2020年が始まりました。日本では東京オリンピック/パラリンピックの開催を控え、盛り上がりを見せています。一方で、世界に目を向けると、米国では大統領選挙の行方、米中貿易摩擦の先行きが依然として不透明であり、英国のEU離脱およびEUの新体制による政策の影響がどうなるのか、そして中国の一帯一路政策の加速化など、この数年来、地政学リスクは注目を浴び続けています。今後もこのテーマは注目され、さらに重要性が増すことがうかがえます。
このような激動のグローバル経済において、日本企業は自社のビジネスをどう舵取りしていくかの判断がいっそう困難となってきています。その中で、経営者に最も求められる能力の1つは、大局観を持って将来を予測できることです。そして、さらに重要なポイントは将来起きる大きなリスクを回避できるような判断力と実行力を持つことです。また機会を逃さず速やかにつかみ取る能力も重要です。2020年で想定されるリスクは、大きなチャンスに転換できる年なのかもしれません。
本稿では「2020年に起こりうるリスクと実現すべきトラスト」というテーマの下、地政学リスクの観点から、2020年に起こりうる地政学リスクは何か、それを踏まえ、起こりうるリスクに対する影響とそのリスク軽減策、また何をチャンスとして捉えるべきかについて概説します。
出所:IMF, 2019. World Economic Outlook, October 2019: Global Manufacturing Downturn, Rising Trade Barriers, p.21の図を基にPwC作成
ここでは、特に日本企業に影響が大きいと想定される米中貿易摩擦について触れます。
対中貿易赤字を不当とする米国が、2018年7月に340億米ドル相当の中国製品に対して25%の関税を賦課したことから始まった米中間の応酬は段階を経て激化し、2019年9月に第4弾の制裁関税が発動(約3,000億米ドル分のうち1,650億米ドル分は12月に先送り)したところで、米中ともに大半の輸入品に関税がかかる事態となりました。10月15日に予定されていた第3弾までの関税率引き上げについては同11日の閣僚級協議における第1段階暫定合意を受けて見送りが決定されました。その後、両国間での協議は継続されてきましたが、2020年の米大統領選を控え、交渉は難航しており、合意には至っておらず、引き続き第4弾の残りの制裁関税が発動される可能性があります。
また、図表2の2020年で想定される地政学リスクの5番目に関連しますが、2019年5月以降、米商務省が中国の通信機器大手、華為技術に対して科している禁輸措置については、安全保障に関わる問題として貿易交渉とは切り離されており、依然、解消の糸口は見えていません。
出所:PwC米国Geopolitical Investing チームリーダー Alexis Crowのヒアリング内容を基に筆者作成
米国側では、11月まで続く長い米大統領選挙の中で、功を急ぐトランプ大統領が、実を取る戦略に舵を切り何らかの交渉妥結を目指す、あるいは対中国の強硬姿勢をさらに強めていくというシナリオが考えられます。対する中国側のシナリオでは、2019年同様に、毎年夏に開かれる中国共産党の重要問題を議論するとされる北戴河会議に向けて強硬姿勢が高まる、あるいは2019年第3四半期のGDPの伸びが6.0%に留まるなど足元の景気減速の兆候を受けて緊張緩和を目指すといったことが考えられるでしょう。米中双方が国内事情を抱える中、日本経済に大きな影響を持つ2大経済大国間の駆け引きの行方について予測の難しい状況が続きます。
2020年11月3日に投開票が行われる米国大統領選挙では、トランプ大統領が再選するのかということのみならず、現職の大統領として、長い選挙戦の期間中、全ての政治活動が自らの選挙活動と重なるトランプ氏が、さまざまな経済・外交問題にどのような対応をとっていくかに世界の注目が集まっています。
今回の大統領選の日程で特に注目されるのは、この選挙が2月の予備選挙開始からわずか1カ月ほどで大勢が決する短期決戦となる可能性がある点です。
複数州での予備選が集中する3月の第1火曜日は「スーパーチューズデー」として知られていますが、今年はここに、党公認を得るための代議員数が多いカリフォルニア州や、テキサス州、ノースカロライナ州などが日程を大幅に早めて予備選を実施することを決めており、この日までに両党の公認候補が事実上決まることも十分ありうることが予想されています。
また、民主党では、以前より最有力候補と見られていた中道派のバイデン前副大統領ではなく、移民問題や環境問題で反トランプを鮮明化させている左派のウォーレン上院議員が勢いに乗るのではないかという見方が出ています。
一方で、現職に圧倒的に有利とされる大統領選においても、トランプ大統領再選の可能性について、当初見られていたように盤石ではないという見方も出てきています。背景にあるのは、2019年9月に民主党が開始したトランプ大統領の弾劾訴追に向けた調査の発端となったウクライナ疑惑(トランプ氏が、ウクライナへの軍事援助を引き合いに、大統領選の最大のライバルと目されていた民主党バイデン氏と息子の汚職疑惑に関する調査を要請したとされる疑惑)の発覚を契機に、トランプ氏への支持率に変調が見られ始めたという点です。他にも、長引く貿易摩擦の影響で、農産物の中国向け輸出が、貿易摩擦による報復関税発動前と比較して激減したため、2016年の大統領選でトランプ大統領誕生に大きく貢献したとされる中西部の農家票の確保に影響を及ぼしかねない状況を招いていることも一因として挙げられます。
前倒しが加速する予備選挙を経てどの民主党候補がトランプ大統領の共和党への挑戦権を得るのか、本選挙にて迎え撃つトランプ大統領が再選を目指してどのような外交・政治カードを切るのか、大統領選の重要日程を理解した上で引き続き注視が必要です。
EUでは、最重要ポストである欧州委員会委員長の他、欧州理事会常任議長(いわゆるEU大統領)、欧州中央銀行(ECB)総裁などの主要人事が2019年11月から12月にかけて任期満了に伴う交代となっており、新体制での運用が開始されています。新欧州委員会委員長であるフォンデアライエン氏は、今後5年間の政策パッケージ案において6つの柱(欧州グリーンディール、人々のために機能する経済、デジタル時代への適合、欧州の生活様式の保全、世界における強靭な欧州、欧州民主主義の推進)を提示しており※1、最重要と位置付けている環境問題において、就任後100日以内にグリーンディールキャンペーンを打ち出すとしています。フォンデアライエン氏は、対外政策としても「米国とのパートナーシップを打ち立て、自己主張を強める中国との関係を定義する」との発言もしており※2、今後のEUの米国、中国、そして離脱を控えている英国とのそれぞれの関係構築の行方についても外交手腕が問われています。また、ECBでは、新総裁に就任したラガルド氏がドラギ前総裁の金融政策を当面維持しつつも、これまでの政策の副作用や効果の点検、見直しなどを進めていくとみられます。
一方、英国は昨年予定されていたEU離脱が、最長で2020年1月31日まで延期されました。英議会では、2019年10月に英EU間で合意した新離脱協定案の採決が延期され、12月に解散総選挙が実施され、保守党が勝利しました。3度も延期を繰り返してきた英国が、今年は離脱を実行し、EUおよび各国と将来の貿易協定に関する交渉に入れるのか、または再び議会内での調整が取れず、不確実な状況が続くことになるのか、引き続き動向が注目されます。
PwC Japanグループが2019年に実施した「地政学リスクに対する日本企業の意識と対応実態調査」によれば、海外でビジネス展開している回答者の69.0%が「過去3年間で、ビジネスに関しての地政学リスクレベルが著しく高まっている/やや高まっていると感じている」と回答し、78.7%が「地政学リスクマネジメントが自社の経営戦略にとってとても重要/やや重要」と回答しています。その一方で、「(地政学リスクについて)対応をとっていない」とした回答者は39.1%に上っており、複雑な課題を前に次の一手を巡って躊躇する企業の現状が浮き彫りになりました。2020年においては、一部の日本企業では地政学リスク対策に本格的に取り組もうとしているケースが見受けられます。では、地政学リスクに対して日本企業はどう対応すべきなのでしょうか。
それには、以下の3つがポイントと考えられます。
まず、最初に実施することは、関連する地政学リスクを特定することです。グローバルに展開している日本企業の中でも、重点を置く地域や業界特性によって取り扱うべき地政学リスクは異なります。米国中心なのかアジア中心なのかという地域軸また、事業軸でも関連する地政学リスクは異なります。また、経営資源がどのような形で導入されているのか、つまり、拠点があるのか、貿易取引関係なのか、あるいはM&Aで進出したのか、などのエクスポージャーの軸も場合によっては必要となります。
通常のリスクマネジメントの視点と同様ではありますが、地政学リスクの予測されるシナリオ別に、潜在的影響の度合いおよびそのリスクの発生可能性の確度の両面から評価する必要があります。これらはビジュアル化ツールを活用して、地政学リスク項目別にその影響と発生可能性を見ていくことが可能です。総合的に地政学リスクレベルが高いものについては、コンティンジェンシープランの策定が必要となります。
これまで、日本企業では地政学リスクのモニタリング方針・体制のメソドロジーについて確立されたものは存在しませんでした。そのため、各企業として抱えている共通課題といえます。地政学リスクは、一時点での分析だけではなく、それを時間経過とともにアップデートし、常時、自社内で特定した地政学リスクを常に観察しなければなりません。そのためのポリシーを策定し、経営陣に対する警告と対策についての提言ができるような仕組みの工夫がモニタリング体制構築として必要です。
1で見たように、世界の主要なマーケットにおいて地政学リスクがビジネスにもたらす影響は増加の一途をたどり、その対応は喫緊の課題となっています。しかしながらその検討にあたっては、ステークホルダーが国際機関、各国政府、多様な国際企業と多岐にわたっていること、直接的な影響因子として真っ先に挙げられる関税も実は氷山の一角にすぎず、実際には各国の保護主義的政策や非関税障壁などさまざまな要素が存在することから、地政学リスクへの対応をより複雑で難しいものとしています。
これら企業の現状を踏まえ、PwCでは、グローバルに事業を展開するビジネスリーダーが自社の事業活動・国際貿易およびサプライチェーンに対する地政学リスクのインパクトと取りうる対応策についてより多角的、直感的に理解するための体験型シミュレーションゲームである「Game of Trade」を開発しました。このGame of Tradeを通じて、冒頭で挙げた経営者として必要な能力である将来予測やリスク対応のための判断力と実行力について、よりリアルなバーチャルでの体験を通じて検証するための参考とすることができます。そして、今後起こりうるリスクへの対応準備について、より具体的なイメージを持ちながら取り組むことが可能となります。
日本企業のグローバル化がますます進んでいく中で、これまで以上に地政学リスク対応への必要性が高まってきています。これらを上手に舵取りすることで投資家、従業員、国家機関などさまざまなステークホルダーからの信頼=トラストを実現することが可能となります。そして、読者の企業の皆様にとって、その先にあるチャンスをつかむ年であることを願っています。
(本稿の内容は、執筆時点(2019年11月時点)の情報等に基づくものです)