{{item.title}}
{{item.text}}
{{item.title}}
{{item.text}}
PwC弁護士法人のタックスローヤー(税法を専門とする弁護士)は、税務コンプライアンスを意識した経営を志向される企業の皆様のニーズに応えるため、付加価値の高い総合的なプロフェッショナルタックスサービス(税務アドバイス、事前照会支援、税務調査対応、税務争訟代理等)を提供しています。PwC Legal Tax Newsletterでは、当法人のタックスローヤーが、企業の取引実務や税務上の取扱いに影響し得る裁判例・裁決例その他税法に関するトピックを取り上げて、その内容の紹介や解説をします。
今回は、相続税における財産評価基本通達総則6項(以下、単に「総則6項」といいます)を巡る納税者勝訴の高裁判決(東京高判令和6年8月28日LEX/DB文献番号25620971。以下「本判決」といいます)をご紹介します。本判決は、第一審である東京地判令和6年1月18日LEX/DB文献番号25598705の判断を是認したものであり、国が上告受理申立てを行わなかったため、裁判は確定しています。
本判決は、総則6項を巡る納税者敗訴の最高裁判決(最判令和4年4月19日民集76巻4号411頁。以下「令和4年最判」といいます)が出されて以降、初めて出された総則6項に関する納税者勝訴の確定判決であり、今後の実務において議論や影響を生じさせるものとして注目すべきものと考えられます。
本件の主な争点は、相続人Bらが相続により取得したX社株式(以下「本件相続株式」といいます)について、総則6項により、本件通達評価額によらず相続財産の価額を評価することが平等原則に違反するかという点です。
この点について、本件控訴審における控訴人(国)の主張は、以下の通りです。
まず、本判決は、本件相続株式に関し、総則6項により、本件通達評価額によらず相続財産の価額を評価することが平等原則に違反するかという点について、令和4年最判の判断枠組みを踏襲し、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情があるといえるか否かによって判断すべきとした第一審判決を是認しています。
その上で、前記の控訴人(国)の主張①について、以下の通り判示し、排斥しています。
「取引相場のない株式の交換価値は、本来、専門的評価を経ない限り判明し得ないものであって、…外形的事実によって取引相場のない株式の交換価値を合理的に推測することが可能であるとは必ずしもいえない。とりわけ、M&Aが行われる場合においては、高度な経営判断や双方の交渉の結果等により株式の売買代金が決定されるのであって、売買代金が交換価値を反映しているとは限らないというべきである」
「本件相続株式について、譲渡予定価格(10万5068円)…が本件通達評価額(8186円)と大きくかい離しているからといって、更正処分の時点にさかのぼって、譲渡予定価格が交換価値を反映したものであるとして、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情(特段の事情)が存在していたということにはならない」〔下線、太字は筆者らによる。以下同じ〕
また、前記の控訴人(国)の主張②について、以下の通り判示し、排斥しています。
「売買契約が成立していない状況において上記のような蓋然性を判断するためには、中間合意の存在・内容、想定される売買契約の内容、契約を締結しようとした動機・目的、交渉経過、当事者の関係、契約締結前の仮の履行行為の有無・内容等、種々の事情を考慮する必要があり、信義則や権利濫用のような一般条項以外の場面でこのような不明確な基準によることは不適切であるといわざるを得ない。さらには、控訴人は、当該株式の価値は売買代金相当額に反映されていると主張するもののようであるが、そのこと自体、専門家による判定を経ない限り明らかであるとはいえないし、とりわけ、非上場会社の買収においては、上場会社と比較して個別性が強いため、買収価格が交換価値を反映しているという経験則が存すると直ちにいうこともできない。
したがって、控訴人の主張するような、近い将来における売買契約の成立及び売買代金債権への転化の蓋然性の程度を基準にすることは適切でない」
「なお、仮に、上記蓋然性の程度を基準とすることが許容されると解したとしても、本件相続開始日において、被控訴人らとY社との間で本件相続株式の売買契約が成立し、譲渡予定価格による売買代金債権に転化する蓋然性が高かったと認めることはできない」
本判決は、以下の通り、令和4年最判が平等原則違反の判断に当たり摘示した考慮要素を取り上げた上で、本件では、被相続人A又は相続人Bらが、相続税の負担を減じ又は免れさせる行為をしていないため、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情は存せず、総則6項により、本件通達評価額によらず相続財産の価額を評価することは平等原則に違反すると判示しています。
「最高裁令和4年判決〔筆者ら注:令和4年最判を指す〕は、評価通達6〔筆者ら注:総則6項を指す。以下同じ〕の適用の有無に当たり、被相続人が、相続税の負担を減じ又は免れさせる行為をしたことを考慮しているところ、本件被相続人〔筆者ら注:被相続人Aを指す。以下同じ〕及び被控訴人らによるこれに類する行為があったとは認め難い。
すなわち、X社が設立されてから本件相続開始日まで、X社株式は、一貫して定款による譲渡制限のある株式であったのであり、また、X社株式の評価額を下げるような行為がされたことはうかがわれない。
…本件被相続人又は被控訴人らが、相続税の負担を減じ、又は免れさせる行為をしたと認めることができない以上、本件被相続人又は被控訴人らの行為に着目した場合に、他の納税者との関係で不公平であると判断する余地はない」
「以上のとおり、本件相続において、本件被相続人及び原告ら〔筆者ら注:相続人Bらを指す〕について、評価通達の定める方法と異なる方法によって本件相続株式を評価すべき特段の事情は見当たらないから、本件相続株式の価額については、本件通達評価額によって定められるべきである」
令和4年最判は、「本件各通達評価額と本件各鑑定評価額との間には大きなかい離があるということができるものの、このことをもって上記事情があるということはできない」と判示し、通達評価額が他の合理的な方法による評価額と大きくかい離していることをもって実質的な租税負担の公平に反するというべき事情があるとは認められないことを明らかにしました。
また、令和4年最判の調査官解説*1は、以下の通り述べ、通達評価額と他の合理的な方法による評価額との間のかい離が平等原則違反の考慮要素となり得ないという点を強調しています。
「客観的な交換価値としての時価は一義的なものではなく、その評価方法も複数あり得るところ、評価方法が異なれば、それぞれの方法が合理的であっても評価額に違いが生ずるのは当然であり、同様のかい離は類似の不動産にも広く存在し得る。実質的な租税負担の公平という観点からは、これを相続する潜在的な他の納税者と同じく通達評価額によったとしても租税負担の均衡が害されることはなく、むしろ、当該納税者についてのみ通達評価額を上回る価額によることは不合理というべきである。このようなかい離は、本来、評価通達の見直し等によって解消されるべきものといえよう。本判決は、このような観点から、たまたま相続した不動産の通達評価額が実勢価格ないし課税庁が実施した鑑定による評価額を大きく下回るとしても、これを理由に通達評価額を上回る価額によることは上記の平等原則に違反し許されないとするものであると考えられる」
「この考え方によれば、実勢価格等が通達評価額の何倍であるといった主張立証には意味がない(主張自体失当である)ことになる」
本判決も、前記3.(2)の通り、令和4年最判と同様に、通達評価額が他の合理的な方法による評価額と大きくかい離していることをもって実質的な租税負担の公平に反するというべき事情があるとは認められないという立場をとっていると考えられます。
また、本判決は、以下の通り判示し、他の納税者の相続事案でも、通達評価額が他の合理的な方法による評価額と大きくかい離するという事態は広く起こり得るという点を踏まえ、合理的な理由がないのに、ある特定の相続財産のみについて専門的評価を行い、これを基に「かい離」を指摘して、実質的な租税負担の公平に反するというべき事情と解することは認められない、と念押ししています。
「評価通達6の適用に当たり、上記かい離の有無を公平に判断するためには、他の相続案件も含め、取引相場のない株式その他市場性のない相続財産の全てについて、専門的評価を行うべきであって、合理的な理由がないのに、特定の相続財産のみについて専門的評価を行い、これを基にして課税処分を行うことは、平等原則に反するものというべきである」
令和4年最判及び本判決を経て、他の納税者の相続事案でも広く生じ得る相続財産の評価額の「かい離」という事象それ自体をもって、実質的な租税負担の公平に反するというべき事情があるとは認められない、という点は一層明確になったと考えられます。
令和4年最判の事案では、相続開始直前のタイミングで、「本件購入・借入れ〔筆者ら注:金融機関からの多額の借入れ及びそれによる不動産等の購入〕が近い将来発生することが予想される被相続人からの相続において上告人らの相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて本件購入・借入れを企画して実行したというのであるから、租税負担の軽減をも意図してこれを行ったものといえる」として、相続税負担軽減効果を有する行為が意図的に行われていたことが認定され、「本件各不動産の価額について評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことは、本件購入・借入れのような行為をせず、又はすることのできない他の納税者と上告人らとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反する」との判示がなされています。
一方、本判決の事案では、前記3.(4)の通り、「X社株式の評価額を下げるような行為がされたことはうかがわれない」などとして、被相続人A又は相続人Bらが、相続税の負担を減じ又は免れさせる行為をしたと認められないと認定し、その結果、納税者勝訴の判断がなされています。
令和4年最判及び本判決の判示内容からすれば、「実質的な租税負担の公平に反するというべき事情」に該当するか否かを判断する上では、①被相続人又は相続人が相続税負担軽減効果を有する行為を行っていたか、②その行為が相続税負担軽減意図をもって行われていたか、という点が非常に重要になると考えられます。
それ故、納税者側としては、①’被相続人又は相続人が相続税負担軽減を狙った行為と疑義を持たれるような行為を行わない、②’客観的には相続税負担軽減効果を有する行為を行ってしまったとしても、それが相続税負担軽減の意図に基づくものではなく、専ら別の合理的な事業目的のためであると説明できるように備える、という点に留意が必要です。
以上の通り、本判決は、総則6項により、通達評価額によらず相続財産の価額を評価することがいかなる場合に平等原則違反となるのかという点について、具体的な示唆を与えるものであり、今後の課税当局の調査スタンスや納税者側の注意点という観点からも、念頭に置くべき重要な裁判例であると考えられます。
近時、課税当局による総則6項適用に基づく否認事案が増加しているところ、特に高齢の方が財産取得等を検討する際には、一つの経済行為に複数の目的や効果が存するのが通常であるため、課税当局による誤解を招かぬよう、金融機関などと相談する前の段階(課税当局は、金融機関との相談記録や金融機関内部の稟議書の一部を切り取って、課税処分の根拠として用いる傾向にあります)から、税務と法務の双方を理解することができる弁護士などの専門家に相談の上、慎重な検討を行っておくことが重要であると考えられます。
*1 山本拓「判解」法曹時報75巻12号189頁、199頁。