経済のデジタル化の急速な進展とともに、デジタル企業がそのシステムをサービスとして多数の国・地域のユーザーに提供することで収益を上げるようになってきましたが、それに対する課税関係は各国・地域でどうあるべきか、新たな難しい問題となっています。
従来の国際課税のルールでは、多国籍企業の子会社ないし恒久的施設(PE:支店等)がなければ、その国・地域での課税はありませんでした。しかし、デジタル経済の下では、多くの国・地域でそのようなPEはありません。それでもこれらの企業の収益の源は各国・地域でのユーザー等の活動にあると見れば、これら各国においてある程度の課税権が与えられて然るべきであるとの考えが生じます。そのような中で、今やデジタル化は、程度の差こそあれ、あらゆる業種に見られることから、OECD(経済協力開発機構)は、その対象を高度デジタル企業に限らない新たな所得課税の方法を模索するとともに、グローバル合意に基づく解決策を指向しています。
本稿では、デジタル経済課税について、経緯と検討案、そして包摂的枠組での大枠合意および今後の動向について解説します。
OECDでは、いち早く、1998年には、一般に受け入れられている課税原則(中立性、効率性、確実性等)は電子商取引にも妥当すること、また、既存の原則を支援し、電子商取引を差別しない限りにおいて新たな措置および既存制度・執行の修正は可能であること、等を確認しています。
その後、OECD/G20は、いわゆるBEPS(税源浸食・利益移転)プロジェクトを開始し、2015年には多くの主要な国際課税問題をカバーする形で、行動計画1~15に係る最終報告書を公表しました。しかし、デジタル経済課税に係る行動1については、デジタル取引関係をリングフェンス(分離囲い込み)できないこと、また、それへの対応の困難性等から、具体的な勧告を提示することなく、2020年までに結論を出すこととされました。
このBEPSプロジェクトへの参加国・地域数は、その後包摂的枠組み(Inclusive Framework)として大幅に増え、現在は、約140カ国・地域による文字通りグローバルでの枠組みとなっています。その間、OECDからは、2018年に、デジタル経済の特色等について述べた中間報告が公表され、2019年初めには、デジタル経済課税について、課税権の配分に係る第1の柱とBEPS問題への対処に係る第2の柱、それぞれに係るいくつかの選択肢を提示した報告書が公表されています。
第1の柱では、PE(恒久的施設)がなくても課税権が与えられる根拠として、ユーザー参加(英国案)、マーケティング無形資産(米国案)、重要な経済的プレゼンス(インド案)、といった基本的な考え方が示されました。これらは、いずれもネクサス(課税拠点としての結び付き)および利得配分のルールを変更するものですが、コンセンサスを得るまでには至らず、2019年5月には、OECDからワークプログラム(作業計画)が公表され、具体的な課税方法の選択肢として、修正残余利益分割法、定式配分(分数配賦法)、分配ベースアプローチ、の考えが提示されました。一方、第2の柱では、無税または極めて軽課税となっている事業体への利得移転のリスクに対応するものとして、一定税率以上での課税を行う所得合算ルールと税源浸食となる支払いへの課税という二つの関連するルールが提案されています。
このような二つの柱の考えは、共に従来の国際課税構造の大幅な改正を意図しており、ここでのOECDによるコンセンサスベースの解決策取りまとめへの取り組みについては、2019 年6月のG20財務大臣会合(於福岡)およびG20首脳会議(於大阪)でも承認・確認がなされています。
このようなOECDでの検討とは別に、EUでは、2018年に、欧州委員会から理事会指令案として、デジタル事業に対するより簡便で包括的な解決策として、デジタル事業の物理的商業プレゼンスがない場合の課税拠点(ネクサス)を創設する規定の導入とともに、暫定的課税措置として、ユーザー所在地における3%のデジタルサービス税(売上税)が提案されました。ただ、これらの考えは、EU加盟国の中で意見が一致せず、単一市場としてのEUにおける理事会指令とはなりませんでした。そのため、EU加盟国でも一部の国では、OECDでのコンセンサスベースの解決策に係る議論を促進させる目的もあって、その帰結を待たずに、独自にこのようなデジタルサービス税を導入する動きが見られています。
OECDでは、当初の予定通り2020年末までにこの問題に係る検討を終えるべく、引き続き包摂的枠組みの下で、各国合意に向けた作業を精力的に続けています。2019年秋には、これまでの検討状況を受けて、上述した二つの柱それぞれに係る公開協議文書を作成し、市中協議(コンサルテーション)に付しています。
2019年10月、OECD事務局は、これまでのネクサスおよび利得配分に係る上述した三つの考えの共通点を踏まえて、統合された協議文書を公表しました。この新たなアプローチは、消費者の所在する国・地域に、事業上の物理的プレゼンスの有無にかかわらず、より大きな課税権を配分しようとするもので、利得配分の方法としては、みなしグローバル残余利益(ノンルーティーン利得)についての新たな定式配分の導入(A利得額)および物理的プレゼンスがある場合のルーティーン機能に係る利得についての固定利益率の活用(B利得額)が検討されており、これらによって簡素化・標準化が図られます。さらに、このルーティーン機能を超える利得があるとみられる場合には、紛争解決メカニズムの下で追加額の調整が可能とされています(C利得額)。
この提案は、ユーザー/市場国が重視され、オンラインプラットフォームビジネス等にとどまらず、多くの“消費者向け(consumer-facing)”ビジネスに影響を与えることとなります。また、利得配分については、いわゆる独立企業原則(ALP)からの乖離が図られています。なお、第1の柱についての公開コンサルテーションは2019年11月21・22日に実施されました。
本提案では、大規模消費者向けビジネスに焦点が当てられ、ユーザーと遠隔相互行為を行う(interact)高度デジタルビジネス、その他の消費者へのマーケティングを行うビジネス、等が関係し、非関連者を通じた販売も含まれます。この新たなアプローチの対象外になり得るものとして、天然資源採取産業・一次産品に加えて、金融サービス・一定のB2B関係が検討対象となっており、また、実務的観点からの規模による除外として、グローバル売り上げ7億5千万ユーロの閾値(国別報告(CbCR)の報告要件)が検討されています。
本提案では、消費者との相互行為・関与等を通じて市場国・地域の経済に持続可能で重要な関与を有する全ての場合にこのアプローチが適用可能とされ、販売者(関連者ないし非関連者)を通じて市場販売を行うグループにも適用されます。この新たなネクサス概念は、既存のPEルールとは別個の独立したルール(standalone rule)とされています。また、各国におけるネクサスの閾値についても、市場規模に応じた額の収入閾値を定義することが考えられています。
新たなネクサスルールの下での利得配分の検討において、ユーザー/市場国・地域に、果たす機能・使用する資産・引き受けるリスクのない場合には現行ルールでの利得配分対応は不可能であり、新たな利得配分方法として、上述した三つの利得額が提示されています。
A利得額は、合意された基準額(みなしルーティーン利得)を超える額としてのみなしグローバル残余利益の一部について、ユーザー/市場国・地域の間で、ビジネスの物理的活動(physical activities)の所在いかんにかかわらず、新たな定式配分によって配分されるものです。グループ利得の算定には財務諸表(連結)(GAAP、IFRS等)に基づき、標準化された調整が行われる可能性があり、また、グループまたは事業ライン・地域・市場ベースで関連利得を算定する可能性もあります。ルーティーン利得の算定には、業種別固定率を使用するアプローチの他、従来の移転価格枠組みの下で実際のルーティーン活動からの対価を配分することも可能です。
グループ利得からみなしルーティーン利得を除いたみなし残余利益額(ノンルーティーン利得)は、さらに、市場国・地域への帰属部分とその他の要素(事業上の無形資産・資本・リスク等)への帰属部分とで分割され、市場国・地域に帰属するみなし残余利益額は、販売額に基づく定式(固定率等)で特定市場に配分されます(率は未定、産業別で異なる可能性)。これは、残余利益分割法と定式配分(分数配賦法)の特徴を取り入れたアプローチであり、みなしノンルーティーン活動を別に扱うことで、ルーティーン利得に適用される従来の移転価格が存置され得る設計となっています。なお、本利得額の考えは、利得と損失の双方に等しく適用されます。
市場国・地域における販売機能等については、現行移転価格原則等の下における多くの紛争への対応として、マーケティング・販売機能に係る一定ベースライン活動(ルーティーン機能)に対して固定利益率で利得配分を行うことが考えられます。この率は、単一の率または業種・地域で異なるものとなる可能性がありますが、市場国・地域への利得配分を簡素化・標準化し、大幅なコンプライアンスコストおよび二重課税リスクの軽減になるとみられます。ただ、対象となる活動の明確な定義が必要になるとみられます。本利得額は、市場国・地域において従来のネクサスの存在(子会社・PE)に関係する場合にのみ適用されます。
この利得額は、ある国・地域でのビジネス活動が上述B利得額での対価支払いに係るルーティーン機能よりも大きな機能があると見なされる場合に、追加額の調整として適用されるもので、現行移転価格ルールの下で保証される場合に、これを求めることが可能とされます。上述A利得額での利得額と重複しないよう、さらなる検討が求められます。本利得額は、市場国・地域において従来のネクサスの存在(子会社・PE)に関係する場合に適用されます。本利得配分方法では、効果的な紛争予防・解決メカニズムの適用が必須とされます。また、本制度上、紛争解決メカニズム(義務的拘束的仲裁等)の各国での同時実施は不可欠であるとされています。
このように、デジタル経済に対応するための新たな考えが提示されましたが、さらなる検討作業が多くの分野で必要とされます。例えば、ビジネスライン・地域のセグメンテーションの利用可能性、損失の取り扱い、市場国・地域に再配分される利益額の調整、A利得額の設計に係るバリエーション、B利得額に係る活動の定義、等が課題とされます。
また、二重課税除去への対応として、A利得額の下で市場国・地域における課税対象利得所有者とされる事業体の特定、現行二重課税除去メカニズムが機能できる程度、各アプローチの下で市場国・地域に配分される課税利得額の二重計算リスクへの対応、等が課題となります。さらに、新たな義務履行とコンプライアンス・事務負担とのバランス、現行条約の改定、等の課題も指摘されます。
これらの課題を踏まえて、全ての包摂的枠組み参加国が新たなルールを同時に実施するためには、最終的には、政治的検討が必要であるとみられます。
2019年11月、OECDは、第2の柱に係る公開協議文書を公表しました。第2の柱は、“グローバル税源浸食(GloBE)”提案と称され、多国籍企業によるBEPSリスクが引き続いていることへの対処のため、国際事業利得に係る一定税率(ミニマム税率)課税によってグローバルでの対応を意図するものです。各国が自国制度(法人所得税の有無、税率等)を自由に決定できることを認めつつ、ミニマム税率未満での実効税率課税の場合において、策定されたルールを他国が適用する権利についての検討がなされたものです。ここでの多国間解決によって有害な“底辺への競争”を阻止することは、途上国の非効率な租税インセンティブによる歳入減への対応にもなるとされ、また、ここでの提案は第1の柱のバックストップとなることも意図されています。
このGloBE提案では、四つの構成要素について検討されることとなっています。すなわち、a)子会社または外国支店の所得に係る実効税率がミニマム税率未満の場合の株主側での課税(“所得合算ルール”)、b)関連者への支払いがミニマム税率未満での課税となっている場合の控除否認または源泉地国課税(“過少課税支払ルール”)、c)PE帰属利得または無形資産稼得所得がミニマム税率未満の課税となっている場合の居住地国での免除方式から税額控除方式への移行(“スイッチオーバールール”)、d)支払いがミニマム税率未満での課税となっている場合の特定所得項目に係る源泉地国での条約特典の調整(“課税対象ルール”)、です。
本協議文書では、これらのうち、特に、所得合算ルールに係る特定の技術的課題に焦点が当てられ、例えば、固定税率への“上積み(top-up)”課税として機能することが意図されています。それによって、各国および各多国籍企業の間での同等競争条件達成の可能性が高くなりますが、実際に適用される税率等の主要課題については、包摂的枠組みでの政策選択によることになります。なお、第2の柱についての公開コンサルテーションは2019年12月9日に行われました。
課税ベースは、CFCルール(外国子会社合算税制)を参考にして算定され、CFCルールがない場合には、株主居住地国の国内法人税制を参考に算定されます。適切な財務諸表ルールから出発して、合意された調整を行うことが、一つの簡便措置であるとされ、この場合に、連結財務諸表作成のために最終親会社の財務諸表基準(IFRS、米国・日本GAAP等)が使用されることとなれば、コンプライアンスコストは限られます。
財務諸表上の所得と税務上の所得との間における一定の永久差異と一時差異を考慮して、財務諸表上の利得を調整することが考えられます。永久差異については、例えば、外国企業からの受取配当や株式売却益については課税所得から除かれる可能性があります。また、各国の政策的理由による特定類型所得の除外や一定の控除否認によって永久差異が生じる可能性があります。一時差異については、例えば、減価償却の方法、準備金の控除、欠損金の繰越認容、等の差異によって生じます。一時差異への対処に係るアプローチとしては、(i)超過税額および税属性(tax attributes)の繰越、(ii)繰延税金勘定、(iii)多年度平均実効税率、という基本的な三つの方法があり、それぞれの要素の修正・併用が可能とされます。
本GloBE提案は実効税率テストに基づいており、高税率所得と低税率所得との混合(ブレンディング)の程度について、三つの考えが示されています。すなわち、本提案の対象となるのは、a)“全世界ブレンディングアプローチ”では、総国外所得に係る総外国税額がミニマム税率未満となっている場合、b)“国・地域別ブレンディングアプローチ”では、同一国・地域における当該多国籍企業の全居住者メンバー(支店を含む)の総所得に係る総税額がミニマム税率未満の場合、c)“事業体別ブレンディングアプローチ”では、各外国事業体(支店を含む)の実効税率がミニマム税率未満の場合、となります。
これら三つのアプローチはそれぞれ異なる政策選択によるものです。それぞれのアプローチによって、コンプライアンスコストや実効税率への影響が異なる可能性があります。例えば、全世界ブレンディングでは、全体のコンプライアンスコストは下がる可能性がありますが、租税競争への対応の効果は薄まることになります。
本制度対象からの除外方法として、グループの売上高等の規模に基づく閾値、利得または関連者取引が少額な事業体・取引を除外するデミニマス閾値、特定の分野・産業の除外、等があり得るとされていますが、対象からの除外および閾値の決定は主に政策的問題であるとともに、租税制度の中立性および外部効果を生じる活動に対して影響を及ぼします。また、それらはコンプライアンスおよび執行のコストにも影響を及ぼします。対象からの除外は、納税者側での新たな文書化要件の可能性、過大・過少算入の可能性、濫用防止規定の必要性、等も指摘されます。
このような中で、BEPS行動1最終報告書(2015年)においてデジタル経済課税に係る結論を得る年とされていた2020年を迎えることとなりました。1月末には、今や約140カ国・地域の集まりとなった包摂的枠組の会合が開催され、これまでの検討内容を踏まえたところでのコンセンサスベース解決策に係る合意を2020年末までに得ることに包摂的枠組参加国・地域がコミットすることが確認されました。
具体的には、第1の柱に係る統一的アプローチの構成の大枠について交渉の基礎になるものとの合意がなされ、また、第2の柱についてその進捗が歓迎されています。第1の柱の提案には、紛争の予防解決措置などによる税の安定性の改善が求められ、また、解決策を設計・実施するに際しては複雑性を極力抑えることが必要であることが認識されています。妥当な解決策を得て合意を得るには、技術的課題の他、重要な政策的差異を解決すべきである点にも留意することとされ、米国財務長官からOECD事務総長宛の書簡(2019年12月3日付)で、多国・地域間解決への米国の支持について言及がなされる一方で、第1の柱をセーフハーバーとして実施するとの提案が含まれていることについても留意するとされています。本件の解決がコンセンサス合意を得るのに極めて重要であること、またこの他にも参加国・地域間で意見の大きく異なる課題があることも認識されています。
デジタル経済の進展という、時代の変化に則した税制の確立が早急に求められているのは事実ですが、この問題の重要性・困難性に加えて、利害関係の複雑な多数の参加国・地域を含む包摂的枠組での幅広いコンセンサス合意を形成するには、いまだ多くの課題が残されています。第1および第2の柱に係る諸提案が精力的に検討される一方で、いくつかの国・地域において独自のデジタルサービス税(DST)導入の動きがみられることとも相まって、上述した新たな制度への取り組みがこれからどのように進展するのか大いに注目されるところです。本年7月の次回包摂的枠組会合では主要な政策的合意の基礎をなす解決策を得ることとされており、また、技術的詳細に係る諸課題の検討が引き続きなされていくこととなっていますが、その過程では、企業側にも適時に意見発信を行っていくことが求められています。