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PwC弁護士法人のジェネラル・コーポレート・プラクティスニュースレターでは、企業において日々生起する法的な課題の解決に有益と思われるトピックを取り上げて、情報を発信して参ります。
今回は、以下の4つのトピックを紹介します。
トピック1:「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律」の成立
トピック2: 公正取引委員会による令和5年度における企業結合関係届出の状況および主要な企業結合事例の公表
トピック3:ストックオプション・プールに関する会社法の特例整備に係る法改正について
トピック4:マレーシアサイバーセキュリティ法の施行
2024年6月12日、「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律」(令和6年法律第58号)(以下「本法」といいます。)が成立し、同月19日に公布されました*1。
本法の目的は、スマートフォンの利用に特に必要なソフトウェアについて、セキュリティの確保等を図りつつ、競争を通じて、多様な主体によるイノベーションが活性化し、消費者がそれによって生まれる多様なサービスを選択できその恩恵を享受できるよう、競争環境の整備を行うことにあります*2。
本法は、①公正取引委員会による規制対象事業者の指定、②禁止事項及び遵守事項の整備(事前規制)及び③規制の実効性確保のための措置を骨子としています*3。
以下、本法が成立するに至った背景及び同法の主たる内容について概説いたします。
スマートフォンが急速に普及し、国民生活及び経済活動の基盤となる中で、スマートフォンの利用に特に必要なソフトウェア(基本動作ソフトウェア(OS)、アプリストア、ブラウザ、検索エンジン。これらを総称して「特定ソフトウェア」といいます。)の提供等を行う事業者は、特定少数の有力なデジタル・プラットフォーム事業者(以下「巨大デジタル・プラットフォーマー」といいます。)による寡占状態となっています。スマートフォンを通じて顧客にアクセスする事業者は、特定ソフトウェア上で巨大デジタル・プラットフォーマーにより一方的に設定される仕様やルール等に則って自社のサービスを提供せざるを得ない状況に置かれているため、巨大デジタル・プラットフォーマーによるデジタル市場における排他的行為、参入抑制及びイノベーションの阻害が強く懸念されています。
そこで、スマートフォンの特定ソフトウェアについて、セキュリティの確保等を図りつつ、競争を通じて、多様な主体によるイノベーションが活性化し、消費者がそれによって生まれる多様なサービスを選択でき、その恩恵を享受できるよう、競争環境を整備するための一つの施策として、本法が制定されました。
本法において、公正取引委員会は、特定ソフトウェアの提供等を行う事業者のうち、当該特定ソフトウェアの提供等に係る事業の規模が他の事業者の事業活動を排除し、又は支配し得るものとして特定ソフトウェアの種類ごとに利用者の数その他の当該事業の規模を示す指標により政令で定める規模以上であるものを、本法第3章(指定事業者の義務。本法第5条から第14条)の規定の適用を受ける者(以下「指定事業者」といいます。)として指定することとされています(本法第3条第1項)。
本法が定めている指定事業者の禁止事項及び遵守事項の概要は、主に以下の通りです。
(1) 指定事業者による不当なデータの使用
指定事業者は、一定の特定ソフトウェア(OS、アプリストア及びブラウザ)に関して、他のアプリ事業者から取得したアプリの利用状況や売上げ等のデータについて、当該他のアプリ事業者が提供する商品又はサービスと競争関係にある商品又はサービスの提供のために使用してはなりません(本法第5条)。
(2) アプリ事業者に対する不公正な取扱い
指定事業者(OS又はアプリストアに係る指定を受けたものに限ります。)は、アプリ事業者によるOSやアプリストアの利用条件、取引の実施について、不当に差別的な取扱いや不公正な取扱いをしてはなりません(本法第6条)。
(3) アプリストア間の競争制限
指定事業者(OSに係る指定を受けたものに限ります。)は、その指定に係るOSを通じて提供されるアプリストアについて、自社の提供するものに限定するなど、他の事業者がアプリストアを提供することを妨げてはなりません(本法第7条第1号)。ただし、当該OSが組み込まれたスマートフォンについて、サイバーセキュリティ、プライバシー、青少年保護等のために必要な措置であって、他の行為によってその目的を達成することが困難である場合、当該措置を講じることができるものとされています(正当化事由)*4。
(4) OSにより制御される機能への他の事業者のアクセスの制限
指定事業者(OSに係る指定を受けたものに限ります。)は、OSにより制御される機能(音声を出力する機能等)について、他の事業者が、指定事業者がアプリにおいて利用する場合と同等の性能で利用することを妨げてはなりません(本法第7条第2号)。ただし、上記(3)と同様に正当化事由が定められています。
(5) 指定事業者以外の課金システムの利用制限
指定事業者(アプリストアに係る指定を受けたものに限ります。)は、その指定に係るアプリストアに関して、アプリ事業者に対して、他社の課金システムを利用しないことを条件とするなど、他社の課金システムを利用することを妨げてはなりません(本法第8条第1号)。ただし、上記(3)と同様に正当化事由が定められています。
(6) アプリ内でのユーザーへの情報提供制限
指定事業者(アプリストアに係る指定を受けたものに限ります。)は、アプリ事業者が、アプリにおいて、ウェブサイトで販売するアイテム等の価格やウェブサイトに誘導するリンクを表示することを制限してはならず、また、アプリ事業者がウェブサイトにおいて商品又は役務を提供することを妨げてはなりません(本法第8条第2号)。ただし、上記(3)と同様に正当化事由が定められています。
(7) 指定事業者以外のブラウザエンジンの利用禁止
指定事業者(アプリストアに係る指定を受けたものに限ります。)は、自社のブラウザエンジンの利用を条件とするなど、アプリ事業者による他のブラウザエンジンの利用を妨げてはなりません(本法第8条第3号)。ただし、上記(3)と同様に正当化事由が定められています。
(8) 検索における自社のサービスの優先表示
指定事業者(検索エンジンに係る指定を受けたものに限ります。)は、検索結果の表示において、当該指定事業者(その子会社等を含みます。)が提供する商品又は役務を、正当な理由がないのに、競争関係にある他社の商品又は役務よりも優先的に取り扱ってはなりません(本法第9条)。
(9) 指定事業者のサービスのデフォルト設定
指定事業者は、OSやブラウザの標準設定について、一般利用者が簡易な操作により変更できるようにしなければならず(本法第12条第1号イ、同第2号イ)、また、ブラウザや検索等について、他の同種のサービスの選択肢を示す選択画面を表示しなければなりません(同条第1号ロ、同条第2号ロ)。
(10) その他
指定事業者によるデータの管理体制等の開示義務(本法第10条)、データ・ポータビリティのツール提供の義務付け(本法第11条)、OS、ブラウザの仕様変更等の開示義務(本法第13条)等についても規定がされています。
本法は、従来の独占禁止法の執行とは異なり、指定事業者やアプリ事業者等のステークホルダーと継続的に対話しながら、ビジネスモデルの改善を求める新たな規制の枠組みを規定しています*5。
(1) 関係事業者からの情報提供、関係行政機関との連携
指定事業者は、毎年度、公正取引委員会規則で定めるところにより、①指定事業者の事業に概要に関する事項、②本法第5条から第13条までの規定を遵守するために講じた措置に関する事項及び③その他本法の規定の遵守の確認のために必要な事項を記載した報告書を作成し、公正取引委員会に提出することが求められます(本法第14条第1項)。公正取引委員会は、事業者の秘密を除いて、当該報告書を公表する義務を負います(同条第2項)。
また、何人も、規定に違反する事実があると思料するときは、公正取引委員会に対し、その事実を報告し、適当な措置をとることを求めることができ(本法第15条第1項)、指定事業者は、当該報告及び求めをした者に対して、当該報告及び求めをしたことを理由として、特定ソフトウェアの利用の拒絶その他の不利益な取扱いをしてはならないとされています(同条第2項)。
本法は、公正取引委員会と関係行政機関との連携を通じた対応を想定しており、公正取引委員会が、本法第7条但書又は第8条但書の規定(いずれも指定事業者の禁止事項に係る正当化事由に関する規定)の適用に関し必要があると認めるときは、内閣総理大臣、総務大臣、文部科学大臣、経済産業大臣又はこども家庭庁長官その他の関係行政機関の長に対し、意見を求めることができる旨が規定されています(本法第43条第1項)。
(2) 違反した場合の措置
本法の規定に違反した場合には、以下の排除措置命令及び課徴金納付命令の対象となります。
ア 排除措置命令
本法第5条から第9条までの規定に違反する行為があるときは、公正取引委員会は、指定事業者に対し、当該行為の差止め、事業の一部の譲渡その他これらの規定に違反する行為を排除するために必要な措置を命ずることができます(第18条第1項)。
イ 課徴金納付命令
指定事業者が、本法第7条又は第8条(第1号及び第2号に係る部分に限る。)に違反する行為(以下「違反行為」といいます。)をしたときは、公正取引委員会は、当該指定事業者に対し、当該違反行為に係る違反行為期間における、政令で定めるところにより算定した当該指定事業者及びその特定非違反供給子会社等(独占禁止法第2条の2第7項に規定する特定非違反供給子会社等をいう。)が供給した当該違反行為に係る商品又は役務の売上額に、100分の20を乗じて得た額に相当する額の課徴金を国庫に納付することを命じなければなりません(本法第19条第1項)。また、当該違反行為に係る事件についての調査開始日から遡り10年以内に、課徴金納付命令を受けたことがある者等については、割増算定率が採用され、100分の30を乗じて得た額に相当する課徴金の納付が求められます(本法第20条)。
(3) 勧告及び命令
公正取引委員会は、指定事業者が本法第3章第2節(第10条から第13条)又は本法第15条第2項の規定に違反したと認めるときは、当該指定事業者に対し、速やかにその違反に係る行為をやめるべきこと、同節に規定する措置を講ずべきことその他必要な措置を講ずべきことを勧告することができます(本法第30条第1項)。また、かかる勧告を受けた指定事業者が、正当な理由がなく、当該勧告に係る措置を講じなかったときは、公正取引委員会は、当該勧告を受けた者に対し、当該勧告に係る措置を講ずべきことを命ずることができます(同条第2項)。
本法の施行期日については、一部の規定を除き、公布の日(2024年6月19日)から起算して1年6月を超えない範囲において政令で定める日とされています(本法附則第1条)。
EUでは先行して、EUデジタル市場法の本格的な運用が開始され(2024年3月)、アメリカ合衆国では司法省によるデジタル・プラットフォーム事業者に対する提訴等の動きがあり、英国においてもデジタル市場の競争環境整備のための法案が成立しています(2024年5月)。本法は、これらの欧米の諸規制に足並みをそろえて、日本市場において巨大デジタル・プラットフォーマーに公正な競争を求めていくための新たな法律の枠組みであり*6、特にスマートフォンの特定ソフトウェアに関連する事業者にとって実務上重大な影響を及ぼすことが想定されます。
今後、本法に関しては、指定事業者の禁止事項及び遵守事項(第5条から第13条)について、指定事業者が適切に対処するための指針が公正取引委員会によって公表され(本法第46条)、また、本法の諸規制の要件や公正取引委員会による調査や事件処理等の詳細については政令に委任されること(本法第47条)が想定されますので、今後もこれらの動向を注視していくことが肝要です。
公正取引委員会(以下「公取委」といいます。)は、年に一度(概ね6月頃)、直近一年度における独占禁止法(以下「独禁法」といいます。)に基づく企業結合審査の状況および主要な事例を取りまとめ、公表しています*7。
本ニュースレターでは、本年7月5日に公表された、令和5年度(2023年4月からの1年間)における①企業結合関係届出の状況および②主要な企業結合事例の内容について紹介します。
(1) 届出件数・審査結果の全体像
公取委が本年7月5日に公表した「令和5年度における企業結合関係届出の状況」*8によれば、令和5年度における企業結合計画(株式の取得、合併、分割、共同株式移転、事業譲受け等の取引の計画)の届出受理件数は345件(対前年度比12.7%増)でした(過去3年度の届出受理および審査の状況については表1参照)。
かかる345件の大半を占める335件については、第1次審査の段階でのクリアランス(公取委から届出会社に対する、排除措置命令を行わない旨の通知)取得に至っています。また、第2次審査に移行したものはありませんでした。
もっとも、クリアランスが取得できた335件のうち1件では、いわゆる問題解消措置の履行を前提としたクリアランスとなっています(公取委「令和5年度における主要な企業結合事例」事例9)。同事例においては、2021年1月から公取委との届出前の相談が行われたことが公表されており、審査終了までに3年超の期間が経過しています。
また、10件について届出受理後・審査完了前に届出が取り下げられています(表1「第1次審査終了前に取下げがあったもの」)。取下げの詳細な個別具体的な理由は明らかとはされていませんが、クリアランスの取得が困難であったために取引が断念された例も一定数含まれている可能性があります(さらに言えば、届出受理に至る前において、例えば公取委との届出前のコミュニケーションを通じて、クリアランス取得が困難であるとの見通しの下で、届出自体を断念する例も想定され得ます。)。
したがって、届出事案の大半が第1次審査の段階でクリアランス取得に至っているという近時の傾向からは、令和5年度における届出状況は、必ずしも公取委によるクリアランス取得が容易であったことまでは意味しないことに注意を要します。
令和3年度 | 令和4年度 | 令和5年度 | |
届出件数 | 337 | 306 | 345 |
|
328 | 299 | 335 |
(うち禁止期間の短縮を行ったもの) | (248) | (243) | (262) |
|
8 | 7 | 10 |
|
1 | 0 | 0 |
(2) 特殊な審査手法の活用事例
公取委は、その事案の特性(競争への影響が比較的強度とみられるような案件や、海外競争当局においても審査が並行している案件等)については、第三者からの情報・意見の募集、内部文書の活用、経済分析の活用、海外当局との意見交換といった、より詳細に、あるいは多角的な審査を行うための特殊な審査手法を用いることがあります*10。令和5年度に審査を終了した企業結合案件のうち、上記の各審査手法を用いたものの件数は表2のとおりです。
公取委が上述の審査手法を用いる件数はごく一部にとどまりますが、公取委による当該手法の採用が明らかとなった際には審査が高度化・複雑化するため、当事会社側においても適時に専門家を関与させたうえで適切な対応を行う必要性が高まります。
審査手法 | 件数 |
第三者からの情報・意見の募集 | 1件 |
内部文書の活用 | 10件 |
経済分析の活用 | 7件 |
海外当局との意見交換 | 5件 |
令和5年度において「主要な企業結合事例」として審査内容が公表された10件の事例のうち、事例2、事例5および事例7を取り上げ、ポイントを絞って解説します。
(1) 有力な競争事業者の有無について、当事会社・競争事業者間の提携関係や薬機法上の規制内容が考慮された例(事例2)*12
ア 有力な競争事業者との提携関係(問題の所在)
事例2は、日本国内における男性不妊症治療薬の製造販売市場において約10%の市場シェアを有する医薬品メーカーX1が、同一市場で約20%の市場シェアを有するY1の競合事業を譲り受ける事案です。X1、Y1以外の競争事業者としてはAが1社存在するにとどまるものの、Aの市場シェアは約70%に上ります。
しかし、これら3者間(特にX1とAの間)には既に一定の事業上の提携関係等が存在していたため、Aをもって有力な競争事業者が存在する(したがって、当該企業結合実行による競争への影響を小さいものと評価する)とすることが可能であるかが問題なったものと考えられます。すなわち、男性不妊症治療薬の製造工程は、大まかに①原薬製造(or 調達)、②製剤および③包装の三段階に分かれるところ、X1は、AからA製品の製剤・包装(段階②・③)を受託していました(また、Y1からY1製品の製剤(段階②)を受託していた他、3社ともに同一メーカー製の原薬を調達していました。)。そして、AがA製品の製剤・包装の委託先をX1から他社に切り替えるためには一定の期間と多額の費用を要する状況であったことから、(その事業活動がX1に相当程度依存している)Aは必ずしも有力な競争事業者とは評価できない可能性についてやや慎重に検討すべき事案であったと考えられます。
具体的には、公取委は、X1がA製品の製剤・包装の受託を拒否等*13する反面、自社製造量を増やす行動に出ることを通じて、もはやAが有力な競争事業者の地位にとどまれなくなる可能性の有無に着目して、比較的詳細な審査結果を公表しています。
イ 薬機法による規制等の考慮
前記アで述べた「X1がA製品の製剤・包装の受託を拒否等する反面、自社製造量を増やす行動に出ることを通じて、もはやAが有力な競争事業者の地位にとどまれなくなる可能性」の有無について、公取委は、薬機法*14の規制内容も踏まえてX1の能力・インセンティブを評価した結果、Aはなお有力な競争事業者であると結論付けました(さらに、後記ウにて触れる各検討も経て、競争を実質的に制限することとはならないと結論付けています。)。かかる評価のポイントは表3に記載のとおりです。
(表3)X1による、Aへの受託拒否等の能力・インセンティブに関する公取委の評価
X1の能力 |
⇒Aへの受託拒否等をしても、原薬不足から、今後1、2年間のうちにX1が自社の販売量を大幅に増加させることは困難 |
X1にとってのインセンティブ |
⇒X1にとってAへの受託拒否等を行うことは必ずしもX1にとって利益とならず、寧ろ不利益となるリスクを伴うことから、インセンティブが不存在 |
ウ その他の審査内容
公取委は、本件の審査において、需要者(医薬品卸事業者)からの競争圧力が積極的に存在すると認定しました。医薬品の製造販売分野に関する過去の企業結合事例においては、必ずしも需要者からの競争圧力が積極的に認定されていませんでした*15。審査対象となる具体的な医薬品の種類や商流に応じて、需要者による交渉力の高低や、価格競争の激しさが異なっていて、そのため公取委による評価も事案によって異なっているものと考えられます(本件では、医薬品卸売業者の企業規模の大型化による交渉力の向上や、上市後長期間が経過した医薬品については比較的値下げ圧力がかかりやすいことが指摘されています。)。
また、前記アで述べたとおり、当該企業結合後には寡占市場となり、かつ、これらの会社間の提携関係の存在を前提とすれば、一般的には、協調的行動による競争制限の懸念が比較的生じやすい事案ということになると考えられます。もっとも、X1社内において情報遮断措置がとられていることや、そもそも製剤・包装のコスト割合は小さいことを理由に、そのような懸念はないものと判断されています。
(2) 水平型企業結合*16において、当事会社間の従来の競争関係の内容が、企業結合による競争への影響を小さく評価する要素として考慮された事例(事例5/事例7)
前記(1)で紹介した事例2では、「一方当事会社と競争事業者間」の競争関係(提携関係)が、競争制限の蓋然性を「惹起させる」形で問題となりましたが、本項では、企業結合前における「当事会社間」の競争関係(提携関係)の実態が競争制限の蓋然性を「否定する」方向に考慮された下記2つの事例を併せて紹介します。
事例5 | 発電機メーカーX2と、発電プラント供給事業者Y2が、吸収分割および株式取得を通じてそれぞれの発電機事業を統合 |
事例7 | 各種地図や地図データベースの提供事業者X3と、自動車部品製造の他カーナビゲーションシステム用のソフトウェアの開発・提供事業を営むY3が、カーナビ向け等の地図データの企画・調査・製作・販売事業を営むZの議決権の20%超をそれぞれ取得 |
ア 当事会社が競合する事業について従前から事実上一体として営業活動を行っていた場合(事例5)
事例5では、水平型企業結合となる大型タービン発電機の製造販売市場において、当該企業結合後の当事会社合算市場シェアは約50%・1位となり、競争事業者はA2(市場シェア約25%・2位)、A3(市場シェア約5%・3位)、その他5%未満の事業者が複数存在するという状況にとどまりました。
しかし、X2およびY2は、従前から事実上一体となって、需要者に対して、大型タービン発電機を組み込んで供給される大型火力発電プラントを販売する体制なっていたことから、そもそも当事会社間での大型タービン発電機に関する競争の程度は極めて限定的であったと評価されました*17。公取委は、この点の他、需要者からの競争圧力が一定程度認められることも明示したうえで、当該企業結合実行により競争を実質的に制限することとはならないと結論づけました*18。
イ 当事会社間でそれぞれの顧客が事実上棲み分けられていた場合(事例7)
事例7では、水平型企業結合となる取引分野の一つであるカーナビデータベース(カーナビソフトメーカーに対して提供されている地図データベース)について、当事会社(具体的にはX3とZが該当する。)の合算市場シェアは約65%となり、競争事業者はなお複数存在するものの、それらの事業者との格差は大きくなるという状況でした。
しかし、Zの顧客は当該企業結合前の親会社である自動車メーカーグループ各社に固定化されていて、需要者がX3とZの間で頻繁に取引先を切り替えていた事実は認められなかったことが認定されています。そのため、そもそも当事会社グループ間での競争は活発ではなく、当該企業結合が競争に与える影響は大きくないと評価されました(以上の他、公取委が最終的にカーナビデータベースの水平型企業結合について競争を実質的に制限することとはならないと結論付けるにあたっては、競争事業者・隣接市場・需要者の競争圧力がいずれも一定程度認められることも考慮されています。)*19。
ウ 小括(企業結合審査における因果関係)
企業結合審査の命題である、競争を実質的に制限することとなるか否かの判断は、当該企業結合と因果関係が認められる競争制限効果(または競争促進効果等の便益)の大小を評価して決せられます*20。
当事会社が従前から一体として営業活動を行っていたという事例5における事情や、当事会社間では顧客が棲み分けられていたという事例7における事情は、そもそも当事会社間の競争が活発ではなかったという意味において、当該企業結合それ自体と因果関係のある競争制限効果の存在を小さく評価する事由として位置付けることができます。
2024年6月7日に「新たな事業の創出及び産業への投資を促進するための産業競争力強化法等の一部を改正する法律(以下「本改正」といい、本改正に基づき改正された産業競争力強化法21条の19を「本改正法」といいます。)」が公布され、同年9月2日に施行されました。
本改正の趣旨は、「戦略的国内投資の拡大に向けた、戦略分野への投資・生産に対する大規模・長期の税制措置及び研究開発拠点としての立地競争力を強化する税制措置や、国内投資拡大に繋がるイノベーション及び新陳代謝の促進に向けた、我が国経済のけん引役である中堅企業・スタートアップへの集中支援等の措置を講じる」点にあるとされ、産業競争力強化法、投資事業有限責任組合契約に関する法律、独立行政法人工業所有権情報・研修館法及び国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構法の各一部が改正されています。
本ニュースレターでは、本改正に基づく各改正内容のうち、スタートアップ企業関連措置としてのストックオプション・プール(以下「SOプール」といいます。)の整備に係る改正について説明いたします。
SOプールとは、法律上明確な定義があるわけではありませんが、一般的には、事前に設定された一定割合の発行枠の中で、柔軟かつ機動的な新株予約権の発行を行うことができる仕組みのことをいいます。多くのスタートアップ企業は、会社法上の「非公開会社」に該当するところ、非公開会社が新株予約権を発行するには、募集事項の決定について原則として募集の都度株主総会の特別決議が必要となります*21。
スタートアップ企業が非公開会社かつ取締役会設置会社の場合、会社法上、株主総会の特別決議により新株予約権の内容(権利行使価額や権利行使期間など会社法236条1項各号の定める事項)及び数の上限(発行枠)等の一定の事項が定められた後は、当該決議日より1年以内の間は募集事項の決定を取締役会に委任することが可能となっています*22。
スタートアップ企業にとっては、機動的な新株予約権の発行により役職員に対してインセンティブ報酬の付与が可能となるため、人材の確保の点からも活用されていますが、現状では、上述のとおり、取締役会への委任の前段階で、権利行使価額や権利行使期間をはじめとした新株予約権の内容について株主総会での決議が必要であり、かつ、取締役会への委任が可能となる期間も1年間という限られた期間に制限されていることから、柔軟性や機動性に欠けるとの指摘がされていました。
(1) 委任内容の拡大、有効期限の伸長
本改正法によって、SOプールに関して産業競争力強化法21条の19の規定が整備され、一定の要件(下記⑵にて後述します。)を満たした場合においては、新株予約権の内容のうち、権利行使価額及び権利行使期間については事前の株主総会での決議による委任(以下「本委任」といいます。)を経ることなく取締役会で決定することが可能となり、また、本委任が可能となる期間について、1年間という会社法239条3項の制限が適用されず、会社設立後最大15年間有効となりました(以下、本改正法に基づく会社法の特例を「本特例」といいます。)。
(2) 本特例の要件について
本特例が適用されるためには、本改正法である産業競争力強化法21条の19第1項に定められた各要件を満たす必要があり、大要、以下の3つの要件があります。
(i)設立日以後の期間が15年未満の株式会社であること
(ii)募集新株予約権の発行に関し、株主の利益の確保に配慮しつつ産業競争力を強化することに資する場合として経済産業省令・法務省令(以下「本改正法省令」といいます。)で定める要件に該当すること
(iii)上記(ii)について本改正法省令で定めるところにより経済産業大臣及び法務大臣の確認(以下「本大臣確認」といいます。)を受けること
上記(ii)に関する本改正法省令として、「産業競争力強化法に基づく募集新株予約権の機動的な発行に関する省令」が定められており、下記の事項を満たすことが求められています(本改正法省令1条)。
■次の①、②又は③のいずれかに該当すること
1 当該株式会社(以下「当会社」といいます。)の株主と当会社との間で又は当会社の株主間で、次のいずれかの上場等合意があること(本改正法省令1条1号イ)
2 当会社の発行する株式又は新株予約権が、投資事業有限責任組合契約において営むことを約する事業において保有されていること(本改正法省令1条1号ロ)
3 残余財産の分配又は取得条項を内容とする種類株式を現に発行していること(本改正法省令1条1号ハ)
■上記①の上場等合意としては、株主間契約書において、いわゆる「上場努力義務」を課す旨の合意、いわゆる「EXIT協力義務」を課す旨の合意、いわゆる「みなし清算合意」の例が挙げられています*25。
■本委任に基づき、取締役(取締役会設置会社にあっては、取締役会)が募集新株予約権の募集事項を定めた場合において、その募集新株予約権を割り当てようとするときは、下記に掲げる者のいずれかに割り当てることとしていること(本改正法省令1条2号)
■当会社の株主と当会社との間又は当会社の株主の間に、当会社が募集新株予約権を発行する条件その他の当会社が募集新株予約権を発行する場合の取扱いに関する書面又は電磁的記録による合意があること(本改正法省令1条3号)
■本委任に関する株主総会において取締役がその旨を説明することとしていること(本改正法省令1条4号)
上記の各要件を満たしている場合には、本大臣確認を受けることで、SOプールに関する本特例の適用が可能となります。本大臣確認を受けるにあたっては、まずは当局へ事前相談を行い、要件該当性が認められれば正式に申請をすることが可能となります。申請から本大臣確認が行われるまでの標準処理期間は原則として1か月とされています(本改正法省令2条7項、本改正Q&A1-6)。
(3) 株主等への通知事項
本大臣確認を受け、SOプールに関する特例の適用を受ける場合には、株主や新株予約権者になろうとする者に対する不測の事態を防ぐ観点から、権利行使価額及び権利行使期間を除く新株予約権の内容についての株主総会決議について、当該株主総会決議があった旨を株主になろうとする者等に対して通知又は通知に準ずる措置*28を行うことが求められています(本改正法2項)。
3. おわりに
SOプールに関する本特例の適用に必要な本大臣確認を受けるためには、当局への事前相談が必要となりますが、事前相談から正式申請が可能となるまでには少なくとも1か月を要する*29とされてています。そのため、事前相談を開始してから審査期間を経て最終的に本大臣確認を受けるまでには、最短でも2カ月を要することが想定されますので、余裕をもって手続きを進めるためには、弁護士を含む専門家のアドバイスを受けながら要件の充足性を確認することが求められます。
なお、本改正法の内容については、本改正Q&Aのほか、経済産業省のHP*30に詳細が説明されていますので、ご参照ください。
マレーシアでは、サイバーセキュリティ法(Cybersecurity Act 2024)(以下「マレーシアサイバーセキュリティ法」といいます。)及び複数の関連する規則が2024年8月26日に施行されました。マレーシアサイバーセキュリティ法の主な目的は、統一された法的枠組みを導入し、主要なサイバーセキュリティ関連機関を設立し、様々な業種・領域においての行政機関とも連携し、国家の重要な情報基幹インフラに関わる事業者の義務を規定することにより、マレーシアのサイバーセキュリティ体制を強化することです。
本トピックにおいては、マレーシアサイバーセキュリティ法の主な特徴についてご紹介します。
(1) 新たな政府機関の設立
マレーシアサイバーセキュリティ法により、首相が委員長を務める国家サイバーセキュリティ局(National Cyber Security Agency)(以下「NACSA」といいます)が設立されます。NACSAは、首相に加え、財務、外務、防衛、内務などの重要な大臣やサイバーセキュリティの専門家が参画する機関であり、主にサイバーセキュリティに関する政策の策定、監視や、これらに関する指令の発行等を行う機関です。
(2) 国家重要情報基幹インフラ(NCII)
マレーシアサイバーセキュリティ法では、国家重要情報基幹インフラ(National Critical Information Infrastructure)(以下「NCII」といいます)を定義し、NCIIに関連する一定の事業者に対して特別な義務を課しています。NCIIとは、コンピュータまたはコンピュータシステムであり、その中断または破壊が、マレーシアの安全保障、防衛、外交、経済、公衆衛生、公衆安全、公共秩序に不可欠なサービスの提供に悪影響を及ぼすか、連邦政府または州政府がその機能を効果的に遂行する能力に支障をきたすようなコンピュータまたはコンピュータシステムを指します。
マレーシアサイバーセキュリティ法ではNCIIを以下11の事業領域で規定しています。
1 政府、行政
2 銀行、金融
3 交通
4 防衛・国家安全保障
5 情報・通信・デジタル
6 医療サービス
7 水道・下水道・廃棄物管理
8 エネルギー
9 農業
10 貿易・産業・経済
11 科学・技術・イノベーション
(3) NCIIに該当する事業体の義務
マレーシアサイバーセキュリティ法は、NCIIの対象となる上記それぞれの事業領域において管轄機関(NCII Sector Lead)(以下「NCII管轄機関」といいます)を指定しています。例えば、金融分野の管轄機関は中央銀行および証券委員会です。
当該事業領域においてNCIIの保有又は事業を行う事業者であって、当該管轄機関に指定された者(以下「NCII事業者」といいます)は、マレーシアサイバーセキュリティ法の以下の義務を負います。
(4) サイバーセキュリティ関連業務提供者の許認可
管理型セキュリティオペレーションセンター(SOC)監視サービスおよびペネトレーションテストサービス等のサイバーセキュリティ関連業務の役務提供を行う事業者はマレーシアサイバーセキュリティ法により新たな許認可の取得が必要になる。当該許認可の取得方法や詳細な要件等は今後ガイドライン等により定められると予想されています。
(5) 域外適用及び罰則規定
マレーシアサイバーセキュリティ法は域外適用され、違反者の国籍や所在地を問わず、マレーシア国内に全部または一部が所在するNCIIのいずれかに関与している場合、マレーシア国外に所在する事業者による違反も罰則対象となり得ます。罰則の内容は、マレーシアサイバーセキュリティ法に対する違反の内容次第で、最大RM500,000の罰金または最大10年の懲役です。
マレーシアサイバーセキュリティ法の適用範囲は広く、また遵守しない場合には罰則があることを考慮すると、今後NCII事業者として指定されうる日本企業(またはNCIIのいずれかに関与している日本企業)は、マレーシアサイバーセキュリティ法に関する今後の議論の進展、とりわけ今後の新たな施行規則、ガイドライン、および行動規範の公表の動向、ならびに実際の適用状況に注視する必要があります。
*1 公正取引委員会 「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律」の成立について」(https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2024/jun/240612_digitaloffice.html)参照
*2 前掲注1参照
*3 公正取引委員会 「(別紙2)スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律の概要」(https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2024/jun/0102gaiyou.pdf)参照
*4 正当化事由が定められた背景及び要件等については、デジタル市場競争会議が2023年6月に公表した「モバイル・エコシステムに関する競争評価 最終報告」 ( https://public-comment.e-gov.go.jp/pcm/download?seqNo=0000258242 )の「II.総論・3-1 規制対象行為等の(イ)」を参照。
*5 前掲注3参照
*6 前掲注(3)参照
*7 公取委のWebサイト(https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2024/jul/240705_case.html)参照
*8 公取委のWebサイト(https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2024/jul/kiketsu/240705_casebettenn1.pdf)参照
*9 公取委「令和5年度における企業結合関係届出の状況」(https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2024/jul/kiketsu/240705_casebettenn1.pdf)2頁
*10 これらの審査手法に関する近時の動向については、阪本凌「独禁法の企業結合規制における審査手法の展開と実務対応」(PwC’s View vol.47、2023)参照
*11 公取委「令和5年度における主要な企業結合事例」(https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2024/jul/kiketsu/240705_casebetten2.pdf)3頁
*12 なお、事例2は、届出基準を満たさないものの、当事会社が積極的に公取委に対する相談を行い、公取委による審査が行われたケースです。
*13 「拒否等」として拒否行為以外に具体的にどのような行為が想定されるかは明示されていませんが、例えば、受託の対価を引き上げたり納期を遅延させる等の行為が考えられます。
*14 正式名称は「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(昭和三十五年法律第百四十五号)」
*15 さらに、例えば公取委「平成20年度における主要な企業結合事例」事例1では、消極に解されています。(https://www.jftc.go.jp/dk/kiketsu/jirei/h20nendo_files/H20nendo.pdf)
*16 企業結合は、一般に以下のような形態別に分類・定義されます(公取委「企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針」(https://www.jftc.go.jp/dk/kiketsu/guideline/guideline/shishin.html)第3の2参照)。
水平型企業結合:同一の一定の取引分野において競争関係にある会社間の企業結合。
*17 なお、一般論として、競争事業者間での事業提携については、不当な取引制限(独禁法2条6項)等の観点から適法な活動の範囲にとどまっているか否か慎重に確認する必要があることには別途留意を要します。
*18 本文に紹介した他、垂直型企業結合についての審査結果も公表されていますが、本稿では紙幅の関係上割愛します。
*19 本文に紹介した他、他の事業領域に関する水平型企業結合や垂直型企業結合についての審査結果も公表されていますが、本稿では紙幅の関係上割愛します。
*20 かかる命題は「企業結合により」「一定の取引分野における」「競争を実質的に制限することとなる」かという3つの要素に分解することができ、最初の「企業結合により」の要素は、当該「企業結合」と「一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる」との間の因果関係を要求するものであると考えられます(深町正徳著『企業結合ガイドライン〔第2版〕』(2021、商事法務)222頁)。
*21 会社法238条2項、309条2項6号。一方、公開会社においては、有利発行に該当する場合を除いて募集事項の内容の決定は取締役会が行うこととされています(会社法240条)。
*22 会社法239条1項、3項、309条2項6号
*23 https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/stockoptionpool/overview.pdf
*24 吸収合併消滅株式会社(会社法749条1項2号)、吸収分割株式会社(会社法758条2号)等
*25 経済産業省・法務省令和6年9月2日「産業競争力強化法に基づく募集新株予約権の機動的な発行に関するQ&A」(以下「本改正Q&A」といいます。)・Q3-2参照
*26 会社法2条3号に規定する子会社。以下も同様です。
*27 会社法施行規則2条3項4号
*28 ウェブサイトに表示する方法(本改正法省令5条、本改正Q&A・Q5-1)
*29 経済産業省HP(https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/stockoptionpool/index.html)(2024年9月9日閲覧)
*30 https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/stockoptionpool/index.html(2024年9月9日閲覧)