新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大の影響を受けて、税制および国税当局の執行も大きく変わろうとしています。税務環境整備の観点からのデジタルトランスフォーメーション(DX)活用などを含め、こうした変化が納税者にどのような影響を与えるのか、アフターコロナ社会における税務行政への対応にあたり、企業側にはどのような備えが必要になるのか、といった課題に対し、本稿では、長年、移転価格税制に関連する企業課題の解決に取り組んできたPwC税理士法人のプロフェッショナル3名が考察します。
具体的には、移転価格税務執行状況および相互協議を巡る最近の動向を取り上げ、これらの課題に対し、税務を通じて実現する社会貢献を切り口として解説します。相互協議に係る課題は、移転価格の中でも重要な項目のひとつであり、特にコロナ禍においては変化が大きいとされる領域です。また、DX活用は、国税の執行全体にわたる重要課題であると認識しており、PwC税理法人としても社会貢献につながる重要課題のひとつととらえています。今回、移転価格という、DXに比較的なじみやすいと考えられる分野から、率先して社会貢献への取り組みを検討します。
なお、本稿は、上記テーマに関する対談をもとに構成し直し、記事化したものです。対談詳細につきましては、以下リンクをご参照ください。
2021年1月、国税庁から、「アフターコロナにおける税務行政の在り方に関する一考察」と題するレポートが公表されました。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に係る感染症対策や企業行動の変化等を踏まえた納税環境整備および調査等の業務体制を検討した、2020年初頭以来のレポートとなります。
このレポートは、前国税庁長官官房監督評価官室長によるものです。監督評価室とは、国税庁全体の事務運営を総合的視野に立って検討し、税務行政の刷新改善に資するための事務監察と、実績の評価に関する事務の実施を担当する部署です。レポートからは、国税庁がアフターコロナの社会において、どのような執行を検討しているのか、また、納税者へ及ぼすと考えられる影響についてもうかがい知ることができます。我々税理士法人としては、税務当局とクライアントとのコミュニケーションの仲立ちをする立場にあるものとして、日々の個別具体的な場面における適切な対応について、納税者目線で協働していくべきかと考えます。
さらにこのレポートでは、従前の執行体制を最良の方法としながらも、「アフターコロナ(ウィズ・コロナ時代)」における社会的距離(social distance)」を保った行動様式が必要となる社会環境での執行体制の在り方について、各国の取り組みを踏まえ検討しています。当局が従来から採用してきたベストプラクティスの手法を取り入れ、環境の変化に確実に対応していこうという姿勢がうかがえます。
本稿ではレポートに記述されている、税務環境整備と税務調査体制に着目して考察していきます。それぞれの各項目について、私たちは、図表1のとおり、当局との交渉経験および当法人の移転価格サービス内容を踏まえつつ、移転価格における課題とその将来像を整理しました(図表1)。
税務環境整備の観点からは、移転価格の分野においても、その手続きへの対応について大きな変化が求められます。感染防止の観点からは、デジタルトランスフォーメーション(DX)は必須であり、現行のe-Taxを通じた提出対象のさらなる拡大が望まれます。納税者からの提出にあたっては、資料のデジタル化によって印刷や郵送の手間を省くことができ、当局を訪問せずに提出可能とあることから、適切なタイミングでの書類提出が容易になります。また、受領する当局側も、書類の整理保管といった業務から解放されるというメリットがあります。物理的な書類の管理作業には多くのマンパワーと物理的なスペースを要します。電子書類の活用によって、そのデータ管理にあたっても、アクセス制限およびアクセス記録の自動化が可能となり、秘密保持の厳格化が期待できると想定されます。
当局から納税者への手続きにおいては、当局から納税者への提出書類は紙ベースの郵送のみです。企業宛の書類送付の場合、例外的に工場や支店宛に送付される場合もありますが、基本的には納税地の本社宛の送付となります。リモートワーク環境下であることを理由に税務担当者の自宅へ送付するといった実務は行われていないものと見られ、当局から企業宛に書類が郵送された場合は、受領者自身が出社するか、代理者にPDF化およびEメール送付を依頼する必要があります。こうした対応にあたって、我々のクライアントにおいても調査の際に困難な状況に直面しています。
特に、移転価格調査においては、資料提出依頼書の発行が調査手法として定着しています。これまで、質問や依頼についての紙面によるやり取りは、聞き漏れや聞き間違えを防ぐことが可能だとして、納税者からも積極的に受け入れられてきました。今後は紙面書類の郵送だけでなく、EメールへのPDFデータ添付やクラウド共有など、電子データ活用も必要になると想定されます。また、電子データについても、コメント追加などの加工可能な形式の導入は、今後特に期待されるようになります。こうした新たなツールの導入にあたっては、執行面だけではなく、法令改正も必要になると想定されますが、早急な実現が望まれています。
書面のやり取りだけでなく、税務調査を含む会議全般においては、現状、電話会議での対応が中心となります。音声のみによる資料説明には限界もあるため、議論の進行が滞る場面も少なくありません。当局にとって、予算手続きや既存インフラ・設備機器に関する課題等の側面から、オンライン会議の早急な導入は難しいと思われるものの、APAの事前相談や審査中の議論のほか、相互協議への活用も有効であることから、早期導入に向けた検討が期待されます。開催場所を選ばないオンライン会議の導入によって、海外の国々とのより活発な議論の推進も見込まれます。
COVID-19拡大以前から、PwC Japanグループでは、社内外会議の場面でデジタルツールを活用したオンライン会議を導入しており、業務遂行において特に目立った支障はありません。相互協議に臨む担当者にとっては、その交渉という性質上、交渉相手方の状況を探りながら、歩み寄るタイミングを掴むことが重要なノウハウのひとつとなり得ます。PwC税理士法人からは、デジタルツール活用のノウハウを生かし、当局に向けてオンライン会議の積極的な導入を最優先で行ってほしいという要望を伝えています。
一般調査においては、税務上の問題点が認められた場合、現物確認調査が行われます。例えば、現金商売の小売店の調査では、現金出納帳の記載や売上金の管理方法に不審な点があるとされた場合、その時点での実際の現金残高と現金出納帳記載の残高が一致しているか、機動的な確認が行われます。不一致が認められた場合、売上除外などの不正計算につながる可能性があるとされ、重要な調査項目となっています。
移転価格調査や事前確認審査では、こうした機動的な調査展開ではなく、企業のローカルファイルを分析しながら、資料や質問状の提出が求められ、その回答や説明を文書でやり取りする展開が中心となります。事実関係の確認のみならず、意見交換が対面で実施されることもあり、書面交換という形式が中心とされてきました。そのため、移転価格調査は、アフターコロナでの実施にも適応しやすいと思われます。移転価格調査において、当局とやり取りする情報量は、一般調査で収集する情報量と比べると格段に多いと想定されています。また、比較対象企業の選定にあたっては、当局ではデータベースからの情報だけではなく、市販の企業情報や、比較対象候補のWebサイトからも情報収集し、膨大な量の情報を必要とします。当法人では、こうしたドキュメント収集・プロセス管理を目的としたWebベースのプラットフォーム「Engagement Center(EC)」をクライアントとの間のコミュニケーションツールとして利用推進しており、当局にもこうしたWebベースのプラットフォームを活用した環境整備を望みます。
また、税務に関するコーポレートガバナンス(税務CG)において、当局では、移転価格の分野で企業の経営層を巻き込むための施策として、「移転価格に関する取組状況確認のためのチェックシート」の活用を促進しています。移転価格課税を受け、二重課税が解消されない場合、企業グループ全体の税負担増加の可能性があることから、企業が本施策の対応をする際には、企業の税務担当者の関与だけではなく、経営層のリーダーシップによる関与が必要です。PwC Japanグループでは、OECDによる国別報告書(CbCR)を活用し、企業経営層への説明をわかりやすく行うため、「バルーン分析」というツールを提供しています(図表2)。
バルーンは国ごとの分布を指し、縦軸は売上高、横軸は利益率(税引前利益を売上から除く)を表しています。バルーンの大きさは税引前利益を表し、グラフの右上にバルーンが位置するほど、売上も利益率も大きくなります。さらに、バルーンが大きいほど、利益の絶対額も大きくなると言えます。日系企業の場合は、グラフの右上に位置するほど日本側リスク、左に位置するほど現地での課税リスクがあるものと想定できます。複数年分を時系列に追うことで、動的なリスク評価が可能となります。また、事業年度開始前の予算検討段階でデータ作成し、将来の移転価格リスクを予測することも可能と考えられます。
移転価格税務執行状況を巡る重要項目のひとつとして、相互協議に係る課題があります。ここでは、その現状から解説します。
BEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトについては、2015年9月にOECDから最終報告書が公表され、その後5年以上が経過しました。各国・地域におけるCbCR・マスターファイルをはじめとしたBEPS対抗措置の導入・実施に伴い、納税者の確実性および予測可能性を確保するため、相互協議・紛争解決の実効性を高めることがより強く求められています。
現状、わが国の相互協議は、発生・繰越件数ともに増加傾向にあります(図表3)。特に繰越件数は500件を超えた水準となっており、過去最大の繰越件数です。繰越件数の地域別内訳では、アジア・大洋州地域における繰越件数が262件と、米州・欧州と比べて、圧倒的に多くの事案が未処理として残っています。また、その内訳では、上部オレンジの部分が「移転価格課税その他」となっており、下部赤の部分が事前確認となります。このオレンジの部分の比重、すなわち移転価格課税事案に係る繰越件数の割合が、米州、欧州と比べて高いと言えます。
このアジア・大洋州地域の相当部分はアジア新興国が占めており、アジア新興国による相手国課税の事案も相当数あるものと推察されます。この移転価格課税事案には日本課税事案も含まれています。中国をはじめとするアジア新興国との協議を、いかに効率的に進め紛争解決を図るかという点が、今後の大きな課題であると考えられます。
OECDによるBEPS最終報告においては、BEPS対抗措置による新たなルールの導入に伴って生じ得る不確実性や予期せぬ国際的な二重課税の発生に対して、紛争を解決するための相互協議をより実効性あるものとするための措置が勧告・提言されています。
具体的には、行動計画14(相互協議の効果的実施)において、紛争を解決するための相互協議をより実効性あるものとするために、17項目にわたる「ミニマムスタンダード」(最低限の措置として各国がその実施にコミットしなければならないもの)が勧告されています(図表4)。
以下では、17項目ある「ミニマムスタンダード」のうち、複数の項目について解説します。
この項目は、各国の行動14におけるミニマムスタンダードの実施状況についてモニタリングを行い評価するものであり、その評価結果はOECDから報告書として公表されます。このピアレビューによってモニタリングされた各国のミニマムスタンダードの状況実施が、今後、担保されていくこととなります。
相互協議手続きを機能させ、協議での合意・解決を実効性あるものとするためには、相互協議部局が独立した権限を有していること、課税に直接関与した調査部局の影響を受けることなく独立性をもって判断できる権限を有していることが非常に重要であるとされています。
しかしながら、いくつかのアジア新興国においては、MAP(Mutual Agreement Procedure:相互協議)担当職員に対する調査部門からの独立性が必ずしも担保されていないと見受けられるケースがあります。例えば、相互協議の際、実際に課税を行った調査担当部局の職員が参加する場面があったとされます。こうした状況において、相互協議の解決に向けた柔軟な譲歩は、提示が難しくなるのではないかと懸念されます。
移転価格調査、事前確認審査、相互協議のそれぞれの担当者は、いずれも、納税者である企業の所得を検討する立場です。調査官は過去の実績を把握している立場、審査担当者は将来の所得を追う立場、相互協議担当者は二重課税排除を担う立場と、それぞれが異なる視点からの使命感を負い、職務を遂行しているとされています。OECDの移転価格ガイドライン(1.13)において、「移転価格の算定は厳密な科学ではなく、税務当局および納税者の双方の立場に立った判断を行うことが求められていることを想起すべきである」との記述があり、納税者視点からは、移転価格における二重課税の排除は重要な論点です。我々税理士法人としても、二重課税排除に向けた貢献としてのアプローチが求められていると考えます。
この項目では、相互協議部局の担当職員の業績指標、業績評価基準が、協議において維持された調査所得金額または税収の維持などの基準によって評価されてはならないと明確に定めるべきとの指針を示しています。評価基準については、例えば、「解決したMAP事案件数」や「Consistency(同様の事実・状況であれば、一貫した方法で適用されるべきである)」といった適切な業績指標に基づいた評価の実施を定めるべきとされています。
税務調査で更正処分を受けた場合、納税者の立場としては、二重課税が排除されれば、関係当事国の税率の差はあっても、関係当事国のどちらかで納税すればいいという考え方もあります。しかしながら、調査期間中は、企業側からは調査官に対して自社の移転価格の正当性を示すことから、相互協議で更正処分金額の減少を考慮することも有り得ます。しかし、一貫した方法が適用されれば、行政の透明性にもつながり、納税者にとっては税に対する予測可能性が高まると言えます。
私たちは税理士法人の立場として、クライアントである企業に対してリスク評価を説明する際、当局の一貫性を重要視すべきポイントのひとつと捉えています。相互協議担当者によって個別の調査アプローチが異なるケースはあるものの、例えばX国では、ある分野において確たるポリシーを持っており、譲ることはない、といった情報を把握しておくことは、納税者が将来の移転価格リスク低減を検討する上でも有効と言えます。
わが国の相互協議室の人員は約50名の規模だと言われます。一方、アジア新興国については、協議にあたって十分なマンパワー等のリソースが確保されていないとされ、MAPオフィスが他の業務(例えば租税条約交渉等)を行っていたり、専担的に協議を行うセクションの組織的な整備がなされていなかったりするケースがあると見られます。こうした状況が、相互協議の円滑かつ迅速な進展を阻害する要因のひとつとなっていると考えられます。
BEPS行動計画14(相互協議の効果的な実施)については、現在も2020年レビューが進行しています。2020年11月にOECDからディスカッションドラフトが公表され、BEPS最終報告書における17のミニマムスタンダードの強化・拡充が大きな論点となっています。
また、2021年2月にはOECDによるパブリックコンサルテーションが開催されました。OECD事務局によると、OECDが集計した2019年のデータでは、移転価格に係る相互協議における75%が完全合意とされているものの、残りの25%は不合意または部分合意となり(図表5)、必ずしも二重課税が完全に排除される結果にはなっていないと考えられます。昨今、アジア新興国との協議においては、特に中国、インドネシア、韓国において、不合意または部分合意の事例が散見されています。完全に二重課税が排除されない、あるいは何らかの形で二重課税が残る結果は、納税者視点からすると、相互協議・紛争解決がうまく機能していない、または税の確実性と予測可能性が確保されておらず、クロスボーダー取引や投資の障害となっている、という懸念につながります。
仲裁制度は、相互協議手続きの実効性を高める制度として非常に有効な手段と評価されています。今回の2020年レビューにおいては、仲裁またはその他紛争解決メカニズムをミニマムスタンダードとすべきとの議論がなされています。
わが国においても、この仲裁条項は租税条約締結ポリシーとされ、締結済みの24の租税条約においてすでに導入されています(図表6)。ただし、その多くはOECD加盟国である先進国との租税条約への導入であり、シンガポールを除くアジア新興国との条約ではまだ導入されていません。今後、実効性ある紛争解決に向けて、特にアジア新興国との租税条約における仲裁規定の導入が期待されています。
アジア新興国との協議、中でも中国との協議が困難とされている要因として、各国固有のポリシーの存在が挙げられます。具体的には、ロケーション・セービンやマーケットプレミアムといった、各国固有の主張がなされた結果、協議が平行線をたどる、といった事例が生じています。
特に中国においては、国家税務総局(STA)の地方税務当局に対する独立性・権限に関する問題が存在しており、STAが相互協議の合意権限を有しているのか疑問に思わざるを得ないケースもあります。いったん税金が地方税務当局の国庫に納められると、実質的な減額調整・還付はなされないという事例もあります。
その他、アジア新興国との円滑かつ効率的な協議の進展を阻害する要因として、特に中国において、APAの正式申請に先立ち、実質的な申請内容についての分析・評価が実施されているという点が挙げられます。その分析指摘・評価をクリアするために長期間を要する事案が散見され、中国側での申請受理の遅滞が問題視されています。
こうした事情を背景に、国税庁は事務運営指針を改正し、BAPAについて、日本側が申し出る提出期限の翌日から3年を経過しても、相手国において申出が収受されない、または収受される見込みがない場合には、申出の取下げまたはユニラテラルのAPAへの変更を慫慂する、といういわゆる「3年ルール」が導入されました。
アジア新興国との協議においては、投資国であるわが国と、その投資先である新興国すなわち所得の源泉地国との課税権の対立があります。新興国との協議の場合、特に中国のような巨大市場を有する新興国においては、所得の源泉地国の立場としての源泉地国課税権の優先確保の姿勢が顕著です。また、投資のベクトルが日本から中国への一方的・片務的なベクトルとなっているため、対等な立場でのイコールフッティング協議に向けた環境が整っていないというのが実情です。一方で、対米国あるいは欧州の先進国との協議の場合は、投資のベクトルが双方向であること、また、協議対象の事案に日系企業および外資系企業も含まれた同じ投資国としての立場であることから、国際協調としての二重課税排除を企業の投資・貿易を促進させるためにも優先すべき、という共通認識が醸成されています。
相互協議・紛争解決が困難となっている背景については、各国固有の執行やポリシーに係る主張など、さまざまな要因があります。相互協議を実効性あるものとするためには、グローバルな共通ルールに基づいた議論が不可欠であると考えられます。相互協議は、二重課税を排除するための条約上の枠組みであると同時に、国家主権である課税権の対立および配分の側面をも有しています。実効性ある紛争解決を阻害する要因を取り除くためには、多国間の国際的な枠組みにおいて各国がコミットし、合意事項を確実に実施していくことが重要であると考えます。
PwC税理士法人
国際税務サービスグループ(移転価格)
パートナー 黒川 兼
PwC税理士法人
国際税務サービスグループ(移転価格)
ディレクター 城地 徳政
PwC税理士法人
国際税務サービスグループ(移転価格)
ディレクター 藤澤 徹