何から始める? 統合報告の作り方・使い方 第4回 統合報告の始め方

2022-10-20

※本稿は、「旬刊経理情報」2022年7月1日号(No.1648)に寄稿した記事を転載したものです。
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※一部の図表に関しては「旬刊経理情報」に掲載したものをPwCあらた有限責任監査法人にて編集しています。

この記事のエッセンス

  • 統合報告のスタートは、企業におけるさまざまな情報発信の主体が、企業内において開示・対話を始め、どのようにデータを整理するかを考えることにある。
  • 統合報告の良し悪しは、開示の分量ではなく、結合性や一貫性にある。企業におけるさまざまな発信の主体、および関係部署が一枚岩になるために、「統合思考」とも称される包括的な事業管理のアプローチを基盤とする。
  • 統合報告へのロードマップとして、3つの基本要素と5つのステージがある。

はじめに

本連載第1回では、統合報告の意義や最新動向を紹介し、第2回第3回では、国内・海外の統合報告の好事例や表彰制度を紹介した。今回の第4回では、いよいよ自社の統合報告について、これから、またはまさに今検討を始められる上場企業の方々への参考となるべく、「統合報告の始め方」について、考え方をお示ししたい。すでに統合報告を行っている企業の方々にも、あらためてその考え方や態勢などを振り返る機会となれば幸いである。

統合報告の始め方

統合報告は、企業がより広範な価値創造要因を社内で管理し、投資家やその他のステークホルダーに伝達するための手段であり、統合報告書は統合報告を実践するための1つの要素と位置づけられる。近年の企業を取りまく環境において、かつてなく広範囲のステークホルダーグループが、企業に対してより大きな説明責任を求めており、各企業は、自社がいかにして長期的かつ持続可能な事業を生み出しているのか、そして長期的な目標に対して現時点のパフォーマンスはどの程度満足のいくものであるのかについて、報告・説明すべきというプレッシャーに曝されている。統合報告を実践することで、価値創造要因の内部管理を財務パフォーマンスに結びつけ、企業の経営層とステークホルダーがビジネスを語るための共通言語を見出し、より的確で健全な対話を行うことが可能になる。

(1)組織内外における情報と対話

統合報告は、従来の財務中心の報告モデルよりも広い視野に立つだけでなく、企業が利用する財務や製造資本とそれ以外の資本(人的、社会・関係、自然等)がどのように相互に作用し、インパクトを与え合うかを理解することが重要だが、統合報告を始めるにあたって、まず誰と何をすればよいだろうか。

次頁図表1は、下部において各開示情報と関係部署の関わりを例示し、中部において各開示情報を活用したステークホルダーへの開示・対話を示している。また、上部においては、開示・対話において意識すべきポイントとして、発行体が伝えることと、ステークホルダーに伝わることとのギャップに注意し、ギャップを解消しつつ、開示と対話の質を高めていく必要性を謳うものである。

図表1が示すように、上場企業は、さまざまな目的や要請に応じて、さまざまなステークホルダーに対して情報発信を行っている。開示されるコンテンツや媒体は、有価証券報告書、決算短信、事業報告書、株主招集通知、アニュアルレポート、統合報告書、コーポレートガバナンス報告書、中長期の計画のプレゼンテーション、サステナビリティレポート、リクルートサイトなど多岐にわたり、それぞれに主管する部署とコンテンツを作成する関連部署が役割分担しながら、開示を行っているのが通常である。つまり、統合報告を始めるためにまったくのゼロからデータを準備するというわけではない。

一方で、昨今のコーポレートレポーティングの潮流としては、財務報告と非財務報告のエッセンスを一貫した体系で、統合的に情報発信することが期待されており、単に開示情報が多ければ多いほどよいという時代は終わっている。財務報告と非財務報告のエッセンスを統合的に情報発信するためには、まず、すでにある発信情報・開示内容を特定したうえで、それらは組織の誰が作成しているか、どのようなチャネルで配布して誰に読まれているか、組織内外のステークホルダーを認識し、さらに、それらがどのように伝わっているかについて、組織内外で対話を行うところがスタートとなるだろう。

図表1 関係部署とステークホルダーへの開示と対話(出所:PwCあらた有限責任監査法人)

(2)タイミング

組織内外のステークホルダーの認識と、開示・対話にあたっては、その内容のみならず、スケジュールを加味することも大事な要素である。
どの部署が、どのようなタイミングで情報発信を行い、ステークホルダーとコミュニケーションしているか、それらの事前準備や前後関係は何であるかもあわせて考慮する必要がある。

具体的な時間軸の例については、本連載第1回「統合報告に取り組もう」(5)「【ポイント⑤】意識する時間軸・制度改正対応とのバランスを考慮しよう!」の図表2「各関係者が主に意識する時間軸」もご覧いただきたい。そこでは主に、企業の役職員、投資家、市場がそれぞれ主に意識する時間軸をまとめているが、それらに対応する組織内の部署に置き換えて考慮することもできるであろう。

(3)統合思考によるアプローチ

前記(1)や(2)を出発点として、組織が長期にわたってどのように価値を創造するのかについて、外部環境と内部要素を加味しながら、財務資本・非財務資本を用いてビジネスプロセスが生み出す短中長期のインパクトを、ステークホルダーに対してストーリーでわかりやすく説明するためには、どのようにデータを収集し・管理するか、どのように情報発信を行い、どのようなステークホルダーとどのような対話を行うかという経営上の判断が必要である。

統合報告の基盤となるものは、このような「統合思考」とも称される包括的な事業管理のアプローチであり、包括的なアプローチによって組織内の関係部署・関係者を巻き込んでレポーティングの質を高めることができる。

統合報告へのロードマップ

ここからは、多様な開示と複雑なスケジュールを踏まえて、統合報告を実践するために、組織内の関係部署・関係者がどのように一枚岩になって対応するのかという観点について、PwCが提案するロードマップを用いて述べる。

(1)ロードマップの構成

統合報告へのロードマップとは、効果的な価値創造要因の管理と測定、社内外に向けたレポーティングのあり方を改善するための、PwCが提案する枠組みである。3つの基本的要素を基盤として、5つのステージで達成する(図表2)。

なお、ロードマップにおいて提示する内容は、規則として踏襲するものではなく、また統合的な報告や統合思考の利点は、コンプライアンス活動でもないことには留意してもらいたい。ステークホルダーに向けた報告を構築する過程では、たとえば、KPIに基づく実績とステークホルダーに対するインパクトの間に正の相関があるか、ステークホルダーとの対話で気づいた課題に対応するインパクトを報告できるか、といった、情報の関連性、結合性を維持することが難しいと感じる場面もあるだろう。このような場面においても、それぞれの企業の価値の分析と価値創造のプロセスに着目し、ロードマップの活用方法を調整しながら対応することができるだろう。

図表2 PwCが提案する統合報告へのロードマップ(出所:PwC)

(2)基本的要素

組織に統合報告を導入する取組みに際して基本的要素となるのが①重要性分析(マテリアリティ分析)、②価値創造、③インパクト評価の3つである。

① 重要性分析

重要性(マテリアリティ)は、財務報告においても大切であるが、非財務報告においてもその大切さは広く認識されており、定義は一様ではないものの、国際統合報告フレームワークやGRI(グローバル・レポーティング・イニシアティブ)の報告モデルにも組み込まれている。重要性分析は、自社の事業にとっての「重要性」・「重要課題」を把握する取組みであり、統合報告導入のロードマップに欠かせない重要な要素である。

重要性分析は、まずは社内において、ステークホルダーの関心事を意識しつつ検討することが出発点になるが、社内における検討にとどまるのではなく、ぜひ、投資家を含む外部のステークホルダーの声に耳を傾け、対話してもらいたい。ステークホルダーとのコミュニケーションにより、事業がもたらす財務および非財務のインパクトについて、ステークホルダーがどのように捉えているかをよりよく理解できるようになる。外側から内側をみる視点を持つことによって、経営陣は自社の事業やその背景をより包括的に捉えることができるようになり、自社にとって何が重要課題で、どこに価値創造の機会があるのかについて洞察を得ることができる。

統合報告への取組みを進めるにあたって、ステークホルダーの声に耳を傾ける一連のプロセスを構築することも一考に値するだろう。

② 価値創造

価値創造はロードマップの重要な要素の2つ目である。価値創造は、ステークホルダー、ステークホルダーが発する重要なメッセージ、リスク、戦略、価値創造要因(戦略目標の達成を左右する活動)、パフォーマンス、インパクトという相互につながりのある7つの構成要素による循環するプロセスであると考えられる。企業は、すべての主要なステークホルダーに対する価値創造がどのようになされているかを定性的に理解しておくことが望まれる。これは経営陣のみならず、開示と対話に関わるすべての部署・関係者にいえる。価値創造を理解するためには、ステークホルダーとの対話で明確なメッセージを引き出さなければ価値創造のあり方を定めることはできない一方で、効果的な対話のためには価値創造について理解しておく必要があるという繰り返しのプロセスであるということや、経営意思決定のインパクトは常に評価・測定されているため、価値創造に対する理解は将来に向かって変化することなどを、認識することも肝要である。

③ インパクト評価(・管理)/統合ダッシュボード

インパクト評価・管理とは、自社の戦略や事業活動が与えるインパクトを示す指標をモニターし、その指標を使って自社の価値創造ストーリーを投資家やその他のステークホルダーに報告するとともに、そのフィードバックを経営管理に反映することである。インパクト評価・管理について、この後の5つのステージでは「統合ダッシュボード」と説明しているが、統合ダッシュボードには、ステークホルダー、主要な重要事項、リスク、戦略目標、価値創造要因、主要業績評価指標(KPI)、ターゲット、インパクトに関する相互につながりのある広範な情報が含まれる。これを使って、各企業は自社のインパクトを体系的に評価し管理する。

現時点では、インパクトを確実に測定する標準化された方法はなく、インパクトごとに異なる測定方法を用いる場合もある。しかし、ステークホルダーにとっては、情報が提供されないよりは、情報が不完全であったとしても企業のパフォーマンスを理解することにつながるレポーティングが期待されていることを認識することが重要であり、特に取組みを始めた段階では、得られる情報は100%正確で確実なデータばかりとは限らないことを、経営陣は受け入れる必要があるだろう。

(3)5つのステージ

図表2で、PwCが提案する統合報告へのロードマップを示した。これは、3つの基本的要素で包含する5つの実務的ステージから成る。

各ステージは、経営陣の思考プロセスを組み立て、刺激するように工夫され、指針となるような問いを軸として構成されている。このアプローチは、ロードマップの最終地点だけでなく、ロードマップの全体で継続的な改善プロセスを支援し、それぞれのステージの終了地点でも具体的な効果が得られることを意図している。

各ステージと、指針となる問いは、次のとおりである。

① ステージ1

外に目を向け、ステークホルダーとの関係構築を図る。

  • ステークホルダーの特定、優先順位づけ、ステークホルダーとの関係性の評価は行ったか。
  • メガトレンドによってもたらされる事業上の機会とリスクの検討は行ったか。
  • 市場における自社の競争上の位置づけをどの程度正確に把握しているか。
  • 重要性の評価はどのように行っているか。
② ステージ2

ステークホルダーへの価値提案を決めて戦略を刷新する。

  • ステークホルダーにとっての価値をどのように定義しているか。
  • ステークホルダーにとっての価値をどのように創造しているか。
  • 戦略は、短期、中期、長期の変化に対応(resilient)できるものか。
  • すべての重要課題を盛り込むために戦略や目標を刷新する必要があるか。
③ ステージ3

内部プロセスと戦略の整合性を図る。

  • 自社の組織文化や行動は戦略目標の実行をどのようにサポートしているか。
  • 統合された経営情報はシステムやプロセスによって利用可能か。
  • 戦略目標を一連の経営情報に結び付けることができているか。
④ ステージ4

統合ダッシュボードを構築する。

  • 自社の戦略がどのようにステークホルダーに価値をもたらしているかについて、組織内の意思疎通は図れているか。
  • 自社の経営情報が取締役会やその他の意思決定者への包括的な判断材料の提供となっていることを確認できているか。
  • 包括的な経営情報に基づいた意思決定を行っているか。
  • 意思決定の材料となる正確なデータを持っているか。
  • インパクト評価はどのように行われているか。インパクト評価はダッシュボードに組み込まれているか。
⑤ ステージ5

投資家とのよりよい対話のために報告を統合する。

  • 現行の報告プロセスにおいて、部門横断的な運営グループは任命されているか。
  • 取締役会は当該運営グループに明確なビジョンを与えているか。どのようなストーリーが語られることになっているか。
  • 特定の個人を執筆責任者として任命しているか。
  • 白紙の状態から、範囲や境界を決定したか。
  • ストーリー展開の軸として結合性マトリックス等()を活用しているか。
  • 投資家との対話のなかでアニュアルレポートの利用をいかに向上させるかについて、明確なコミュニケーション計画を持っているか。
(*)結合性マトリックスの内容は、連載第6回で解説予定。

おわりに

統合報告への5つのステージの具体的な内容については、次回以降の記事で紹介することとなる。これらのステージの取組みを行うことで、レポーティングにおいて具体的にどのような改善効果があるのかについても示すことになる。

今回は全体像の紹介までとなったが、是非、本連載の後続記事にも注目していただきたい。

執筆者

星子 智美

マネージャー, PwC Japan有限責任監査法人

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