
【第10回・完】企業報告の未来~保証、情報の信頼性、そして統合思考~
企業報告全体の信頼性向上が期待されており、財務報告とも整合する非財務報告の保証基準の開発・利用と継続的な進化が期待されます。また、 非財務情報の発信増加に伴い、信頼性を高めるためにデジタルなどを活用した内部統制の整備・運用の強化が求められます。
2022-10-25
※本稿は、「旬刊経理情報」2022年8月20日・9月1日号(No.1653)に寄稿した記事を転載したものです。
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近年、ステークホルダーの企業活動への関心の高まりなどさまざまな要因により、統合報告書による開示に限らず、企業が自主的・制度的に問わず発信する情報の種類・量が増加している。第1回や第8回で取り上げたとおり、2022年に限っても政府や省庁から多くの非財務情報開示に関連する提言や報告書等が発表されている。たとえば、米国証券取引委員会(SEC)は気候関連情報開示の規則案を公表し(2022年3月)、公益財団法人財務会計基準機構(Financial Accounting Standards Foundation:FASF)が「サステナビリティ基準委員会(Sustainability Standards Board of Japan:SSBJ)」を設立した(2022年7月)。また、岸田首相は大企業の非財務情報開示の義務づけの意向を表明している(2022年7月)。
また、非財務情報の開示をさらに促進する取組みとして、IFRS財団の「国際サステナビリティ基準審議会(International Sustainability Standards Board:ISSB)」が「サステナビリティ関連財務情報開示に関する全般的要求事項」および「気候関連開示」の公開草案に対するコメント募集を締め切り(2022年7月)、今後は寄せられたコメントの分析と年内の基準の最終化が予定されている。
企業自身による工夫も進化し続けている。標準的なフレームワークや基準に則った開示に限らず、それ以外の方法による「伝える」活動も増えている。近年は、統合報告をウェブページの形で発信し、動画やアニメーションなどを使ってビジュアル・ストーリーテリングに取り組む企業もある。また、従来のIR情報に加え、株主総会や決算発表等の様子を動画で記録・配信する企業も多い。IR関連の動画を集めたサイトでは千を超す企業の動画を見ることが可能だ。日本では必ずしも一般的ではないが、海外へ目を転じると、企業経営者がSNSを利用して活発に情報発信をする例もある。新聞記事などで、海外企業の役員クラスがオープンなSNS上で行った発言についての話題を目にすることも珍しくはないだろう。
加えて、DX認定制度にみられるように、申請書類が広く世の中に共有・公開される制度もある(こうした申請書は、事前にIR部門等が整合性をチェックしている例は必ずしも多くはないかもしれない)。
このように、企業側やその経営者から直接的・間接的に発信される情報量は飛躍的に増加する流れにあり、情報発信の方法やタイミングも多様化している。
企業側から主体的に「伝えていない」情報でも、利用者が企業以外の情報ソースから入手可能な情報も格段に増えている。いわば、企業が発信した1次情報ではない「非公式」な情報が増えている。
このような情報ソースとしては、たとえば転職支援サイトがある。こ
れらのサービスはその発足当初から元従業員・現従業員等の口コミを収集してきており、いわば「人的資本」に関する企業の状況を示している情報ソースといえる。「企業の法令遵守意識」をスコアリングしているサービスもあり、得られる情報は人的資本関連に限らない。また、厚生労働省は「労働基準関係法令違反に係る公表事案」を公表しており、こちらも「人的資本」に関連する情報の1つといえるだろう。
このような「企業以外からの情報ソース」は「企業側からの発信」と比較することができる。近年は非財務情報の開示が拡充されているため、利用者側が比較可能な情報も増加している。
また、他にも企業やその経営陣がSNSで発信した情報が意図しない形で拡散される(伝わってしまう)こともある。いわゆる「炎上」事件の例を挙げると、次のようなものがある。
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これらの事件では、統合報告書などによる企業側からの発信においては「法令遵守・SDGs推進・ダイバーシティ推進」などを掲げているが、それに反するような内容が企業関係者から発信されているケースも散見されている。このような「表向きの発信」との乖離は、企業の内部のみならず通報等を通じて外部から指摘されることもあり得る。従来からあった当局や監査法人への外部通報、マスコミなどへの情報リークに加え、近年はいわゆる「モノ言う株主」をも、従業員や取引先からの告発先の候補となり得る。
企業側関係者がまったく意図しないかたちで情報(メッセージ)が受け取られてしまうこともある。たとえば、企業広告の分野では、ヘイトスピーチを行った動画配信サイトにおいて企業の広告が意図せざる形で放映され、いわゆるブランドセーフティも重要な課題になりつつある。インターネット広告に代表されるデジタル広告においては、テクノロジーを利用した広告表示の大量処理・自動化によって企業側が意図しない場所・場面において広告が掲載されるリスクがあるため、こうした問題への対処も取組み課題の1つとなっている。
情報流通の拡大は、企業による公式見解の発信だけによって引き起こされるわけではない。われわれは企業と間接的に結びつく情報にも目を向ける必要がある。従前から重要な指標であった経済指標や業界団体が公表している業界概況に加え、近年では公的機関が発表するオープンデータやIoT(モノのインターネット)が収集するデータなど、利用可能なデータが増加している。オープンデータの開示は「データをもっと活用しよう」という意識的・社会的な取組みに伴う情報流通量の増加であり、IoTデータはテクノロジーの進歩により可能となった情報生成量の増加である。
これらの情報を統合報告の利用者が直接使うことはないかもしれないが、データが指標化されることで、統合報告の内容と比較ないしは参照されることも増えそうだ。たとえば、スマートフォンから取得したヒトの移動量や、人工衛星画像から取得した公海上の船舶流通量などは、人流・物流の指標として利用され、個々の企業が開示している情報との整合性が検討される可能性も生じてこよう。
テクノロジーによる情報生成は関連技術の進歩が非常に著しく、今後もさまざまな確からしさのデータが、世に流通していくことが想定される。たとえば、ブロックチェーン技術やweb3(web3・0)の利用がさらに普及した場合、一部の取引データは企業外の誰でも利用可能なデータとなる可能性もある。
利用者も大いに進化している。利用者が取得した情報をどのように取り扱うか、その使い方に目を向けてみたい。
従来は、企業内外から発信される情報には「ヒトの意思/判断」が介在した。利用者が直接、またはアナリストやマスコミ等を通じて間接的に得る情報はヒトによって作り出されてきたものであった。しかしながら昨今の技術革新により、人工知能をはじめとしたテクノロジーを「ヒトの意思/判断」のサポートに利用する取組みが活発になっており、テクノロジーが情報を作り出す役目の一端を担うようになっている。
新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の対応のなかで、社会全体におけるデジタル情報の利活用は飛躍的に進化している。たとえば、音声の自動認識・書き起こしのアプリケーションや、自動翻訳等の精度は飛躍的に向上している。リモート形式での各種の説明会での発言が瞬時にテキスト化され、プレスリリース同様の力をもって流通する時代となってきた。
また、「AIが企業の決算情報の公表後、すぐに内容から要点をまとめて配信する」というようなサービスや「決算発表で話された内容をすべて文字起こしする」というサービスが世に出始めている。これをテクノロジーの面から分解すると次のような技術構成要素が考えられる。
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これらのサービスを利用することで、たとえば「決算発表がいつ実施されるか確認する」、「決算発表に行く・聞く・読む」、「決算発表の内容を他社比較が可能なように整理する」といった作業はヒトに代わってテクノロジーが実施するようになるかもしれない。
別のサービスでは、企業の財務指標や社会のさまざまな経済指標をパラメーターとして利用した「企業の業績を予測するAI」などもある。このサービスを使うことで「経営者の業績予想を市況と照らし合わせる」という作業をテクノロジーがサポートしているかもしれない。「契約書などの文章を比較する」サービスは、将来「発信された情報間を比較し、矛盾がないかをチェックする」サービスに発展するかもしれない。
近年、データ流通量は爆発的拡大傾向にあるが、対してヒトが処理できるデータ量には時間的・物理的限界がある。これに対応するため、テクノロジーによる情報処理も加速度的に進歩している。これからも続くデータ爆発に対応するため、今後の情報処理において「ヒトの意思/判断」をサポートするテクノロジーの重要性はますます増してくるだろう。
ステークホルダーが利用する企業情報は、「企業から発信される情報を中心に利用する」時代から、「企業内外の情報ソースから入手する情報を複合的に利用する」時代に変容しつつある(下図参照)。
このような企業情報を取り巻くしくみ(システム)の変化のなかで、重要な点は3つだ。
(1)情報量が増えている。 (2)企業外からも利用可能な情報が発信されるようになっている。 (3)情報処理におけるテクノロジーの重要性が増している。 |
これらは一見すると、統合報告の利活用との関係が薄いようにもみえるかもしれない。企業情報のサプライチェーンができて一気に変わりつつある時代において、統合報告の重要性は相対的に下がるのであろうか?
筆者たちは逆に統合報告の重要性は高まると考える。次では、新たなシステムにおける統合報告の役割・使い方、実務上のポイントを考察したい。
企業情報が企業内外の複数のソースからの情報によって補完されるようになるなか、ステークホルダーとの新たな対話システムにおいて発信者側にとってまず重要になってくるのは「情報間の整合性」だ。
利用される複数の情報が相互に整合していない場合、利用者がいずれかの情報源に不信感を抱くことは必至だ。公式な情報間での整合性はもとより、公式・非公式の情報の間に大きな不整合や矛盾が生じそうな場合においても、発信側は不信感が企業に向かわぬよう、特に心掛ける必要がある。前記「利用者が受け取る(伝わる)情報の増加」では企業側の発言がSNSで炎上した事例を取り上げたが、そのような「企業側から発信する情報間の矛盾」は不信感を招きやすいため注意したい。統合報告は扱う企業情報の範囲が多岐にわたるため、企業から行う他の情報発信との整合性の確認を慎重に行う必要がある。
裏を返せば、取り扱う範囲が多岐にわたるため統合報告を各情報発信のハブにするという考え方もできる。
たとえば、社外のみならず、まず、社内における対話において、統合報告は非常に有用なツールとなり得るだろう。統合報告には経営陣の経営戦略から製造販売戦略、人事戦略、技術戦略、物流戦略、CSR/ESG/SDGsなどの社会的責任に関する取組み、ガバナンス・コンプラインスに関する取組みなど、さまざまなメッセージが込められている。これを社内のステークホルダーに発信することの効果は、単なる情報共有ないし「企業から発信する情報の整合性確保」だけにとどまらない。企業文化の醸成や、トップメッセージの周知、コンプライアンス遵守等の意識向上にもつながるであろう。整合性の確保を単なるチェック作業と捉えず、企業文化を築く活動の一環として取り組みたい。
実務においては、整合性の確保のためテクノロジーを活用することも有用だ。先に「文章を比較するサービス」の例を挙げたが、このようなテクノロジーを応用して、発信情報に矛盾がないかチェックすることができるかもしれない。少なくとも、社外の情報利用者が市販サービス/テクノロジーを使って実施できるレベルの整合性チェックはあらかじめ行っておきたい。
もう1つ注意しなければならない点は、新たなシステムにおいて自社のビジネスに関する情報の一部は社外の情報ソースから供給される点である。それらの情報は経営陣の管理外にあり、企業側からその内容を変更することは難しい。特にテクノロジーにより生成される情報は情報の生成方法がブラックボックスとなっているケースもあり、予測がつかなかったり、整合させることが難しかったりすることもある。これからの時代では、企業が開示した情報の読み手は、AIやデジタル・テクノロジーかもしれない、という点も意識したい。
この場合、実は情報に整合性がないことはそれほど問題とならない。社外の情報ソースはいってみれば「部外者の主張」であり、反論の余地がある。ただし、その際には「企業側が発信する情報の根拠・意図」の説明が必要となってくる。企業側には不整合に対して「われわれはこのように考えて発信している」と自らのストーリーを語ることが求められるであろう。説得力のあるストーリーを語るためのツールとして、統合報告での発信はますます重要になるだろう。
実務においては、ここでもテクノロジーを味方にすることが可能だ。社内の情報ソースと管理外の情報ソースとの比較(あるいは社外のサービスで自社がどのように評価されているのかと自社の認識の比較)をあらかじめ行うことで、どのような不整合を指摘され得るか事前に把握できるだろう。自社が言いたいことが正しく伝わっているかを検証することだけに注力するのではなく、誤解されていること、正しく伝わっていないことを見つけ出し、なぜそのような誤解が生じたのかを検討することで、自己検証を通じて開示と対話の進化に注力することは、とても有意義である。
ここまで述べたように、新たなシステムにおいては情報量の増加・情報ソースの多様化に伴い、経営陣が社内外のステークホルダーに企業側のストーリーを語り、より多くの説明やデータを積極的に提供していくことの重要性が高まっている。すなわち、ステークホルダーとの「対話の内容」と「対話の場」におけるDXをいかに進化させていくかが重要である。
「対話の内容」については、統合報告が得意とするところだ。制度開示の枠組みにとらわれず、経営陣が幅広い領域にわたって企業側のストーリーを語るツールとして統合報告はうってつけだ。自社の昨年までのストーリーと今年までのストーリーでの異同をテキストマイニングで比較・分析し、重みづけや意味合いの変化を自己検証したうえで、対話に臨むのも有意義である。また、統合報告以外の複数の報告書間での開示の整合性の度合いを分析してみるのも有効である。
また、「対話の場」については、統合報告には今以上の可能性がありそうだ。多くの企業において統合報告の利用者は主に「金融・資本市場のステークホルダー」を想定している。しかしながら企業情報を利用するステークホルダーは社内・社外に幅広く存在し、世代を超えた情報の受け手にとって広範な企業情報を含む統合報告は非常に大きな情報価値を持つ。
今後は、日本語情報のみならず、英文開示情報もより一層流通し、比較・検証され、人間やAIに解釈される時代になる。
今後、統合報告の制作時には、情報の読み手や開示後の情報流通を視野に入れた〈「統合報告」×「DX」〉が常に真正面から向き合うべき公式となろう。新しい情報開示・対話の時代において、統合報告の価値がますます高まることを期待し、本稿の結びとしたい。
企業報告全体の信頼性向上が期待されており、財務報告とも整合する非財務報告の保証基準の開発・利用と継続的な進化が期待されます。また、 非財務情報の発信増加に伴い、信頼性を高めるためにデジタルなどを活用した内部統制の整備・運用の強化が求められます。
2022年に入り、政府や省庁から様々な報告書等が数多く公表されています。これらの中から、統合報告を行うに当たって参考に資する内容について、「経営の8要素」に則して解説します。
統合報告を作成するための具体的な手順とスケジュールについて、統合思考が進んでいる会社が行っているポイントを交えて解説します。
統合報告のロードマップの5つのステージのうち、ステージ4は統合ダッシュボードの構築、ステージ5は投資家とのよりよい対話のための報告の統合となります。
統合報告の作成にあたって必要な3つの基本的要素と、5つのステージのうち、1~3(ステークホルダーとの関係構築、戦略の刷新、内部プロセスと戦略おの整合性)について詳細を解説します。
統合報告のスタートは、企業における様々な情報発信の主体が、企業内において開示・対話を始め、どのようにデータを整理するかを考えることにあります。
グローバルな視点で統合報告・情報開示に取り組むヒントとして、海外における当局の動向や表彰制度を紹介します。
「よい開示」に向けて参考となる金融庁の好事例集や国内の各種表彰制度を紹介し、開示の読み手との対話をすることの有用性について解説します。
統合報告の意義や最新動向を考察し、統合報告を展開する際のポイントと、参考となる情報開示発信物を紹介します。