート活動です。例えばCMUではコンピューターやロボットに興味のある高校生を対象に、夏休みに大学の学習内容を先取りした授業やワークショップを開催しています。また、ニューヨークなどの大都市では低所得世帯が多い地域の高校に大学関係者が出向き、大学進学を支援する説明会を実施しています。
三治:
それだけ大学が社会の中で果たしている役割が大きいのですね。
金出:
一般的に米国の大学は授業料が高いと言われています。大学が定めている授業料を満額支払っている学生もいますが、実際はかなりの数の学生が、授業料の一部免除や減額などの制度を利用しています。大学は高等教育の機会が十分に与えられていないコミュニティから、意欲のある学生を一定数選んで入学させています。社会の中で自らの果たす役割を広く捉え、それに応えられるよう努力していると感じます。
PwCコンサルティングのTechnology Laboratoryは、世界各国におけるPwCのさまざまなラボと緊密に連携しながら、先端技術に関する幅広い情報を集積しています。製造、通信、インフラストラクチャー、ヘルスケアなどの各産業・ビジネスに関する豊富なインサイトを有しており、これらの知見と未来予測・アジェンダ設定を組み合わせ、企業の事業変革、大学・研究機関の技術イノベーション、政府の産業政策を総合的に支援します。