調査レポート「患者さん中心の医療―テクノロジーによる希少疾患患者の個別化医療実現に向けた取組」のご紹介

患者自身がそれぞれのニーズに合った治療方法などを選択し、主体的に治療に参加する「患者中心の医療」という言葉を耳にする機会が、日本国内でも増えてきました。

その概念が早くから導入されている欧米では、デジタルソリューションを活用して個々の患者の疾患特性や状況、嗜好などを踏まえた「個別化医療」に取り組む例も見られるようになっています。ただし、その対象は、糖尿病などの比較的患者数の多い疾患に限定されており、例えば希少疾患患者が「テクノロジーによる個別化医療」の恩恵を受けるのは難しい状況にありました。

PwCは、希少出血性疾患に対する個別化医療とデジタルソリューションの役割について武田薬品と対談を行いました。その対談を通じ、希少疾患患者に対して「テクノロジーによる個別化医療」を効果的に提供するには、「パッシブデータ収集」「ゲーミフィケーション、リワード、ナッジ、マイクロコンテンツの活用」「コーチングやAIによるインサイト生成を通した医療従事者サポート」「遠隔での患者ケア」などに留意する必要があることが見えてきました*1

前例のない疾患患者に「デジタルソリューションを活用した個別化医療」を提供するに際しては、ノウハウが蓄積された他の疾患の例が参考になると考えられます。

以下、留意すべき項目についての解説と、他の領域の疾患における成功例を紹介します。

パッシブデータ収集

患者自身によるデータ入力を必要とせず、ウェアラブル端末やスマートフォンなどを通じて自動的に集められるデータを「パッシブデータ」といいます。入力の手間がないので、患者に負担をかけることなくデータを集めることができ、また入力や記載などの漏れや誤りを防止することもできます。収集されたアウトカムデータは、患者のモチベーション維持や医療従事者への情報提供に利用されるだけでなく、治療の有効性や安全性の実証に利用可能なリアル・ワールド・データ(RWD)として活用できる点も注目に値します。

この具体例として、歩行状態に関する情報を追跡し、アップロードすることで患者の動作をモニターする「スマートインソール」や、インターネットに接続され、複数の健康指標を記録できる「スマート体重計」などがあります。血糖値を追跡する「持続血糖測定器」や、スマートフォンと連動させることで理学療法中の身体動作を分析し、運動能力と健康状態を評価する「モーショントラッキング」などもパッシブデータ収集による個別化医療の一例です。

ゲーミフィケーション、リワード、ナッジ、マイクロコンテンツの活用

治療アドヒアランスを高めるには、患者の行動変容を促し、治療意欲を維持・向上させることが望まれます。その効果的な手法として、治療行為にゲーム性をもたせる「ゲーミフィケーション」や、ポイントを付与するなどの「リワード」があります。

これら手法の活用に際しては、行動経済学「ナッジ」理論(さりげない適切な手法によって良い選択に誘導しようとする概念)を用いることで一層高い効果を期待することができます。また治療に対する患者のハードルを下げるために、患者の日常に組み込むことが容易にできるよう短時間で終了する「マイクロコンテンツ」である点も重要です。

これらの手法の活用例としては、患者に自身の病気の理解を深め治療スケジュールを遵守することの重要性を理解してもらうためのオンラインゲーム、服薬遵守に対する報酬スキーム、短時間での理学療法セッションなどが挙げられます。

コーチングやAIによるインサイト生成を通した医療従事者サポート

個別化医療を実現するデジタルソリューションは、上述したようにパッシブデータを収集することが可能です。収集されたデータを利用することで、個々の患者の特性に応じたコーチングを提供できます。またそれらのデータを基にAIで作成されるインサイトは、データ分析や予測アルゴリズムを利用することで、リスクや改善余地のある患者に対し、注意喚起や治療の変更を推奨することも可能になります。パッシブデータを基にしたコーチングやAIによるインサイト生成により、医療従事者の適切なタイミングでの調整と介入が実現します。その結果、治療効果が高まることも期待できます。

この事例としては、疾患予後を改善するために最適な食事やライフスタイルに係る指針が日次や週次で更新される「血糖値やバイオマ―カーの持続的アップロード」、血糖値が正常範囲を逸脱した患者に注意喚起を行い患者の行動変容を促す「AI活用型の患者管理ツール」*2などが挙げられます。

遠隔での患者ケア

これまでは、自宅で療養している患者と医療従事者との接点は来院時や訪問時に限られていました。そのため、それ以外の大部分の時間の病状についての情報が不足してしまうことが、診療やケアを行う上での懸念の1つとなっていました。また患者を取り巻くステークホルダー間での情報共有も課題に位置付けられています。

「遠隔での患者ケア」とは、患者や患者家族、多職種にわたるステークホルダー間で情報を共有するソリューションを指します。これにより患者は医療機関を訪問することなく医療従事者とコミュニケーションを取ることができ、医療従事者は患者に対面で接することなく患者の情報を集めることが可能となります。

個別化医療のためのデジタルソリューションの日本での活用

個別化医療のためのデジタルソリューションの特長は、個々の患者の治療効果を高めるだけでなく、データの集積によりエビデンスやインサイトを生み出すことが可能な点にあります。それらが患者本人の個別化医療の質をさらに向上させ、同様の疾患の患者に新しい治療方法をもたらす可能性を秘めています。

そういった意味においては、個別化医療のためのデジタルソリューションの日本国内での普及が待たれるところですが、日本では、患者自身が診療録を直接閲覧する機会はいまだ乏しいと言わざるを得ません。また、治療や生活に関わる多種多様なステークホルダーが十分に情報共有できる環境はまだ整っていません。医療機関から直接診療録を集めるのではなく、オンライン資格確認システムを通じてデータを収集するという新たな取り組みも進みつつありますが、端緒についたばかりであり、その成果が十分に発揮されているとは言い難いのが実情です。しかし、記載の他地域、他領域におけるデジタルソリューション活用の成功例に学ぶことで、事態が短期間のうちに進展する可能性も期待できます。

*1:患者さん中心の医療 テクノロジーによる希少疾患患者の個別化医療実現に向けた取り組み
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/patient-centred-health-care.html

*2:PSPのサービス紹介ページ
https://www.pwc.com/jp/ja/industries/healthcare/hpls-consulting/patient-support-program.html

執筆者

船渡 甲太郎

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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