ジェネラル・コーポレート・プラクティスニュースレター (2025年3月)

PwC弁護士法人のジェネラル・コーポレート・プラクティスニュースレターでは、企業において日々生起する法的な課題の解決に有益と思われるトピックを取り上げて、情報を発信して参ります。

今回は、以下の4つのトピックを紹介します。

トピック1: 高年齢者雇用安定法の経過措置終了

トピック2: 東京都カスタマー・ハラスメント防止条例の概説

トピック3: 「「稼ぐ力」の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会 会社法の改正に関する報告書」におけるバーチャルオンリー株主総会に係る検討の概要

トピック4: 「知的財産取引に関するガイドライン」及び「契約書ひな形」の改正について

トピック1: 高年齢者雇用安定法の経過措置終了

高年齢者雇用安定法(以下「高年法」といいます。)は、高年齢者の雇用の安定等を目的とする法律で、2013年4月1日以降、65歳未満の定年制を採用している事業主は、65歳までの高年齢者の雇用確保措置を講じることが義務づけられています。この雇用確保措置として、継続雇用制度(原則として、希望者全員を定年後も65歳まで雇用する制度)を選択した場合には、経過措置によって継続雇用制度の対象者を限定することが認められてきました。
しかし本経過措置は2025年3月31日をもって終了するため、経過措置を利用してきた事業主は、2025年4月1日以降は高年法が求める雇用確保措置を講じる必要があります。
そこで本トピック1においては、高年法で義務づけられている雇用確保措置及び継続雇用制度の経過措置について概説し(後記1)、経過措置終了に伴う対応及び2021年4月1日から努力義務化されている70歳までの就業確保措置についても概説いたします(後記2)。

1. 雇用確保措置の概要及び経過措置

(1) 65歳までの高年齢者雇用確保措置

高年法では、定年制を採用している事業主においては、定年を60歳以上とすることが義務付けられています(高年法第8条)。そして65歳未満の年齢を定年としている場合には、65歳までの高年齢者の雇用確保措置として、以下のいずれかを講じる必要があります(高年法第9条)。

65歳までの高年齢者雇用確保措置
1 定年を65歳まで引き上げる
2 継続雇用制度の導入
3 定年制の廃止

高年齢者雇用確保措置を講じない場合、厚生労働大臣から指導・助言・勧告がされる場合があり(高年法第10条第1項、第2項)、勧告に従わない場合には事業主の名称は厚生労働大臣による公表の対象となり得ます(高年法第10条第3項)。

(2) 継続雇用制度の経過措置の概要

雇用確保措置として、継続雇用制度を選択した場合には、原則として、希望者全員を対象としなければなりません。
もっとも、継続雇用制度には、経過措置が設けられており*1。経過措置によって、2013年3月31日までに継続雇用制度の対象者を限定する基準を労使協定で設けている場合には、その基準を下表に従って引き上げながら、継続雇用制度の対象者の範囲を段階的に拡大することが認められてきました。

経過措置の期間 継続雇用制度の必須対象者(経過措置が適用されない者)の範囲
2013年4月1日から2016年3月31日 60歳から61歳未満の者
2016年4月1日から2019年3月31日 60歳から62歳未満の者
2019年4月1日から2022年3月31日 60歳から63歳未満の者
2022年4月1日から2025年3月31日 60歳から64歳未満の者

2. 考えられる対応

2025年3月31日をもって経過措置が終了するため、定年を65歳未満に定めている事業主は、2025年4月1日以降、上記1(1)で挙げたいずれかの高年齢者雇用確保措置を講じる必要があります。
以下(1)では、経過措置終了に伴う対応について、(2)では、参考として、2021年4月1日から努力義務とされている70歳までの就業確保措置について概説します。

(1) 経過措置終了に伴う対応

経過措置を利用していた事業主は、就業規則において、労使協定で継続雇用制度の対象者を限定する基準を設けている旨、及び、経過措置に基づく当該基準の対象年齢を規定しなければなりませんでした*2。そのため、経過措置の終了に伴い就業規則を変更し、希望者全員を継続雇用制度の対象とする内容としなければなりません。当初より時限的な措置であるため多くの事業主においては既に対応済みと思われますが、変更未了の事業主においては早めに対応する必要があります。
なお、経過措置終了後であっても、就業規則に規定する解雇事由又は退職事由と同じ内容を、継続雇用しない事由として規定することは許容されています。また、就業規則の解雇事由又は退職事由と同じ内容を、継続雇用しない事由とする基準を定めた労使協定を締結することが認められています*3
なお、経過措置の終了後、定年制を廃止する場合や定年の65歳までの引き上げを行う場合にも、就業規則を変更する必要があります(労働基準法第89条第3号参照)。

(2) 70歳までの就業確保措置

定年を65歳以上70歳未満に定めている事業主又は65歳までの継続雇用制度(70歳まで引き続き雇用する制度を除く。)を導入している事業主には、①70歳までの定年の引上げ、②定年制の廃止、③70歳までの継続雇用制度の導入、④70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入、⑤70歳まで継続的に社会貢献事業等に従事できる制度の導入のいずれかの措置*4を講じる努力義務が課せられます(高年法第10条の2第1項、第2項)。業務委託による(雇用契約に基づかない)就業確保措置も認められていること、高年齢者就業確保措置の対象となる高年齢者に係る基準を定めることが可能であること*5が、65歳までの雇用確保措置とは異なります。

なお、厚生労働省の公表資料によれば、70歳までの就業確保措置を導入済みの事業主は全体の31.9%です*6。少子化が急速に進んでいることに鑑みれば、高年齢者が意欲と能力がある限り年齢にかかわりなく働くことができる企業の拡大に向けた政策が今後も推進されることが想定されます。そのため、70歳までの就業確保措置は努力義務ではあるものの、導入が未了の事業主においては、導入を検討することも一案です。

事業主としては、今後も高年齢者の雇用・就業機会の確保に関する法令、政策に留意し、社内規程の整備等、タイムリーな対応をしていく必要があると考えます。

トピック2:東京都カスタマー・ハラスメント防止条例の概説

1. 背景

令和元年6月に、労働施策総合推進法等が改正され、職場におけるパワー・ハラスメント防止のために雇用管理上必要な措置を講じることが事業主の義務となりました。

また、この改正を踏まえ、令和2年1月には、「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和2年厚生労働省告示第5号)が策定され、顧客等からの暴行、脅迫、ひどい暴言、不当な要求等の著しい迷惑行為(カスタマー・ハラスメント)に関して、事業主は、相談に応じ、適切に対応するための体制の整備や被害者への配慮の取組を行うことが望ましい旨、また、被害を防止するための取組を行うことが有効である旨が定められました。

東京都は、カスタマー・ハラスメントへの対応に関し、令和5年10月、『公労使による「新しい東京」実現会議』の下に行政法や労働法の専門家が参画する「カスタマーハラスメント防止対策に関する検討部会」を設け、その中で、カスタマー・ハラスメントが⾧時間の拘束やメンタル疾患を招くなど深刻な状況であること、条例など法的な枠組みが必要であること、罰則のない理念型の条例とし「カスタマー・ハラスメント」という言葉を広めることが重要であることなどが共通認識として示されました。

このような中、令和6年10月、東京都は全国で初めて*7、公正かつ持続可能な社会の実現に寄与するため、カスタマー・ハラスメントの防止に関し、基本理念を定め、東京都、顧客等、就業者及び事業者の責務を明らかにするとともに、カスタマー・ハラスメントの防止に関する施策の基本的な事項を定める「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」(以下「本条令」といいます。)を制定しました*8(2025年4月1日施行)。また、本条令第11条第1項及び第2項に基づき、「カスタマー・ハラスメントの防止に関する指針(ガイドライン)」*9(本トピック2において、以下「本ガイドライン」といいます。)が策定されるなど、カスタマー・ハラスメントの防止に向けた整備が整えられています。

このように、カスタマー・ハラスメントは、顧客側の問題としてだけでなく、事業者側としても、従業員を守るため、そして、従業員を教育するために、一定の措置を講ずべきことが論じられるなど、多角的な視点が要求される問題といえます。このうち、本稿では、コーポレート・ニュースレターという位置付けに鑑み、本条令の事業者への影響について解説します。

2. 本条例の概要

(1) カスタマー・ハラスメントの定義

本条令において、カスタマー・ハラスメントは、①顧客等から就業者に対し(下記2(2)参照)、②その業務に関して行われる(業務関連性)、③著しい迷惑行為であって、④就業環境を害するものをいいます(本条令第2条第5号)。本条令は、「何人も、あらゆる場において、カスタマー・ハラスメントを行ってはならない」として、カスタマー・ハラスメントを禁止しています(本条令第4条)。

ア 業務関連性

労働時間*10内だけでなく、労働時間外であっても、その業務遂行に影響を与える行為*11については、業務関連性が認められます(本ガイドライン第2・2(1)ウ)。

イ 著しい迷惑行為

「著しい迷惑行為」とは、(i)暴行、脅迫その他の違法な行為又は(ii)正当な理由がない過度な要求、暴言その他の不当な行為をいいます(本条令第2条第4号)。それぞれの具体的な内容は以下の表のとおりです。

暴行、脅迫その他の違法な行為 暴行、脅迫、傷害、強要等の刑法に規定する違法な行為のほか、ストーカー行為等の規制等に関する法律(平成12年法律第81号)や軽犯罪法(昭和23 年法律第39号)等の特別刑法に規定する違法な行為
正当な理由がない過度な要求、暴言その他の不当な行為 客観的に合理的で社会通念上相当であると認められる理由がなく、要求内容の妥当性に照らして不相当であるものや、大きな声を上げて秩序を乱すなど、行為の手段・態様が不相当であるもの*12

ウ 就業環境を害する

「就業環境を害する」とは、顧客等による著しい迷惑行為により、人格又は尊厳を侵害されるなど、就業者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、就業環境が不快なものとなったため、就業者が業務を遂行する上で看過できない程度の支障が生じることをいうとされます(本ガイドライン第2・2(2))。

この判断に当たっては、平均的な就業者が同様の状況で当該行為を受けた場合、社会一般の就業者が業務を遂行する上で看過できない程度の支障が生じたと感じる行為であるかどうかを基準とすることが適当とされます。ここでは①当該行為を受けた就業者を基準とするのではなく、平均的な就業者を基準とする点、及び②顧客等の要求内容に妥当性がないと考えられる場合でも、就業者が要求を拒否した際にすぐに顧客等が要求を取り下げた場合、就業環境が害されたとは言えない可能性がある点に留意が必要です。

(2) 本条令の適用範囲

本条令では、適用される主体として、「事業者」、「就業者」及び「顧客等」が挙げられます。

ア 事業者の定義

本条令上、「事業者」とは、「都の区域内(以下「都内」といいます。)で事業*13を行う法人その他の団体(国の機関を含みます。)又は事業を行う場合における個人」をいうとされます(本条令第2条第1号)。

ここで、「都内」とは、法人登記や開業届等により、事務所・事業所が都の区域内であることが確認できる場合だけでなく、都内で事業を行っている実態があることを意味します(本ガイドライン第2・3(2))。このように、事務所・事業所の所在地が都内以外の場所であったとしても、都内で事業を行っている実態がある場合には、「事業者」に含まれ、本条令に規定する措置が適用され得ることに留意する必要があります。

イ 就業者の定義

本条令上、「就業者」とは、(i)都内で業務*14に従事する者と、(ii)事業者の事業に関連し、都の区域外でその業務に従事する者をいうとされます(本条令第2条第2号)。それぞれの具体的な内容は以下のとおりです。

都内で業務に従事する者 都内に所在する事務所・事業所及びそれに準ずる場所で業務を行う者
事業者の事業に関連し、都の区域外でその業務に従事する者 都内以外に所在する事務所・事業所及びそれに準ずる場所で業務を行う者であって、従事する業務と事業者の事業との間に合理的関連性が認められるもの*15

なお、明文の規定は存在しませんが、「あらゆる場において」カスタマー・ハラスメントを禁止する趣旨から、インターネット上のカスタマー・ハラスメントも禁止されます。例えば、都内の事務所・事業所で勤務していることをインターネット上で明示している場合であれば、その者は「業務に従事する者」として「就業者」になり得るとされます。

ウ 顧客等の定義

本条令上、「顧客等」とは、(i)顧客又は(ii)就業者の業務に密接に関係する者(以下「密接関係者」といいます。)をいうとされます(本条令第2条第3号)。

「顧客」とは、就業者から商品又はサービスの提供を受ける者及び今後、商品やサービスの提供を受けることが予期される者*16をいいます(本ガイドライン第2・5(1))。

「密接関係者」とは、顧客以外の者であって、①就業者の遂行する業務の目的に相当な関係を有する者、又は、②本来は関わりが想定されていないものの、就業者の円滑な業務遂行に当たって、対応が必要な者を意味します(本ガイドライン第2・5(2))。それぞれの具体的な内容は以下のとおりです。

就業者の遂行する業務の目的に相当な関係を有する者

当該就業者が、その業務を遂行するに当たって、必要不可欠な利害関係者

(例:企業経営者にとっての株主、学校教諭にとっての保護者など)

本来は関わりが想定されていないものの、就業者の円滑な業務遂行に当たって、対応が必要な者

業務上、不測の事態が発生した場合には、業務を遂行するために対応することが必要不可欠な者

(例:配達先の隣人と配達員、著名人とそのSNSの投稿等にコメントを行う人など)

(3) カスタマー・ハラスメントの代表的な行為類型

本ガイドライン上、カスタマー・ハラスメントの代表的な行為類型として以下の3つが挙げられています(本ガイドライン第2・6参照)。ただし、就業者の業務内容によって顧客等との接し方が異なること、実際に発生した個別事案の状況等によって判断が異なる場合もあり得ること、行為類型は限定列挙ではないことに十分留意する必要があります。なお、カスタマー・ハラスメントの内容によっては、複数の類型に跨る可能性があります。

類型 内容 具体例
要求内容が妥当性を欠く場合 顧客等の主張が、事実関係や因果関係を踏まえ、根拠のある要求と認められない場合
  • 就業者が提供する商品・サービスに瑕疵・過失が認められない場合
  • 要求内容が、就業者の提供する商品・サービスの内容とは関係がない場合
要求内容の妥当性にかかわらず、要求を実現するための手段・態様が違法又は社会通念上不相当である場合 事実関係や因果関係を踏まえ、要求に根拠が認められたとしても、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念に照らして不相当である場合
  • 就業者に対し、身体的・精神的な攻撃を行う場合
  • 就業者に対し、威圧的な言動を行う場合
要求内容の妥当性に照らして、要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当である場合 事実関係や因果関係を踏まえ、要求に根拠が認められ、違法又は社会通念上不相当な行為がない場合であっても、要求内容の妥当性に照らして、その手段・態様が不相当であるとき
  • 過度な商品交換・金銭補償を要求する場合
  • 過度な謝罪を要求する場合
  • 不可能な行為や抽象的な行為を要求する場合

(4) 事業者の責務

ア 本条例第9条に定める措置

本条令第9条は、顧客等からのカスタマー・ハラスメントを防止するために、事業者が果たすべき責務を規定しています。具体的には、①カスタマー・ハラスメントの防止に主体的かつ積極的に取り組むとともに、都が実施するカスタマー・ハラスメント防止施策に協力するよう努めること、(同条第1項)、②就業者がカスタマー・ハラスメントを受けた場合に、速やかに就業者の安全を確保*17するとともに、当該行為を行った顧客等に対し、その中止の申入れその他の必要かつ適切な措置*18を講ずるよう努めること(同条第2項)、及び、③その事業に関して就業者が顧客等としてカスタマー・ハラスメントを行わないように、必要な措置*19を講ずるよう努めること(同条第3項)、が挙げられています。

イ 本条例第14条に定める措置

本条令第14条は、努力義務として、①本ガイドラインに基づき、必要な体制の整備、カスタマー・ハラスメントを受けた就業者への配慮、カスタマー・ハラスメント防止のための手引の作成その他の措置を講ずること(同条第1項)、及び、②事業者が前項に規定するカスタマー・ハラスメント防止のための手引を作成したときは、当該手引を遵守すること(同条第2項)を挙げます。本ガイドラインの第5において挙げられている具体的な内容は以下のとおりです。

1. カスタマー・ハラスメント対策の基本方針・基本姿勢の明確化と周知
  • カスタマー・ハラスメント対策に関する基本方針や基本姿勢を明確にした上で就業者及び外部に周知する
 
2. カスタマー・ハラスメントを行ってはならない旨の方針の明確化と周知
  • 自社の就業者がカスタマー・ハラスメントを行わないとの方針を明確にした上で就業者に周知する*20
 
3. 相談窓口の設置
  • カスタマー・ハラスメントを受けた就業者が相談できる窓口をあらかじめ決めた上で、就業者へ広く周知する
 
4. 適切な相談対応の実施
  • 相談窓口担当者が、就業者から受けた相談内容や状況に応じて、適切に対応できるようにする
 
5. 相談者のプライバシー保護に必要な措置を講じ就業者に周知
  • カスタマー・ハラスメントの相談をする就業者のプライバシーを保護する措置を講じて就業者に周知する
 
6. 相談を理由とした不利益な取扱いの禁止とその周知
  • カスタマー・ハラスメントの相談をもって不利益を受けない旨を明確にした上で就業者に周知する
 
7. 現場での初期対応の方法や手順の作成
  • カスタマー・ハラスメントが発生した際を想定し、現場での初期対応の方法、手順を作成しておく
 
8. 内部手続の方法や手順の作成
  • 本社・本部との連携が必要な場合、内部手続(報告・相談、指示・助言)の方法、手順を作成しておく*21
 
9. 事実関係の正確な確認と事案への対応
  • カスタマー・ハラスメントと思われる事案が発生した場合、事実関係の正確な確認と事案への対応を行う
 
10. 就業者の安全の確保
  • カスタマー・ハラスメントを受けた就業者の安全を確保する
 
11. 就業者の精神面及び身体面への配慮
  • カスタマー・ハラスメントを受けた就業者の精神面及び身体面のケアなどに取り組む
 
12. 就業者への教育・研修等の実施
  • 顧客等からの迷惑行為や悪質なクレーム等への具体的な対応について、就業者への教育や研修等を実施する*22
 
13. カスタマー・ハラスメント再発防止に向けた取組の実施
  • カスタマー・ハラスメントの再発防止のため、定期的な取組の見直しや改善を行い、継続的に取組を行う*23
 

3. 事業者の対応

事業者がマニュアルを作成する上で、業界団体は各業界におけるカスタマー・ハラスメントの特徴や推奨される対応等を示すマニュアルを作成し、事業者に示すことが望ましいといえます。そこで、都は、条例と指針のほか、各業界団体が定めるマニュアルの共通事項等を定める「各団体共通マニュアル」を、条例の施行(2025年4月1日)までに作成することを公表しています。

また、本条令は附則第2条において、「都は、社会環境の変化及びこの条例の規定の施行の状況その他カスタマー・ハラスメントの防止に関する取組の状況を勘案し、必要があると認めるときは、この条例の規定について検討を加え、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする」と規定し、社会環境の変化に応じて柔軟に修正等が加えられることが示唆されています。

事業者としては、公表されている本条令や本ガイドラインの内容をなるべく遵守するよう努力するとともに、都や業界団体の今後の動向に注目する必要があります。

トピック3: 「「稼ぐ力」の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会 会社法の改正に関する報告書」におけるバーチャルオンリー株主総会に係る検討の概要

2025年1月17日付で経済産業省が、「「稼ぐ力」の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会 会社法の改正に関する報告書」(本トピック3において、以下「本報告書」といいます。)を公表しました。本報告書は、コーポレートガバナンスに関する取組の本来の目的であった企業の「稼ぐ力」の強化に向けて、企業経営者が大胆なリスクテイクを行い、成長投資を実行していくことを後押しする観点から検討されました。また、企業活動の基盤である会社法制について、①価値創造ストーリーを実行するための企業の選択肢の拡大や、②企業と株主との意味のあるエンゲージメントの促進(対話の実質化・効率化)に資する制度見直しを早期に図ることが重要であり、加えて、企業経営の根幹となる機関設計や株主総会の在り方についても一体的に検討していくことが必要ではないか、との問題意識に基づき、経済産業省が会社法改正の方向性を示した資料であり、今後の会社法改正における指針の一つとなるものと考えられます。

以下では、従前の議論も踏まえながら、本報告書のうち、企業と株主の対話の場の効率化・円滑化の観点から企業の関心が特に高いと考えられるバーチャルオンリー株主総会に係る検討内容を概説します。

I. 株主総会の開催形態に関する整理

日本における株主総会は、開催形態毎に以下のとおり分類されます(経済産業省「ハイブリッド型バーチャル株主総会の実施ガイド」(2020年2月26日策定)参照、以下「実施ガイド」といいます)。本報告書では、このうち特に(産業競争力強化法に基づき開催されている例を除き)現行会社法の解釈上、開催は難しいとされる「バーチャルオンリー株主総会」を中心に取り上げ、現行法上の課題と将来の改正会社法における対応策の指針を示しています。

(1) リアル株主総会:取締役や株主等が一堂に会する物理的な場所において開催される株主総会。
(2) バーチャル株主総会:①ハイブリッド型バーチャル株主総会及び②バーチャルオンリー株主総会の総称。

1 ハイブリッド型バーチャル株主総会:(i)ハイブリッド参加型バーチャル株主総会及び(ii)ハイブリッド出席型バーチャル株主総会の総称。

i. ハイブリッド参加型バーチャル株主総会:リアル株主総会の開催に加え、リアル株主総会の開催場所に在所しない株主が、株主総会への法律上の「出席」を伴わずに、インターネット等の手段を用いて審議等を確認・傍聴することができる株主総会。参加型において、インターネット等の手段を用いて参加する株主は、リアル株主総会に出席していないため、会社法上、株主総会において出席した株主により行うことが認められている質問(会社法第314 条)や動議(会社法第304 条等)を行うことはできません。

ii. ハイブリッド出席型バーチャル株主総会:リアル株主総会の開催に加え、リアル株主総会の場所に在所しない株主が、インターネット等の手段を用いて、株主総会に会社法上の「出席」をすることができる株主総会。会社法上「出席」しているものとして取り扱われることが前提とされているので、株主総会において出席した株主により行うことが認められている質問(会社法第314 条)や動議(会社法第304 条等)を行うことが認められています。
なお、現行の会社法の解釈においては、ハイブリッド出席型バーチャル株主総会を開催することも可能とされていますが、開催場所と株主との間で情報伝達の双方向性と即時性が確保されていることが必要とされていることから、会社において通信障害について予め一定の対策をとることも要請されています(実施ガイド11頁)。

2 バーチャルオンリー株主総会:物理的な会場を設けることなく、取締役や株主等がインターネット等の手段を用いて出席する株主総会。

図1:リアル株主総会、ハイブリッド型バーチャル株主総会、バーチャルオンリー株主総会の差異

(出典:経済産業省産業組織課「産業競争力強化法に基づく場所の定めのない株主総会 制度説明資料」(2025年2月)1頁に基づき執筆者作成)

図2:リアル株主総会とバーチャルオンリー株主総会のグラデーション

(出典:(経済産業省「ハイブリッド型バーチャル株主総会の実施ガイド」(2020年2月26日策定)5頁に基づき執筆者作成)

II. 本報告書において株主総会のバーチャル化の促進が提案された背景

企業の「稼ぐ力」を強化するためには、株主・投資家とのエンゲージメントを通じ資本市場からの意見・評価を受け止める必要性がある一方、現行の株主総会については非効率性を指摘する声も見られるところです。例えば、企業と株主とのコミュニケーションは株主総会の当日ではなく、年間を通じた対話活動において果たされているにもかかわらず、事前の議決権行使によって決議の帰趨が見えているような場合においても、大規模な会場を確保し多額の費用をかけて株主総会を開催する必要性を疑問視する意見が存在する旨が指摘されています。
本報告書においては、株主総会のバーチャル化の促進等を通じて、株主総会外における建設的・実効的な対話を実現し、人材と時間を活用することを可能とすることも考えられる、との提案がなされています。

III. 本報告書における株主総会のバーチャル化に関する検討の概要

1. 改正の意義・方向性

(1) バーチャルオンリー株主総会の利点

本報告書において、バーチャルオンリー株主総会には以下の利点があることが挙げられています。

  • 物理的な会場の確保が不要となり、運営コストの低減を図ることが可能。
  • 株主総会をバーチャルで開催する場合は文章での質問がなされるため、口頭による場合に比べて、質問の趣旨が明確となり、株主とのコミュニケーションの円滑化が可能。
  • 感染症の拡大や天災地変が発生した場合における開催方法として有意義。

(2) 現行の法令下におけるバーチャルオンリー株主総会の課題

他方、現行の法令の下では、バーチャルオンリー株主総会の開催について以下の課題が存在すると理解されています。

  • 現行の会社法上、株主総会の招集に際して株主総会の場所を定めなければならないとされています(会社法第298条第1項第1号)。当該「場所」とは物理的に存在し、株主が出席可能な場所であることが必要であると解されることから、実際に開催する株主総会の場所がなく、バーチャル空間のみで行う方式での株主総会である、いわゆる「バーチャルオンリー株主総会」を開催することについては、会社法第298条第1項第1号の規定等に照らし、会社法の解釈上難しい、との意見が有力です(実施ガイド4頁注2参照)。
  • 産業競争力強化法(以下「産競法」といいます。)は、会社法の特例を措置し、上場企業が一定の要件を満たした場合に、バーチャルオンリー株主総会の開催を可能としています。一定の要件として、例えば、企業は通信障害に関する対策方針や、通信の方法としてインターネットを使用することに支障のある株主の利益の確保に配慮することについての方針を策定すること等が求められます(省令要件。産業競争力強化法に基づく場所の定めのない株主総会に関する省令第1条、産業競争力強化法第66条第1項に規定する経済産業大臣及び法務大臣の確認に係る審査基準)。前者に定める事項としては、例えば、通信の方法に係る障害が生じた場合における代替手段を用意することが考えられるとされます。後者については例えば、株主総会の招集に当たって、法定の事項(会社法第298条第1項第3号、種類株主総会にあっては同法第325条において準用する同法第298条第1項第3号)を定めた上で、通信の方法としてインターネットを使用することに支障のある株主については事前の書面による議決権行使(会社法第311条第1項、種類株主総会にあっては同法第325条において準用する第311条第1項)を推奨する旨を通知することや、場所の定めのない株主総会の議事における情報の送受信をするために必要となる機器について貸出しを希望する株主の全部又は一部にその貸出しをすることが挙げられています。
    また、同法に基づきバーチャルオンリー株主総会を開催するためには、経済産業大臣及び法務大臣の確認を受けることが必要とされています(産競法第66条第1項、同条第2項、産業競争力強化法に基づく場所の定めのない株主総会に関する省令第1条、同省令第2条)。確認に関する手続の流れとしては、①事前相談、②正式申請、③経済産業省及び法務省における審査、④確認書の交付の4段階が想定され、①事前相談から④確認書の交付までは2か月から3か月程度が通常必要とされています(経済産業省産業組織課「産業競争力強化法に基づく場所の定めのない株主総会 制度説明資料」(2025年2月)8頁)。
    これらのことから、産競法に基づくバーチャルオンリー株主総会を開催するために必要となる経済産業大臣及び法務大臣の確認を受けるためには、企業において相当の準備が必要であることが分かります。また、確認に関する手続自体も多数の段階にわたり、確認がされるまでは時間を要することから、企業に一定の負担が生じているものと考えられます。

2. 現行の法令下におけるバーチャルオンリー株主総会の課題に対する対応策

(1) 本報告書の建付け

本報告書では、現行の法令下における上記の課題を踏まえ、①会社法上、バーチャルオンリー株主総会の開催を可能とし、②産競法に基づく確認手続を不要とすることに加えて、③バーチャルオンリー株主総会の開催に際してその他に課題となっている事項がある場合には、それを解消することにより、株主総会のバーチャル化を志向する企業において使いやすい制度とすることが望ましい、との方針を示した上で、以下の事項について具体的な対応策を提案しています。

(2) バーチャルオンリー株主総会の開催要件に関する対応策

  • 改正後の会社法においては、少なくとも現行の産競法と同様の態様での開催を可能とするような制度設計とするべき(現行の産競法に基づき既にバーチャルオンリー株主総会を開催している一定数の企業に対する負担増加を防止する観点)。
    • 例えば、改正後の会社法において、インターネット等の情報通信技術を使用することに支障のある、いわゆるデジタルデバイドの株主の利益確保への配慮措置を講じることをバーチャルオンリー株主総会の開催にあたり必要とすることが考えられます。もっとも、当該措置として事前の書面による議決権行使を認めている企業においては、デジタルデバイドの株主への配慮に関して追加的な措置を不要とすることが望ましいと考えられます。
  • 改正後の会社法においては、通信障害対策についての方針を定めることや通信障害対策の有無について、バーチャルオンリー株主総会を開催するための要件とはしないことが望ましいと考えられます(産競法に基づきバーチャルオンリー株主総会を開催するためには、通信障害対策についての方針を定めることを必要としていますが、審査基準に例示された通信障害対策が備わったシステム(例:通信の方法に係る障害が生じた場合における代替手段を用意すること)を用意するには、企業に相応の負担が生じているとの意見もみられる、との指摘がされています。)
    • たしかに、通信障害が生じ、株主総会における審議、決議が妨げられた場合は株主総会決議取消訴訟の対象となり得ます。もっとも、企業が当該リスクの程度に鑑みて必要な通信障害対策を講じればよく、通信障害対策を講じることについて、バーチャルオンリー株主総会を開催するための要件とする必要はない旨が指摘されています。
    • また、仮に十分な通信障害対策を行っていたことをバーチャルオンリー株主総会の要件とする場合にも、企業に対し合理的に求められるべき通信障害対策の内容は、会社の規模や各時代における通信技術レベルによって異なってくるものと考えられます。通信障害対策の内容については、硬直的な要件とするのではなく、各企業の状況に応じて適用されるような柔軟な制度設計とすることが望ましいことが指摘されています。

(3) 実際に通信障害が発生した場合の取扱い

  • 仮に通信障害対策の有無をバーチャルオンリー株主総会開催の要件にしないとしても、任意で通信障害対策を十分に講じて実施されたバーチャルオンリー株主総会においても実際に通信障害が発生してしまうリスクは払拭できません。このように、通信障害に起因する株主総会決議の取消しリスクがバーチャルオンリー株主総会を利用することを躊躇させる原因になっている可能性があります。現に、令和5年度CG 委託調査によれば、バーチャルオンリー株主総会開催のハードルとして、通信障害のリスクを指摘する企業は約8割存在しました。
  • そのため、改正後の会社法においては、企業が通信障害の対策を十分に行っていた場合は、通信障害に起因する株主総会決議取消事由の範囲を限定する(例えば、故意又は重過失による場合に限る)ことが望ましいと考えられます。
  • なお、ハイブリッド出席型バーチャル株主総会でも同様の問題が生じ得ることから、ハイブリッド出席型バーチャル株主総会においても同様の手当てを行うことが望ましい、と指摘されています。

(4) 株主からの質問に関する運用

  • 濫用的な質問権の行使に対する取扱いについて:バーチャルで出席する株主については、リアル株主総会の出席者に比べて、物理的に議長と対峙していないことや、他の株主の動向や挙動について確認が困難であるなど、質問等の心理的ハードルが下がるため、個人的な攻撃等、濫用的に質問権が行使される事例が多く見られるとの指摘があります。株主総会の議長には議事整理権が認められていることから、その範囲内で、個人的な攻撃等につながる不適切な内容は取り上げないといった取扱いが考えられます。
  • チェリー・ピッキングの問題について:バーチャルオンリー株主総会の場合、株主の行った質問のうち、企業において都合の良い質問のみを取り上げている可能性を懸念する投資家の意見が存在します。このような投資家の懸念を解消する観点からは、各企業の判断により、受領した質問の概要やその回答について、自社ウェブサイト等で公開することも有益と考えられます。

IV. おわりに

本報告書において指摘されているとおり、バーチャルオンリー株主総会は、海外機関投資家を含む遠隔地在住の株主や、健康上の理由、多忙、パンデミックや災害等により物理的会場での出席が困難な株主に対し平等な参加機会を提供し、会社のガバナンスの向上を図る有力な手段となり得ることに加え、株主総会運営に係るコストの削減を可能とする点で、リアル株主総会及びハイブリッド型バーチャル株主総会に比して、企業及び株主の双方にとって有意義な制度であると考えられます。

もっとも、現行法上、バーチャルオンリー株主総会の開催については依然として法的課題が残されており、本報告書が示す指針に照らし、今後の会社法改正の動向を注視する必要があります。特に、企業が通信障害への対策を十分に講じていた場合に、通信障害を理由とする株主総会決議取消の範囲を限定する規定が導入されれば、企業におけるバーチャルオンリー株主総会の実施は大きく前進するものと考えられます。

今後、本報告書の示した指針等に基づき会社法が改正されてバーチャルオンリー株主総会が正面から認められることになれば、さらに実際の開催事例が蓄積されることにより、現時点では想定されない様々な問題点が出てくることが考えられます。このように新たな論点に関する議論が進展することで、バーチャルオンリー株主総会の実態に即した運営上の実務指針が確立されていくことが期待されます。

トピック4: 「知的財産取引に関するガイドライン」及び「契約書ひな形」の改正について

2024年10月、中小企業庁は「知的財産取引に関するガイドライン」(本トピック4において、以下「本ガイドライン」といいます。)及び「契約書ひな形」(以下「本ひな形」といいます。)を改正しました(以下「本改正」といいます。)*24
本ガイドラインは、大企業と中小企業の間における知的財産に係る取引について、片務的な契約の締結やノウハウの開示強要等の問題事例が報告されていたことに伴い、「知恵はタダ」という取引慣行を見直して問題事例を防止するとともに、知的財産取引における企業間の共存共栄を推進する観点から、知的財産取引検討会による検討を経て2021年に策定されました*25
本改正は、本ガイドラインのうち、「第三者との間に生じる知財訴訟等のリスクの転嫁」の項目を加筆して紛争解決責任や非侵害保証等について「あるべき姿」を提示し、本ひな形に当該項目に関連する規定を追加するものです。
本ガイドラインは、知的財産に関する取引における契約交渉の基準となり得る考え方を示しているため、取引の受注者・発注者いずれの立場からも参考になると思われます。
以下では、①本ガイドラインの構成及び本改正の経緯について触れた上で(後記1.)、②本ガイドラインに関する本改正の概要(後記2.)及び③本ひな形に関する本改正の概要(後記3.)を説明します。

1. 本ガイドラインの構成及び本改正の経緯

本ガイドラインは、産業財産権や著作権に限らず、営業秘密・ノウハウ(有益なデータを含みます。)に至るまでの広義の知的財産を対象として、取引の段階に応じ、知的財産にかかわる取引における「あるべき姿」を記載し、大企業と中小企業との間の対等な取引関係を実現するという観点から、注意すべき事項を整理するものです*26

本ガイドラインは以下の項目から構成され、競争法等の法令上問題となる行為類型については、必要に応じて解説が付され、関連する問題事例が整理されています*27

【本ガイドラインの構成】

1. 契約締結前(取引交渉段階・工場見学等)

2. 試作品製造・共同開発等

3. 製造委託・製造販売・請負販売等

4. 特許出願・知的財産権の無償譲渡・無償実施許諾

5. 第三者との間に生じる知財訴訟等のリスクの転嫁

また、本ガイドラインと併せて、「中小企業が具体的な取引において、そのまま案文として使えるような現実的なひな形」*28として、以下の本ひな形が公表されています。

【本ひな形】

1. 秘密保持契約書

2. 共同開発契約書

3. 知的財産権の取り扱いに関する契約書(開発委託契約)

4. 知的財産権の取り扱いに関する契約書(製造委託契約)

本改正の経緯に関して、中小企業庁が知財Gメン(取引調査員)による中小企業へのヒアリングを行う中で、「受注者から発注者への納品物又は納品物を組み込んだ製品について、第三者との間で知的財産権に関する紛争が生じたときは、発注者は、受注者の責任の有無にかかわらず、紛争解決に係る責任や負担の一切を、例外なく一方的に受注者に転嫁できる」と解釈できる可能性がある契約を締結していた大企業が複数社発見されたことに伴い、大企業・中小企業ともに注意すべきポイントの明確化と、未然防止策の強化を目的として、本改正が行われました*29

2. 本ガイドラインに関する本改正の概要

本改正では、本ガイドラインのうち、「第三者との間に生じる知財訴訟等のリスクの転嫁」の項目が加筆され、第三者との間に知的財産権に関する紛争が生じた場合における当該紛争の解決に係る責任や負担(以下「紛争解決責任」といいます。)や第三者が有する知的財産権を侵害しないことの保証責任(以下「保証責任」といいます。)等について、以下のとおり「あるべき姿」が提示されました。

【本改正前後の「第三者との間に生じる知財訴訟等のリスクの転嫁」に係る「あるべき姿」】

(改正前)

発注者の指示に基づく業務について、知的財産権上の責任を、中小企業等に一方的に転嫁してはならない。

(改正後)

発注者の指示に基づく業務について、第三者との間に生じる知的財産権上の責任や負担を、受注者に例外なく一方的に転嫁し、又はその旨を契約に定めてはならない。

発注者が希望する目的物において第三者が有する知的財産権を侵害しないことの保証に係る責任の所在については、発注者、受注者間の明示的な協議の上で決定するものとし、受注者に例外なく一方的に保証責任を転嫁し、又はその旨を契約に定めてはならない。

発注者が希望する目的物の製造等に当たり、第三者が有する知的財産権を使用する必要があるときは、その使用に要する費用その他の負担を受注者に例外なく一方的に転嫁し、又はその旨を契約に定めてはならない。

※下線は筆者らによります。

以下では、本改正後の「あるべき姿」の各段落の記載について、本ガイドラインの解説の記載及び中小企業庁「『知的財産取引に関するガイドライン』及び『契約書ひな形』の改正(案)に対する意見募集でお寄せいただいた御意見及び御意見に対する考え方」*30(2024年10月3日。以下「本パブコメ回答」といいます。)に基づき説明します。

(1) 紛争解決責任

【紛争解決責任】

発注者の指示に基づく業務について、第三者との間に生じる知的財産権上の責任や負担を、受注者に例外なく一方的に転嫁し、又はその旨を契約に定めてはならない。

本ガイドラインの解説は、発注者の指示に基づく業務について、第三者との間に知的財産権に関する紛争が生じた場合の紛争解決責任を受注者*31に例外なく一方的に*32転嫁させることや、その旨を契約に定めることは適正な取引とはいえないと述べています。
また、帰責事由の所在によって、以下のとおり責任の所在に係る考え方を具体化しています。

帰責事由の所在 責任の所在
発注者にのみ帰責事由があるとき 発注者が自ら紛争解決責任を負わなければならない
例:専ら発注者の決定による仕様等そのものが、第三者が有する知的財産権を侵害している場合*33  
受注者にも一定の帰責事由があるとき 発注者と受注者は、各々の帰責事由の内容や、各々が獲得した利益等を考慮した結果、正当といえる範囲で紛争解決責任を分担すべきであるという観点から、発注者は、こうした事情を考慮することなく、受注者に対し、一切の紛争解決責任を例外なく一方的に転嫁してはならない。

(2) 保証責任

【保証責任】

発注者が希望する目的物において第三者が有する知的財産権を侵害しないことの保証に係る責任の所在については、発注者、受注者間の明示的な協議の上で決定するものとし、受注者に例外なく一方的に保証責任を転嫁し、又はその旨を契約に定めてはならない。

本ガイドラインの解説は、上記(1)の紛争解決責任と同様に、目的物について第三者が有する知的財産権を侵害しないことに係る保証責任、保証に係る調査の実施及びそれに要する費用その他の負担については、当該目的物の仕様等の決定において発注者、受注者各々がどのような役割を果たしたか等の事情を踏まえ明示的に協議*34の上、適切に分担することとし、受注者に例外なく一方的に転嫁し、又はその旨を契約に定めてはならないと述べています。また、その例示として、発注者が自ら目的物の仕様等を決定し、その決定に受注者が関与しておらず、かつ、第三者が有する知的財産権を侵害していないことに係る調査が必要となるときは、原則として、発注者が自らの負担で当該調査を行わなければならないとしています。

また、本ガイドラインの解説は、受注者に帰責事由がないにもかかわらず、第三者が受注者を相手に訴訟を起こしたときは、原則として、発注者は、受注者からの、目的物の仕様等の決定に係る経緯や受注者に対する指示*35の内容等を開示する旨の要請や、当該紛争によって受注者に生じた第三者への損害賠償についての求償等に応じなければならないと述べています。

(3) 第三者からのライセンス取得

【第三者からのライセンス取得】

発注者が希望する目的物の製造等に当たり、第三者が有する知的財産権を使用する必要があるときは、その使用に要する費用その他の負担を受注者に例外なく一方的に転嫁し、又はその旨を契約に定めてはならない。

本ガイドラインの解説は、発注者が希望する目的物の製造等において、第三者が有する知的財産権を使用する必要があるときは、当該知的財産権の使用料、事務その他の負担を受注者に例外なく一方的に転嫁し、又はその旨を契約に定めてはならず、発注者、受注者が明示的に協議の上、当該負担の割合について決定しなければならないと述べています。

3. 本ひな形に関する本改正の概要

本改正により、本ひな形のうち、「知的財産権の取扱いに関する契約書(製造委託契約)」に、以下の第8条が新設されました。

【本改正による製造委託契約の新設条項】

第8条 (第三者が有する知的財産権に関する紛争への対応)

1 本業務における目的物又は目的物を組み込んだ製品(以下、「目的物等」という。)について、目的物等に起因して第三者との間に知的財産権に関する紛争が生じたときは、甲及び乙は、速やかにその旨及びその内容を相手方に通知する。

2 前項の紛争の解決に係る負担について、甲及び乙は、当該知的財産権の侵害に係る自らの責任の範囲において当該負担の責任を負う。

上記の新設条項は、第三者との間に知的財産権に関する紛争が生じた場合において、当該知的財産権の侵害に係る自らの責任の範囲で紛争解決に係る負担の責任を負うとするものであり、具体的な責任分担に関する定めは設けられていません。
この点について、本パブコメ回答に係る意見では、受託者側の責任範囲が不明確であるため、委託者側の立場が強い場合は言いがかりを付けられる余地があるとの指摘がありましたが、これに対して、中小企業庁は、本ひな形は発注者と受注者の間で契約締結を検討する際に参考にすることを目的としているため汎用的な記載にしていると回答しています(本パブコメ回答No.2)。

なお、本ひな形に含まれる他の契約書について、本改正により改訂はなされていませんが、中小企業庁から、本ガイドラインは製造委託契約のみに限定されるものではなく、知的財産に係る取引に広く適用され得るとの見解が示されています(本パブコメ回答No.10-2等)。

4. おわりに

上記3.のとおり、本ひな形はあくまで契約締結を検討する際の参考とする目的で公表されているに過ぎませんので、どのような内容を規定すべきかについては、個別の事案における検討が必要です。その際、例えば、仕様の決定に関してどのような場合に当事者が責任を負うのか等を明確化することも有益と考えられます(より具体的には、発注者の立場からは、受注者が作成した仕様を発注者が承認するのみでは発注者は仕様に関する紛争解決責任を負わないこと等を契約書上明確化することも考えられます(脚注33及び34参照))。また、リスクの検討に当たっては、実務上、損害の範囲や損害賠償の上限額の設定を行う例も見られるところです。

本ガイドライン及び本ひな形に関する本改正は、大企業と中小企業の間での知的財産取引における公平性を確保し、紛争を未然に防ぐための重要なステップであると思われます。特に、第三者との間に生じる知財訴訟等のリスクを受注者側の負担とする規定を含む契約書が実務上散見されますが、本改正後の本ガイドラインにより責任転嫁に関する指針が示されたことで、今後、大企業は中小企業の立場をより尊重し、適正な知的財産取引を推進することが期待されます。また、中小企業においても、本ガイドライン及び本ひな形を活用して自社の権利を守ることが重要と考えます。

*1 高年齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針(平成24年厚生労働省告示560号)第2の3、高年齢者雇用安定法の一部を改正する法律附則第3項

*2 厚生労働省が公表している「高年齢者雇用安定法Q&A(高年齢者雇用確保措置関係)」A2-1(https://www.mhlw.go.jp/general/seido/anteikyoku/kourei2/qa/)参照。

*3 高年齢者雇用確保措置の実施及び運用に関する指針第2の2(平成24年厚生労働省告示560号)

*4 複数の措置を組み合わせることも可能です(高年齢者就業確保措置の実施及び運用に関する指針(令和2年厚生労働省告示第351号)第2の1(1)ロ)。

*5 高年齢者就業確保措置の実施及び運用に関する指針(令和2年厚生労働省告示第351号)第2の1(3)イ

*6 厚生労働省が公表している「令和6年「高年齢者雇用状況等報告」の集計結果」(https://www.mhlw.go.jp/content/11703000/001357147.pdf)参照。

*7 なお、東京都のほかに、北海道や桑名市(三重県)にて、カスタマー・ハラスメントに関する条例が制定されており、この動きは全国に広がることが予想されます。

*8 https://www.reiki.metro.tokyo.lg.jp/reiki/reiki_honbun/g101RG00005328.html

*9 https://www.hataraku.metro.tokyo.lg.jp/plan/kasuharashishin0612.pdf

*10 本条令において「労働時間」とは、労働基準法(昭和22年法律第49号)第32条に規定する労働時間をいいます。また、労働基準法が適用されない就業者との関係では、労働基準法以外の法令で規定される勤務時間を意味します(本ガイドライン第2・2(1)ウ(ア))。

*11 本条令において「業務遂行に影響を与える」とは、当該行為を受けた就業者の円滑な業務遂行の妨げとなることを意味します(本ガイドライン第2・2(1)ウ(イ))。

*12 相当性の判断に当たっては、当該行為の目的、当該行為を受けた就業者の問題行動の有無や内容・程度を含む当該行為が行われた経緯や状況、就業者の業種・業態、業務の内容・性質、当該行為の態様・頻度・継続性、就業者の属性や心身の状況、行為者との関係性など、様々な要素を総合的に考慮することが適当とされます(本ガイドライン第2・2(1))。

*13 本条令において「事業」とは、一定の目的をもってなされる同種の行為の反復継続的遂行を意味します。なお、営利・非営利の別を問いません。

*14 本条令において「業務」とは、事業者の事業に関連して行われる経済的な活動又は社会的な活動における行為(仕事・作業)を意味します。事業と関連して行われる必要があるため、個人の趣味に基づく活動、家事育児等の家庭生活上の活動はこれに該当しません。なお、違法性がある活動は業務に含まれないと解されます(本ガイドライン第2・4(1)ア)。

*15 合理的関連性があるか否かは、事業者と就業者が置かれた具体的状況に即して判断されることとなります(本ガイドライン第2・4(1)エ)。具体的には、都内企業で勤務する会社員が都外でテレワークを行う場合などが挙げられます。

*16 具体例として、店頭で商品の購入を検討している人や、飲食店で入店を待つ列に並ぶ人などが挙げられます。

*17 具体的には、顧客等による暴力行為等によって就業者の安全が脅かされる事態が発生した場合、あらかじめ定めた対応方針に従い、現場監督者等が対応を代わった上で、顧客等から就業者を引き離す、あるいは、弁護士や管轄の警察と連携を取りながら対応するなど、就業者への被害がこれ以上継続しないようにすることが求められます(本ガイドライン第3・3(3))。

*18 顧客等に対して、就業者への行為を止めるよう要請するとともに、あらかじめ定めた対応方針に従い、現場監督者等からの退去要請や出入り禁止、商品やサービスの提供停止の通告等の対処を行うことが求められます(本ガイドライン第3・3(4))。

*19 就業者は、取引先との関係では顧客等であるなど、カスタマー・ハラスメントを行う立場にもなり得るため、事業に従事する者に対してカスタマー・ハラスメント防止に関する啓発や教育等を行っていくことが求められます(本ガイドライン第3・3(5))。

*20 例えば、具体的にカスタマー・ハラスメントに該当する言動と社内の処分内容を対応させた懲戒処分に関する規定を就業規則等に定めるほか、その判断要素を明らかにする方法が考えられます。

*21 例えば、事業者の規模に応じて、本社組織(人事労務部門、カスタマーサービス部門、法務部門など)が中心となって対策推進チームを設け、基本方針や対応方法・手順の作成、教育や周知、再発防止策の検討・実施を取りまとめるという体制を取ることが考えられます。

*22 研修は可能な限り就業者全員が受講できるようにし、中途入社の就業者がいることなどを考慮すると、定期的に実施することが望ましいとされます。特に経営層に対しては、カスタマー・ハラスメントが事業に与える影響や優先順位を判断した上での対応が求められることについて、外部講師を招いた研修等を通じて意識改革を図るなど、積極的な取組を促すことが有効とされます。

*23 例えば、労働安全衛生法(昭和47年法律第57号)第18条第1項に規定する衛生委員会の活用など、就業者や労働組合等の参画を得つつ、アンケート調査や意見交換等を実施することが考えられます。

*24 本ガイドライン及び本ひな形については、以下の中小企業庁ウェブサイト(https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/chizai_guideline.html)の資料をご参照ください。

*25 知的財産取引検討会「知的財産取引検討会報告書」(2021年3月)(本トピック4において、以下「本報告書」といいます。)2頁(https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/kenkyukai/chizaitorihiki/2021/210331chizaitorihiki_report.pdf

*26 本ガイドライン7頁

*27 なお、中小企業庁が下請中小企業振興法第3条第1項に基づき策定する振興基準(2024年11月1日改正)の「第8の5知的財産の保護及び取引の適正化」において、①親事業者及び下請事業者は本ガイドラインに掲げられている基本的な考え方に基づき知的財産権等に係る取引を行うものとすること及び②その際、知的財産権等の取扱いに係る取引条件の明確化のために本ひな形の活用を推奨することが規定されています。振興基準のうち、「~ものとする」との規定は、「規範性が高く、個別事案の問題性の大きさ等を踏まえ、場合によって下請中小企業振興法上の指導・助言の対象となる得る規定」とされているため(中小企業庁「振興基準に関するよくある質問」Q7(https://www.chusho.meti.go.jp/faq/faq/faq13B_shinkoukijyun.html#q7))、上記①に違反して本ガイドラインに掲げられている基本的な考え方に基づかずに知的財産に関する取引を行った場合、下請中小企業振興法第4条に基づく指導及び助言の対象となる可能性があります。その他、取引の態様によっては、独占禁止法や下請法違反となる可能性もあります(特に、知的財産に関する取引については、公正取引委員会「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」(2016年1月21日改正)も考慮する必要があります)。

*28 本報告書2頁

*29 中小企業庁「『知的財産取引に関するガイドライン』及び『契約書ひな形』の改正(案)に対する意見公募要領」(2024年7月31日)(https://public-comment.e-gov.go.jp/pcm/download?seqNo=0000277647)、中小企業庁「知財Gメンの取組を踏まえた知財ガイドライン等の改正について」(2024年8月)(https://www.chusho.meti.go.jp/koukai/shingikai/torihikimondai/020/dl/005.pdf

*30 https://public-comment.e-gov.go.jp/pcm/download?seqNo=0000280616

*31 本改正前の本ガイドラインでは、「受注者」ではなく「中小企業」との文言が使用されていましたが、本パブコメ回答によれば、取引の関係性を重視して文言を修正したものであって、本ガイドラインは受注者が中小企業である取引を対象としているとのことです。したがって、かかる文言の変更は、本ガイドラインの対象を中小企業以外にも拡大する趣旨ではありません(本パブコメ回答No.10-4)。

*32 「例外なく一方的」との文言に関して、両当事者間で協議・交渉した経緯があれば「例外なく一方的」なものではないとされています(本パブコメ回答No.10-5)。

*33 本パブコメ回答に係る意見として、受注者が作成した仕様を発注者が承認するプロセスをとることが一般的であるところ、①当該承認についても「発注者が決定した」とみなされると、ほとんどのケースにおいて発注者が紛争解決責任を負うこととなり、発注者の負担が過度に重くなること及び②発注者による承認プロセスのたびに、発注者側の責任で、受注者の作成した仕様が第三者の知的財産権を侵害していないか確認することが必要になり、発注者の負担が不合理に大きくなること等の指摘があり、当該指摘を受けて、本ガイドラインの解説に「専ら」との文言が追加されました(本パブコメ回答No.10-12及び10-15)。かかる経緯は、「専ら発注者にのみ帰責事由があるとき」の解釈に当たって参考になるものと考えられます。

*34 「明示的に」協議したといえるためには、当事者間において協議をしたことについて明確に認識ができていることが必要であるとされています(本パブコメ回答No.10-7)。また、知財侵害がないことを保証するに際しては、①委託に係る業務の内容、②関連する知財に対する知見の高さ、③当該知財に関する調査の内容、④仕様や設計が発注者側の決定によるものなのか受注者側の提案によるものなのか、等の事実関係が事案によって様々であり、事前の協議が特に必要であるとの考えの下で、「明示的に協議」が必要との記載が採用されています(本パブコメ回答No.10-3)。

*35 本ガイドラインの解説は、「指示」について、「発注者が受注者に対し、第三者が有する知的財産権を含む仕様等を用いて目的物を製造等するよう明確に指示すること」にとどまらず、結果として第三者が有する知的財産権を侵害することとなるきっかけとなった行為も含まれ得るとして、以下のケースを例示しています。
①第三者が有する知的財産権を含む仕様等を用いて生産すべきことについての、口頭やメールでの示唆
②第三者が有する知的財産権を含む仕様等を用いて生産しなければ、他の製品も含めて取引を停止する等、受注者側に不利益を被らせることの示唆
加えて、いずれのケースにおいても、受注者は、書面等の形式(手書きのメモのような簡素なものを含む)で経緯の記録を残すことにより、自らに帰責事由がない旨を証明できるようにしておくことが望ましいと述べています。

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執筆者

茂木 諭

パートナー, PwC弁護士法人

小林 裕輔

パートナー, PwC弁護士法人

髙松 礼奈

PwC弁護士法人

岩崎 康幸

パートナー, PwC弁護士法人

矢野 貴之

PwC弁護士法人

湯澤 夏海

PwC弁護士法人

山田 裕貴

山田 裕貴

パートナー, PwC弁護士法人

望月 賢

PwC弁護士法人

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