1990年代後半に普及したウェブブラウザの元開発者としても著名な米国の投資家は、2011年8月の米紙への寄稿文の中で、“Software is eating the world(ソフトウェアが世界を飲み込む)” と述べました。それから10年以上の月日が流れましたが、デジタル技術によるイノベーションは産業構造のみならず、人々の暮らしまでも大きく変えています。
私たちは職場でもプライベートでも、日常的にPCやタブレット、スマートフォンといったさまざまなハードウェアデバイスを通して大手IT企業が提供するビジネスアプリやコラボレーションツールで仕事をしたり、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)やオンラインゲームを楽しんだりしています。あらゆるものがインターネットに接続されるIoT技術の進展に伴い、腕時計などのウェアラブルデバイスや身の回りの家電、移動手段である車、社会インフラであるエレベーターなど、対応するハードウェアデバイスの種類も既存の概念を揺るがすほど拡がりを見せています。
ソフトウェアはユーザーである私たちとハードウェアデバイスとをつなぐ存在として、デジタルイノベーションの中心的な役割を担っており、テクノロジー・エンターテインメントおよびメディア・情報通信(TMT)セクターの企業は、自らデジタル技術を用いて社内に変革をもたらすと同時に、新たな価値を提供することで社会全体のデジタル化を推進する役割も担っています。
本稿では、近年ますます重要性が高まり、大規模化・複雑化するソフトウェアを「作る側(制作者)」として、企業がその活動をどのように財務報告に反映していくかを日本の会計基準に基づく会計処理、特に資産計上の可否と収益認識の観点から考察していきます。なお、本稿の意見に関わる部分は筆者の私見であることを申し添えます。
ソフトウェアは、広義には物理的な機械であるハードウェアの対義語として用いられますが、会計上の整理としては「コンピューターに一定の仕事を行わせるためのプログラム」とされています。日本におけるソフトウェアの会計処理にあたっては、1998年3月に公表された「研究開発費等に係る会計基準」および「研究開発費等に係る会計基準注解」、2008年12月に公表されたその一部改正(企業会計基準第23号)、そして1999年に公表され2011年3月と2014年12月に改正された会計制度委員会報告第12号「研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関する実務指針」および「研究開発費及びソフトウェアの会計処理に関するQ&A」が挙げられます(以下、総称して「会計基準等」)。
上述の会計基準等も最初の公表から20年以上が経過しており、その後の改正も他の会計基準の設定・改正に合わせたものや字句修正のみを扱ったものでした。現在は、少子高齢化を背景とした労働人口の減少が顕著になる中で推進される働き方改革が就業意識の変化を進め、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大防止措置としての在宅勤務の導入など社会背景も変化してきました。これらに加えて、情報通信技術(ICT)の進化による高速通信や無線LANの普及が企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を加速させ、企業が導入するITシステムの形態にも変化が見られるようになりました。これまで、従業員が自身のPCにインストールして利用していたソフトウェアやデータが、クラウドサービスの普及によりネットワーク経由で利用できるようになり、企業は自社に設置して利用していたサーバーなどのシステムを自社の所有や管理から切り離し、ネットワーク経由でサービスとして利用する形態へ移行する、いわゆるクラウド化が進みました。
こうしたソフトウェアを取り巻くビジネス環境の大きな変化の中で、現行の会計基準等の設定時には想定されていなかったソフトウェアの多様な実務が生じている実態を踏まえ、日本公認会計士協会が現状の実務上の会計処理動向を調査・研究し、2022年6月30日に会計制度委員会研究資料第7号「ソフトウェア制作費等に係る会計処理及び開示に関する研究資料~DX環境下におけるソフトウェア関連取引への対応~」(以下、「研究資料」)が公表されました。同日、2022年2月に募集された研究資料の公開草案に対するコメントの概要および対応も公表され、業界団体・財務諸表作成者・監査法人等から多くの意見が寄せられています。
また、研究資料では、コンピューターゲーム業界がソフトウェア開発業を取り巻く昨今の変化を端的に示す市場であるとして、ソフトウェアの会計処理を検討する一例にコンピューターゲーム業界における実務を取り上げて考察を行っています。
コンピューターゲームの特性としてソフトウェアとコンテンツが複雑に結合された製品であるという点が挙げられます。会計基準ではコンテンツとソフトウェアは別個のものとされているものの、両者が経済的・機能的に一体不可分と認められるような場合には一体として取り扱うことができるとされていますので、研究資料ではコンテンツの会計処理そのものについて直接的に取り上げることはせず、ソフトウェアの会計処理に主眼を置いて検討が行われています。
販売目的であれ自社利用目的であれ、ソフトウェアには「作る側(制作者)」と「使う側(利用者)」が存在します。どちらの立場であってもそれぞれが目的を持って時間とお金をかけてソフトウェアに投資することになるため、投下したコスト(投資)とその回収を正しく測定することが必要になります。「令和4年版 情報通信白書」(総務省)によると、情報化投資の種類別でソフトウェア(受託開発およびパッケージソフト)は8.9兆円と全体の6割近くを占めており、多種多様な経営課題に取り組まなければならない企業にとって、ソフトウェア投資(IT投資)は経営戦略上重要な位置づけとなっています。
なお、クラウドサービスの利用はサービスの購入ということで情報化投資の統計に含まれていませんが、その利用状況は年々伸長していますので、ソフトウェアを含むIT投資の重要性をさらに裏づけています。
その中でも、近年、デジタル化の推進やグローバルで広く利用されている基幹システムパッケージの保守期限到来による影響で、自社の基幹システムの大幅な刷新を進める企業が増えています。システム・ソフトウェア開発の工程は、企画・設計・開発・運用と続くことが一般的ですが、大規模な開発になると社内のIT人材だけでは対応できないため、外部に委託することになります。システム・ソフトウェア開発のコストの大半はプロジェクトマネージャーやシステムエンジニア等の人件費で構成され、規模が大きくなれば関与人数も関与時間も増えていきます。大規模プロジェクトにおいては、発注元とITベンダーとの2社間の契約から派生したシステム・エンジニアリング・サービス(SES)契約等によりITベンダーから部分的な開発を委託される企業も出てくるため、より複雑化した多重な契約構造になることがあります。
こういった背景もあって、システム・ソフトウェア開発に関連するプロジェクトは大規模化・複雑化しており、多くのリスクをはらんでいます。他の投資活動と同様に、システム・ソフトウェア開発も目的と成果を明確にし、コストとスケジュールを適切に管理して目標に向けて進めていく必要がありますが、残念ながら開発がうまくいかずに途中で中止した結果、多額の減損損失を計上する企業もあります。また、減損損失の計上で業績が悪化するのを避ける目的などで、ソフトウェアに関する不正を行う事例が起きており、これらの事象が財務報告の信頼性を歪め、適切に会計処理を行うことの重要性を高めています。
現状の会計基準等の整理では、ソフトウェアは制作目的に応じて「販売目的のソフトウェア」と「自社利用のソフトウェア」とに区分され、さらに「販売目的のソフトウェア」は、不特定多数の利用者向けに制作する「市場販売目的のソフトウェア」と、特定の顧客からの受注に基づいて制作する「受注制作のソフトウェア」とに区分されます。「自社利用のソフトウェア」も、顧客にソフトウェアを利用してもらうことで対価を得る「収益獲得目的の自社利用ソフトウェア」と、社内の業務効率化等を目的として自社で開発または外部業者に開発委託する「社内利用目的の自社利用ソフトウェア」とに分けられます。
現状の会計基準等におけるソフトウェア制作費の会計処理は図表1のとおりです。
図表1:ソフトウェア制作費の用途別会計処理
ソフトウェアの用途 | ソフトウェアの種類 | ソフトウェア制作費の会計処理 |
販売目的 | 受注制作 | 受注制作のソフトウェアの制作費は、請負工事の会計処理に準じて処理する。 |
市場販売目的 | 市場販売目的のソフトウェアである製品マスターの制作費は、研究開発費に該当する部分を除き、資産として計上しなければならない。ただし、製品マスターの機能維持に要した費用は、資産として計上してはならない。 | |
自社利用 | 収益獲得目的 | その提供により将来の収益獲得が確実であると認められる場合には、適正な原価を集計した上、当該ソフトウェアの制作費を資産として計上しなければならない。 |
社内利用目的 | 社内利用のソフトウェアについては、完成品を購入した場合のように、その利用により将来の収益獲得又は費用削減が確実であると認められる場合には、当該ソフトウェアの取得に要した費用を資産として計上しなければならない。 |
出典:研究開発費等に係る会計基準四「研究開発費に該当しないソフトウェア制作費に係る会計処理」
現状の制作目的に応じた区分における会計基準の建付けでは、ソフトウェアをめぐるさまざまな経営環境の変化が会計処理に的確に反映されているとは言い難いという指摘が、研究資料公開草案に対するコメントにも見られます。例えば、クラウドを利用してサービスを提供するソフトウェアは現状、自社利用に分類されていることが多いのですが、市場販売目的のソフトウェアと同様もしくは準ずるものとして取り扱うことが実務実態に合致しているという意見もあり、会計処理に係る企業間比較可能性を高めるため、喫緊の課題として会計基準や実務対応報告等の開発の必要性について触れています。
なお、ソフトウェアの収益認識については、受注制作や市場販売目的、そして上述のクラウドサービスのケースで主に検討されますが、企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」および企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」(以下、「収益認識基準」)が2021年4月1日以降開始する事業年度から適用されており、いわゆる5ステップアプローチ(1. 契約の識別、2. 履行義務の識別、3. 取引価格の算定、4. 取引価格の各履行義務への配分、5. 履行義務充足時の収益認識)を中心とした主要な基本概念に従い収益を認識する必要があります。
ソフトウェア開発においてはプロジェクトの期間や規模に応じて、一括検収や工程単位での部分検収といった実務があり、履行義務が一時点で充足されるのか一定の期間にわたって充足されるのかを判断していきます。その他、プロダクトとサービス、あるいはプロジェクトの工程ごとに契約を分けるようなものでも、実質的には単一の履行義務と見なして検討する必要が生じるケースもあります。ただ、クラウドサービスでサブスクリプション型の契約形態における収益認識の考え方など、前述のソフトウェア制作費の会計処理に比べると、収益認識基準により一定の指針は提供されていると言えます。
ここからは、先端技術として知られるNFT(非代替性トークン)のビジネスへの展開による会計上の論点について、特にNFTの制作者(発行者)の観点から見ていきたいと思います。
PwCよる「Non-Fungible Tokens (NFTs): Legal, tax and accounting considerations you need to know」(2021年12月公開)の日本語訳「非代替性トークン(NFT):知っておきたい法律・税務・会計上の注意点」※1(2022年4月公開)でも紹介されていますが、ブロックチェーン上に保存されたユニークで替えがきかないデジタル資産であるNFTは、近年急速に市場を拡大し、アートや音楽、イラストなど多くの分野で注目されています。
日本国内でもNFTビジネスへの参入を公表している企業がいくつか出てきており、デジタルコンテンツの制作者・出品者としてや、デジタルコンテンツを購入・出品できるマーケットプレイスの運営者としてなど、関わり方はさまざまです。一方で、法律や規制、会計や税務面の取り扱いについてはまだ明確な指針がなく、業界の実務慣行として確立された事例もありませんので、会計処理を考慮するうえで、取引の実態や契約等をもとに個々の事案として検討していく必要があります。
論点の1つとして、NFTの法的な定義があります。NFTが資金決済法上の暗号資産※2や前払式支払手段に該当するのか、または金融商品取引法上の電子記録移転権利に該当するのか、というものです。なお、NFTの法的な検討・整理については、本誌第38号の「NFTに関連する法規制と私法的な法律関係──ビジネスの発展に向けた検討」や、本号30ページの「セキュリティトークンの実体法上の位置付けおよび関連する法規制」にて解説がされているため、併せてご一読いただければ幸いです。
NFTはコンテンツの要素が強いですが、NFTを「ソフトウェアを使用して実装した技術システム」と捉えれば、コンテンツとソフトウェアが経済的・機能的に一体不可分と認められるような場合には、コンピューターゲームと同様に一体として取り扱うことが考えられます。例えば、DApps(分散型アプリケーション)と呼ばれるブロックチェーンの技術を利用したアプリのゲームを実装したNFTであれば、一体と考える余地はあるかもしれません。NFTがコンテンツと整理される場合は、コンテンツ制作費用は実態や性質に応じて棚卸資産や無形固定資産として会計処理される可能性があります。
NFTの制作者(発行者)の観点からは、何が売却されたかを特定することが最も重要です。例えば、発行者は以前に所有していて貸借対照表で認識されていた資産に対する所有を放棄しているのか、それとも単に対価の見返りとして特定の知的財産、ブランド名、その他の無形物を使用する権利を与えているのか。また、対価が固定であるか変動であるかも、その認識の仕方や時期に影響を与える可能性があるため、考慮が必要です。さらにもう1つの検討事項は、企業がベースとなるNFTを保存すること、または他の商品や継続的なサービスを提供することを要求されているかどうかです。これらの事項によって、適用する適切な会計基準が決まります。発行者側の販売時の会計処理に関しては、収益認識基準等をもとに履行義務の識別等を検討することが考えられます。なお、「収益認識に関する会計基準」では資金決済に関する法律における定義を満たす暗号資産と金融商品取引法における定義を満たす電子記録移転権利に関連する取引は適用対象外となっているので、関連する実務対応報告等に基づいて会計処理を検討する必要があります。
NFTはゲームで活用されることも多いのですが、従来のように、ゲーム内で利用可能なキャラクターやアイテムとして販売していたもの(一次販売)を、購入者がマーケットプレイスで転売すること(二次流通)で、NFTの制作者が流通後も一定のロイヤリティを得ることができるケースでは、NFTの制作者は流通後も何かしらの履行義務を負っていると判断される可能性があり、履行義務の識別や収益認識の時期がより複雑になる可能性があります。
このように先端技術の1つであるNFTだけを取り上げても多くの会計論点があるものの、基準開発が追いついていないという現実を垣間見ることができます。
PwC米国が2022年6月に公開した「Global M&A Trends in Technology, Media and Telecommunications: 2022 Mid-Year Update」の日本語訳「テクノロジー・メディア・情報通信業界における世界のM&A動向:2022年上半期アップデート」※3 では、投資家が注目する領域としてカスタマーエクスペリエンスを向上させる業界横断的なソフトウェアの開発能力を有する企業や、新たな環境・社会・ガバナンス(ESG)要件への準拠を可能にするソフトウェアを挙げています。2022年の終わりから2023年に入って大手IT企業が大規模な人員削減策を打ち出しましたが、IT人材への需要は強く、環境スタートアップが積極的に採用に動くと報じられています。高いIT人材の流動性は次のイノベーションを生み出す活力にもなっています。それがテクノロジーとイノベーションの領域の成長を急速に進めており、メタバースや関連テクノロジー(拡張現実、仮想現実、NFT、デジタルコンテンツなど)への注目も高まる中、「ソフトウェアが世界を飲み込む」状況は依然として続いています。
ここまでソフトウェア制作を制作者側の視点で解説してきました。ソフトウェアが投資であり、開発に多くの人が関わる以上、財務報告の適正性が恣意的に歪められるリスクがあります。新しい技術が急速に開発される中で、それらがビジネスに関連し、多様な取引を企業が財務報告に反映させる必要があるにもかかわらず、体系的な会計基準がないため、実務家や専門家を悩ませています。基準の開発が待たれますが、ビジネスに近い場所での知見と経験を備える実務家や専門家同士の議論が実務を確立していくこともまた事実ですので、活発な議論を期待したいと思います。
本稿では日本の会計基準に基づく会計処理を中心に考察してきましたが、ソフトウェアについては制作者側・利用者側ともに内部統制を含むリスクマネジメントや税務の観点でも多くの論点があります。そちらについては別の機会に取り上げたいと思います。
※1 https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/non-fungible-token.html
※2 NFTが資金決済法上の暗号資産に該当する場合は「資金決済法における暗号資産の会計処理等に関する当面の取扱い」(実務対応報告第38号)を、金融商品取引法上の電子記録移転権利に該当する場合は「電子記録移転有価証券表示権利等の発行及び保有の会計処理及び開示に関する取扱い」(実務対応報告第43号)をそれぞれ参照する必要があります。
PwCあらた有限責任監査法人
パートナー 千代田 義央
PwCあらた有限責任監査法人
パートナー 榎本 重樹