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2021-10-07
昨今、Well-being(以下、ウェルビーイング)といった言葉が代表するように、人々の心の豊かさや生きがい、幸福を中心とした社会経済システムへの転換の必要性が語られ始めています。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大が私たちの仕事や生活、コミュニケーションの在り方を変容させる中、そうした新たな社会経済システムの具体的な実現を希求する声は今後、ますます高まっていくことが予想されます。そこでPwCコンサルティング合同会社のTechnology Laboratoryは、「人間を幸せにするテクノロジー」の在り方に着目。最新の知見やトレンドを織り交ぜながら、テクノロジーを活用していかに心の豊かさを実現できるかを、ビジネスリーダーと共にディスカッション形式で考察していきます。
今回のテーマは「脳の健康究明で実現するウェルビーイング」。Technology Laboratory所長を務める三治信一朗をファシリテーターに、認知症予防に向けた脳の健康維持アプリの開発を手掛ける株式会社ベスプラCEOの遠山陽介氏と、ヘルスケア/医薬・ライフサイエンス領域のコンサルティングを専門とするPwCコンサルティング合同会社パートナーの堀井俊介が、個人・企業・各団体によって解釈が錯綜するウェルビーイングの定義や、ウェルビーイングの向上を加速させるための仕掛け作りの方法を議論しました。
鼎談者
遠山 陽介
株式会社ベスプラ 代表取締役CEO
堀井 俊介
PwC コンサルティング合同会社 ヘルスケア/医薬・ライフサイエンス パートナー
ファシリテーター
三治 信一朗
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング パートナー
運営
小原 功嗣
PwCコンサルティング合同会社 ヘルスケア/医薬・ライフサイエンス シニアアソシエイト
※法人名、役職、インタビューの内容などは掲載当時のものです。
(本文中敬称略)
(左から)堀井 俊介、遠山 陽介氏、三治 信一朗
小原:
今回は「脳の健康究明で実現するウェルビーイング」をテーマにディスカッションを行ってまいります。「ウェルビーイング」という言葉が聞かれるようになって久しい昨今ですが、今回は脳を起点に、これを実現するための方法を考えます。脳科学の先端研究を取り入れたサービスを手掛けられる遠山さん、ヘルスケア/医薬・ライフサイエンスに関する豊富な知見を有する堀井さん、テクノロジーの社会実装を多々手掛けられてきた三治さん、本日はよろしくお願いいたします。
三治:
今日、ビジネスにおいても、ウェルビーイングを体現しようという動きが多くの業界で見受けられますね。特に遠山さんと堀井さんが専門とされるヘルスケア/医薬・ライフサイエンス業界は、ウェルビーイングの要とも言える「健康」にまつわる商品やサービスを取り扱うため、この概念をビジネスに取り入れる企業は少なくないのではないでしょうか。
堀井:
そうですね。ただ、私が把握している限りでは、ヘルスケア業界においてウェルビーイングに対するスタンダードな定義はまだ確立されていないという認識なんです。ペイシェントファーストやペイシェントセントリックなどの患者中心の思想、例えば「薬を作るだけでなく服用前後を含めたペイシェントジャーニーをよりよくしていこう」といった試みは、10年ほど前から広がりを見せており、こうした動きがウェルビーイングを志向するものと考えています。
つまりヘルスケア業界にとっては、ウェルビーイングは決して目新しい概念ではないのです。現在は「ウェルビーイング」という言葉が注目されることで従来の試みがフォーカスされ、社会的に後押しをしてもらえる時代になったのだと捉えています。
遠山:
スタートアップの立場からすると、ウェルビーイングという言葉は少々広義である印象を抱いています。私たちが認知症の領域を掘り下げたサービスを開始して約10年になりますが、ユーザーの幸福感の向上にまで資することができているという実感は、まだないのが正直なところです。ただ近しいところで言うと、数年前から「ユーザーに価値ある経験を提供する」とするユーザーエクスペリエンス(UX)という言葉が広く使われ始めています。個人的には、ウェルビーイングという言葉はその先にある概念であり、これから探究していくべきと考えています。
三治:
遠山さんは認知症関連のアプリ開発を手掛けられていますが、具体的にはどのようにユーザーのエクスペリエンスならびにウェルビーイングを向上されようとしているのでしょうか。
遠山:
私がサービスを開発しよう思ったきっかけは、祖母が認知症になったことでした。家族のうち誰か一人の状態がよくなくなってしまうと、家族全員が肉体的にも精神的にも負担を強いられる可能性があります。患者の病状を回復するだけでなく、家族全員がこれまで同様に健やかでいられること。これこそ、私が目指す姿です。
堀井:
ウェルビーイングは、他者や社会的なつながりがないと存在し得ない概念なのかもしれません。つまり、他者とのつながりの中で経験するポジティブなことが、ウェルビーイングなのではないかと。ヘルスケアの領域で言えば、一人の患者には家族、友人、同僚、部下、上司、ひいては看護師など、多くの関係が存在する。患者の幸せが彼らを取り巻く人々に波及し、二層・三層・四層と複合的な幸せの連鎖を作り出す。どの業界でも言えることですが、そうしたよい波を作り出せるかは、私たち一人ひとりの行いに懸かっているのですよね。そう考えると、企業側が、これまで画一的だったサービスを、顧客や従業員のエクスペリエンス向上のためのサービスへと広げた瞬間が、すでにウェルビーイングなのではないかなとも思います。対象が誰にせよどういう行動にせよ、人々にとってよい行いを志した瞬間に、ウェルビーイングは始まっているのかもしれませんね。
株式会社ベスプラ 代表取締役CEO 遠山 陽介氏
PwC コンサルティング合同会社 ヘルスケア/医薬・ライフサイエンス パートナー 堀井 俊介
三治:
認知症を取り扱うにあたり脳の健康や脳科学に着目された理由は何なのでしょうか。
遠山:
前述の経験にあたって認知症について調べてみると、まず脳機能の低下が認知症を引き起こす原因の一つであることが分かりました。さらに詳しく調べていくと、脳の仕組みや機能を解き明かす脳科学という学問があることも分かりました。脳科学については、基礎研究は進んでいるのに産業応用はまだまだ進んでおらず、ポテンシャルの高い領域だな、と。そこで、認知症の課題を解決する新たなアプローチを模索する手段として、脳の健康や脳科学に着目しようと考えたのです。
堀井:
私は脳のプロフェッショナルではありませんが、認知症との関連性一つ取っても、脳には未知の領域が多いと感じています。遠山さんの取り組みのように、脳科学の産業応用は消費者がまだ気付いていない「アンメットニーズ」を掘り起こすという点で、ヘルスケア領域にとって価値のあるものだと思います。また脳の状態や、個人の脳の特性に合わせた健康管理を提案するというソリューションが確立すれば、脳科学の解明は未知への挑戦というだけでなく、ウェルビーイングにも寄与するものになりますね。そうすれば、病気を治したり健康を維持したりする上では、薬や手術だけでなく「何もしないこと」も、治療の選択肢になるのではないでしょうか。
三治:
とても気になる指摘ですね。場合によって、「何もしない」ほうがストレスがないということが脳の状態や特性から分かり、結果的にウェルビーイングを高めるかもしれない、ということでしょうか。
堀井:
そのとおりです。例えばある方が認知症の宣告を受けて、入院を勧められたとします。院内での治療として投薬やカウンセリングを続けることで認知症の進行抑制は期待できる一方で、コロナ渦のため誰も見舞いに来られず、孤独に過ごすことがかえって脳に悪い影響を及ぼす可能性も示唆されます。こうしたケースでは家族と楽しく過ごすことがよりよい治療選択肢の一つであり、無理に入院して治療に専念するよりも、その方にとってのウェルビーイングになり得るのではないかと思うのです。
認知症を投薬やカウンセリングで治そうというのが、必ずしも当事者の希望ではないことは往々にしてあり得ます。自身の健康状態や変化について自覚できるプロセスを実現できれば、家族とそれまでと変わらず楽しく過ごせたり、人とつながり続けたりする可能性は高まると思うのです。遠山さんが取り組む認知症のリスクを測定するようなソリューションの開発は、病気の予防や改善だけでなく、健康状態の自覚を手助けすることでウェルビーイングを高める可能性を秘めているのではないでしょうか。
遠山:
おっしゃるとおり、健康状態の自覚はすごく重要です。なぜなら、それこそが前向きに生きる上でのモチベーションになるからです。私の家族の場合、ある時、父に認知症の兆候が見つかりました。母はとても心配し、私の脳裏には認知症になった祖母の顔がよぎりました。そこで、私たちが提供する脳の健康管理のためのアプリで状態をあらためて計測したところ、確かにリスクが見つかったのです。それを率直に本人に伝えたところ、家族全員で改善に前向きに取り組むと合意することができました。今では父の状態は改善し、両親からは「改善に取り組めたのはアプリのおかげだ」と、とても感謝されました。自身が今どのような状態にあるかを客観的なファクトをもとに認識することは、それをもとにどういう選択をするにせよ、ウェルビーイングの第一歩になると実感しています。
三治:
健康状態を計測して客観的指標を生み出すというような取り組みは、テクノロジーのさらなる発達、ひいては国や産業界全体でのウェルビーイングの推進に寄与すると考えています。こうした取り組みを広げていく上では、産業に従事する人間からはどのようなアクションが可能でしょうか。
堀井:
実際に行動している人たちのショーケースを先に作り、そこに賛同する人たちが集まり「うねり」を生むというのが理想ではないでしょうか。
コロナ禍で出会いやきっかけが減っているとの声を耳にしますが、少ない機会でもアイデアをぶつけ合ったり、相性がよさそうな企業を紹介したりといった行動を通じて、新しい発想やさらなるモチベーションを生むことは十分に可能です。今までにない取り組みを広めるには、国主導のコンソーシアムを中心に働きかける、というのがスムーズなやり方かもしれませんが、それも最初は、その必要性を訴え、仲間を増やすことから始める必要があります。きっかけを待つのではなく、動けるかどうか。また、動く人の背中を押してあげるというのも大事だと思います。
遠山:
おっしゃるとおりですね。うねりを作るというのは、今まさに私たちがやりたいことの一つです。方法としては、地方自治体との協力を考えています。私たちが開発する健康管理アプリを住民にダウンロードしてもらい、運動をはじめ健康的な活動をするとポイントがもらえて、そのポイントは自治体にあるさまざまな店舗でお金の代わりに使える。このアプリを使用する住民が増えることで健康への意識を高め、自治体においては介護費用の削減を実現する。誰にとってもメリットがある活動を通じて自治体内で経済活動が循環すれば、モデルケースとして同じような取り組みをする他の自治体が出てくるでしょう。
三治:
言ってみれば、健康のプラットフォームを作成するということですね。具体的にうねりをつくっていこうと考えると、さまざまなパートナーとの連携も必要になってくるのではないでしょうか。
今回の例で言うと、フィットネスジムやコンビニ、システム会社、薬局や製薬会社など、多種多様な企業が参加することになるでしょう。個々のニーズや求めているものをヒアリングしながら、プラットフォームの段階的成長を支援するといった役割で、私たちのようなコンサルティング会社にもできることがあるのではないかと感じました。
遠山:
面白いですね。そうすると、私たちスタートアップは「行動する」という得意な部分に注力することができますし、これまでになかったスケールでのプラットフォームの実現や、これまで見えなかった課題の発見にもつながりそうです。
PwCコンサルティング合同会社 テクノロジーコンサルティング パートナー 三治 信一朗
PwCコンサルティング合同会社 ヘルスケア/医薬・ライフサイエンス シニアアソシエイト 小原 功嗣
PwCコンサルティングのTechnology Laboratoryは、世界各国におけるPwCのさまざまなラボと緊密に連携しながら、先端技術に関する幅広い情報を集積しています。製造、通信、インフラストラクチャー、ヘルスケアなどの各産業・ビジネスに関する豊富なインサイトを有しており、これらの知見と未来予測・アジェンダ設定を組み合わせ、企業の事業変革、大学・研究機関の技術イノベーション、政府の産業政策を総合的に支援します。