IFRSを開示で読み解く(第37回)「公正価値測定」①概要

2021-01-12

2021年1月12日
PwCあらた有限責任監査法人
財務報告アドバイザリー部

IFRSでは、株式の評価、制度資産(年金資産)の評価、企業結合の会計処理などのさまざまな場面で「公正価値」が用いられます。公正価値の測定方法や表示・開示方法についてはIFRS第13号「公正価値測定」(以下、IFRS13)において包括的に規定されています。IFRSの「公正価値」は日本基準の「時価」に相当する概念ですが、IFRSでは公正価値測定の算定方法が体系的に整理されており、開示面でも現行の日本基準より詳細な情報が求められるという特徴があります。

日本基準でも、IFRS13をベースとした企業会計基準第30号「時価の算定に関する会計基準」等(以下、時価算定基準等)が、2021年4月1日以後開始する連結会計年度および事業年度の期首から適用開始となります。時価算定基準等はIFRS13の定めを基本的に全て取り入れて開発され、統一的な算定方法を用いることにより、国内外の企業間における財務諸表の比較可能性を向上させることを目的としています。このため、IFRS適用企業における公正価値の開示は、今後、時価算定基準等を適用する日本基準の企業においても参考になると考えられます。

1. 公正価値の定義

それでは、公正価値の定義について見ていきましょう。

公正価値とは「測定日時点で、市場参加者間の秩序ある取引において、資産を売却するために受け取るであろう価格または負債を移転するために支払うであろう価格」をいう(IFRS13 Appendix A)。

なお、日本基準における時価とは「算定日において市場参加者間で秩序ある取引が行われると想定した場合の、当該取引における資産の売却によって受け取る価格又は負債の移転のために支払う価格」をいい(時価算定基準第5項)、両者に若干の表現の相違はあるものの実質的には同義であり特段のGAAP差異はありません。

ただし、IFRS13は一部の項目を除いて全ての公正価値測定に適用されるのに対し、日本の時価算定基準等は金融商品(ただし、市場価格のない株式等を除く)等にのみ適用されるため、適用範囲はIFRSのほうが広くなっています。

2. 公正価値の測定方法

次に、公正価値の測定方法を見ていきます。測定にあたっては、インプットと評価技法を用います。

公正価値の測定方法 , インプットと評価技法

インプットとは、公正価値を測定する際に用いる仮定をいい、観察可能なインプットと観察可能でないインプットがあります。

  • 観察可能なインプットとは、取引所市場やブローカー市場などのように取引に関して公開されているような入手可能な市場データを基礎として設定されたインプットで、市場参加者が資産又は負債の価格づけを行う際に用いるであろう仮定を反映するものをいいます。
  • 観察可能でないインプットとは、インプットのうち、市場データが入手可能でなく、市場参加者が当該資産又は負債の価格付けを行う際に用いるであろう仮定に関する利用可能な最善の情報を用いて作成されるものをいいます。

このインプットは、公正価値ヒエラルキー(レベル1、レベル2またはレベル3)のいずれかに区分され、レベル1のインプットが最も優先度が高く、レベル3のインプットが最も優先度が低いとされているため、レベル1から順に優先的に使用します。

評価技法には、マーケットアプローチ、インカムアプローチ、コストアプローチなどがあります。

マーケットアプローチとしては市場株価法や類似会社比較法などが一般によく知られています。インカムアプローチにはDCF法などがあります。いずれのアプローチも評価技法としての優劣はありません。そのため、公正価値測定を行う項目別に、最も状況に適合し、十分なデータが利用可能な評価技法を検討します。複数の評価技法が適切と考えられる場合は、評価結果が示す範囲において公正価値を最もよく表す一点を決定します。

3. 公正価値ヒエラルキーに基づくレベル区分

次に、公正価値のレベル区分(公正価値ヒエラルキー)について見ていきます。

  • 測定した公正価値は、その測定において重要な影響を与えるインプットが属するレベルに応じて、レベル1、レベル2またはレベル3に区分します。
  • 公正価値を測定するために異なるレベルに区分される複数のインプットを用いている場合、全体の測定にとって重大なインプットのうち最も低いレベルに当該公正価値を区分します。

公正価値ヒエラルキーを決定するのは評価技法へ投入する「インプット」であり「評価技法」ではありません。

公正価値ヒエラルキー , 基づくレベル区分

なお、観察可能なインプットをそのまま使用するのではなく市場における相場価格以外の情報(別のインプット)を用いて調整する場合、公正価値ヒエラルキーのレベルの区分を慎重に決定する必要があります。例えば、社債は一般に観察可能な金利や信用スプレッドが存在するため、公正価値ヒエラルキーのレベル2に区分されることが多いですが、加味する信用スプレッドや流動性リスクプレミアムに観察可能でないインプットが含まれ、そのインプットに重要性がある場合はレベル3に区分します。

4. 公正価値に関する全般的な開示

ここまでの公正価値の定義や公正価値ヒエラルキーの概念などの基礎情報はいずれの企業にも共通する項目で、注記を行う場合は注記冒頭の「測定の基礎」などで開示されています。

【公正価値測定の基礎情報(公正価値、公正価値ヒエラルキーの定義)の開示例】

  ㈱すかいらーくホールディングス(2019年12月期)

㈱すかいらーくホールディングス , (2019年12月期)

5. 公正価値に関する項目別の開示

さらに、詳細な注記について見ていきましょう。

項目別に求められる注記の内容や情報量は、それぞれの項目の公正価値ヒエラルキー(レベル1、レベル2およびレベル3)の区分に応じて異なります。レベル1および2は要求される注記内容が少なく、レベル3は要求される注記内容が多くなっています(IFRS13.93)。

公正価値 , 項目別の開示

特にレベル3の場合、重要な観察可能でないインプットに関する定量情報や感応度分析などの数値情報が必要となります。

【経常的な公正価値測定(レベル3のみ要求される開示)に関する開示例】

住友化学(2020年03月期)

住友化学 , (2020年03月期)


SBIホールディングス(2020年3月期)

SBIホールディングス , (2020年3月期)

まとめ

公正価値シリーズの第一弾として、本稿では公正価値測定および関連する開示の概要について紹介しました。

IFRSでは公正価値測定が体系的に整理されており詳細な開示が求められています。開示情報は公正価値ヒエラルキーにおけるレベル区分に応じて異なっており、特にレベル3の場合は数値情報を含む多くの情報が必要となります。

日本基準でもIFRSを基礎として開発された時価算定基準等が2021年4月1日以後開始する連結会計年度から適用開始となることから、IFRSで求められている公正価値の開示を参照することで、時価情報を開示する際に参考となると考えられます。

次回以降は公正価値ヒエラルキーのレベル区分の傾向などについてさらに詳しく紹介していきます。

※法人名、部署、内容などは掲載当時のものです。

執筆者

長谷川 友美

ディレクター, PwC Japan有限責任監査法人

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飛田 朋子

マネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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