カルチャーの包括的アセスメント

はじめに

これまで企業が競争優位を築くためには、市場や競合他社の動きを踏まえた戦略の策定が重視されてきました。しかし、環境変化の著しい時代においては、変化に柔軟に対応できる内部組織の構築が重要視されています。その際に重要なのが、企業のカルチャーです。

実際、筆者がクライアントとコミュニケーションする中でもカルチャーに対する関心が日々高まっているのを感じています。特にコロナ禍を契機として導入が拡がったリモートワーク環境において、望ましいカルチャーをいかにして醸成するのかに苦心されている企業が多いようです。本稿では、そのために何が必要なのか、また今後の課題について考えていきたいと思います。

1 高まるカルチャーの重要性

変化の激しい時代に持続的な競争優位を築くため、企業が掲げる目標やミッションと整合したカルチャーを醸成する必要性が高まっています。また、コンダクトリスクと言われる「法令遵守に止まらない、ステークホルダーの期待に反する従業員の行動」を未然に防止する観点からもカルチャーの醸成は重要で、イギリスのFCA(金融行為規制機構)などの監督当局やG30(Group of 30、中央銀行経験者や金融専門家によって構成される)などの国際団体は、金融機関の現状とグッドプラクティス、改善の方向性をたびたび提言しています。

なお本稿では、前述のFCAの定義に拠って、カルチャーを「組織を特徴づける習慣的なマインドセットや行動※1」と捉えています。

2 包括的なアセスメントの必要性

カルチャーが「習慣的なマインドセットや行動」であるとして、それをいかに望ましい方向に変革していくことができるのでしょうか。カルチャーに対する関心の高まりを受けて、カルチャー醸成の研修やワークショップを開催したいという要望をいただくことも増えています。もちろん、そのような組織開発的アプローチは重要ですが、習慣的な行動を変革するには、それだけでは十分ではありません。図表1のとおり人事施策や組織体制も含めて、従業員の行動に影響を与える要素に一貫性を持たせていく必要があります。

例えば、経営理念では顧客重視を掲げているのに、自社の商品やサービスに対する顧客満足度や顧客アウトカム※2の改善が、経営会議や取締役会で議論されていないことがあります。このような状況では、顧客の利益を最優先するといっても掛け声だけに終わってしまうでしょう。また新規事業の創出やイノベーションのために外部とのコラボレーションを謳っていても、委託先やサードパーティとの連携・管理のための一貫した仕組みやリスクアセスメントのフレームワークが整っていないと、現場の動き方がバラバラになってしまいます。

このような理念と実態の乖離があると、望ましいカルチャーを醸成することができません。そこで、自社の組織体制や管理プロセスも含め、包括的なアセスメントを実施する必要があります。

3 アセスメントで考慮すべき領域:ナショナル・オーストラリア銀行の事例

それでは、包括的なアセスメントでは、どのような領域を見ていけばよいのでしょうか。2018年にオーストラリアの大手銀行が、当地の健全性規制庁(Australian Prudential Regulation Authority)の要請を受けて、カルチャーのセルフアセスメントを実施しました。その中の1行(本稿ではA銀行とする)が実施した内容が参考になりますので、ご紹介したいと思います。A銀行はガバナンス、アカウンタビリティ、カルチャーの3領域について、以下のようなフォーカス領域を定めて、アセスメントを実施しました(図表2

ガバナンス

  • 財務目標等の意思決定がどのようになされているか
  • 意思決定およびリスクマネジメントに影響を与える会社のバリューおよび戦略的優先順位がどこにあるか
  • いったん意思決定されたことが、どのように実行されているか

アカウンタビリティ

  • A銀行の従業員が個人および集団として、どのようにその職責を果たしているか
  • 期待された職責を果たせないとき、どのような結果が生じているか

カルチャー

  • 現在および将来の課題やリスクを特定・理解し、オープンに議論し、報告・行動するときに、A銀行内における個人および集団の行動の規範となっているものは何か

A銀行はこのセルフアセスメントを通じて、以下の5点があるべきカルチャーを醸成する上での阻害要因になっていることを特定しました。

  1. あらゆる局面において“get it right(きちんとやり遂げること)” を貫くための厳格さや規律が足りない
  2. システムやプロセスの欠陥を補完するために、人員に頼り過ぎている
  3. 複雑な課題を解決するために必要な集団としての団結や個人の決意が一貫して発揮できていない
  4. 顧客や当局、また従業員の声に真摯に耳を傾け、学ぶことが十分にできていない
  5. 顧客への強いコミットメントがある一方で、しばしば他の事項を優先しがちである

これらの阻害要因を解消するために、ガバナンスとしては顧客アウトカムを監督するための取締役会レベルの専門委員会(Customer Outcome Committee)の設置、アカウンタビリティの強化に向けては、複雑かつ組織横断的な課題やリスクに対して説明責任を持つ担当役員の任命、さらにボトムアップのカルチャー醸成に関しては、顧客からのフィードバックや顧客洞察について、チームレベルで週次ないし隔週で話し合うCustomer Huddles(カスタマー・ハドル)※3の導入など、26のアクションを定めました。

このようにガバナンスとしての監督体制から経営陣の役割責任、現場での日常業務運営に至るまで包括的なアセスメントを行うことにより、単発の打ち手でなく、あるべきカルチャーを実現するための一貫した取り組みを設計することができます。

4 アセスメントの手法

次に、A銀行が上記のアセスメント実施にあたり活用した手法も参考になります。以下のようなものがあります。

ドキュメントレビュー

過去1年から2年以内の、フレームワーク、ポリシー、業務手続きに関するスタンダード、監査およびリスク報告書、規制当局とのやり取りや報告書、取締役会および専門委員会におけるアジェンダ、議事録など1000を超えるドキュメントのレビュー。

取締役会および経営陣等へのインタビュー

社外取締役、CEOやその他の経営陣(現職および前任者含む)、部門長および部長、内部・外部の監査人、独立の消費者保護団体、監督当局の代表者等を含む総勢50名への公式インタビュー。

ケーススタディ

過去に発生した内部事案のケーススタディ。

フォーカスグループ

23回にわたり総勢150名以上が参加。外部コンサルタントを起用し、顧客アウトカムや当社のレピュテーションを毀損し得る要因を特定するためのワークショップを実施。

これら手法において特徴的なのは、フォーカスグループでのワークショップなど従来、カルチャーの醸成手段として用いられることの多い手法を、アセスメントのために援用していることです。また、上記には含まれていませんが、ミステリーショッピング(拠点を抜き打ちで訪問してリアルな顧客対応を評価する)や、顧客対応に係るリアルデータ(メールや電話、オンライン等のコミュニケーションログ)の分析を導入している海外の金融機関もあり、今後さらに活用されていく可能性があります。

5 カルチャー監査として包括的なアセスメントを行う

このような包括的なアセスメントを、カルチャー監査として実施することも考えられます。日本の金融機関におけるカルチャー監査は、部門監査などの際にコンプライアンスやリスク意識を、アンケートやインタビュー等で調査している例が多いようです。

しかしIIA(The Institute of Internal Auditors:内部監査人協会)のカルチャー監査に関するプラクティスガイドでは、次の3つのアプローチを提言しています。すなわち、事前のリスクアセスメントに基づき、カルチャーに関するリスク要素をすべてのエンゲージメントにおいて反映していく統合的アプローチ、カルチャーに関連する主要なプロセスやコントロールを選定した上で監査計画を策定し、それらを組織全体にわたって検証していくターゲットアプローチ、さらに両者を組み合わせたトップダウンアプローチです※4

ターゲットアプローチでは、経営トップの姿勢、アカウンタビリティ、倫理プログラムや行動規範、内部通報制度などが主な監査領域になるとされており、A銀行が実施したアセスメントの領域とも重なります。「経営に資する監査」が求められる中で、組織全体のカルチャーを評価し、体制や制度の整合・不整合を明らかにしていくことは、経営にとっての重要な情報提供になるでしょう。

6 まとめと日本への適用

日本企業の間でもカルチャーの重要性に対する認識は高まっているものの、一部の企業を除いて、カルチャーの醸成に責任を持つ役員の任命や専門機関を設置している例はあまり見られません。その結果として、カルチャーに関する施策が一過性の取組みになっていたり、実施している施策の整合性がとれていなかったりすることが頻繁に発生しているようです。組織構造や体制、人事制度、コミュニケーションなどの施策が一貫したものとなるように、包括的なカルチャーアセスメントの実施を検討するべき局面にあると考えます。

なおPwCでは、過去の企業不祥事に関する第三者報告書を分析し、不正リスクに対するガバナンスや内部統制、人事制度およびカルチャーを簡易的に診断できるアセスメントを提供しています。こちらの活用もぜひご検討ください。


*1 Financial Conduct Authority (FCA), 2020. “Message from the Engine Room’5 Conduct Questions: Industry Feedback for 2019/20, Wholesale Banking Supervision”, September 2020, p.19.

*2 自社の商品やサービスが顧客に与えた影響のこと。例えば、自社が販売した金融商品の値上がり/値下がりや、サービスの提供によってもたらされた顧客側の効用を意味します。

*3 ハドルはアメリカンフットボールの用語で、プレーの前に選手が集まって作戦を立てること。ここでは顧客をより理解するためのショートミーティングの意。

*4 The Institute of Internal Auditors, 2019. “Practice Guide: Auditing Culture”,November 2019.


執筆者

PwCあらた有限責任監査法人
ガバナンス・リスク・コンプライアンス・アドバイザリー部
マネージャー 大野 大