何から始める? 統合報告の作り方・使い方 第8回 統合報告の作り方④ ~政府や省庁公表の報告書等から学ぶ~

2022-10-24

※本稿は、「旬刊経理情報」2022年8月10日号(No.1652)に寄稿した記事を転載したものです。
※発行元である株式会社中央経済社の許諾を得て掲載しています。無断複製・転載はお控えください。
※法人名、役職などは掲載当時のものです。
※一部の図表に関しては「旬刊経理情報」に掲載したものをPwCあらた有限責任監査法人にて編集しています。また、一部のリンクについても更新しています。

この記事のエッセンス

  • 企業のサステナブルな価値創造に向けたポイントとして「経営の8要素」がある。統合報告は「経営の8要素」に則して対応するとよいだろう。
  • 2022年に入り、政府や省庁からさまざまな報告書等が数多く公表されている。これらのなかから、統合報告を行うにあたって参考に資する内容について、「経営の8要素」に則して検討する。
  • 「経営の8要素」のうち自然資本に関する開示を検討するにあたっては、海外から発信される報告書等にも注目する必要がある。

はじめに

これまでの連載、特に第4回から第7回までの論稿において、統合報告を展開するうえでの具体的な作業の方法論等について、ご紹介してきた。第8回となる今回は、少し切り口を変えて、最近、政府や省庁等から公表されたサステナビリティに関するいくつかの報告書等(報告書、ガイドライン、ガイダンス等の総称)を題材として、統合報告の作業を行ううえで参考に資すると思われる内容を探ってみよう。

筆者は、企業のサステナブルな価値創造に向けたポイントは、「コーポレート・ガバナンス」と「デジタル技術」という2つの基盤を前提に、「国際統合報告フレームワーク」(1)に則した6つの資本(財務資本、製造資本、知的資本、人的資本、社会・関係資本、自然資本)をいかに有効に活用させるかにあると考えている。統合報告は、こうした経営のパフォーマンスを投資家を軸としたステークホルダーに開示し、彼らとの対話を通じて進化させる作業と認識している。

そこで本稿では、この2つの基盤と6つの資本を合わせて「経営の8要素」と称し、この「経営の8要素」を、題材とする報告書等と照らしながら、整理していきたい。なお、本稿において意見に関する部分は私見であり、筆者の属する組織を代表するものではないことをあらかじめ申し添える。

政府や省庁公表の報告書等

2022年に入り、政府や省庁は、サステナビリティ経営とその開示に関する報告書等を、数多く公表している。図表では、これらのなかから、筆者が、統合報告を行ううえで参考に資するとして注目した報告書等を例示した。なお、一部の報告書等は、2022年7月31日現在、検討中のステイタスにある。そのため、最終公表物において、内容が修正される可能性があることをお断りしておく。

このうち、筆者が特に注目する報告書等は、「経営の8要素」全般に焦点を当てた「価値協創のための統合的開示・対話ガイダンス2・0」である。統合報告を行うにあたって、「国際統合報告フレームワーク」とともに参照すべき報告書等として、そのエッセンスについて、本連載の第1回にて紹介している。是非、そちらを参照されたい。

本稿では、追加的に参照をお奨めする報告書等をいくつか紹介する。具体的には、「骨太方針」で提示された5つの重点分野を紹介した後に、人的資本に関する報告書等、知的資本に関する報告書等、コーポレート・ガバナンスに関する報告書等について、言及する。

(図表)政府や省庁から公表された報告書等

主たる領域

報告書等の名称

事務局

ステイタス

公表日(注)

参照URL

知的資本

知財・無形資産の投資・活用戦略の開示及びガバナンスに関する
ガイドライン Ver 1.0

内閣府
経済産業省

最終
公表物

2022年
1月28日
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/tyousakai/tousi_kentokai/governance_guideline/pdf/shiryo1.pdf
デジタル技術コーポレート・ガバナンス

アジャイルガバナンスの概要と現状

経済産業省

検討中

2022年
3月3日

https://www.meti.go.jp/press/2021/03/20220303003/20220303003-1.pdf

知的資本

企業価値向上に資する知的財産活用
事例集

特許庁

最終
公表物
2022年
5月9日
https://www.jpo.go.jp/support/example/document/chizai_senryaku_2022/all.pdf

人的資本

人的資本経営の実現に向けた
検討会報告書

経済産業省

最終
公表物
2022年
5月13日
https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/report2.0.pdf

人的資本

未来人材ビジョン

経済産業省

最終
公表物
2022年
5月31日
https://www.meti.go.jp/press/2022/05/20220531001/20220531001-1.pdf

知的資本

知的財産推進計画2022

内閣府

最終
公表物
2022年
6月3日
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/kettei/chizaikeikaku2022.pdf
サステナビリティ
経営全般
「経済財政運営と改革の基本方針2022」(内閣府)

内閣府

最終
公表物
2022年
6月7日
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2022/2022_basicpolicies_ja.pdf
サステナビリティ
経営全般
新しい資本主義のグランドデザイン
及び実行計画

内閣官房

最終
公表物
2022年
6月7日
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/pdf/ap2022.pdf
サステナビリティ
経営全般

経済産業政策新機軸部会中間整理

経済産業省

最終
公表物
2022年
6月13日
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/shin_kijiku/pdf/20220613_1.pdf
自然資本
コーポレート・ガバナンス

金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告

金融庁

最終
公表物

2022年
6月13日

https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20220613/01.pdf

財務資本

金融審議会市場制度ワーキング・グループ中間整理

金融庁

最終
公表物
2022年
6月22日
https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20220622/houkoku.pdf

人的資本

人的資本可視化指針

内閣官房

最終
公表物

2022年
8月30日
https://www.cas.go.jp/jp/houdou/pdf/20220830shiryou1.pdf
自然資本財務資本

グリーンボンド及びサステナビリティ・リンク・ボンドガイドライン
2022年版

グリーンローン及びサステナビリティ・リンク・ローンガイドライン2022年版

環境省
最終
公表物
2022年
7月5日
https://www.env.go.jp/content/000062495.pdf

自然資本

財務資本

金融機関における気候変動への対応についての基本的な考え方

金融庁

最終
公表物
2022年
7月12日
https://www.fsa.go.jp/news/r4/ginkou/20220712/kikouhendou_dp_final.pdf

財務資本

金融庁サステナブルファイナンス
有識者会議第二次報告書

金融庁

最終
公表物
2022年
7月13日
https://www.fsa.go.jp/news/r4/singi/20220713/01.pdf
コーポレート・ガバナンス
コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(再改訂)
経済産業省
最終
公表物
2022年
7月19日
https://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/keizaihousei/pdf/cgs/guideline2022.pdf

https://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/keizaihousei/pdf/cgs/separate_guideline2022.pdf

デジタル技術コーポレート・

ガバナンス

デジタルガバナンス・コード2.0

経済産業省

最終
公表物

2022年
11月9日

https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/dgc/dgc2.pdf

サステナビリティ

経営全般

価値協創のための統合的開示・対話ガイダンス2.0

経済産業省

検討中

2022年
7月29日
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/sustainable_sx/pdf/008_04_00.pdf

(注)検討中の報告書等については参照URLの公表日
(出所)PwCあらた有限責任監査法人

(1)骨太方針の5つの重点分野

図表に示した一連の報告書等のなかで、多くの読者がその主軸と位置づける報告書等は、「経済財政運営と改革の基本方針2022」であろう。2022年6月7日、閣議決定を経て政府から公表されたもので、別名「骨太方針」と呼ばれる。

今年の「骨太方針」では、第2章「新しい資本主義に向けた改革」のなかで、次の5項目の重点投資分野が示されている。

  • 科学技術・イノベーション
  • スタートアップ(新規創業)
  • グリーントランスフォーメーション(GX)
  • デジタルトランスフォーメーション(DX)

当該5項目については、同日に公表された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」においても、「Ⅲ 新しい資本主義に向けた計画的な重点投資」の項にて、具体的な対応策が示されている。ぜひ、両報告書等をセットで参照されたい。

両報告書等が重点投資分野と位置づけた5項目に「経営の8要素」を対応させるならば、「人」は人的資本、「科学技術・イノベーション」は知的資本、「スタートアップ(新規創業)」は人的資本と財務資本、「GX」は自然資本と財務資本、「DX」はデジタル技術、と当てることが可能と考える。

今後、政府が、民間企業と連携して、当該5項目への投資を加速することを踏まえると、統合報告を進化させる切り口として、「経営の8要素」のうち、特に、人的資本、知的資本、自然資本に関する経営戦略の明確化とその開示の充実が、投資家を中心とするステークホルダーに注目されるのではないだろうか。もちろん、経営基盤としてのコーポレート・ガバナンスとデジタル技術への企業の積極的な対応も、ステークホルダーの強い関心事である。

(2)人的資本に関する報告書等

人的資本に関する報告書等では、「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書」と「人的資本可視化指針」に注目している。前者が人材戦略のあり方について提言したものであり、後者が前者の戦略を踏まえつつ、情報開示のあり方に焦点を当てた内容となっている。

「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書」における最も重要な視点として、「経営戦略と人材戦略を連動させるための取組」が挙げられる。「8つの経営要素」の1つであるコーポレート・ガバナンスの側面も意識し、たとえば、CHRO(Chief Human Resource Officer)を設置して、CEOやCFO等との連携を提唱している。

「人的資本可視化指針」では、その方法として、「国際統合報告フレームワーク」や「価値協創のための統合的開示・対話ガイダンス」などを活用して自社の経営戦略と人的資本への投資や人材戦略の関係性を構築したうえで、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)提言でも提唱されている「ガバナンス」、「戦略」、「リスク管理」、「指標と目標」の4要素に沿った開示を提案している。

具体的には、英国財務報告評議会(FRC)が提唱する「従業員に関する企業報告についての報告書」を例に、「ガバナンスと経営」、「ビジネスモデルと戦略」、「リスク管理」、「指標と目標」の各側面において、「投資家が理解深化のために求めていること」と「企業に説明が推奨される事項」を整理する内容が紹介されており、参考に資する。

人的資本に関する情報は、国際規格であるISO30414に代表されるように、詳細な開示項目の議論が先行しがちである。しかしながら、「人的資本可視化指針」をベースにした体系立った開示は、統合報告における本質を示すものとして、好事例になるものと期待している。

(3)知的資本に関する報告書等

知的資本に関する報告書等では、「知財・無形資産の投資・活用戦略の開示及びガバナンスに関するガイドラインVer1・0」が公表された。その内容については、本連載の第1回でも紹介しており、そちらを参照されたい。

その後、知的資本に関する報告書等は、「企業価値向上に資する知的財産活用事例集」や「知的財産推進計画2022」に連携している。特に、前者の報告書については、さまざまな業種、企業規模の事業会社の事例が掲載されており、知的資本経営戦略を模索するうえでも参考になるものと思われる。

なお、「知財・無形資産の投資・活用戦略の開示及びガバナンスに関するガイドライン」は、2022年度中の改訂に向けて、さらなる検討が始まっている。今後、ガイドラインの活用促進に向けたフォローアップ、知財活用状況の見える化、知財・無形資産の活用促進に向けた投資家の役割の明確化などが検討論点とされており、改訂ガイドラインには、より具体的な情報が盛り込まれることが期待される。

(4)コーポレート・ガバナンスに関する報告書等

コーポレート・ガバナンスに関する報告書等では、「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針」の改訂作業に注目している。本実務指針は、2017年3月に策定され、2018年9月に改訂されたが、その後、4年近くが経過し、今回の再改訂となった。その方向性として「ガバナンスの改革を通じた中長期的な企業価値の向上と執行側の機能の強化」が明示されており、企業価値向上という視点は、統合報告の狙いと通ずるものがある。

具体的には、「取締役会の役割・機能の向上」、「社外取締役の資質・評価の在り方」、「経営陣のリーダーシップ強化のための環境整備」という側面について、幅広く検討が加えられている。特に、「取締役会の役割・機能の向上」における視点として、「監督」の意義の整理、ガバナンス体制に応じた機関設計の選択の考え方、監査等委員会設置会社へ移行する際の検討事項などが含まれる点が注目に値する。

自然資本に関しては海外の報告書等を注視

本稿では、自然資本の開示に影響を及ぼす報告書等の紹介は、対象外とした。「グリーンボンド及びサステナビリティ・リンク・ボンドガイドライン」・「グリーンローン及びサステナビリティ・リンク・ローンガイドライン」2022年版や、「金融機関における気候変動への対応についての基本的な考え方」が公表されたが、前者はボンド発行やローン組成を通して資金調達を行う企業に、後者は金融機関に、それぞれ焦点を当てており、幅広く統合報告を行う企業の参考に資するものとしては、やや切り口が異なると判断したためである。

自然資本の開示に関しては、さしあたり海外の報告書等が影響を与えよう。

気候変動関連では、すでに連載第1回において、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が公表したIFRSサステナビリティ開示基準の2つの公開草案「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」と「気候関連開示」について紹介した。公開草案のコメント募集期限は2022年7月29日であるが、それに先立つ7月20日・21日の両日には第1回のISSBが開催され、審議がスタートした。

さらに、欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)案や米国証券取引委員会(SEC)による気候関連開示規則案も、国際標準の一角という意義づけから、日本企業の統合報告における開示内容に影響を及ぼす可能性があるだろう。前者のコメント募集期限は2022年8月8日で、後者はすでに2022年6月17日にコメント募集を終えている。

今後、これらの基準案や規則案は、寄せられたコメントを参考にしつつ最終化されていく。最終文書を踏まえて、統合報告においても自然資本の開示を充実させていく企業の動きに注目したい。

自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)(2)が取りまとめている「自然関連リスクと機会管理情報開示フレームワーク」の検討過程にも注目したい。β版と呼ばれるフレームワークを2023年9月に公表することが予定とされており、段階を経た意見募集を展開している。その開示内容は、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言同様、4つの柱(ガバナンス・戦略・リスク管理・指標と目標)をベースに構成される予定である。

現時点では、2022年6月28日に第2段階の意見募集文書が公表され、2022年9月23日まで意見を募集中である。その後、2022年11月に第3段階、2023年2月に第4段階の意見募集文書が公表され、最終成果物へと進む予定である。

おわりに

今回は、連載の第8回として、統合報告を展開するにあたって参考に資すると思われる報告書等を、筆者なりの視点で整理・紹介した。

別途、資本市場関係者の間では、金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告が注目を集めている。「経営の8要素」のなかでは、自然資本、人的資本、コーポレート・ガバナンス等の領域で、開示の充実が提案されているが、その対象が有価証券報告書の記載であることから、今回は言及はしていない。筆者たちが、別途、本誌2022年7月20日号(№1650)の特集記事として取りまとめた論稿を参照されたい。

(1)「国際統合報告フレームワーク」(https://www.integratedreporting.org/wp-content/uploads/2021/01/InternationalIntegratedReportingFramework.pdf

(2)自然関連開示情報タスクフォース「The TNFD Nature - Related Risk and Opportunity Management and Disclosure Framework Beta v0.2」(https://tnfd.global/wp-content/uploads/2023/07/22-22506-TNFD-Framework-Summary-ja_jp-1.pdf

執筆者

野村 嘉浩

シニアマネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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