何から始める? 統合報告の作り方・使い方 第3回 海外先進企業の事例に学ぶ

2022-10-19

※本稿は、「旬刊経理情報」2022年6月20日号(No.1647)に寄稿した記事を転載したものです。
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※一部の図表に関しては「旬刊経理情報」に掲載したものをPwCあらた有限責任監査法人にて編集しています。

この記事のエッセンス

  • 日本企業の価値が適正に評価され、海外からのリスクマネーを呼び込むためには、海外の投資家を含むステークホルダーに向けた英語での開示と対話が欠かせない。
  • そのためには、国際的なイニシアティブや海外の当局の動向、海外の先進事例にも広くアンテナを張り、情報収集することが必要である。

はじめに

前回(第2回)は、投資家等ステークホルダーと企業との間の「建設的な対話」の土台として重要な「よい開示」を行うための参考情報として、国内の統合報告書を含む情報開示関連の表彰制度や、金融庁の取組み(対話ガイドライン、好事例集)について紹介した。リスクマネーをグローバルから日本企業に呼び込むためには、国内にとどまらず海外の先進事例から学び、英語で情報開示を行い、海外投資家と対話を行って、日本企業の価値を適正に評価してもらう必要がある。そこで第3回となる今回は、海外の状況(当局の動向や表彰制度等)を紹介しつつ、グローバルの土俵に立って統合報告・情報開示に取り組むヒントを紹介したい。

海外事例を学ぶ意義

グローバルな投資環境にあっては、当然ながら、日本企業は日本企業間のみで比較されるわけではなく、海外の企業と同じ土俵で、基本的に英語で開示された情報をもとに比較評価される。たとえば、サステナビリティ会計基準審議会(SASB)1は、投資家目線で77の業界ごとにマテリアル(重要)な開示推奨項目を公開しており、Materiality Finder2で特定の企業名を検索すれば、「77のうちどの業界に属するか」、「当該業界・企業にとって特に重要な開示項目は何か」が一目でわかる。このようにして、同業他社間の比較容易性が高められると同時に、好むと好まざるにかかわらず、企業側は世界中のライバル企業と比較評価されている。したがって、国際的にデファクトスタンダードとなっている各種の基準・フレームワークを理解し、海外のライバル企業がどのような開示・対応を行っているか視野に入れつつ、自社固有の事情に照らしてしっかり発信する(たとえば、アメリカの社会的背景や制度をベースとするSASBには必ずしも日本企業に当てはまらない内容がある)といった姿勢が、海外の投資マネーを日本企業に呼び込むうえで重要だ。また、企業のビジネスモデルやサプライチェーンがグローバル化すればするほど、投資家のみならず、海外の取引先/支店の従業員とのコミュニケーション等の観点でも、英語での情報開示・対話は欠かせない。コーポレートガバナンス・コードにおいても「英語での開示・提供を行うべき」とされているが3、JPXによる海外投資家を対象とした日本企業の英文開示状況に関するアンケート調査4をみても、英文開示の量・質、タイミングいずれにおいても不満足な状況であり、それが対話の阻害や企業評価のディスカウント、投資対象からの除外等につながっているとの結果が示されている。日本企業はどうしても言語の壁等により国内企業同士で比較・参考にする傾向があるが、グローバルレベルでの比較評価に耐え得るには、やはり海外事例から学ぶことが必要不可欠だ。

海外の基準設定主体等の活動

海外でも非財務情報の開示義務化、財務・非財務の統合に向けた要請は強まる一方だ。そもそも欧米諸国における開示書類体系は、日本のように基本となる制度開示書類に加えて任意開示書類としての年次報告書(Annual Report)や統合報告書と称される報告書が別途公表されるといったやり方とは異なる点に留意しつつ、欧米諸国等の当局や関連団体の動向をみてみたい。

(1)国際会計基準財団(IFRS財団)/国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)5

2021年11月、COP26にあわせて、国際会計基準財団(IFRS財団)は、「国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)」の設置とともに、全般的な開示要求事項と気候関連開示のプロトタイプを公表した。またあわせて、ISSBと気候変動開示基準委員会(CDSB)とValue Reporting Foundation(VRF)の統合も発表した。そのVRFは2021年6月にIIRCとSASBの合併により設立された組織である。このように、これまで多数乱立してきた非財務情報関連の基準やフレームワークに係る投資家等からの統一化要請を踏まえ、組織体そのものは整理・統合されてきている一方、統合報告・統合思考による価値協創プロセス(Value Creation Process)の重要性自体は変わっていない。

ちなみに、ISSBはプロトタイプを基礎とし、TCFDの枠組みを踏襲した、「ガバナンス/戦略/リスク管理/指標と目標」の4つの側面から開示を要求する公開草案(2022年3月に公表)について、今年7月下旬まで意見募集を行っており、今年末に新しいスタンダードとして最終化される予定である6

(2)英国

英国ではこれまで、財務報告評議会(FRC)と財務報告ラボ(The Financial Reporting Lab)7が非財務情報の開示に関する制度設計をリードしてきた8。FRCは投資促進に向けたコーポレート・ガバナンスや企業開示の改善に向けた取組みを行う独立機関であり、財務報告ラボはFRC内に設置され調査研究を担い、企業が投資家とともに先進的な企業報告のあり方を議論・試行する場として活用されている9。英国では、会社法や戦略報告書ガイダンス等により開示すべき情報要素が個々に指定されており、実務としてはそれらをまとめてアニュアルレポートとして一体的に開示されることが多いものの、FRCではより整理された新たな開示体系が検討されている。

(3)欧州

欧州財務報告諮問グループ(EFRAG)は、現行の非財務報告指令(NFRD)の後継となる企業持続可能性報告指令(CSRD)に基づき、企業がサステナビリティ関連の影響、機会、リスクを報告するための規則・要件案を定めた「欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)」の草案を今年4月29日に発表した10。CSRDは、欧州域内の企業が確立した基準に従いサステナビリティ報告を実施することを求めるもので、ESRSはそれに呼応する。CSRDは2023年初頭以降EU域内各国で適用されるべく調整されており、ESRSは100日間のコンサルテーション期間を経て最終化される見込みだ。

(4)米国

アメリカのESG情報に係る制度開示書類としては、非財務情報の開示を規定しているRegulation S-Kに基づき、証券取引委員会(SEC)へ提出される年次報告書(Form10-K)がある。また、任意の開示基準として、前述した米国サステナビリティ会計基準審議会(SASB)が作成したSASB基準がある。SECは、今年3月21日、米国の上場企業が提供する気候関連の情報開示を強化および標準化する提案を発表した。これにより、スコープ別GHG排出量等の気候関連情報開示が義務化される見込みである。

海外の表彰制度等の概要

ここでは、海外の主な統合報告書等の表彰制度を紹介する。

(1)International ARC Awards11

米国の独立評価機関であるMerComm, Inc.により1987年から実施されている。参加資格はすべての国の企業・団体・個人、評価対象はアニュアルレポートや統合報告書等、評価の視点は「その企業のストーリー・精神をいかにうまく伝えられているか」という観点から、デザイン性や明瞭性等を評価項目としている。表紙のデザイン、トップメッセージ、内装、写真等のカテゴリー別にGold、Silver、Bronze、Honorsで表彰され、2021年、日本企業としては(日清食品ホールディングス(株)のアニュアルレポートを制作支援した)志庵や(株)ファーストリテイリング、カンロ(株)が受賞している12(海外の受賞企業は多数あるためリンク先を確認いただきたい)。

(2)Asia Sustainability Reporting Awards(ASRA)13/ Asia Integrated Reporting Awards(AIRA)14

シンガポールが拠点のCSRWorks Internationalにより2014年から実施されている。参加資格はアジアに所在するすべての企業・団体、評価対象はサステナビリティレポート等、評価の視点は「サステナビリティに係る戦略、行動、ビジネス戦略がどの程度リンクしているか」、「GRIやIRフレームワーク等の国際的に認知されたフレームワークを採用しているか」等である。16のカテゴリー別(ガバナンス、気候、人権等)にGold、 Silver、Bronzeで表彰され、2021年、Report of the YearにはシンガポールのCity Developments Limited、日本企業としてはソフトバンク(株)がSDGsおよび気候カテゴリーで受賞している15。なお、2020年までは統合報告書がカテゴリーの1つとして含まれていたが、2021年からはAsia Integrated Reporting Awards(AIRA)として独立し、ASRAと併存するようになった。AIRAでは、統合報告書が「大企業/中小企業/パブリックセクター/ガバナンス/統合思考」等のカテゴリー別に表彰されており、受賞企業にはスリランカ、フィリピン、マレーシア、インド等の企業が並んでいる16

(3)CR Reporting Awards17

Corporate Registerにより2007年から実施されている。参加資格は同社のオンラインデータベースに統合報告書等が登録されているすべての企業・団体である。評価対象はnon-financial report(統合報告書等を含む)で、同社データベースの登録利用者による投票形式を採る(したがって統一された評価基準はない)。10のカテゴリー別(統合報告書、ESG、炭素関連の開示、イノベーティブな報告書等)に表彰され、2021年、「Best report」カテゴリーではH&M、日本企業としてはソフトバンク(株)が「Best 1st Time Report」、「Innovation in Reporting」カテゴリーで受賞している。

(4)IR Society Best Practice Awards18

IR Societyにより、2000年から実施されている。参加資格は英国や欧州を含む主要な証券取引所上場企業、評価対象は統合報告書等であり、自主的にエントリーするSelf-entry awardと機関投資家等による投票形式を採るVoted awardがあり、各4つ(計8つ)のカテゴリー×企業の規模(3段階)に応じて表彰される19。2021年、たとえばアニュアルレポートカテゴリーの大企業ではBerkley GroupやVodafoneが受賞している20

(5)The S&P Global The Sustainability Yearbook21

1999年から、The S&P Globalは、企業のサステナビリティに係る取組みを毎年評価するCSA(Corporate Sustainability Assessment)22においてトップレベルのスコアを獲得した企業をまとめた「Sustainability Yearbook 」を毎年公表している。ベースとなるCSAは、業界の特性に応じて異なるESGの広範な項目から成る質問票に対する回答形式で評価される。CSAは、企業を評価する格付けや評価制度が林立する現状において、CDP等と並び、投資家や専門家においても特に高品質なものとして信頼されている23。2022年、Gold Classに選定された企業は75社、うち日本企業はANAホールディングス(株)、住友林業(株)、伊藤忠商事(株)、(株)リコーであった24

(6)Integrated Reporting Examples Database25

こちらは表彰制度ではなくデータベースであるが、好事例を探すうえで有用なのであわせて紹介する。「Integrated Reporting Examples Database」は、旧IIRCとBlack Sun社により運営されている、統合報告書の好事例を集めたデータベースである。本データベースは、旧IIRCとの共同で運営されているだけあって、IRフレームワークの7つの指導原則(Guiding Principles)と8つの内容要素(Content Elements)別に事例を検索できるように工夫されている。2011年から始まり、海外企業ではフィリップモリス(米)等、日本企業では三菱重工業(株)等の統合報告書が登録されている。

(7)PwC The Building Public Trust Awards26

PwC英国法人では、英国の企業・団体を対象に優れた情報開示・報告書を表彰する取組みを20年以上継続している。2021年は14のカテゴリー別(気候変動、ガバナンス、情報セキュリティ等)に表彰され、ユニリーバ等が受賞した。なお、PwC Japanグループは、では、独自の評価フレームワークによりサステナビリティ経営の成熟度を診断するサービスを提供している
ことを補足させていただく27

おわりに

本稿では、海外事例・動向に情報感度を広げる一助として、海外当局の動向や表彰制度等について紹介した。海外当局の動きをみてみると、統合報告にせよ、サステナビリティ関連の各種開示基準にせよ、「いつも欧米主導で決められ日本やその他の国は追随させられるばかり」といった印象とは実は少し異なり、欧米諸国のなかでも最初から整合が取られていたわけではなく、試行錯誤しながら少しずつ整合が図られ、国際的なスタンダードへと収斂していっている様子が感じ取れる。

海外の表彰制度をみてみると、日本企業も大いに健闘していることがわかるが、より一層、国際的な議論にアンテナを張りつつ、自社における統合報告・統合思考をより深化していっていただければと思う。

1 2021年6月にIIRC(国際統合報告評議会)と合併しValue Reporting Foundation(VRF)を設立

2 https://www.sasb.org/standards/materiality-finder/find/?lang=ja-jp

3 https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/tvdivq0000008jdy-att/nlsgeu000005lnul.pdf

4 https://www.fsa.go.jp/news/r3/singi/20220204/01.pdf

5 https://www.ifrs.org/groups/international-sustainability-standards-board/

6 https://www.ifrs.org/news-and-events/news/2022/03/issb-delivers-proposals-that-create-comprehensive-global-baseline-of-sustainability-disclosures/

7 https://www.frc.org.uk/investors/financial-reporting-lab

8 https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/sansei/jizokuteki_esg/pdf/006_s01_00.pdf

9 https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/sansei/tougou_houkoku/pdf/001_08_00.pdf

10 https://www.efrag.org/Assets/Download?assetUrl=/sites/webpublishing/SiteAssets/PRESS+RELEASE+220429+FINALv.pdf

11 https://www.mercommawards.com/arc/awardwinners.htm

12 https://www.mercommawards.com/arc/grand.htm

13 https://csrworks.com/asra/

14 https://csrworks.com/aira/

15 https://csrworks.com/asra/winners-2021/

16 https://csrworks.com/aira/winners-2021/

17 https://www.corporateregister.com/crra/

18 https://irsocietyawards.org.uk/

19 https://irsociety.org.uk/files/2021_Best_Practice_Awards_FAQs.pdf

20 https://irsocietyawards.org.uk/awards/category/annual-report

21 https://www.spglobal.com/esg/csa/yearbook/

22 https://www.spglobal.com/esg/csa/?utm_source=google&utm_medium=cpc&utm_campaign=CSA_Search&utm_term=corporate%20sustainability%20assessment&utm_content=581597573650&gclid=Cj0KCQjwpv2TBhDoARIsALBnVnmWXWXcOL2kgzsko_HYqOBxHBBpgfjOKCjqNc8p-PKhtYSHyqFmlZQaAiYVEALw_wcB

23 https://www.sustainability.com/globalassets/sustainability.com/thinking/pdfs/sustainability-ratetheraters2020-report.pdf

24 https://www.spglobal.com/esg/csa/yearbook/2022/ranking/

25 https://examples.integratedreporting.org/home

26 https://www.pwc.co.uk/who-we-are/building-public-trust-in-corporate-reporting-awards.html

27 https://www.pwc.com/jp/ja/services/sustainability-coe/sustainability-value-assessment.html

執筆者

荒木 裕

シニアアソシエイト, PwC Japan有限責任監査法人

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