アジャイル型監査── 内部監査の生産性を高める

はじめに

ビジネスの変革スピードが加速し、ステークホルダーが内部監査に求める価値が多様化する中で、内部監査へのアジャイルな手法の適用(以下、アジャイル型監査)が注目を集めています。小さくてコンパクトなチーム(3~5人である場合が多い)が、小さなPDCAを繰り返しながらプロジェクトを進めるのが、アジャイル型監査の基本的な考え方です。

昨今、コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響により、リモートワークを継続している企業も少なくありません。従来のように同じ場所で監査チームが協働することができなくなったり、渡航あるいは出張が制限されるためリモートでの監査を行ったりする等、状況に合わせて新たな監査手法を適用している内部監査も多いと思われます。

このように、必ずしも物理的に同じ場所にいなくても、コラボレーションツールなどを活用して効率的に協働することが可能になります。ツールとの組み合わせにより、リモート環境下であってもより付加価値のある内部監査を短時間で行う手法として「アジャイル型監査」は有効です。

本稿では、ステークホルダーのさまざまな期待に応え、リモートの状況での効率的に価値提供を行うことのできる可能性のあるアジャイル型監査について紹介します。

なお、文中の意見に係る部分は筆者の私見であり、PwCあらた有限責任監査法人および所属部門の正式見解ではないこと、あらかじめご理解いただきたくお願いします。

1 アジャイル型監査とは

「アジャイル」は、システム開発における伝統的な手法である「ウォーターフォール」と対比されることがあります。ウォーターフォール型の開発は工程が体系化されており、定められた工程を線形的に完了させていく手法です。伝統的な内部監査では、ウォーターフォール型で業務を行いますが、アジャイル型の内部監査では、監査の計画策定・スコーピング・実施をより協働的かつ反復的な手法を用いてより多くの価値を提供します(図表1)。

アジャイル型監査の主要な構成要素として、以下のものが挙げられます。

  • 迅速な計画策定プロセスおよび作業の優先順位づけ
  • 特定の目標を達成するために、2~4 週間の「スプリント※1」を設定
  • 進捗状況の確認や新たな問題に対する解決策のブレーンストーミングを行うために、チーム全体で頻繁に「スクラム※2」ミーティングを実施
  • 上記で達成した成果について、チームで振り返り(「スプリントレビュー」と呼ばれることが多い)を行ったうえで、次の活動のスプリントを計画する

アジャイル型監査では、監査の計画策定、実査、報告の各監査プロセスにおいて、複数回のスプリントを行います。スプリントの開始にあたり、バックログと呼ばれる未作業のタスクの中から優先度の高いものを選定しスプリント計画を作成します。スプリントを繰り返すことで、反復的にタスクの優先度が見直され、より優先度の高いタスクにリソースを集中できるようになります。

さらにアジャイル型監査では、スプリントごとの簡易な中間レポートを作成するため、早い段階で保証を提供することが可能です。一方、アジャイル型監査では、より協調的な監査を行いますが、監査人としての独立性と客観性は維持する必要があります。

すべての監査をアジャイル型で行うケースは現時点ではまれですが、年間の監査のうちいくつかをアジャイル型監査手法で行う例もあります。ある金融機関では、年に1回、すべての監査人がアジャイル型監査を行うことにしています。この例では、スクラムボード※3にITツールを使用し、ウェブ会議を組み合わせたチームミーティングを行ったり、ITツールも活用しています。

2 アジャイル型監査で得られるベネフィット、内部監査の働き方の変革

アジャイル型監査により、以下のようなベネフィットを得ることができます。

  • 時間の節約(経験上、10~20パーセントの時間を節約)
  • より早い段階で非公式の保証を提供し、遡及的に保証できる
  • 価値の低い作業を除外し、価値の高い監査業務に集中できる
  • 被監査部署は、監査プロセスの早い段階で非公式の保証を受けるため、早いタイミングで誤解を解消する機会を得られる
  • ジュニアメンバーは、さまざまな監査の側面に接する機会が増えるため、より早く成長する
  • 監査チームは監査の過程で協働する機会が増えるため、人の移動があっても迅速に適応できるようになる

アジャイル型監査によって上記のようなベネフィットを得るためには、協調的な進め方、簡易的な中間レポートなどについて、ステークホルダーの理解を得ることも必要です。変化を受け入れるマインドセットの変革も求められます。

上記の金融機関の例では、パイロット監査の実施を通してアジャイル型監査のメリットを体験するとともに、パイロット監査を行うことで見えてきた課題をどのように克服するのかという検討プロセスを経て、アジャイル型監査を本格導入しています。特に重要なのが、主要なステークホルダーの理解です。そのためにも、事前に十分な説明を行ってアジャイル型監査とはどのようなものか理解を得ておく必要があります。

監査人にとってもアジャイル型監査はベネフィットがあります。チーム全員がスプリントに参画するため、従来よりも多くの貢献を求められ、職業人としての成長を促進します。

このようにアジャイル型監査は、監査人のマインドセットを変革し、より生産的な働き方へと変革を促すことが期待されます。PwCでは、内部監査の生産性の向上に向けた第一歩として、アジャイル型監査のパイロット実施を支援しています。


*1 策定したスプリント計画に基づき、タスクを実施する期間。この期間で各自がタスクについて語るスタンドアップミーティングや、課題解決などのためのスクラムミーティングを行う。

*2 バックログ、スプリント、スプリントレビュー、レトロスペクティブ(振り返り)、スプリントデモ(報告)等の要素を含むアジャイルのフレームワーク。

*3 スクラムを実現するためのツールで、バックログ、タスクの進捗、課題等の管理を行う。


執筆者

PwCあらた有限責任監査法人
ガバナンス・リスク・コンプライアンス・アドバイザリー部
マネージャー 加藤 美保子