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2021-03-31
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大により、社会や人々の生活は大きく変化しました。物理的に「場所を共有する」ことが激減した一方、バーチャル空間を使って「時間を共有する」ことが当たり前になりました。その結果、東京を生活拠点とする意味や、中央集権的な都市化を進める意味があらためて問い直されています。
米国カーネギーメロン大学ワイタカー記念全学教授で、京都大学高等研究院特別招聘教授も務める金出武雄氏を迎え、スマートシティ実現に向けてのアプローチを考える本稿。後編では「価値観や体験の共有」をキーワードに、誰もが幸せを実感できるスマートシティ実現への具体的な取り組みについて、PwCコンサルティング合同会社の三治信一朗と馬渕邦美がお話を伺いました。
鼎談者
金出 武雄氏(写真中央)
米国カーネギーメロン大学コンピューターサイエンス学部 ロボティクス研究所 ワイタカー記念全学教授 京都大学高等研究院特別招聘教授
三治 信一朗(写真左)
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング パートナー
馬渕 邦美(写真右)
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング マネージングディレクター
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
(左から)三治 信一朗、金出 武雄氏、馬渕 邦美
三治:
前編では、カーネギーメロン大学(以下、CMU)を例に、大学と地域コミュニティで社会的資源を循環させながら、住みよい街作りを目指すことが真のスマートシティ実現につながるというお話をいただきました。大学と地域コミュニティが同じ目標を目指すには価値観や体験を共有することが大切であるとのご指摘もいただきましたが、そのためにはどのようなアプローチが必要でしょうか。
金出:
私はスローガンとして「My Experience, Your Experience, and Our Experience.」を掲げています。人間は自分の体験したことを、他者に知ってもらいたいという思いがあります。同時に、他者が経験したことを、自分も経験してみたいと思うのですね。そうしてお互いが経験や思いを共有することで世界が広がって、生活が豊かになっていくのです。現在のデジタル技術を活用すれば、「体験を共有する」範囲と内容が格段に広がります。実際、ITの進化により、時間や物理的な距離を超えてコミュニケーションをとれるようになりました。仮想現実(VR)や拡張現実(AR)を活用すれば、その場にいなくても他者の体験をリアルタイムで共有できます。そうした体験が新しい知識の習得や気付きにつながるはずです。
馬渕:
リモート環境で働く人が増えたことでデジタル化がさらに進み、これまで対面で行っていた会議や情報交換が、場所に制約されることなくできるようになりました。以前、建築家の豊田啓介氏にお話を伺った時、「コロナ禍で働き手の意識や働き方が変化したのに伴って、物性や場所性が過度に支配的だった既存の都市モデルも、これからさらに変化していく」とおっしゃっていました。こうしたトレンドは、今後さらに加速しますね。
金出:
コロナ禍で物理的な移動は大きく制約されました。しかし、デジタルを駆使して「他者の体験を共有」できるようになれば、自分の好きな場所に住んで、遠方の人とでも経験を共有したりコミュニケーションをとったりできます。今後は「会う」「学ぶ」という概念が、より広義になるでしょう。コロナ禍はその契機になったのかもしれません。
三治:
スマートシティの実現にあたり、AR機器やVR機器といったガジェットは必須アイテムになるのでしょうか。
金出:
情報を収集し、共有する手段の1つとして、そうした機器は役立つでしょう。ただし、情報収集の仕組みにはさまざまなものがあります。言ってみれば、人間も情報収集・共有の「機器」と言えます。SF的ですが、人間の眼球にチップを埋め込み、自分が見ているものをリアルタイムで他者と共有できるようになったら、どのような世界になるでしょうか。そのままするかは別として、概念としては考える価値はあるはずです。
馬渕:
金出先生は、いわば他者の視点で体験を共有できる「EyeVision(アイヴィジョン)」を開発されましたね。
金出:
アイヴィジョンが知られるようになったのは、2001年のNFLスーパーボウルで中継に使われたからです。プレーヤーを360度全方位に設置したカメラで捉え、あらゆる方向からのリプレイ映像を即座に再現できるという放送システムでした。
三治:
最初に見た時は、3D CGを駆使した実写映画を見ている気分になりました。
金出:
ええ、多くの人が同様の感想を持ったようです。こうした、「そこにいないけれどもそこにいる、あるいはそれ以上に臨場感があふれる風景が見られる」という現象は、身近なところでも実現しています。今は更地になっているお城の跡地に数百年前の城を再現でき、観光地に出向かなくても、その土地の観光案内人あるいはAI案内人のガイドでバーチャルな旅行を楽しむなどはもちろんできます。さらに、遠隔地にあるオブジェクトをARで共有するやり方は、遠隔で機器を取り扱うサービスの在り方を変えていくでしょう。
三治:
リアルとバーチャルの世界を融合させることで、実現可能なことは広がっていきます。そのためには、両者を分け隔てなく行き来できる「コモングラウンド」(プラットフォーム)が必要ですよね。
金出:
そうですね。さらに、「コモン(共通)」に相当するのは、「データ」という無機質な概念だけではありません。リアルとバーチャルの世界を融合させる媒介役は、「生身の人間」や「それぞれが持つ経験」も含まれると思います。
米国カーネギーメロン大学コンピューターサイエンス学部 ロボティクス研究所 ワイタカー記念全学教授 京都大学高等研究院特別招聘教授 金出 武雄氏
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング パートナー 三治 信一朗
馬渕:
「体験を共通のプラットフォームにする」という考えは、非常に大切ですね。
三治:
PwCは「BXT(Business eXperience Technology)」という概念を提唱しています。ビジネスとテクノロジーをつなぐ「X」は体験であり、体験を通じてアイデアを創発したり、デジタル技術のトレンドを理解したりして、デジタル時代の価値創造を紡ぎ出す場所として開設したのが東京・大手町の「エクスペリエンスセンター」です。エクスペリエンスセンターは、普段仕事をするオフィスとは異なる環境の中でデザインシンキングのプロフェッショナルがファシリテーターとなり、新たな体験を通じてデジタル化を推進していくための「場」です。これまでも多くの企業、団体の方々とワークショップを開催してきました。
金出:
よい発想だと思います。グローバルではそうした動きが活発になっています。例えば、アルメニアの取り組みです。人口296万人(2019年時点)の小国ですが、国を挙げてIT教育に取り組んでいます。中でも私が訪れた「Tumo Center for Creative Technologies(以下、TUMO)」は先進的なIT教育機関で、現在はアルメニア国内だけでなく、パリ、ベイルート、モスクワ、ティラナ、ベルリンにも展開されています。
三治:
TUMOとはどのような施設なのですか。
金出:
12歳から18歳までの子どもたちを対象にした放課後の学習施設で、プログラミングやWebデザイン、ゲーム制作、アートや音楽などを自由に、しかも無料で学べる場所です。アルメニアの実業家であるシモニアン夫妻が立ち上げた教育財団が運営しており、主に国外で成功したアルメニア人が同財団に出資しています。米国ロサンゼルスには20万人以上アルメニア人が暮らしていると言われており、IT系企業でエンジニアやプログラマーとして活躍している人も少なくありません。そうした優秀な人材が自国の子どもたちを育成するために、一肌脱いでいるのです。そこで学んだ若者が今度はボランティアのインストラクターとして教えているという人材のエコシステムは印象的でした。
三治:
PwCも教育を中心とした社会貢献プログラムを作成しているのですが、自分の体験を次世代に還元するような仕組みを構築し、継続的に運用できるような体制を作るのは簡単ではないですね。
金出:
そう、こうした取り組みで加えて大切なのは、作成した最終的な成果物を世の中にリリースし、誰かのために役立てることです。いくら何かを作っても、それを利用する人がいなければ成果ではありません。「作った」という自己満足で終わってはだめなのです。
さらに学習に関して付け加えると、「使える知識」として定着しているかも重要なポイントです。「知っている」と「知っている知識を生かして手を動かせる」はまったく違います。「技巧は学習したが、それを利用して解く問題は何か」を理解していなければ、教育が成功したとは言えません。これは、日本の教育の大きな課題です。
三治:
最後に、スマートシティを実現するにあたっての具体的なアクションについて教えてください。前編では「スマートシティ実現の機会は地方都市にある」とのお話をいただきました。実際に各自治体や行政が着手する際には、小規模でもできる部分から始めたほうが望ましいのでしょうか。
金出:
いきなり大規模に始めるのはコストの問題もあるし時間もかかります。逆に小さ過ぎてもインパクトがありません。最終的にはそこに住む全ての人に理解をしてもらう必要がありますが、最初は「見る人が見れば、世の中に十分インパクトがあるようなアイデア」を具現化し、それを生かすためのリソースを用意することが大切です。
三治:
スモールスケールでも人を説得できるレベルのものを作る必要があるのですね。
金出:
私が考える、スマートシティ実現の手始めとなり得る身近な場所は建設現場です。デジタル化によるデータや経験の共有はあまり進んでいないようです。多数の作業員や監督者が働いており、現場にいる個々の人はその所の工事の進捗状況を把握しているのですが、現場全体の情報を体系的に管理するには至っておらず、施工主へは口頭で報告するケースがほとんどです。
こうした環境はスマート化のしがいがあると思います。例えば、現場の作業員にウェアラブルデバイスを装着してもらえば、あらゆるデータが半自動的に収集でき、全ての関係者が最新の状況を確認できますし、また設計・計画、資材、土壌といったデータも必要とするところですぐに配送できます。大きな建設現場では数千人単位の作業員が働いていますから、まさに一つのシティです。そうした環境でスマート化のデモンストレーションができれば、インパクトがありますよね。ビジュアル的にも理解しやすく、建設現場で働く人以外の多くの人も「スマート化とは何か」を理解できるのではないでしょうか。
三治:
なるほど。日常の中で見慣れていることがどのように変化するかをデモンストレーションし、共有を通して理解してもらうことが大切ですね。
馬渕:
お話を伺って、地域の中で社会的資源を循環させながらきちんとアウトプットを出していく重要性に気付かされました。お互いの体験をどのように共有し、それをコモングラウンドとしていくのかといった観点も非常に勉強になりました。今後はこれらをどのように具現化していくかが課題ですね。本日はありがとうございました。
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング マネージングディレクター 馬渕 邦美
PwCコンサルティングのTechnology Laboratoryは、世界各国におけるPwCのさまざまなラボと緊密に連携しながら、先端技術に関する幅広い情報を集積しています。製造、通信、インフラストラクチャー、ヘルスケアなどの各産業・ビジネスに関する豊富なインサイトを有しており、これらの知見と未来予測・アジェンダ設定を組み合わせ、企業の事業変革、大学・研究機関の技術イノベーション、政府の産業政策を総合的に支援します。