最新のフランス経済環境──投資先としての大いなるポテンシャル

はじめに

フランスの人口は6,716万人(2023年1月1日時点)と、EUの中ではドイツに次いで人口が多い国です。また、領土面積に関しては約63万3,000km²(海外領土を含む。なお、海外領土を含まない国土面積は約55万km²)と、EUの総面積のほぼ15%を占めており、EUで最も大きい国となっています。地理的要素として、意外と知られていないフランスの特徴は、フランス領ポリネシアをはじめとする海外領土の広さにより、世界最大の排他的経済水域と世界第2位の海洋権力を誇っていることです。

さらに、フランスは、ヨーロッパ大陸では、ベルギー、ルクセンブルグ、ドイツ、スイス、イタリア、スペイン(およびアンドラ、モナコ)と国境を接し、西は北海、英仏海峡、大西洋、南は地中海と二重に海洋に面しています。

そして、大陸の南北を結ぶ中継国であるフランスは、主要な航空、道路、鉄道輸送網によって欧州の近隣諸国と結ばれており、貿易の大半は他のEU加盟国が占めています。

本稿では、最近のフランスの経済状況やフランス国内でのトピックを踏まえ、日本企業から見た国際投資の対象としてのフランスのポイントを紹介します。

なお、文中の意見に係る記載は筆者の私見であり、PwCあらた有限責任監査法人および所属部門の正式見解ではないことをお断りします。


1 経済・産業

(1)産業

国連世界観光機関(UNWTO)が発表した「世界各国・地域への外国人訪問者数ランキング」(2019年)によると、フランスの外国人訪問者数は年間8,686万人で世界第1位です。また、EU屈指の農業大国でもあり、自動車、航空宇宙、医薬品、石油化学等においても高性能な産業を持っています。

(2)経済規模および状況

2022年の世界GDPランキングでは、世界7位(IMF調べ)、EUではドイツに次ぐ第2位です。そのため、世界有数の経済大国としてG7にも参加しています。

フランスの実質GDPの成長率は2019年には1.88%でしたが、2020年は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響でマイナス7.90%にまで落ち込みました。翌2021年には6.77%に回復し、2022年10月時点で2.52%と、コロナ渦以前の水準を取り戻しました(IMF調べ)。

一方、失業率に関しては、2022年12月に失業率が7.4%に達し、EU内で5番目に高い水準です。また、2020年から急増したフランスの公的債務残高は、2022年第3四半期にはGDP比113.7%に達し、財政赤字もGDP比6.5%に達しました。

(3)インフレ率

経済状況が良好とは言えない状況にあるフランスですが、世界各国、特にEU域内でインフレ率が高まっている中、フランスはインフレの影響を比較的受けずに済んでいる国となっています。

現在、世界各国でここ数十年来見られなかった物価上昇が見られ、2022年11月の米国物価指数は前年同月比7.1%上昇し、高水準となりました。欧州では、その波がさらに大きくなっており、EU統計局(Eurostat)によれば2022年9月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比9.9%上昇しました。

フランスも例外ではありませんが、この1年間を見ると、欧米の主要経済国に比べてはるかに影響が小さかったと言えます。EU統計局の統計によると、EU19カ国中18番目に低いインフレ率となっており、具体的には、2022年11月時点で、最も低いスペインの6.7%に次いで、フランスは7.1%です(図表1)。EU域内の平均は11.1%であることから、フランスのインフレ率がかなり抑えられていることが分かります。

2 インフレ率上昇抑制の要因とフランス政府の政策

(1)エネルギー依存度および価格

フランスがこのようにインフレ率を抑制できている大きな要因として、フランスの電力生産の約70%、一次エネルギー消費全体(運輸を含む)の40%を原子力発電でまかなっており、海外のエネルギー市場への依存度が低いことが挙げられます。

これに比べてドイツでは、2021年のドイツ全体の一次エネルギー消費量の27%近くが天然ガスであり、また、ウクライナ紛争で価格が高騰している石炭が18%と、国外市場に大きく依存しています。なお、ウクライナ紛争以前でも、ドイツは、ロシアからガスの55%を購入していた(現在40%)のに対し、フランスは17%に過ぎません。

また、フランス政府は、フランス国内消費者によるエネルギー関連支出の上昇を抑えるためのさまざまな措置を2021年10月から講じています。

まず、ガスと電気の「料金シールド(bouclier tarifaire)」という制度が挙げられます。当該制度は、2021年および2022年末に実施され、2023年6月まで延長されました。「料金シールド」とは、過度な租税の引き上げから消費者を保護するための政府の措置です。租税措置の内容としては、主に天然ガスと電力に対するもので、2022年の財政法で規定されています。具体的には、天然ガスの販売規制料金の値上げについて税込みで12.6%を上限とすること、2022年の電力販売規制料金の値上げ上限を税込み4%とすることです。また2023年においても、この措置が2023年の6月30日まで延長され、天然ガスについては、値上げの上限を15%に固定し、電気についても同様に15%とすることと定められました。

フランス国立統計経済研究所(INSEE)は、この「料金シールド」制度により、2022年度のインフレ率上昇幅が1.5ポイントに抑えられたとしています。そして政府は、もしこの「料金シールド」がなければ、一家庭での光熱費の値上額は毎月200ユーロと見込まれるが、当該制度の採用により毎月20ユーロの値上げに抑えられている、との見解を示しています。

(2)給与水準

インフレ率が低いもう1つの要素として、フランス企業は近隣諸国と比較して、一般的な給与の値上げにあまり積極的ではない点が挙げられます。フランスでは給与上昇率は平均2.5%ですが、英国などでは3%を超えています。イタリアなど、企業に対して給与を増やすよう圧力をかけている国もあります。イタリア労働大臣は、大幅な値上げをしない企業への援助を撤回すると示したほどです。

(3)政府の経済政策

フランス経済は、フランス政府が主導して多くの介入を行うことでけん引されている面が強いと考えられます。実際に、政府の大幅な介入によりコロナ禍の不安定な状況を脱することができており、今後についても、政府はさらなる経済計画を打ち立てて、将来のフランス経済の活性化を図ろうとしています。

コロナ禍においては、政府は、給付金・補助金、融資、その他(社会保険料支払免除、家賃関連支援、若者就業支援プラン等)、大規模な支援措置を打ち出して経済の安定化を図ろうとしました。その結果、上述のとおり2022年にはフランスのGDPはコロナ危機以前の水準を取り戻し、これらの政策について一定の成果があったことが理解できます。

また、フランスはポストコロナの経済状況を見据えて、2020年9月に経済復興の政策を打ち出しました。「フランス・ルランス(France Relance)」というプランです。エコロジー、産業、社会の変革を加速し、個人、企業・団体、自治体・行政など、全ての人に具体的な施策を提案するものです。経済を速やかに回復させ、脱炭素化、産業の再活性化、技能・資格の強化といった成果を得るために、政府はエコロジーへの移行、競争力、結束力の3つの要素を中心に1,000億ユーロ規模の特別計画を展開しています。

さらに、2021年4月末には、「フランス・ルランス」の政府戦略を継承するものとして、「フランス2030(France 2030)」という計画が発表されました。同計画は、新たな産業・技術分野の創出を目指すとしています。

この計画では、2030年までに理解の向上、生活の向上、生産の向上を目指しています。これらの目標を実現できるよう10の社会的目標を掲げています。主なものは、脱炭素化に関するもの、生産方法の改革(エネルギー、産業、輸送)、生活の質(食、健康、文化)の向上、または知識の深化(宇宙、深海)といったものです。

つまり、「フランス2030」は、持続可能な変革を目指しています。フランスを単に世界経済のプレーヤーとしてではなく、世界経済における未来のリーダーにすることを目指しています。

その他、政府の介入によってフランス経済がけん引された例として、2022年11月のフランス電力会社の完全国有化が挙げられます。フランス政府は、港・空港も含めて70の法人の株を保有していますが、そのうち、完全国有化されている会社が7社存在しており、フランス政府の経済への介入度の高さがうかがえます。


3 フランスへの投資誘致

フランスは、海外からの投資誘致にも積極的であり、2022年7月には、マクロン大統領が対フランス投資誘致を目的とした会合「チューズ・フランス(Choose France)」を開催し、その際、「フランス2030」が海外投資家に対しても大きなチャンスになることが伝えられました。なお、「フランス2030」はすでに現実のものとして始動しており、マイクロロケット、水素、ロボット、金属など、多くの分野でプロジェクトの公募が開始されています。

また、フランスは、欧州諸国と比較して法人税が高い(段階的引き下げで2022年からは25%)、労働法の規制が厳しいなどの面で海外投資家の誘致に苦戦している部分があるものの、前述のとおり、政府が経済の活性化を国家目標として掲げ、必要と判断した場合には、躊躇なく大規模な経済措置を講じています。このような施策により、コロナ禍においてインフレ率の上昇を抑え、経済の安定化を実現してきました。

EU域内にはさまざまな魅力のある投資対象国が存在しており、各企業の業種、戦略、長期的な展望や目標等に応じて、最も魅力のある投資対象国は異なるでしょう。しかし、フランスではこのように、経済的にネガティブな側面があったとしても、政府主導のもと、国家全体の経済安定性が確保されています。また、フランスという国そのもの、およびフランスの各地域やフランス企業のブランド力の高さはフランス経済の強みとしていまだ存在しており、さらにそれらを高めるものとして、直近では2023年にラグビーの世界選手権、2024年にオリンピックの開催が予定されています。このような大イベントはブランド力向上のみならず、フランス経済にとってさらなる追い風になり、フランスへの世界の注目度の高まりも相まって投資対象国としても、さらなる魅力を帯びることが期待されています。

情報の信頼性についても担保されていなければなりません。

4 おわりに

フランスには日本とは大きく異なる経済環境が存在しており、労働組合の力が強力であるため、フランス現法のマネジメントにおいては日本とは大きく異なる対応が求められます。注意すべき点は多岐にわたるため、日本企業のフランスへの投資にあたっては、フランス現地からの最新の情報に基づいて、さまざまな観点から事前に経営上の課題の識別、リスク評価、およびその対応策の検討を十分に行うことが重要であると考えられます。

情報の信頼性についても担保されていなければなりません。

執筆者

PwCあらた有限責任監査法人
パートナー 水野 文絵

PwC Société d'Avocats
ディレクター 猪又 和奈